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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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「……皆様方の信用に足る人物を呼ぶと言う事は、アーデルハイト様ほどで無いにせよ相応の戦力を、魔法学校から引き抜くことと同意義なのであります。議員を務めるほどの見識のある皆様が、それを理解なさっていないはずはありません。イルミンスールが風前の灯と本気でお考えならば、そんな事はできないはずなのであります。
 もし、議員の皆様方の我々の招集理由が、本気でイルミンスールの現在の状況を懸念した為……と申されるのならば、それは本末転倒であると申し上げたい。確かに、帝国は強大な敵ではあります。しかしながら、我々は現在の戦況の中からこうして多くの優秀な人員を割き、議員の皆様の目の前に立って居る。
 その事実こそ、現況を何よりも雄弁に物語っているのではないでしょうか」
 発言台に立ったアルツールが、講師として生徒たちの発言が蔑ろにされないようにと、熱弁を振るう。それは確かに一定の効果をもたらしたものの、一部の、特にホーリーアスティン騎士団に関係する議員たちからは、『だったらエリザベート一人呼んでこい、別にお前たちは来いと言っていない』という視線が投げられる。これが“普段の”議会であれば即クレームや野次が飛んだだろうが、今日はルーレンに配慮して――万が一ルーレンがEMUに失望するようなことになれば、EMUは浮上の機会を完全に失うからである――紳士な対応をしていた。
(もしかしたらアーデルハイト先輩も、思ったより焦っていたのかもしれないわね……)
 席に座り、向かい側の様子からそれら雰囲気を感じ取ったエヴァが、心に思う。EMUがこのような状態だからこそ、アーデルハイトはあのような行動に出たのではないか、と。


「……議員の反応、どう見るかえ?」
 高月 芳樹(たかつき・よしき)アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が発言台にて発言を行なっている最中、座席やや後方にて会議の内容を記録していた伯道上人著 『金烏玉兎集』(はくどうしょうにんちょ・きんうぎょくとしゅう)が、隣に座るマリル・システルース(まりる・しすてるーす)に小声で話しかける。
「……ミスティルテイン騎士団の方からは焦りを、ホーリーアスティン騎士団の方からは苛立ちを感じられます。あくまで感覚的に、ですが……」
 同じくマリルが、小声で返答する。芳樹自身が日本人であることと、ミスティルテイン騎士団所属でないことを鑑みてある意味で無難な主張を選択したのだが、無難であるがゆえにさほどの効果を及ぼさなかったようである。『現在のパラミタにおけるシャンバラの位置付け』、また、パラミタ種族が地球人とパートナー契約を交わしたことへの思いを語るのは、長期的に見れば効果があることは確かなのだが、今この場においてはパンチ力不足と言わざるを得ない。だからといって過激な発言はそれだけで相手の反感を生みかねないため、芳樹の選択が決して誤りではないのだが、もう一歩踏み込んだ主張が求められていたというのもまた事実である。だからこその焦りという感情であり、また苛立ちという感情なのであった。
「ふむ……しかし、焦りや苛立ちは、決してよい結果を生まぬ。そのことをこやつらは熟知しておるのかえ?」
 玉兎の懸念は、人間である議員には厳しい話だろう。地球上の多くの政治の場では、野党に属する者たちが苛立ちと共に意見を主張し、与党に属する者たちが焦りを抱いて弁明に労力を割いている。それは全くの無駄な行い――意見を主張する方は、意見を通すためだけに労力を割くようになり、意見を受ける方は、言い訳をするためだけに労力を割くようになってしまうからである――なのだが、せいぜい百年も生きられない人間に、なかなか『落ち着く』という言葉は聞き入れられないであろう。結局のところはせっかちに生きるしかないのだ、人間は。
