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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

リアクション

「アーデルハイト様は我々全員の事を誰よりも信じ、何よりも大切に考えてくれています。
 だからこそいつも……今回も一番辛い役目を背負われています」
 発言台に立つザカコは、イナテミス防衛戦の際、アーデルハイトの補佐として傍に付いていた経験を基に、発言を行う。
(発言の途中で質問が飛んでこない形式なのは、違和感はありますが、都合がいいですね。こちらから言わない限り、大ババ様が「もう、お前たちには任せておけんよ」と言ったことは議員たちにはバレないでしょう)
 たとえもしバレたとしても、その時は質問に答える役の望やフレデリカがフォローしてくれる、そういう手筈になっていた。今ここに我々が立っている事が何よりの反論材料であると。
(大ババ様……自分は、いえ、自分達は必ず、この試練を乗り越えてみせます。ですから、力を貸して下さい)
 今は、議員たちに少しでも、アーデルハイト不在の状況を致命的と思われない、むしろ次に進むステップであると思われるよう、ザカコが熱弁を振るう。
「……この状況を打破する策は、既にアーデルハイト様がザナドゥへと向かい準備しています。
 ですが、それはイルミンスールだけではなく、EMUの皆様の協力がなければ成し得る事が出来ません。我々に出来る事は、アーデルハイト様を信じ、戻られた時に一丸となり行動できる体制を整える事ではないでしょうか。
 直近の危機を乗り切るまでの間、どうか皆様の力を貸して頂けないでしょうか」
 発言を終え、ザカコが席に戻ったところで、議員の一人がおもむろに挙手する。どうぞ、とエーアステライトに勧められて、議員が発言する。
「先程の発言で、アーデルハイトはザナドゥへ向かったとあるが、ザナドゥとはどのような所なのだ? 資料にも詳しいことは記述されていないようだ、知っている者がいれば是非、お教え願いたい」
 最初に発言した彼は、純粋に興味本位で聞いたのかもしれないが、この質問を心待ちにしていたのは、ホーリーアスティン騎士団に与する者たちであった。アーデルハイトが向かったとされるザナドゥ、それについて知ることが出来れば、ミスティルテイン騎士団を出し抜ける策を見い出せるのではないか、と。
「分かりました、では、あたし……いえ、あたしの……パートナーに、話させます」
 議員の質問に答えるべく、三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が立ち上がりかけたところで、隣に座っていたミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)に呼び止められる。
「いや、マズイだろ。質問した彼はそうじゃないけど、ホーリーアスティン騎士団を始め、反ミスティルテイン強硬派の議員が興味を示してる。彼らにザナドゥのことを話せば、どんな関わりをされるか分からないぞ?」
 ミカが、事前に精霊が有する共通知識に叩き込んだ、反ミスティルテイン派の顔ぶれをチェックしながら、のぞみを押しとどめようとする。
「でも、質問に答えられなかったら、疑問をもたれちゃうじゃない。それに、あたしたちへあんな的確な襲撃をしたヤツらが、ザナドゥのことまったく知らないなんて有り得ないし」
 それを言われると、流石にミカも強くは言えない。……実際はせいぜい『聞いたことがある』程度で、もし黙っていれば議題に上ることがなかったかもしれないのだが、ザカコから続く一連の流れを、今更ぶった切ることもできない。
 意を決して、のぞみが発言台に立ち、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)を“召喚”する。突然現れた青年風の男性に、議員たちから驚きの声が漏れる。
「話はある程度耳にしています。僕の知る限りでよろしければ、お話いたしましょう」
 のぞみの意図に従い、ロビンが自らの故郷、ザナドゥについて話し始める。ザナドゥの気候、思想、街はどうなっているかなど、話の内容はロビンが悪魔にしては年若いこともあって、単に異国の地の特異さを話しているに過ぎなかったのが、ある意味救いでもあり期待外れでもあっただろうか。
(わー、あぶねー……これでもし、知られちゃマズイこととかうっかり話されたら、目も当てられないぞ……)
 ヒヤヒヤしながらミカが見守る中、一通り話し終えたロビンが満足したように微笑み、のぞみの一歩後ろに下がる。
「アーデルハイト様が今何をしてるかは、正直分からない。だけど、あたしたちを守るために出かけたんだってことは分かる。
 そして、イルミンスールの生徒たちは、そのアーデルハイト様を手伝うことが出来る」
 発言するのぞみの脳裏には、生徒たちの前で失望した表情を浮かべるアーデルハイトが映し出される。
(あそこでイルミンスール生に失望したのは、アーデルハイト様の間違いだって思ってる。
 ……だから、追いついて、見直してもらわなきゃ)
 自分を奮い立たせるように、のぞみは声を大きくして議員たちに訴えかける。
「もし後を追える機会があったなら、その時はザナドゥに行って話をつけてくるから、どうかその間、あたしたちを信じて、地球を守っていてください。お願いします!」
 ぺこり、と頭を下げ、そしてのぞみがロビンと一緒にミカの元へ戻って来る。
「どうなるかなぁ、これ……」
 ひとまず、今起きた事態を記録しておきながら、ミカはぽつり、と呟く。
 ……一方、この場にいるもう一人のザナドゥ出身者はというと。
「おぬしも何か話すつもりなのかの?」
「マスターが私に、話すのを望むのであれば」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)に尋ねられたローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)が、澄ました顔で告げる。
「……面倒なことになりそうじゃから、話すでない」
「心得ました」
 自身がイギリス出身であることから、ザナドゥをネタにホーリーアスティン騎士団との接触を図れないだろうか……そんなことを少しだけ思いながら、事態をこれ以上面倒にしても利なしと踏んだファタが、ローザに命令する。
「おお、そうじゃ。そういえばわし同様、アルマインを餌にEMUを釣ろうとしとる者がいるはずじゃ。どうせならそやつにまとめて説明させてしまえ。わしはここで適宜補足をしておればよかろう」
「流石マスター、自らが批判の的とならず言いたいことだけ言ってのける、やはりマスターは興味深い。
 ……して、調整の当ては付いているので?」

