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リアクション
多少、海岸よりも沖に出てみた。
「うーん……」
と、唸っているのは、久世 沙幸(くぜ・さゆき)。ポータラカマスクの力を借りて水中に潜ってみたのだが……
「見えんな」
彼女にまとわれた魔鎧ウィンディ・ウィンディ(うぃんでぃ・うぃんでぃ)が漏らした。
「赤い色が光を遮っちゃって、ちょっととおくも見えないんだよね……」
かなり深い部分もあるようだ。内海全体の地形はまだはっきりとはしていないが、少し深くなると、視界が、というより光が通らなくなるようだ。
「この海を調べるのは大変そうだねえ」
「バカンスとしても……物珍しさはありますけど、綺麗と言うよりは、どちらかというと恐ろしい感じがしますね」
ちゃぷ、ちゃぷ、と水を掻いて東 朱鷺(あずま・とき)が近づいてきた。
「そうかしら? 吸血鬼にとっては、なかなかいい眺めだけど」
と、ルビー・フェルニアス(るびー・ふぇるにあす)。水の中に血のにおいがただよって妙にのどが渇く感じもするが、吸血鬼のためにクルージングでもすれば観光資源になるかもしれない。
「あとは、危険な生物がいなきゃいいんだけどな」
九鬼 嘉隆(くき・よしたか)が息を吐いた。
「今までのパターンから考えれば、いないってことはないと思うけど……」
沙幸は小さく首をかしげた。
「面白そうな生物の気配なら、いくつか感じたがな。危険な雰囲気はあまり強くないな」
水に濡れて女たちにまとわりつく感触を楽しみながら、ウィンディが言った。
「……と、言うと?」
朱鷺が聞き返した。ウィンディの代わりに、ブランガーネ・ダゴン(ぶらんがーね・だごん)がざぶ、と顔を覗かせた。
「今から通るから道を譲ってやったらどうだ?」
触手をうねらせてにやりと笑う。その背後から、ぬっと巨大な影が現れた。
「きゃっ!?」
短く悲鳴を上げる朱鷺。彼女らのいる場所を、身をくねらせながら、大きな魚が通り過ぎていくのだ。
全長は10メートル近い。表皮はぬるぬるしていて、ウナギのようだが、胸びれの代わりに平べったい触手のようなものが、何対も体の左右に生えている。足の代わりにオールの生えたムカデのようでもあった。
「こいつ……!」
と、嘉隆などは警戒するが、
「今のところ、わしらを襲うつもりはないみたいじゃのう。物珍しがってるだけじゃ」
「すごい! 新種ってやつですか!?」
巨大な生物の存在に朱鷺が目を輝かせた。地球でもパラミタでも存在しない自然と大いにふれあっていることに感動していた。
「他にも探せばいくらでも出てきそうだね。地球の海とは、全然環境が違うもの」
沙幸の感想は素朴なものだ。となれば、俄然、さらに探してみたくなるが……
「いったん、海岸に戻らなきゃ。深く潜るのは、装備を準備してきた人たちに任せた方が良さそうね」
とも、思った。どこに危険が潜んでいるか、特にこの海では予測のしようがないのだった。
「報告するぜ」
「はい」
夜になった。暗くなっては調査は無理だと判断したルシアは、海底の調査に当たっていたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)と向かい合っていた。
「深紅海は広いから、いくつか、底が深そうなポイントに絞って調査したんだ」
内海の広さは、東京都ぐらいならすっぽり収まってしまいそうな広大さえだ。その水の中にスクール水着で飛び込んだのだから、やはり契約者は無茶をするものだ。
「この赤い水の原因になっている何か……たとえば装置やギフトのようなものが水底にあるかも知れないと予測しての調査だったんだが」
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が言葉を足した。流れ込む水ではなく、海の方に赤い水の原因があるらしい、と分かっていたのだ。
「何があったか、分かったの?」
わくわくした様子で、ルシアが聞いた。が、正悟は首を振り、ミューレリアは上を見上げた。
「何かあったとしても調べようがない、というのが今のところの結果です」
言いづらいことを、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はずばっと告げた。
「ザカコたちが潜って水底までたどり着こうとしたんだがな。ある程度深くなっちまうと、光が水の中に届かないんだ。っていうのは、ここの水は透明度が低い上に、この赤い水はそこに行くほど濃くなるみたいでな」
強盗 ヘル(ごうとう・へる)が、調査報告のデータに目を落としながら言った。
「底の方に行くと、灯りをつけても見えねえ状態になるわけだ」
「鉄分濃度が高すぎて、普通の調査機材……たとえばレーダーや金属探知機はあまり役に立ちそうにない。この海を調べるための装備を新しく準備する必要がありそうだ」
と、正悟。
「ったく、どっちかっていうとすごい怪物が出てきて邪魔してくると思ったのになあ」
「この海の成分自体が最大の壁だったわけかあ」
悔しげなミューレリアに、ルシアも小さく息を吐いた。
「見つかったのはハサミが五本指みたいになったでかいエビだけだ」
と、一応、報告を付け加えた。海底を張っていた人間大のエビらしきものを引き上げたのだ。
「……で、深い場所に潜れば、たとえ何かが見つかったとしてもそれを見ることもできない状態では調査はままならないと判断しました」
と、ザカコ。
「最深部がどれぐらいの深さになってるかも分からないね。到達できたところからは、海底の砂を取ったりはしたけど」
正悟も言った。
「それじゃあ、結局、赤い水の原因も、ヒントも得られなかったってことだね……」
ルシアが落胆するように肩を落とした。が。
「いや、そうでもないんじゃないか?」
と、ミューレリア。
「底の方に行くほど赤い色が濃くなるってことは、海底に原因があるのは間違いないってことだ」
「機材さえ準備すれば、調査の続行は可能です」
と、ザカコ。
「この海の生物がどうやって周りを知覚してるのか分かれば、機材を準備することもできるはずだ」
「それじゃあ……まだまだ、調査続行! ってわけね!」
すぐに立ち直ることができるのも、ルシアのいいところだった。
「それじゃあ、早速報告書を準備しなきゃ。よーし、がんばるぞー!」
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