 芳樹とアメリアの発言が終わり、壇上には真言とマーリン・アンブロジウス(まーりん・あんぶろじうす)が立つ。イルミンスールの立場が『陰で支える立場』であったことに基づく主張は、荒れかけていた雰囲気を不思議と鎮める効果があった。どうしても表立った成果を求めてしまいがちな中、積極的に裏側に回ることで、イルミンスールはシャンバラにとり『失われてはならない重要な位置』にいること、そしてその立場を確立したのは他ならぬアーデルハイトとミスティルテイン騎士団の働きであると主張する真言に、議員たちはひとまず水を被せられたように気持ちを落ち着かせる。いくらせっかちに生きるのが人間とはいえ、いつも急いてばっかりでは事を仕損じることも理解しており――人間は生物の中で“理解し、それを応用、発展させる”ことに関してはトップクラスである故――、そして今が『急いては事を仕損じる』状況であることも理解しているが故の反応であった。
(届けられる状況だけを聞けば、皆さんが不安になるのも分かります。……しかし、我々は今もこうしてパラミタで、状況に押し潰されることなく日々を過ごしています。そのことをどうか、お分かりいただきたいのです)
 出立前にニーズヘッグから受け取った鱗が、何か力を与えてくれるかのような感覚を覚えながら、真言は一通りの報告を終え、マーリンと共に一礼して発言台を後にする。


「イルミンスール魔法学校在学三年、東シャンバラ・ロイヤルガードのソア・ウェンボリスです。
 イナテミス防衛戦での活動について、ご報告させて頂きます」
 次いで発言台に立ったソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、『イナテミス防衛戦における都市内の防衛・避難活動の結果』を報告する。緊張はしているものの、イルミンスールの代表、そしてエリザベートへアーデルハイトの代理であるという意識が、ソアに毅然とした態度を取らせる。
「事前の迅速な避難誘導と、『イナテミス精霊塔』の機能『ブライトコクーン』により、イナテミス中心部での被害はほぼ皆無でした。
 また、敵味方共に命にかかわるほどの怪我を負った方はいなく、七龍騎士であるアメイアさんを始め、ある程度重い怪我を負った方は『イナテミス総合魔法病院』等に運ばれ、適切な治療を受けられました。今はその殆どが、生活に復帰出来る段階とのことです」
 言葉を切り、ソアが一歩引き、代わりに雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が発言する。
「ソア・ウェンボリスのパートナーのゆる族、雪国ベアだ。補足説明をさせて頂く」
 パラミタの種族ということで、自ずと集まる視線を浴びて――ゆる族はそれまでも、日本を始め世界各国でマスコットとして活動していた経緯があり、ゆる族とは知らないまでも見たことはあっても――、ちょっとした優越感のような物を感じつつ、ベアが話し始める。
「『イナテミス精霊塔』は、イナテミス開拓の時に『人間と精霊が平和に暮らす象徴』としてご主人……ソアが提案したものだ。
 イナテミスの開拓と発展、精霊塔の建設は、全て生徒と精霊と住民の強い結束があったからこそだ。そしてその結束を作り出したのは、ここに集まっているヤツらに代表される生徒たちの成果なんだぜ」
 その経緯については詳しいヤツが説明してくれる、と締めくくって、再びソアが一歩前に立ち、真っ直ぐ前を見て口を開く。
「防衛戦の成功は、ベアが言ったように生徒と精霊と住民の強い結束があったからこそでした。……そして今のイルミンスールは、ミスティルテイン騎士団の主導があってこそだと、私は強く感じています。
 ここでもし、ミスティルテイン騎士団がイルミンスールを離れるようなことがあれば、イナテミスを支える三者の結束はたちまち崩れ、再び帝国に対抗することは叶わないでしょう。イナテミスは立地的に、シャンバラ国内防衛における要と言って良い都市です。その都市を失えば、欧州魔法連合の立場は勿論、地球全体の危機にすら発展しかねません。
 どうか議員の皆様には、そのことをよくお考え頂きたく思います。……長々と失礼致しました、これで報告を終わりにします」
 ぺこり、と頭を下げ、自分の責務を全うしたソアがどこか清々しくもある表情を浮かべ、自らの席に着く。発言台にはソアに続いて、同じく東シャンバラ・ロイヤルガードの博季が立ち、発言を行っていた。
