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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第一章 東雲遊郭6

胡蝶(てふ)が気に入った! 全財産出すぜぃ!」
 七刀 切(しちとう・きり)は啖呵を切って、どんと金を置いた。
 妓楼『竜胆屋(りんどうや)』楼主、海蜘(うみぐも)は目を細めながらそれをみている。
「まあ、すごいお金……どれくらいおありでしょうねえ」
「ざっと14万Gだ。マホロバの価値で言ったら百四十大判といったところだろ?」
「ええ、ええ。それはもう。見習いにこんな大金を積んだ方はおりませんねえ」
「だろう? じゃ、話をまとめてくれよ」
「そうですねえ、胡蝶に聞いてみませんと。胡蝶! こっちにおいで」
 海蜘に呼ばれて、ティファニー・ジーン(てぃふぁにー・じーん)は目を丸くしていた。
「わーお。すごいデスネ!」
「やっぱティファニーじゃねーっすか! ともかく俺が買う……っていういいかたも変だが、引き取るよ。ここにいた事情、きかせれくれよな」
「うーん……それがデスネ」
 ティファニーはチラと海蜘を見る。
 楼主は不適な笑みを浮かべていた。
「七刀様、実は他にもティファニーを身請けしたいという方がおりましてね……」
「なにぃ? ドコのドイツだよ?!」
 切が目を三角にして立ち上がると、奥のほうから大きな声が聞こえた。
「せやから『846プロ』社長の日下部 社(くさかべ・やしろ)や。胡蝶(てふ)っちゅう可愛い娘のお披露目に、俺を招待してもらえまへん?」
 社は名刺片手に上がりこんでくる。
「俺が何処の馬の骨かも知らん奴から、ティファニーちゃんを守るんや。そして『846プロ』にスカウトしたる!」
「だ、誰が馬の骨だ。そっちこそ、すんげえ怪しいんだが?」と、切。
 しかし、社は目の前に堂々と紙を広げた。
「こちらはれっきとした商売やからな。ちゃんと出資者もおる」
 そこに連なる名前は以下の通りである。

『846』共同出資者(順不同・敬称略)
日下部 社(くさかべ・やしろ) 10万G
風祭 隼人(かざまつり・はやと) 5万G
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう) 20万G
紫月 唯斗(しづき・ゆいと) 7万G
樹月 刀真(きづき・とうま) 30万G
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと) 5万G

「全部で……な、ななじゅうななまんゴルダだとおぅ! んな、ばかな!」
「うそ偽りない数字や。海蜘はん、これで決めてんか」
 社はその間にも、そそくさと名刺をティファニーに渡している。
 彼のおしゃべりは止まらず「ティファニーちゃん綺麗やわあ」とか「一緒に帰ったら何しよか」と話しかけていた。
 海蜘がキセルをぽんと置く。
 楼主はニコニコとした笑顔で言った。
「あい判り申しました。遊郭にも一応しきたりがございますゆえ、後日またお知らせいたします。今日のところはひとまず、お引きとりを」
 二人を丁重に帰したたあと、海蜘は胡蝶の姉遊女である暁仄(あけほの)を呼ぶ。



「暁仄! ……一体、ありゃあなんだい!うちの見世のっとる気じゃないだろうね!?」
 笑顔とは一転、般若のような顔で叫ぶ海蜘。
「女将、落着いて。あのお大尽たちは胡蝶にしか興味がないよ」
「お大尽て……あの若さでかい? 胡蝶はどこぞのお姫(ひい)さんかい? 見習いにあんな大金出すわけないだろ!?」
「さあね、前はお城の大奥にいたらしいけど」
「とすれば、いわくつきの娘かね。お上に目を付けられてるとか? オオ、嫌だ。さっさと売っぱらっちまいたいよ」
 暁仄はじっと黙って聞いていたが、ティファニーを呼ぶときつく問いただした。
「胡蝶。さっきの男たち、お前の何なんだい?」
「……さっきの? ミーの知り合いデスよ」
 そういい終わらないうちに、暁仄はティファニーの横っ面をひっぱたいた。
「本当のこといいな。お前、あいつらと寝てないね?」
「ひ……ひどいデス。ミーは何も……」
「何もなければ、あんな大金出すかい。もしお前が生娘じゃなかったら、初客になんて言い訳すんだい。ええ?」
「ミーは何も知らないデス」
 涙を浮かべる胡蝶にもう一度手を上げようとしたとき、暁仄はいつのまにか背後から手首を掴まれた。
 暁仄が驚いて振り返ると、そこには百合園学院のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が立っていた。
「ごめんなさい。立ち聞きするつもりはなかったんですけど、あまりにも酷いと思って。その娘さんは嘘は言ってないと思いますよ。だから、叩くのはやめてください」
 ロザリンドの強い言葉に、暁仄は手を下ろした。
「これは内輪のことですから、ほっといてくれませんか。そもそも貴女はどういう……?」
 海蜘が胡散臭そうな目でロザリンドを見ていると、彼女は持ってきた大判を見せた。
 100万Gはあるという。
 楼主は目をむいた。
「申し遅れました。実は、借金が元で売られた遊女たちの身請けにきました。辞めたがってる人や別の特技や才能のある方々ひとりひとり話をしたいんです」
「アンタ、人買いかね」
「そう思われても仕方がありませんね。でも、私は身体を売るとか好きになれません。今の境遇から抜け出したいを思う人を助けられたらと思って……」
 海蜘が何か言いたそうにしているのを、暁仄が制した。
「お嬢様、ここではなんですから。外の茶屋にでもいきませんか」
 暁仄はロザリンドを連れ出すと、表通りに向かった。

卍卍卍


「ここは普通の茶屋ですから、ご心配なく」
 暁仄は団子とお茶を勧めた。
 ロザリンドは湯飲みに口つける。
「マホロバのお茶も美味しいものですね」
「セリナ様、単刀直入に申しますが、遊女を集めて新しい女郎屋でも開くおつもりですか? それはいくらなんでも流儀に反します」
 ロザリンドが茶から唇を離す。
「いいえ、先ほど言った通りです。相互扶助を行えるような場所を作りたいのです」
「マホロバの人間でもないのに、ですか。地球のお方は金の使い道に困るほどよほどお持ちなんですねえ」
 暁仄は伏目がちに言う。
「遊郭に売られたものは、ほとんどが読み書きも出来ない貧しい村の娘達や、生まれたときから廓育ち。ここしか知りません。それを見込みのある娘だけは何年もかかって所作や教養を叩き込まれる。しかし、例えここから出ても、遊郭出身という扱いは消えません。やがて私娼屈に堕ちるのが関の山」
 暁仄は薄く笑っていた。
 自嘲しているかのようだ。
「遊女に職を就けさせるって、遊女は本当に『それ』しか知らないんですよ。男を悦ばせることしかね。世間のことなんざ、遠い世界のこと。それに遊女一人ひきとったら、その後ろに親兄弟、親戚がつきてきますよ。村ごと引き取るおつもりですか」
「……私が途方もないことを言ってると思ってるのですね。例え何も残らなくても、一人づつ増やして、その基礎固めが出来ればいいんです」
「セリナ様、同じ女として、アタシたちのことを思ってくださってんですね。でも……」
 ロザリンドが顔を上げると、目の前の美しい遊女はこれまでにない厳しい目をしていた。
「貴女様はほんの一時の出来事でしょう?アタシは『竜胆屋』の看板を張って、暖簾を守ってきました。アタシの姐さんもまたその姐さんもね。アタシが育てている妓をもっていかせませんよ」