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リアクション
「それで、フードマントの謎の人物の足取りはつかめたの?」
先頭を行くルカルカ・ルー(るかるか・るー)からの問いに、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は手元に開いたシャンバラ電機のノートパソコンを見ながら答えた。
「この辺りにいる可能性が高いな」
モニターにはツァンダの街の地図が映し出されており、そこに赤い丸が何カ所か入っている。
大通り、公園などなど。いずれも騒動が起きた場所だ。
正気に返った者たちは、皆口々に
「「タダであなたの過去や前世をよみがえらせてあげますー」と言って近付いてきた占い師に見てもらったのが最後の記憶」
と言っていた。
フードマントに小柄という外見特徴も一致している。
同一人物の犯行と見た彼らは、目撃証言から占い師のあとを追っているのだった。
聞き込みをした結果、目撃証言の時刻はだんだん縮まっている。さっき声をかけた人物は「ほんの数分前」と言っていた。
「1度手分けしてこの一帯を捜索してみるか」
「もしかしてあれじゃねーの?」
カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、通り1つはさんだ向こう側にちらりと見える背中を指差した。そこで囲うように立った何人かを相手に熱心に何か説いている。
遠くて判別がつきにくいが、たしかにフードマントを着ているようだ。
「あれね!」
ついに見つけた、と勢い込んで通りを走って渡る。
大分近付いたところで彼らに気付いて、占い師を囲っていた者の1人が顔をあげた。
「やあ、ルカ。こんな所で会うなんて奇遇だな」
「って、エースぅ!?」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は自分たちの元へ走ってくる4人を呑気に見ていた。
傍らにはフードマントをずっぽりかぶった占い師がいて、今エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が占ってもらっている。
「あなたたちの思い出せない過去か前世の記憶をよみがえらせてあげるのですー」
というのは全く信じていなかった。
得てしてこういった類の者は大言壮語を吐くものだし、占いは、まあ出し物みたいなものだ。一種の遊び。当たるも八卦、当たらぬも八卦と言うじゃないか。
前世がだれでどんなことをしていたかなど、確かめようもないことだから。占ってもらっている間、占い師とのやりとりを楽しい気分ですごせればそれでいい。
それに、ちょうどエオリアは思い出せない記憶に苦しんでいた。……苦しいというのは大げさかもしれない。心のなかにひっかかりがあって、どうにも無視できずにいる、といった感じか。
おそらくその一因はエースにもある。
つい最近あった、とある事件。そこでエオリアはとある記憶に支配されていた。ありていに言えば、そのせいでその時の記憶をエオリアは消失しているわけだが、エースはそれを思い出さないようすすめたのだ。
「発熱がリリアやメシエよりひどかったからな。ずい分寝込んで、起き上がれるようになったのも一番最後だったろ? そのせいだよ。
まあ、無理に思い出そうとする必要はないんじゃないか? べつに日常をすごす上で不都合ないんだろ? ずっと忘れてたことをあとになってふとした拍子に思い出せた、なんて話もたまに聞くし」
それはエースなりの思いやりだった。しかしそれが裏目に出て、エオリアはますます気にするようになってしまったのだった。
そこにきてこの占い師からの申し出は、まさに渡りに船というやつだ。ひとつの気休めになるか、でなくてもあるいはこれでふんぎりがつくのではないか――そう思って、いぶかしがるエオリアを「やってもらえよ」とけしかけたのである。
「今、ちょっと面白いことしてるんだ。過去・前世占いだって。ルカたちもしてもらうか?」
「エース! だめよ! やめさせて!!」
ほぼ同時にエースの後ろ、エオリアが突然叫声をあげる。
「思い出しました!! 僕は一角獣座のシュテルンリッターだったんでした!!」
「えっ?」
エースは一体どちらにより驚いたんだろう?
