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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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 発言台に立った樹月 刀真(きづき・とうま)が、蒼空学園所属であることを告げると、議員たちからどよめきが漏れる。
「……申し訳ない、無礼を承知で、一つ聞かせてもらえないだろうか。君は蒼空学園所属でありながら、今日の諮問会に参加を決めたのかね?」
 手を挙げ、議員の一人が刀真に質問する。彼の疑問はこの場にいる議員の多くが共有しているものであった。欧州と日本との仲が良いわけではなく、むしろ悪い方だと言っていい現状を鑑みれば、それも当然と言えた。
「俺は、今のイルミンスールが好きです。ですから、俺なりの方法でイルミンスールの力になれれば、と考えた時に、こうするのが一番と思ったまでです」
 それに対して刀真は、参加を決めた動機を答えとして口にする。答えを受け取った議員が、納得の表情を浮かべてありがとう、と口にし、刀真の報告を待つ。
「……先ずは、騒がれているイルミンスールの現状から説明しましょう。
 イナテミス防衛戦以後、イルミンスールはカナン、キマク、そしてエリュシオン帝国の三方から狙われている……と思われているようですが、詳細は大きく異なります。
 まず、カナンは現在マルドゥーク氏からの要請により、シャンバラにある各学校から協力者がカナンに渡り、彼の地を征服王から取り戻す為に活動しています。戦況はこちらが優勢ですし、もうすぐ決着が付くでしょう。そうでなかったとしても、既にシャンバラに攻め入るだけの余裕はありません。

 キマクは距離の違いがありますが、タシガン、ツァンダ、ヴァイシャリー、ヒラニプラ、そしてザンスカールに囲まれています。仮に帝国と連携してザンスカールを襲撃した場合、必ず隙が生じます。そこを攻められれば、国土の大半が荒れ果てた地であるキマクです、到底守り切れないでしょう。現状を維持したまま機を窺っての膠着状態が続くと思われます。

 そして、ザンスカール防衛の要としての側面もある『精霊指定都市イナテミス』の防衛力は、既に報告があるように龍騎士団を退け、七龍騎士の一人を捕虜にするほどです」
 刀真の報告を、議員たちは真剣な表情で吟味する。これがイルミンスール生徒なら自画自賛、と一蹴されかねないが、相手はたとえイルミンスールを思って推参した経緯があっても、他学校の生徒である。相応のものがなければ、ここまでのことは言えないであろう。
「……また、イルミンスールとシャンバラを治めている六首長家の一つザンスカール家との関係が良好である事は、アーデルハイト様が去られた後にも関わらず当主であるルーレン・ザンスカール様がミスティルテイン騎士団の協力者としてこの場に来て下さっていることからも明白。
 もし、今後主導がミスティルテイン騎士団から変わるようであれば、この関係が白紙に戻ってしまう可能性もある、それはEMUも望む所では無いはず……ではないでしょうか」
 刀真に代わり漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が、ノルベルトと共に会議の行方を見守るルーレンに視線を運んで、今後のEMUの為にも慎重な検討を、と締めくくる。
「これらを踏まえて言わせて頂くと、現状のイルミンスールの状況は皆様が心配されているほど酷いわけではありません。
 ……無論、油断をすれば直ぐに落とされる可能性を否定することは出来ませんが、今まで発言してきたイルミンスール生達を見ていれば、それは杞憂であるとご理解頂けると思っています。それほど今のイルミンスールでは士気が高まっているのです」
 EMUは、アーデルハイトがイルミンスールを去ったことは大きな問題として取り上げているが、現場であるイルミンスールではむしろ、この機会を自分たちの成長の機会と捉え、何とかしてやってやろうという意見が生まれ始めていた。
「そして懸念すべき点は、EMUの皆様が現状から方針を変えてイルミンスールに干渉することでかえって混乱を招き、イルミンスール生の士気が下がらないか? という事です。……皆様の参考になれば幸いです」
