リアクション
「いたたたた……」 * * * 「なぜ……なぜこんなことをするのですか…?」 彼は必死に震えを押し殺しながら目の前の男に訊いた。 ここはビルの1階店舗にあるドラッグストア。男は約1時間前、両手剣で武装して入ってきた。 しかしここはツァンダだ。そういう姿をした人物がうろつくのも日常茶飯事。店員はいつもの笑顔で「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」とにこやかに応じる。 それが一変したのは、突然男がカウンターを一刀両断してからだった。 「逃げたい者は逃げよ。わしは追ったりはせぬ」 男はぶっきらぼうにそう告げた。事実、悲鳴をあげながらバイトの女の子たちが店から飛び出していっても、男は追ったりしなかった。 まっすぐ奥のバックオフィスへ向かい、防犯カメラの見える位置にパイプ椅子を起き、モニターへと見入る。 そして腕組みをして座ったまま、まるで彫像のように動かなくなってしまった。 「なぜおまえはほかのやつらのように逃げんのだ?」 問いかけてから数分後。もしかして答える気はないのではないかと結論を出しかけたころに、おもむろに男は答えた。 「わたしは……この店の店長ですから…」 「そうか。しかし、逃げた方がいいぞ。じき、ここは戦場となる」 「え?」 その言葉に彼は驚き、青ざめた。 「先に逃げた者が通報しているのは間違いない。警察が来れば重畳……だがおそらく警察は来ぬだろう。来るのはわしにかけられた追手ども。――いや、もしかするともうすでにこの建物に侵入を果たしておるかもしれんな」 「ええっ!? い、一体どうして…」 男は腕組みを解くと指を組み、あごを乗せる。 「わしはな、もう何十年と国家のために尽くして、命がけで戦ってきたのよ。それこそ始まりが何であったか思い出せぬ昔からな。この国の転覆を図り、平和の世を乱そうとする者どもを成敗するためであれば、たとえ手足を失おうと、命を落とそうともかまわぬ覚悟で最前線に立ってきた。なのに…」 クッと男ののどが動いて、言葉が途切れた。 ギリギリと奥歯のきしむ音がして、男の血走った目に剣呑とした光が走る。 「……ひっ」 常軌を逸した人殺しの目だ――おびえる彼を見て己を知ると、男は自重するように目を閉じ、深々と息を吐き出した。 「それがたった1度……殺人の嫌疑をかけられた。むろん、わしがしたのではない。わしははめられたのだ。わしの昇進をねたむやつらにな。昇進などわしはどうでもよかったのだが……その態度がまた、鼻についたのであろう。まあ、これは推測だが。 わしが許しがたいのは、だれもわしを信じなかったことだ。国のために、正義のために、命を賭して戦い続けたわしを、たった1度の疑いで山葉校長はいともたやすく「学園の裏切り者」と呼び、殺人罪で裁こうとした。――親友ですら」 そのとき、カサッと天井裏で小さな音がした。本当にしたかどうかも分からない、したとしてもネズミか何かではないかと思うような、かすかな軽い音。 しかし男は出所を探るように天井の隅を見据えた。 「おまえはもう行け。そしてもしこの事件が明日の新聞沙汰にもならなかったのであれば、おまえの口からこのことを世間に訴えてくれ。わしの名は夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)。この国を守るために戦った戦士であり、決して裏切り者ではなかったということを。 さあ、行け!!」 「ひっ……ひいっ…!」 甚五郎の剣幕に押されるように、彼は部屋を飛び出した。乱れた足音がだんだん遠ざかり、裏口のドアがばたんと閉まる音がかすかにする。それを、甚五郎は背中で聞いていた。視線は天井の隅に固定されたままだ。 ほどなく、天上のパネルの一角が落下して、そこから親友ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が飛び下りてきた。 「甚五郎、ずい分と捜しましたよ」 「やはりおぬしが来たか。わしを追い詰められる者など学園でもそうそうおらぬ。そうではないかと思ってはいたが……親友を追手にするなど、大佐の底意地の悪さも――ぬっ?」 