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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第二章 第四龍騎士団2

蒼の審問官・正識(あおのもんしんかん・せしる)様、今がシャンバラと決別するときです」
 瑞穂の城でファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)が、出かけようとしている瑞穂藩主を捕まえていった。
「……あら、これからどちらかへ行かれるのですか?」
「ああ、少し。それで?」
「マホロバの政についてです」
 ファトラは、旧態の幕府ではマホロバの舵取りは困難であること、自浄作用はないことを訴えた。
「瑞穂藩が船頭を取り、マホロバを導くのです。身分制度も廃した、理想の国を。幕府内で改革するよりも、一から作り直したほうがはやいでしょう。それには、シャンバラの介入には注意しなければなりません。マホロバは帝国との関係とより強めるべきです」
「私もそう思っているよ、ファトラ。それには幕府が倒れてもらわないとな」
 ファトラに付き従っていたマホロバ人白鋭 切人(はくえい・きりひと)が、賛同する。
「そうとも、幕府をマホロバから葦原島まで追い出すことだ! せめてヴァイシャリーが落ちれば、シャンバラも余裕がなくなって、こちらの好期だったんだがなあ」
 帝国はシャンバラへの侵攻を開始していたが、思うほど進んではいない。
 正識にもそれは気がかりだったが、すぐにそれを否定した。
「アスコルド大帝陛下に誤りはないだろう。そのときを待てばいい」
「鬼鎧は? エリュシオンにとっては邪魔だと思うが」
 正識は「それについては、手を打ってある」と言った。
「日数谷によると、葦原の鬼鎧は『鬼の血』必要だとか。鬼も、純粋なマホロバ人も消えかけている今、どうやって『鬼の血』を得ようと言うのか。頼みは鬼城家の『天鬼神の血』なんだろうが……」
 冷たい声が響く。
「鬼の血はまとめて始末すれば良い」
「では、穂高(ほだか)は……マホロバ将軍の血を引く、穂高様は……」
「可能性の一つとして残しているが、何か?」
「……いえ、マホロバの旗印に掲げればと思って」
「そのときがくればそうなる。ユグドラシルの思し召しのままに……」
 正識は十字を切るとそう言って、瑞穂城を後にした。

卍卍卍


「にいさま? 正識(まさおり)お兄様がお戻りになってるの!?」
「ああ、若殿様は、草の根分けても日数谷 現示(ひかずや・げんじ)たちを探しだそうとしている。もっとも、マホロバ侵攻のための、体(てい)の良い言い訳のようにも思えるが」
 葦原明倫館紫月 唯斗(しづき・ゆいと)の報告に、瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)は一瞬顔を輝かせたが、すぐに消沈した。
「きっと怒らせてしまったんだわ……」
 睦姫は僅かに身震いし、雪千架を掻き抱く。
「私が死んだことになっていて、本当のことが言えないのがどんなにもどかしいことか。真実を知ったら、きっとお許しにはならないわ。厳しい方だもの」
 睦姫は唯斗たちとともに、一箇所にとどまらずにマホロバ中を転々と移動した。
 国外に逃げることもできたが、まだこの国にとどまっていた。
「睦姫、正識について何か知ってないか? 若殿様の目を覚まさせてやりたい。天子がマホロバを見捨てたわけないだろう? 日数谷にも伝えてやりたいんだ。最悪の場合、葦原に呼ぶことも考えてる」
「お兄様は、一度決めたらそう簡単には翻さないと思うわ」
 唯斗は睦姫の怯えようが気になった。
「そんなに怖い兄貴なのか? 妹にも?」
「いいえ、先代の瑞穂の大殿様はあまりお子に恵まれなかったの。正識兄様は養子。私は分家の姫だったから、血は繋がってないわ。でも子供の頃は、本当の妹のように可愛がってくれた」
 睦姫は遠い懐かしい記憶を思い出しているようだ。
 そのときアリスの紫月 睡蓮(しづき・すいれん)が、血相を変えて飛び込んでくる。
「唯斗兄さん! 大変です、上空に龍騎士の姿が! もしかして、私たちのことが知られたんでしょうか!?」
「何だと! エクスとプラチナムはどうしてる?」
「エクス姉さんが敵をひきつけるって……今のうちに逃げてください!」
 唯斗は急いで支度をさせ、この場から立ち退く。
 万が一に備え、普段から邪魔な荷物類はほとんど持たないようにしている。
 唯斗たちが後方から逃げるのを確認して、剣の花嫁エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)がわざと見つかるように龍騎士の前に躍り出た。
「睦姫の所には行かせんよ! わらわが相手になってやろう!」
 エクスが光条兵器の長い双剣を構える。
「了解しましたマスター。私が追跡をかわしますね」
 魔鎧プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が、白金の闘衣となる。
 唯斗たちに護られながら逃げる途中で、睦姫は空を見上げた。
 太陽の光を受けて輝く龍の姿と、正識の姿が重なる。
「そういえば、兄様にもらった十字架(ロザリオ)。どこか……大奥に置いてきてしまったのかしらね」


 それから程なく、瑞穂藩を拠点とした第四龍騎士団は動きを開始した。
 手始めは、逃げている瑞穂急進派の捜索と称しての、マホロバ侵攻である。
 龍騎士をいうエリュシオン帝国最強の軍が空を駆ける。
 その数、数千――。
 マホロバの人々は恐怖におののいていた。