「一角獣座…? ずい分マイナーな星座を引っ張ってきたわね」
「シュテルンリッター? 何だ、それは」
両脇について一部始終を見ていたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、いぶかしげな表情でエオリアを見つめる。
2人のそんな表情にも気づかない様子で、エオリアは説明した。
「ある日僕の目の前に、ユニコーンの闘衣が現れたんです。
迫りくるナラカ王の復活に備えて女神を探さないといけないのに、僕はすっかりそれを忘れてしまっていた! ああ、なぜ忘れることなんかできたんだろう? 早く僕たち88星座のシュテルンリッターを統べる女神の元へ行かなくては。きっとリッターたちはそこに集っているはずだから」
「……どこかで聞いたような話ね」
「そうでしょう!」
「どこでだったかしら」
頭をひねるリリアと勢い込むエオリアたちにかぶさって、ルカルカがあわて気味に叫ぶ。
「それ以上言っちゃだめーーーーッッ!!」
「何をあわてておるのだ? ルカ。いや、たしかにあれはどう聞いても頭おかしいやつの発言だが」
夏侯 淵(かこう・えん)が首をひねる。
その横で、
「おもしれーじゃん! すげー自分設定!」
かっかっか、とカルキノスは早くも目じりに涙を浮かべて高笑っていた。
「だめっ! だめってば! だめなのっ!!」
ばたばた手を振るルカルカに、エオリアの目が向く。
とたん、血相が変わった。
「あなたは! あなたこそ僕たちの女神! こんな所においでとは!」
「……えっ?」
「あいつの頭のなかで何がどうなっているのかよく分からないが、間違いなくあの占い師の仕業だ」
きょとんとなったルカルカの肩に手をかけ、ダリルが耳打ちする。
「あいつを押さえて術を解かせよう」
「そ、そうね。それが先決ね」
打ち合わせる2人の姿を見て、エオリアは今度はわなわな震えだした。
「女神に気安く触れるな! 穢れる!!
……そうか、分かったぞ! あなた……いや、きさまはナラカ王の復活を目論む王の手先!! さては僕たちから女神を奪い去るつもりだな!!」
「ああ! 思い出した!」
ぽんとリリアが手を打った。
「あれよ! 大分前「面白いから見てみて」ってルカルカさんがお薦めしてくれたDVD。ええと『星座の闘衣を纏いし戦士達!』だったかしら? あれで見たんだわ」
あーようやくスッキリした、と笑顔になる。
「フィクションなんかじゃありません! あれは本当に今現在も起きていることです! 僕がその生きた証拠なんですから!!」
「……いや、今のおまえは何の証拠にもならないと思うぞ」
淵がツッコむがエオリアは聞いちゃいない。
ビシッとダリルに指を突きつけた。
「ダリルさん……いや、ダリル!! この悪の手先め!! 僕たちの女神から手を放せ!! 放さないというのなら腕ずくでも放させるぞ!!」
「エオリア? 何を言っている。俺には全く理解できない」
――ま、ダリルさんはそういったファンタジーアクション映画とかは見そうにないですからね。
「メシエ、説明しろ」
「そうは言われても、私も見てないんだよ」
メシエは軽く肩をすくめるだけだ。
説明したのはやはりリリアだった。
「えーとね、とりあえず、エオリアはシュテルンリッターって正義側なのよ。そして彼らが女神と呼ぶ女性がいて、それとルカさんを混同しちゃってるのね。で、ナラカ王っていう悪の親玉がいて、ダリルは彼の手下に見えてるってとこかしら」
一体エオリアのなかで自分はどういう扱いなのか。
悪の親玉ではない、その三下という脳内設定に、ダリルは少し眉をしかめる。
「……まあ、それはこの際いいとして。
エース、俺たちが占い師を確保するまでこいつが暴れないよう捕まえておいてくれ」
その要請に対し、エースは
「なんで?」
けろっとした顔で頭の後ろで手を組んだ。
早くもその目は、いいこと思いついたと輝きだしている。そして