 報告を終え、席に引き上げる刀真の耳に、議員たちの何か話し合う声が聞こえてくる。それはそれだけ、刀真の発言が影響を及ぼしたことの表れでもあった。


「……以上、これまで報告しました内容を統括し、私達は今日この場にて、イルミンスール及びイナテミスの防衛計画を発表致します」
 発言台に立ったフレデリカが、これまで契約者たちが発言してきた内容をまとめるように言う。
「ミスティルテイン騎士団……イルミンスールは、ザンスカールとの良好な関係を築き、かつ、東の都市イナテミスの発展に寄与、パラミタの一種族である精霊と親睦を深めてきました。イナテミスがシャンバラにおける戦略的重要拠点であることは、エリュシオン帝国が標的としたことからも明らかでしょう。そして、エリュシオンが誇る龍騎士団を退け、七龍騎士が一柱を捕獲せしめたことは、既にイナテミスが十分な防衛力を有していることの証明に他なりません」
 ザンスカールの一都市をそこまでに発展させたのは、紛れもない、イルミンスールとミスティルテイン騎士団である、そうフレデリカは主張し、言葉を続ける。
「また、イルミンスールはその特性上、魔法が戦力の中心になりがちです。しかし、現実には多種多様な戦術を取る敵が存在し、それらに対し魔法だけでは対処しきれない可能性があります。……私達は事前に、近接戦闘を主とする契約者を育成する組織を正式にイルミンスールの組織として認可する手筈を整えました。今後順調に組織との交流が進めば、EMUにも何らかの形でフィードバックすることも可能でしょう」
 『イルミンスール武術部』を防衛計画の一環として報告する件は、既に当事者から了解を得ている。それに、魔法と近接格闘、これらが組み合わさることで応用力が増し、より多くの事態に対処できることは、想像に難くなかった。
「さらに、イルミンスールで本格運用が始まりつつあるアルマインは、今後強化と汎用化、量産化を加速させ、いずれは地球上での運用を可能にしたいと考えています。無論、EMUにも実戦配備を検討しています」
 日本のヤマトタケルや、ロシアのサロゲート・エイコーンに対抗しうる――パラミタでは既に、恐竜騎士団や第二世代イコンも存在を確認されており、その環境下で運用されることで、アルマインはさらなる飛躍を果たせる可能性がある――機動兵器の獲得を、議員たちは夢見る。
「……私からは以上です。次にルーレンさんから、イルミンスールの長期的な計画について報告があります。……ルーレンさん、よろしくお願いいたします」
 短期的視点からの計画を報告し終えたフレデリカが、発言台に向かうルーレンとすれ違い、もう一度、お願いします、と口にしてすれ違い、席に着く。発言台に立ったルーレンは、その仕舞っていた一対の羽を広げ、ザンスカール家当主としての威厳を張り、言葉を発する。
「皆様は、世界樹が属するネットワーク、コーラルネットワークをご存知でしょうか。パラミタに根を張る世界樹の全てが繋がり合うネットワーク、もちろんイルミンスールも、ネットワークの一員としてパラミタを守護しています。
 そしていずれは、コーラルネットワークを活用し、パラミタ各国のシンボルとなっている世界樹とコンタクトを取り合い、各国との連携、協調を取り計らう、そのような立場にイルミンスールが立てればよいと考えています。……夢物語かもしれませんが、既にマホロバの世界樹、扶桑とは一度直接コンタクトを取り、生命力の授受を行いました。一朝一夕には変わらなくとも、いずれパラミタは一つにまとまる……その中心にイルミンスールがいる、そんな状況を、想像してみてください」
 ルーレンの言葉を受け、議員たちは想像を巡らせる。パラミタ世界の中心にイルミンスールが立つことは、地球に置き換えるなら、世界の中心に欧州が、EMUが立つことに変わらない、と考える。……無論、実際にそうなることはほぼないだろうが、議員たちはその想像に至ったことで、それが叶うなら何と素晴らしいことか、という思いを抱く。
「……いずれ訪れるそのような未来を達成する鍵、世界樹イルミンスールは、皆様も知っての通り、ミスティルテイン騎士団当主御息女、エリザベート・ワルプルギス様と契約を交わしております。我々ザンスカール家は、五千年に渡りイルミンスールを守護してきました。そのイルミンスールがエリザベート様をお認めになり、契約なされた以上、ザンスカール家はミスティルテイン騎士団と協調関係を歩むのは当然の摂理。もし万が一、ミスティルテイン騎士団がイルミンスールを離れるようなことがあれば、私たちも相応の対応をせねばなりません」