「……現在のシャンバラ建国、そしてシャンバラという国の維持に、イルミンスール及びミスティルテイン騎士団は多大な貢献を果たしています。既に資料として配布されていると思いますので、そちらをご覧いただきながら、私の方から説明したいと思います」
 幽綺子が見守る中、博季は胸を張り、しっかりと声を響かせる。イルミンスールは人的資源が豊富な教導団、資金が潤沢な蒼空学園という“巨塔”がそびえる中、魔法技術を以てシャンバラの安定に寄与し、それは確実にシャンバラの暮らしを豊かにしていることが説明される。
「イナテミスの街との密接な関係や、精霊と築いた関係についても、イルミンスールの残した大きな功績と言えるでしょう。精霊たちとの関係によっては、我々の魔法技術もより発展を遂げるということも考えられます。
 イナテミス防衛を果たした今、それらは確かな目標として達成することが出来るところまで来ているのです」
 炎熱、氷結、雷電、光輝、闇黒、これら五属性に秀でる精霊との交流は、魔法技術をより社会に不可欠なものとする。それは、博季の言葉を聞いた議員たちの中に、一つの希望ある未来を抱かせる。科学を差し置いて魔法技術が人々に浸透している世界が実現すれば、確実にEMUの評価も高まるであろうという希望的観測が生じる。
「……以上で、私からの報告を終わりにします。ご静聴、ありがとうございました」
 頭を下げ、博季が幽綺子の待つ席へと戻る――。


「イナテミスに関しまして、俺からは『イナテミスファーム』について報告したいと思います。……千雨さん、お願いします」
 発言台に立った志位 大地(しい・だいち)の指示を受けて、メーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)がプロジェクターに映し出す画像を操作する。一面に広がる畑で、泥に塗れながらも清々しい笑顔を浮かべる農民たち、収穫作業を手伝っていると思しき少女と幼女、牧草地で戯れる子供たちと竜……などが映し出されると、画像の奇特さとそれまでの場の流れを逸したものであるにも関わらず、議員たちは資料を読み込んだり、部下を連れてきていた者は彼らを招き寄せ、大地を指して何やら指示を送っているようだった。
(おや、意外と反応アリのようですね。これは十分、イルミンスールの成果として訴えることが出来そうですね)
 雰囲気を察した大地が、確かな手応えと共に、報告を続ける。……ちなみに何故彼らが興味を示したかには、魔術結社と都市との繋がりが背景にある――大規模な魔術結社は、商業分野に主に働きかけるのだが、小規模の魔術結社は、都市の根幹産業が農業であることから、結社として支持を得るには農業の発展に寄与する必要があったからである――。魔法が復活を果たした欧州では、結社は秘密主義ばかりではなく、都市に住まう者たちに関わり合うことで、影響力を発揮しようとしていたのだった。
「地球の農耕技術に、精霊たちの魔力によるそれぞれの属性効果を合わせることで、一部の作物の品質向上や、通常では作付けできない時期での作物の作付けを可能にしています。食品加工工場でも地球の技術に加え、精霊たちの協力で省エネルギー化や今まで理論だけだった各種加工法の実現が可能になろうとしています」
 地球上では大量の化石燃料などを駆使してやっと出来ることが、ここでは魔法の力と精霊によるサポートで成し得ていると知れば、土地資源が日本ほどではないにせよ限られている欧州にとって、さぞかし魅力的に映るだろう。
「この施設がある限り、イナテミスの中心部を始め、ウィール遺跡、氷雪の洞穴といったイナテミス各地への充実した食糧支援が可能となっています。これらの施設の重要性は、イナテミス町長だけでなく全ての精霊長にも認められています」
 画面が切り替わり、パーティーの様子と思しき画像が映し出される。イナテミスの住民と地球人、精霊、その他パラミタ種族が一堂に会する場、これを生み出したのが今のイルミンスールです、と大地は付け加える。
「余談ながら、俺は蒼空学園からの転校生です。『今の』イルミンスールだからこそそうしましたし、ここまで協力してきました。
 出来ることなら、今後も変わらず協力を続けて行きたいと思っています」
 大地の言葉には、『裏の言葉』が潜んでいた。もしイルミンスールが変わってしまうようなら、見限って他へ行くと。
 それは議員たちに礼をして席へ戻る大地の、含みのある笑顔が物語っていた――。