甚五郎の目がブリジットのあとに続いて飛び下りてきた草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)を見た瞬間、驚愕に見開かれた。 「大佐! まさかあなたが現場に出られるとは…!」 「――は? 大佐? って、わらわのことか?」 言われた羽純の方は、目をぱちくりしてとまどう。 彼女は単に、買い物の途中で乱心して行方不明になった甚五郎を捜して、ここまでやってきただけである。 「大佐! どうか聞いてください! あれをしたのは自分じゃないんです! 自分は何者かにはめられただけで、気がついたら血のついたナイフを握らされていて…!」 「血? ナイフ? そんな物どこにあった? 何を言っておるのかさっぱり分からん。そなたはどうだ?」 訊かれたブリジットも首を振る。 「やれやれ。とにかく帰るぞ。まったく、いらぬ騒ぎを起こしてくれたものだ。外の者たちを説得するのにわらわとブリジットで何十分もかかったんだからな。なんとか納得してくれて、穏便にすますことができたが…」 「……またもみ消そうということですか…」 甚五郎は苦々しげに唇を噛み締めた。恨みがましい目で羽純を見つめる。 「は? 何を言うか! そなた、強盗犯として放校になってもよいというのか!? 言っておくが、わらわもブリジットもホリイもそんな目にあうのはごめんだぞ!! ――って、そういえばホリイはどこだ?」 きょろきょろ部屋のなかを見回す。 ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)は魔鎧で、甚五郎が姿を消したときも一緒にいたはずだった。 というか、そもそも甚五郎をあの前世か過去をよみがえらせるだとかいううさんくさい占い師に紹介して、面白がってそそのかし、占わせたのもホリイだった。 そのホリイがいない? 「……まあ、いないならいい。あれについてはあとにしよう。とりあえずここを出――って、うわ!」 突然甚五郎が剣で襲いかかってきた。 ブリジットが疾風迅雷で2人の間に割って入り、マスケット・オブ・テンペストでこれを受け止める。 甚五郎はブリジットの肩越しに羽純を見据え、叫んだ。 「させません! いくら大佐でも、これをなかったことにするのは許さない…! 自分はこのことを通じて、世間に訴えるのです! 事件の再審と、自分のような退役軍人の待遇改善を!!」 「なんだそれは!? 話が全く見えんわ!! ……くそ。ブリジット、一刻も早く甚五郎を止めるぞ。破壊が大規模に渡れば気を変えた彼らに通報されてしまうかもしれん!」 「分かりました」 羽純は稲妻の札を取り出した。雷撃を呼び出して甚五郎に浴びせる。 ブリジットとつばぜり合いをしていた甚五郎は迫る稲妻を避けて飛び退いた。直後、壁を蹴って再びブリジットへと向かって行く。 「たとえ親友であろうとも、わが道に立ちはだかるというのであれば、わしは斬る!!」 許せ、ブリジット!! 「うおおおおーーっ!!」 猛声を上げて接近した彼に、ブリジットは冷静にしびれ粉を吹きかけた。 「……あ…?」 クラっときた次の瞬間にはもう昏倒している。 机や椅子を巻き込んでどんがらがっしゃんと派手に転がり床で伸びた甚五郎に、羽純ははーっと息を吐き出した。 「まったく、あの占い師とやらもとんだ騒ぎを引き起こしてくれる」 「一応学園に通報しておきますか?」 「そうだな。そうしておいてくれ」 「了解です」 携帯で山葉との会話を終えたブリジットとともに甚五郎の腕を取って肩へと回す。 「くそ。重い。何を食っていたらこんなでかくなれるんだ。 この借りは高くつくぞ。目を覚ましたら覚えておれよ、甚五郎…」 ぶつぶつ文句を言いながらも、羽純は甚五郎を家へ連れ帰る。 一方、みんなから忘れられたホリイ・パワーズは。 「みんな〜〜〜〜〜〜どこにいるですか〜〜〜〜〜? 甚五郎〜〜〜〜〜? っていうか、ここどこ〜〜〜〜〜?」 迷子になっていた。 |
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