「いいか、よく聞けエオ。あいつはおまえの言うとおり、女神を拉致しようとするナラカ王の配下だったんだ」
などと、周囲に丸聞こえの耳打ちを始めた。
「エース!?」
「それどころじゃない。あの淵やカルキも、ああ見えて実はダリルの仲間で、冥界では三巨悪に数えられているんだ」
「なるほど……さすがエース。詳しいですね」
エオリアはふんふんうなずいている。
「何を言って……本気にするな、エオリア。
エース! 悪ノリしすぎだ!!」
「おーおー、ついにバレちまっちゃあしょうがねえ! そうとも俺たちはナラカ王の手先!」
「ってカルキノス! おまえまで!?」
目を瞠るダリルの前、カルキノスはなれなれしくルカルカを腕のなかに抱き込んだ。
「大切な女神を取り戻したかったら俺たちを倒すんだな!!」
そう口にしつつも、抑えきれない笑いがぷくぷくと口端から漏れていた。腹筋は笑い死に寸前のように波打っている。
「カルキ。ふざけがすぎるぞ」
淵もたしなめたがどこ吹く風だ。
「まあまあ。いーじゃねーか、これっくらい。最近のあいつはじれったくてしゃーねえ。思う存分やらしてやんのもたまにはいいじゃねえか」
「その「たま」が今日である必要がどこにある! 火に油をそそぐような真似をするな!」
しかりつけて振り返ったとき。
「ダリル! 前見て前っっ」
ぱふっとようやくカルキノスの腕から顔を出したルカルカが喚起した。
「!」
「悪の手先め! 覚悟!!」
エオリアは魔銃モービッド・エンジェルを両手に、クロスファイアをかける。それを、ダリルは飛び退いて避けた。
ダリルのいた場所の石畳が砕けて飛び散る。
「そうだ! いいぞ! 女神を救うリッターはこの場にはおまえしかいない! やれ! エオ!!」
気張れよ〜〜〜〜。
「けしかけるなエース! 今はそれどころじゃ――うわっ!」
ほおをかすめた銃弾に、ダリルもいよいよ本気を出さざるを得ないことを悟る。
手甲のレンズ部から己の光条兵器――カタール似の剣――を取り出した。
「断然面白くなってきやがった ♪
ルカ、下がってろ」
ルカルカを背後へ押しやって、ぐっと気合いを込めるよう身を縮めたカルキノスは、クライオクラズムをひと息に放出する。
それを見て、気が乗らないながらも銘刀龍虎相克を手に参戦しようとしていた淵がぴたりと動きを止めた。
「ナラカの凍気だと!? 見境をなくしたエオリアはともかく、こんな街なかであのような真似、しゃれにもならぬわ! ばか者が!!」
淵はエースたちの方を向く。
「おまえたち! そこでぼーっと見てないで、カルキを止めるのに力を貸してくれ!」
「と、淵くんは言ってるけど、どうしようか?」
となりのメシエをちら見する。
「悩む必要があるのか?」
「そうだな。……うん! よし! 3対1じゃあさすがにエオがかわいそうだ。けしかけた責任を取って、俺が加勢に入ってやろう!」
「エース!?」
「またそんな、戦禍を広げる真似を!」
メシエやリリアの制止も聞かず、喜々としてドラゴンスレイヤーを手に争いの輪へ向かって行く。
途中でルカルカと視線を合わせた。
「ルカ! 今こそわれらに戦いの女神の歌を!」
「って……えぇえ??」
そんな、いきなりふられても困る! とルカルカはあわてた。
全然話についていけていないのはこちらも同じだ。
「歌……うたうたうた……うーーーーん、思い出せないっっ」
「ルカ、急げ!! このメンバーでこのまま戦っていたら、どんなことになるか分からぬぞ!!」
受け太刀でエースの剣を止めながら、淵が肩越しに振り返った。
今はまだみんなノリとシャレで正義と悪の戦いゴッコをやっているが、熱くなればどうなるか……だれも責任は負えない。
なにしろ今ではリリアとメシエまで参戦しているのだ。
もちろん彼らは淵の要請で場の鎮圧、双方押さえ込みに入っているわけだが、その身を蝕む妄執で攻撃した結果、エオリアには彼らもナラカ王の手下という認識になってしまっていた。
