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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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 そして、夜が明け、太陽が顔を覗かせる。
(リンネさん……義兄さんから聞きました。リンネさんが行かなかった理由、お察しします。
 『魔王』はリンネさんたち以外に動かすことが出来ない。そして、その力が必要になるかもしれない。何が起きるか分からないのだから……)
 自室で、着替えを済ませた博季が、“義兄さん”であるコードからもたらされた通信を思い返す。今も、『魔王』の操縦に習熟しようとしているのであろうリンネを思うと、胸が熱くなると共に、ここでの自分たちの振る舞い次第では、『魔王』が出撃しなくてはならない事態が発生してしまうのでは、と思い至り、途端に不安になる。
「あら……ふふ、嫌ね、そんなはずないのに」
 と、そこに西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)の声が聞こえ、博季は不安な思いを振り払いつつ答える。
「どうしたんですか? 幽綺子さん」
 首を傾げる博季を見、幽綺子がもう一度ふふ、と微笑み、口を開く。
「その姿……卿に似ているわ。後姿なんか、特に」
「卿……フォルテッサ卿に、ですか? 僕が?」
 予想していなかった言葉を言われ、博季が戸惑いと、そして嬉しさを滲ませた表情を浮かべる。
「貫禄とは少し違うけれど、男の子ね、やっぱり。
 ……『真っ直ぐな想いは、必ず届く』って信じてるんでしょ? だったら、貫きなさい。貫き通して来なさい、貴方の想いを」
 幽綺子の言葉に博季は、幽綺子は自分の不安な気持ちを察した上で、励ましてくれているのだろうと思い至る。
「そう……ですね。そうします」
 言った博季の、縮こまっていた背中が伸び、顔付きもどこか、自信に溢れたものになる。
(本当に……そうやって胸を張っている姿、本当にそっくりだわ)
 再び背を向け部屋を出ようとする博季を見つめ、幽綺子が今はまだ言うべきでないことを心に思いながら、博季に同行して部屋を後にする。


 朝八時の集合時間までには、昨日と同じ顔ぶれが揃っていた。
「君たち、おはよう。……会場警備の件についてだが、武器の携行をしないこと、ミスティルテイン騎士団の者と同行すること、という条件付きで許可された。こちらも昨日の件で人手が不足しているのでな、補充要員という形を取らせてもらった。不服かもしれないが、よろしく頼む」
 ノルベルトが、昨日この場で申請のあった会場警備についての結果を報告し、報告を受けたレンが分かった、と頷く。
「ま、安心しな。EMUのお歴々には契約者の脅威と、『冒険屋ギルド』のアピールしといてやったから」
 ちょっと酒臭いザミエルは、確かに言葉通りに『子供にすら見える者もいる契約者が、エリュシオンの七龍騎士を退けたこと』『その契約者が多く所属する『冒険屋ギルド』という組織が、イルミンスールに近しい立場をとっていること』をEMUのお歴々にアピールしたようであった。
「ああ、感謝する。では、警備について詳細に入ろうか」
 レンは特に気にした風もなく、ザミエルに感謝の意を伝え、昨日から話を付けていた者たちと詰めの調整を行う。一方諮問会に参加する契約者へは、普段はイルミンスール魔法学校の教職員を務めているラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が、助言を行っていた。
「EMUが求めている情報は『大ババ様の不在理由』と『ミスティルテイン騎士団の活動内容』でしょう。……しかし、両者はイナテミス攻防戦の際の『裏切り行為』において非常に密接な関係があり、素直に報告すれば、邪推されて質問攻めに合うのは、火を見るよりも明らかでしょう」
 EMUの認識は、イルミンスール魔法学校という組織はミスティルテイン騎士団の管理下にあるものという印象であった。実際のイルミンスールは多くの内外の契約者によって支えられているのだが、誰が管理しているのか、という問いに一つの答えを出すなら、ミスティルテイン騎士団である、という答えになるだろう。そういう事情を鑑みれば、ラムズの言葉は正しい。より分かりやすくするなら、『ミスティルテイン騎士団が管理下に置いているとEMUが思っているイルミンスールの活動内容』となる。
「両者の関連性を薄める為には、まず諮問会の最初に『不在理由』を報告し、その後多くの『騎士団の活動内容』を挟み、その一環として攻防戦の『裏切り行為』を、触り程度に報告すると良いでしょう。間に別の報告を挟む事で両者の間には距離が生まれ、その関係に気付く者もぐっと少なくなるでしょう。
 勿論、勘の鋭い方に気付かれ、両者の関係を問われるかもしれませんが、此方が自然な態度を崩さない限り、どうとでも取り繕う事が出来るでしょう」
 多くの視線を浴びつつ、ラムズの言葉が続く。
「これは当然の事かもしれませんが、相手を敵と考えてはいけません。EMUの方々は、確かな情報がなくて不安がっているだけなのです。
 報告を行っている間、ホーリーアスティン騎士団の存在は『ないもの』と考えて下さい。どんなにきつく言われても、自然体である事を心がけて下さい。脅しやハッタリは最も恥ずべき行為です。脅されて黙っている相手はいません。必ず情緒的な反感を買うでしょう」
 その言葉を耳にして、目深なフード付きのローブで身体をしっかり覆っていたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)ははたと考えるが、すぐにまあ、良いでしょう、と思い至る。『無言の圧力』が脅しに値するかどうかの話だったのだが、その元となる闇の魔力や瘴気の類は彼が意識せずとも漏れているので、意図あってやっているわけではないと切り抜ければどうとでもなるだろう、という判断に落ち着いた。
「再度言いますが、相手は敵ではありません。それどころか、陰ながら私達の事を助けてくれる仲間なのです。
 それを常に念頭に置き、自然な態度で諮問会に望んで下さい」
 ラムズが言葉を締めくくり、頷いた契約者一行はノルベルト、ルーレンとフィリップと共に、会場となる建物へと出立する――。

「……で、主は出席せぬのか?」
 人の少なくなった――とはいえ、それまで参加者を世話していた魔術結社の者などは、この場に残り当主の帰りを待っていた――場で、シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)がラムズに問う。
「付け焼刃程度の記憶力で参加しても、ボロが出てしまうのが落ちですよ。それよりは、彼らに任せた方が有意義です」
「まぁ、否定はせぬが……終わるまで暇になってしまったな」
 現在が八時半、諮問会終了までには少なく見積もっても三時間以上はある計算だ。
「三目並べでもしますか?」
「『勝つ為には戦わない方が良い』じゃろ?」
「正解です」

 三目並べは、先手と後手が最善を尽くした場合、必ず引き分けになる。勝つためには戦わない事を学べる一つの題材でもある。
 しかし現実は、往々にして戦わねばならない事態が発生する。今回の場合は例えば、ホーリーアスティン騎士団が先手で、ミスティルテイン騎士団が後手で、しかも先手は後手が参加するしないにかかわらず手を打ってくるという状況である。
 手を打たねば、負ける。つまりミスティルテイン騎士団は、『引き分けに持ち込むために戦う』必要があった。

 先手のホーリーアスティン騎士団が打った手は、果たして最善だったのか。また、後手のミスティルテイン騎士団が打った手は、果たして最善だったのか。
 その答えは、これから開催される諮問会に委ねられることになる――。