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リアクション
ムゼウムスインゼルの大作戦
ベルリンにあるムゼウムスインゼルは、別名「博物館島」と呼ばれている。
島とはいうが、正確には川の中州の一部地域のことを指す。
その名が示すとおり、ここには博物館、美術館がたくさん集結している。
「ああ〜。ついに来たね」
美術館や博物館が大好きな神和 綺人(かんなぎ・あやと)は、頭から湯気が出そうなほど興奮していた。
「あのぅ……アヤ?」
そんな興奮気味の綺人に、恋人のクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が遠慮がちに声をかけた。
だが綺人は「んー?」「なにー?」と空返事ばかり。
せっかくの修学旅行、カップル同士の思い出のひとつも作りたいと思っていたクリスは、不満だった。
「クリス、落ち込むな」
そんなクリスに、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が声をかけた。
「綺人と二人きりになれるように、瀬織と二人で計画立てておいた」
「え?」
クリスの瞳が輝く。
「まあ、計画っていうのも大げさなんですけどね」
もう一人の計画仕掛け人、神和 瀬織(かんなぎ・せお)が、クリスにざっと作戦を説明した。
そんな話をしている間に、綺人はさっさと歩き始めている。
「まずは旧博物館から行こうかな」
三人も、急いで綺人を追いかけた。
旧博物館は、その名が示すように博物館島では最も古い博物館である。
収蔵されている品々もさることながら、その建物自体が貴重な建築様式を残す展示品で、世界遺産に登録されている。
着いた瞬間から「うわぁーうわぁー」と感嘆の声を5秒に1度の割合で出している綺人を見て、二人きり作戦仕掛け人のユーリと瀬織は「作戦の決行は簡単だ」と確信した。
「綺人。ここにはまだいろいろな博物館があるんだから、早く次に移動しないと、時間なくなっちゃうよ?」
そう綺人にアドバイスしたのは、瀬織である。
「あ……そうだね」
はっと我に返った綺人は、次の行き先を「新博物館」に定めると、迅速な行動を開始した。
「今だ」
ユーリは、作戦を決行することにした。
「あとはクリス次第だ。がんばるんだ」
ユーリの言葉に、クリスは力強くうなずいた。
やっぱり持つべきものは気がきく仲間だ。
クリスは、後日ユーリと瀬織にお礼をしなくてはと、心から感謝した。
作戦の決行は簡単だった。
次の博物館しか見えておらず、先頭をずんずん歩く綺人にバレないように、ユーリと瀬織が姿を消すだけのこと。
次の新博物館に到着する頃には、二人きりになっていた。
新博物館は、当然のことながら旧博物館よりも新しい。
旧博物館に収めきれなくなった美術品の行き場として、後から作られたのだ。
第二次世界大戦で深刻な被害を受けて、約70年間閉館状態となってしまう。
再オープンしたのは2009年であるから、非常に最近のことなのだ。
……というところまで、綺人が熱を出した病人のひとりごとのように解説した。
クリスは寄り添ってそれを聞き、理解しようと努力していた。
「本当に幸せだよ。ここが再オープンしているタイミングで、修学旅行に来れるなんて」
綺人が、心から幸せを噛みしめているという表情をしている。
「そう、よかったですね」
綺人に存在を忘れられまいと、隣に並んだクリスが一生懸命会話に入ろうとしている。
とっくにユーリと瀬織の姿はないのだが、綺人はまだ気が付いていない。
「まだこの建物は新しいけど、これから長い時間をかけて、味が出てくるんだろうね……」
この島にあるものとしては、まだ少し綺麗すぎる建物を見回し、うっとりとした表情を浮かべる綺人。
「長い時間、見ていたいよね……」
クリスが応じるが、それはむろん建物のことではない。
熱っぽい綺人を見て、うっとりとした表情を浮かべるクリス。
なんだかちょっとちぐはぐな気もするが、それでも二人は幸せだった。
(まあ、これだけ美術品に囲まれたら、しょうがないですよね)
クリスは、これも綺人の一面なんだと理解するよう努め、この状況を自分も楽しむようにしたのだった。
「……うまくいった、と考えていいのですよね」
二人の様子を、少し離れた柱の陰から見ていた瀬織が、苦笑いしながらユーリに問いかけた。
「楽しそうだ。良いのではないだろうか」
ユーリも同じく、クリスたちの様子を眺めながらひとつうなずいた。
「クリスたちはあのままにしておくとして、こちらはこれからどうするか」
ユーリは、顎に手を当てて考えた。
「年長組はのんびりいきましょう」
瀬織も、綺人に負けないほど博物館が大好きなのだ。
心配事もなくなったし、綺人たちとは逆回りで、ゆっくり博物館を楽しみたいと考えたのだ。
「付き合おう」
せっかくここまで来たのだから、ユーリも修学旅行を楽しみたいという気持ちを当然持っていた。
「じゃ、行きましょうか」
目を輝かせている瀬織と、表情には出ていないが修学旅行を楽しむモードに入ったユーリは、ペルガモン博物館のほうへと向かうことにした。
逆回りをしているうちに、いずれもう一度綺人たちと接触する可能性がなくはないが、おそらく綺人は目の前の美術品に夢中で気が付かないだろう。
そんなことは、パートナーのユーリたちは容易に想像することができた。
だからこそ、クリスに「がんばれ」と心から声援を贈りたいのだった。
こういう苦労も、また恋の醍醐味。
幸せな悩みなのかもしれない。