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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第三章 幕臣1

 二千五百年という長い太平のもと、マホロバは繁栄を続け、独自の文化が華やいでいた。
 歴史の中でみれば、人々にとって戦のほとんどない平和な時代といえる。
 しかしまさに今、国の根幹を揺るがすような事件と外国からの侵攻という、未曾有の危機に見舞われていた。
 マホロバの前将軍、鬼城貞継(きじょう さだつぐ)の書簡が見つかったという出来事に、マホロバの幕臣が急遽集められることになった。
 『エリュシオン龍騎士に対抗するための組織作りと海空挺の強化を行うべし』
 マホロバ城にて、今後の方針が話しあわれる。


 老中をはじめとした大名役や、大勢の旗本役を前に、マホロバの旗本となり、葦原藩で第四階梯に登った武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)は先手をきった。
「皆々様にお願いがある。我ら幕臣が幕府を立て直すために必要な事は、まず意識改革を行うことからだと肝に銘じてもらいたい。『伝統を残し、外国から素晴らしい部分は受け入れる』――エリュシオン龍騎士に対抗するには、外国の力を受け入れることも必要なのだ」
 牙竜の開国派ととれる発言に場内はいきなり紛糾していた。
 旧大老派はこぞって反目する。
「武神守(たけがみのかみ)は、改革の志半ばに倒れられた大老楠山(くすやま)様の労を泡とするおつもりか? ……開国などと、マホロバがどうなっても良いとでも?」
 『外国を打ち払うべし』との声をいち早く上げていた暁津(あきつ)藩も、マホロバ人のやることではないといきり立った。
 暁津は暁津勤王党という過激派集団を抱えている。
「外国にこびへつらうなど、武士のやることではないわ! 一歩たりとも、異国のものにマホロバの地を踏ませるものか!」
「しかしそれでは、エリュシオン龍騎士には勝てないんだ。それは、皆もわかっていることだろう。外国の力を取り入れることでこの国の将来を危惧するのは、俺も同じだ。だが、このままでは手も足も出ないうちに、あっという間にエリュシオンに飲み込まれてしまうだろう」
 牙竜は、貞継の直筆をいう書簡を手に取った。
「貞継公も悩んでいたはずだ。それでも、決断された。鬼城というマホロバ人の血に、地球人という新しい血を入れたんだ。俺はこれを『混迷するマホロバと幕府を立て直すためには、新しい風が必要』としたのだと受け止めている」
「それほど言われるのなら、なにか策はあるのだろうな。ただ外国を受け入れろなどと、誰も納得しませんぞ」
 他の幕臣たちも牙竜の提案を注視している。
 牙竜は喉がカラカラになるのを覚えながら、こう切り出した。
「対エリュシオン龍騎士のため、マホロバに必要な『情報収集』と『外国の力の受け入れ』のため、我々地球人やシャンバラ人がマホロバ幕府とともにその構成員となる必要がある。私も志願することをお許しいただきたい」
 場内がざわめいた。
 「自身の出世のためではないか」という怒号も響き渡った。
「そうではない。万が一、シャンバラでさえもマホロバの敵に回ったとき、どうやって生き残るというんだ。マホロバはもう、ただの島国じゃない。この世界に存在してる国なんだ。それを消させたくない」
 幕臣たちが我を忘れて口々に話し合っている。
 牙竜はこれを良い兆候だととらえた。
「俺たちにはまだ『扶桑』がある。扶桑があれば、世界樹同士で繋がることもできるかもしれないんだ。俺の知っているイルミンスールという世界樹とも……な。何かの保険に使えるだろう」


「お疲れ様でした、牙竜。迫真の『説得』素敵でしたよ」
 牙竜の元恋人でストーカーとなりつつある龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が彼をねぎらう。
 牙竜は疲労困憊といった様子で、彼女の胸の中に倒れこんだ。
「灯……大変なことなったぞ」
「何がですか?」
「俺……幕府の『陸軍奉行並』だとよ。言い出したからにはやって見せろと」
「え? ええ? すごいじゃないですか! お赤飯炊かないと!」
「赤飯?」
 牙竜は別のことを想像してしまい、ちょっと顔を赤らめた。
「 ……あ、ああ、そうだな。祝い事だもんな、たぶん。でも食ってる暇ねーな。これから篠宮 悠(しのみや・ゆう)んとこにいって話つけないと」
 牙竜はこれからのことを考えるだけで頭がいっぱいだった。

卍卍卍


 暁津藩藩邸。
「ご協力感謝いたします。おかげで幕府も一歩前進できそうです」
 重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)が暁津藩士に礼を述べる。
 牙竜の命で、書簡で根回しをしておいた。
「いや。我々は開国には賛同していない。しかし、将軍後見職の水登(みと)鬼城家当主鬼城 慶吉(きじょう・よしき)様がおっしゃるなら仕方ない。暁津はいまだ、将軍家にお仕えしているのだから……」
 しかし、リュウライザーが帰った後、暁津藩士の本音が出る。
「マホロバがどうなるか、幕府がどうなるか。我々が見極める必要があるな。しかし今度の新しい将軍後見職様は何を考えておられるか、まるでつかめぬ……開国をお認めになるとは……」

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 マホロバ城。
 武神 雅(たけがみ・みやび)が旧大老派に挨拶をして、戻るところだった。
「では、将軍後見職の慶吉様にも、お取り計らい感謝しますとお伝えください」
 雅を下がらせた後、旧大老派の家臣たちは慌てて慶吉に掛け合った。
 まさか、鬼城御三家のものが、開国を認めるとは思わなかったのである。
 しかし、鬼城慶吉は平然とこう答えた。
「旗本といっても、よそから来た新参者の言うことだろう。マホロバの何を知っているというのか。そのうち考えを改めて、幕府に……将軍に、泣きついてくることだろう」