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リアクション
♯1
どこかぼやけた青空の下で、その歪な秘密兵器は秘密という言葉をどこまで自覚しているのかわからない騒音をあげながら、ゆっくりと進んでいた。
「もう戦闘は始まってる頃か」
「こっちは随分前から、ずっと戦場にいるようなものじゃ。全くこのじゃじゃ馬ときたら……」
柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)とアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)はガタガタ揺れる土台の上に乗って、作業を続けていた。
戦車四台をくっつけて、その上にプラヴァーに利用されるプラズマキャノンを乗っけた自走プラズマキャノン(正式な名前はまだ無い)の調整作業が未だに終わらないまま、作戦開始時間が到来してしまったのである。
「試し撃ちしたのいつでしたっけ?」
「日本でしたのが最後じゃな」
「でもそれはテスト用のでしたよね」
「別物であると言われれば、その通りじゃな」
「ちゃんと動くかな」
「動かさんといかんのじゃ」
ガタガタガタガタ……。
自走プラズマキャノンに利用されているプラズマキャノンは、プラヴァーに利用されている武装であり量産もされ実績もある。とはいえそれは、プラヴァーに装備されている時のものであり、そこから取り外して理屈の上では必要なエネルギーを供給できるリアクターを接続したこの急造兵器が動作する保障にはならない。
だからこそ、日本からロシア経由で二人はヨーロッパの空気を吸っているのだ。
「師匠、リアクターの調子はどうですか?」
「今のところは問題無しじゃ。質のいいのを厳選してるからの、こっちの心配事は、むしろ外因じゃのう」
自走プラズマキャノンは、リアクター回りがむき出しになっている。後付された部分なので仕方ないが、まともな防御機能が用意できていないのはやっぱり問題だ。
「ま、そればっかりは皆に頑張ってもらうしかないのう。ん、何かあったか?」
「何かあったみたいですね」
司令部が妙にざわざわしているのに気付いた二人は、台から飛び降りて様子を見にいった。
この作戦の司令である熊のような体格のヒゲ面としか形容できない、セルゲイ大佐が困惑した様子で部下達と何かを話している。緊迫しているわけではなさそうだ。
二人の顔を見ると、「そうだ」みたいな顔をして近寄ってきた。
「君達ならもしかしたら彼女が言ってる事の意味がわかるかもしれない、是非一緒に来てくれ」
「どうしたんじゃ?」
セルゲイは歩きながら、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)と名乗る人物から通信が入っているのだが、彼女が伝えようとしている事がよくわからないのだ、と説明した。
二人は顔を見合わせる。
「あまり長くないといいがのう」
『我が愛する民よ、数多の侵略者の手を尽く払い除けて来た勇者の血を引く者達よ、英国を滅ぼさんと土足で我等が母なる大地を侵す者が今また現れた』
上空にあがると、風がすごく冷たい。
アニマ・ヴァイスハイト(あにま・う゛ぁいすはいと)は自走プラズマキャノンの空から遠くの空を眺めていた。
『ゆえに、妾は再び降り立った。かつてこの国を治めた時と同じく、戦いの熱気の真っ只中に、其方達の中で生きそして死ぬために。たとえ、この身が塵となろうとも我が神、我が王国、我が民、我が名誉そして我が血のために!』
通信機からは、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)の凛とした声が続いている。
「機雷が出てきましたか……」
遠くの空には、ぽつぽつと黒い粒が目視できる。フーセン蟲と名付けられた怪物は、大樹を中心に空を覆って航空機の空路を塞いでくる。移動は遅くアニマにとってはさしたる障害にはならないが、国連軍の航空機では対処が難しく、地上部隊のみで攻略しなければならなくてはなってしまった。
航空戦力が投入できない火力不足を補うために、自走プラズマキャノンという兵器が導入されたのだ。
『こうして、英霊として再び命を得ても、妾の身体は脆弱な女の肉体だ。だが、私は王の心、精神、そして魂を持っている。
おそれるな。
妾自らが先頭に立ち、其方達全員の勇気に報いよう。妾は既に栄誉に値する其方達の勇気を知っている。私は王の言葉において約束する、我等は勝利を手にするのだ!』