「だって、ルカがあれ見たの大分前よ!? エースたちに薦める前だもの! それに、そもそもそんなシーンあった???」
――エースの無茶ぶりかもしれませんねー。
追い詰められた末、ルカルカは占い師の方を向いた。
占い師は自分が騒動の元凶になっている自覚があるのかないのか、ないのかないのか(多分ない)、騒動を聞きつけて集まった野次馬の先頭で見物している。
「皆さんいきいきとして楽しそーですね〜。これもあの人が昔の記憶を取り戻せたからですねー」
「ちょっとそこの占い師! ルカの過去をよみがえらせてよ!」
占い師は当然ながら「本当の過去」をよみがえらせるとは限らない。これまでのデータから、ルカルカは承知の上だった。ただあのDVDを見たときを思い出せるか、エオリアの言うとおり、自分を女神と思い込めば歌を歌えるかもしれない、そう考えたのだ。
「あなたも過去をよみがえらせるですか〜? いいですよー」
占い師は糸で吊るした五円玉をごそごそ取り出した。そしてそれをルカルカの前で振り始める。
「さぁあなたはだんだんとまぶたが重くなっていきます〜、だんだんと眠くなってきます〜……」
そこで何を思ったか、ルカルカはポケットに入れてあった手鏡をかざした。
五円玉催眠術に鏡は関係ない。占い師に自分の顔を見せても仕方ないのだが、これが意外な効果を生んだ。
太陽の光を反射して、ピカッと占い師の目を差したのだ。
「きゃっ! 何をするですか〜」
「あっ、ごめんなさい! なんだかいやな予感がして、つい…。ルカ教導団だから危機には敏感というか、もう条件反射で動いちゃうの」
「危機って何ですー! 私は占い師なのですよー。
お願いされたからしていたのに。もう知らないのですー」
ぷんぷん怒りながら占い師は立ち去った。
小柄な体はあっという間に野次馬にまぎれて見えなくなってしまう。
「ど、どうしよう…?」
追おうにも、ダリルやエースたちをこのまま放っていくわけにもいかない。
「歌……歌……歌……。
えーい! 幸せの歌でも歌っちゃえ!!」
ルカルカはやけくそ気味に開き直ると、両手を広げ、できるだけ女神っぽく威厳があるように見せて、幸せの歌を歌った。
それを耳にして、ダリルが機転を利かす。
「――くそっ! 女神の歌か! 力が奪われる…!
いくぞ、淵、カルキノス! 勝機は失せた! 撤退だ!!」
「おう!」
2人とともに野次馬の一角に飛び込み、通りの角まで走って姿をくらませる。
「女神よ」
エオリアはルカルカの手を取りかしずいた。
「あなたのご威光におびえて、ナラカ王の手下は去りました。さすがはわが女神です」
「い、いえ…。えー……これもすべて一角獣…? 座の……えーと……シュテルン? リッターであるあなたの忠義の輝きによるものです」
で、いいの? エース?
視線で問いかけるがエースはニヤニヤ笑って見ているだけだ。
ルカルカを女神と崇め奉っているエオリアの姿は、そう見られるものでもない。ここぞとばかりに堪能するつもりなのだろう。
こめかみに指を添えつつ、メシエがもう見ていられないとヒプノシスをかけた。
「以上をもちまして寸劇は終了です。ご観覧いただきましてありがとうございました。お話が気になられた方は、ぜひ『星座の闘衣を纏いし戦士達!』をご覧になってください。TSURUYA・ツァンダ支店で絶賛好評レンタル中ですわ」
集まった野次馬たちにリリアがにっこり笑って告げる。
「これで野次馬たちも、宣伝劇か何かだと思ってくれればいいが…」
「エオもな。目が覚めたら少しは鬱屈したのが発散されてりゃいいけど」
石畳に転がっているエオリアを見て、ふうと息をつくと彼を抱き起こしにかかる。
「エース。ずい分他人事のように言っているが、きみはあとで説教だ」
「え? なんで?」
本当にわけが分かっていない様子で、エースは目をぱちくりさせた。
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