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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第一章 東雲遊郭8

 ここは影蝋茶屋。遊郭の中でもさらに秘密めいた場所――
「優男かと思ったら、着物の下は腕も肩も腹も引き締まった硬い肉だ。随分と鍛えているのですね?」
 影蝋の霞泉(かすみ)こと天 黒龍(てぃえん・へいろん)は首筋にかかる甘い吐息に目を細めた。

 ごしきと呼ばれた男は何も答えない。
「ここ(東雲)を……出たいと思った事はないのですか?」
 黒龍の問いに、ごしきはようやく返事をした。
「先ほどから私に尋ねてばかりだな」
「気にさわったのなら謝ります。ただの新参者ゆえに、貴方のような方を手本にしたいと思ってね……」
「手本?」
 ごしきは動きを止めると、黒龍を仰向けにひっくり返した。
 黒龍がごしきを見上げて言う。
「普段何をしているのか、楼へ来たのはいつなのか、なぜここにいるのか……知りたい」「知ってどうする」
「私もこのような成りです。よく女に間違われる。『それ』が自分のさだめなのかと思ってね」
 そう言って、黒龍は自嘲気味に笑った。
 彼の美しい緑の黒髪が上下に揺れる。
 成り行きとはいえ、本心でもこのような事態に苦笑するしかない。
 ごしきは愛想もなく、短く答えた。
「ならば受け入れ、与える側の人間になればいい。お前にはその資格がある」」
 黒龍はごしきの蒼く光る瞳の奥に、並ならぬ強い意識を感じた。
「しかしまさか……あなたが……とは」
 黒龍は悦楽とともに、自分を呼んでいるような筑の音を聴いていた。



「黒龍くん……」
 英霊高 漸麗(がお・じえんり)は衝立(ついたて)一枚はさんだ向こうで、筑を奏でていた。
 目が見えない分、耳は良い。
 黒龍たちの睦言はもちろん、衣擦れの音から、今何をしているのかさえ鋭敏に感じ取れる。
「ふん、そう簡単に手なづけられる黒龍ではない。安心せい」
 仮面に顔を隠した黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が行灯を持って入ってきた。
 彼女は楼で用心棒として雇われている。
 その見廻りだ。
「それは、わらわの役目じゃからのう」
「姫さまはいいの?」
 漸麗は子供っぽく首をかしげた。
 大姫は嘆息まじりに答える。
「何をするべきかわきまえておる。わらわも、黒龍もな。一線は越えまい」
 大姫は衝立を見遣った。
 人間不信の黒龍がそう簡単に他人に心体を許すとは思えない。
「ところでさあ……さっきから気になってるんだけど。ここって、時計あるの?」
 漸麗の突然の問いに、大姫は辺りを見渡した。
「いや。時間は、線香や蝋燭の燃え具合で計ってると聞いたが」
「そうだよね。でも規則正しく刻む音が聞こえるよ」
 漸麗の耳は確かだ。
 大姫が立ち上がりふと衝立を覗き込むと、ごしきの背中ごしに床(とこ)の置かれ左右に揺れる黄金の秤が見えた。
「これか……? なぜこのような場所に?」
 規則正しくゆらり、ゆらり揺れている。
「もうすぐ『影』の時間か。『鬼』が騒ぎだす頃合だな……」
 ごしきが、そうつぶやいていた。