「しかし、ドイツの空で大英帝国の女王の演説を聞く事になるとは思いませんでしたね」
一通り周囲を警戒した結果、まだ司令部近くには敵の姿が無いのを確認して、アニマは地上に一旦降りた。
司令部に顔を出し、偵察の様子を報告しにいくと、桂輔とアレーティアと大佐が困惑した様子で顔を見合わせていた。
「どうしたのです?」
「アニマ、おぬしは黒血騎士団というものは知っておるか?」
「はぁ、初めて聞く単語だと思いますが」
話によると、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)からそういった団体への攻撃はするべきではない、といった話をされているのだという。
「アルベリッヒって確かイギリスにいるんだよな。やっぱりよくわかんないよ」
アルベリッヒは現在監視付きでイギリス出張中だったはずだ。とはいえそれはこっち、アナザーではなくオリジンでの話しである。
四人で困惑していると、はっと大佐が顔をあげた。
「おお、どっかで聞いた事ある名前だと思ったが、そうだ、アルベリッヒっていうのはイギリスの若い学者さんだろ。けど、確か自殺したって数年前にニュースになっていたな」
「お亡くなりになられている、と」
「ふむ、死者を殺すな、か。ますます意味がわからんのう」
『このエリザベス1世、再び祖国の為に、全てを捧げ、其方らと共に起つ! いざ征かん!』
「なんか楽しい事になってるね」
通信を傍受している裏椿 理王(うらつばき・りおう)と桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)のスピーカーからは景気のいい言葉が流れている。
「口頭の命令だけで対処できるのなら、問題無いんだけどね」
屍鬼乃の足元にはバラバラの基盤が転がっており、手にはドライバーがある。
「そうですね、問題はもっと単純なものですから」
アルベリッヒの手にもドライバー。国連軍が行っている通信を傍受するためのラジオを人数分作っているのだ。こういった小道具ぐらいなら、道具さえあれば簡単に作れるし、国連軍の通信も暗号のような厄介なものはかかっていない。相手がそういったものに頓着していないのだろう。
「そんなにそっくりだとは思わないけど」
「私達は今までダエーヴァ以外にもインテグラルなどを知っていますから、違いを認識しやすいのでしょう。私も昆虫の個性なんて見分ける事はできませんし」
ダエーヴァの怪物、とりわけ似ているとされている親衛隊と黒血騎士団を並べてみたとして、違いを認識できないほど似ているかというと、そこまでではない。共通点としては、どちらも鎧っぽいことや、黒色である事と、あとはシルエットが人間に近い、といったぐらいだろう。相違点の方が探せば多い。
だが、どちらも祖はインテグラルの技術から流れるものであり、近くはなくとも遠くない存在だ。例えるなら、犬や猫の品種のようなものだろうか、品種が違っても犬である事を違える事がないように、ダエーヴァらしきものと認識できるのは大きな問題だ。
彼らが国連軍と行動を共にしない理由の一つも、そこにあるのだろう。どういう心情がそこにあったとしても、人間とは違う形態を持つ彼らに国連軍が全幅の信頼を置くかというと難しい。様々な種族が存在するシャンバラで活動する契約者にとっては、見た目の違う仲間なんて今更何をと思うだろうが、人間しかないこちら側では深く大きな溝だろう。
「ま、どちらにしても、こっちでやる事はかわらないしな」
出来上がった傍聴機を机に置きつつ、理王はアルベリッヒに視線を向けた。
「ところで、何でこっちで彼らに協力しようと思ったんだ?」
「それは……せっかくのトラブルですし、上手くすれば自由の身になれるかと思いまして」
「あまり面白くないよ」
「……大した理由ではないんですよ。ただ、こっちでもあっちでも、あの人全然変わらなくて、ちょっと苛立ちをね。いいか悪いかは別に、特別な力を持たされた人間がああも回りの考えに流されるままにしているのかとね」
「周りに流されて、るね、確かに」
「まぁ、それが彼らしいと言えば彼らしい部分でもあるのですが。有能な人なんですが、それを自分のために発揮できない病気にかかってるんですよ」
「誰かが見てないと、危なっかしい感じなんだね」
「今この中では、一番年上なんだけどな」
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