 物腰柔らかながら、響く言葉はハッキリと、意思を込めて議員たちの胸に届く。
「イルミンスールは只今、未曽有の危機に瀕していることは、否定出来ません。ですが、エリザベート様を始め、生徒が一丸となってこの危機を乗り越えようとなさっています。皆様にはどうか今一度、ミスティルテイン騎士団の手腕を信じていただき、導かれた生徒たちの健闘を見守っていただきたく思います。私たちはこれからも、EMUの地球上での地位向上のために行動を行う所存でございます」
 発言を終え、開いていた羽を閉じ、悠然とした表情でルーレンが引き上げる。
「……以上で、契約者による報告を終了とします。以後は質疑応答となります、議員の皆様は挙手の上、質問をなさってください」
 エーアステライトの声が響き、ノルベルトとルーレン、契約者一行がある意味最も恐れていた質疑応答の時間に入る。……が、声に反して議員たちの反応はとても鈍い。自らの傷さえも曝け出すように発言し切った契約者たちに、これ以上質問を浴びせかけ追い詰めることは、ミスティルテイン騎士団に連なる者たちはもちろん、ホーリーアスティン騎士団よりだった者たちも躊躇わせた。
「……私が気にしているのは、ザナドゥの動向だ。アーデルハイト様がそちらへ向かったということは、今後イルミンスールや周辺諸国に何らかの接触を持ってくることが予想される。それに備え、対策を講じるべきではないだろうか」
 代わりに、質疑応答の場で執拗に取り上げられたのは、ザナドゥについてであった。これはミスティルテイン騎士団に連なる者は今後の動向を気にし、ホーリーアスティン騎士団に連なる者は彼らとの接触方法についてを聞いてきた。EMUがザナドゥにあらゆる意味で興味を抱いたのは確からしいということが、この様子から契約者にも伝わったであろう。
「イナテミスファームの責任者に聞きたい、君の説明してくれた技術は、地球でも応用可能なものなのかね?」
 また、イナテミスについてもいくつか質問が飛んできた。イナテミスが独自に有する戦力、食物生産能力、それらを地球でも応用できないか尋ねる者、あるいは、それだけの力を有するイナテミスをザンスカールから切り離し、独自戦力として保有することは出来ないか――そんな駆け引きをも兼ねた質問の応酬が繰り広げられる。
「……質疑応答の時間は終了です。では、只今を持ちまして、欧州魔法議会諮問会を閉会いたします。
 契約者の皆様、また、ザンスカール家当主ルーレン・ザンスカール様、わざわざのご来訪誠にありがとうございました」
 エーアステライトが会議の終了を告げ、今回の主役である契約者一行を労う言葉をかける。
「……皆、本当にありがとう。後は私たちの仕事だ。君たちを見送ることが出来ず申し訳ないが、必ず最善の結果を持って帰る。
 帰りはミスティルテイン騎士団が総出を尽くし、君たちを無事パラミタまで送り届けることを約束しよう」
 ノルベルトの言葉を聞いた契約者たちは、自分たちがやれる精一杯の仕事をやり遂げたのだと、実感するのであった――。


「……単刀直入に言おう。俺とカナタは、あなたが代表を務めるホーリーアスティン騎士団への所属を希望している」
 諮問会終了後、議員たちの審議が始まる直前、エーアステライトの元を訪れた緋桜 ケイ(ひおう・けい)悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は、差し迫る時間の中、ある目的を胸に抱いてのホーリーアスティン騎士団所属を切り出す。
「あなた達は……なるほど、EMUの協調の必要性を訴えるからこそ、あえて敵に飛び込む……面白いですが、今の私にあなた達を招き入れるつもりはございません」
 興味を示しつつも、二人の所属希望を拒否したエーアステライトが、背を向け歩き去ろうとする。
「……あなた程の者が、パラミタと地球が陥っている危機を知らないはずがない。そうでありながら、EMUを壊そうとするような振る舞いをするのは、何故だ?」
 背中に、ケイの言葉がかけられる。この者はきっと、言葉以外の別の何かを隠している――そんな思惑から放たれた言葉を、しかしエーアステライトは無視して、そして一度も振り返ることなく歩き去っていった――。