 ローザの問いに、ファタはふん、と鼻を鳴らして答える。
「既に“伯爵”が向かっておるよ」
 言われて振り返れば、確かにサン・ジェルマン(さん・じぇるまん)の姿がない。彼女はファタの呟きを聞くやいなや、同じくアルマインを切り口に報告を行おうとしている生徒の元へ向かい、便宜を図りに行ったのであった。


「私達は、アーデルハイト様の伸び伸びとした教育方針に沿って学び、数々の事件を解決してきました。
 一度は剣を交えたこともある精霊を、イルミンスールを喰らおうと襲ってきたニーズヘッグを仲間として受け入れること。大地に根を張るはずの世界樹が空を飛ぶこと。……それらは全て、自由であるが故に対応力を求められ、臨機応変に行動できる柔軟性を身につけた私達だからこそ、成し得た成果でもあるのです。
 こういった力あってこそ、イルミンスールを現在も、様々な脅威から守れているんです」
 ザナドゥの件もあり、早々に荒れ模様の中、明日香が発言台に立ち、発言する。まるで今の流れも、アーデルハイトの教育の賜物であると言わんばかりの主張であった。
「そして、感情豊かな可愛らしいエリザベートちゃんも、私が守りたい一端。その妨げとなるならば――」
「明日香さんストップです!」
 突然、魔道書らしき本が明日香の顔を覆うように飛び出してくる。……いや、本が飛び出したのではなく、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が持っていた魔道書を掲げるようにしていたのだが、発言台の高さに隠れてノルンの姿は見えない。
「……あっ、失礼しました。皆さんに挨拶がまだでしたね。……すみません、台を用意してもらえませんか」
 そう訴えるノルンだが、そうそう都合いいものはなく、結局椅子を代用してノルンが発言台に立つ。
「皆さん初めまして、魔道書の『ノルニル 『運命の書』』です。普段はノルン、と呼ばれています」
 そう口にし、ノルンが手にしていた“禁忌の書”を掲げる。それを目にした議員の多くは、さぞかし中を見たがっただろう。ノルニルは運命の女神、人が生まれる時その人の将来を予め定めるために現れると北欧神話で伝えられているので、そのノルニルが書き残したとされる書物には、これからのEMUの未来も書いてあるのでは――。
「先程は口出ししてしまいすみませんでした。明日香さんが不穏な動きをされるものと思いましたので――」
「そんなことしないですよ〜」
 笑いながら、明日香がノルンの頬をぷに、と突付く。
「や、やめてください。頬を突付かないでください、子供扱いしないでください」
 ……と思ったかもしれないが、目の前のどうみても幼女なそれは、そんな大層な物であることを微塵も感じさせなかった。
「もう、怒りますよ! ぷんぷんっ」
 しまいには、一部の議員からクスリ、と微笑が漏れるほどであった。ちょうど孫を思い出していたのだろう。
「コホン……話がそれました」
 明日香とのやり取りに目処をつけて、ノルンが訴えを口にする。
「明日香さんが話された通り、アーデルハイト様はイルミンスールに多大な功績をなされました。
 その功績は、たとえ今回の失踪が不祥事だとしても、蔑ろにされるようなものではないと思います。皆さんにはどうかそのことを考えていただきたいと思います」
 ノルンの言葉に、すっかり子供だと思っていた議員たちは虚を突かれた表情を浮かべる。
 ノルンの言うように、EMUが発足してからつい最近までは、イルミンスールはミスティルテイン騎士団、アーデルハイトに先導されてきたのだ。それを忘れて、たまたま続いてしまった危機や不祥事に揺らいでいるのはどうなんですか? というノルンの訴えは、議員たちに考えさせるだけの効果を与えただろう。