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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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イルミンスールの命運~欧州魔法議会諮問会~

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●EMU諮問会会場

 EMUが入っている建物の前に到着した契約者一行は、建物の壮観に目を奪われる。特に、樽のような形をしたガラスの屋根を持つ建造物は、ひときわ目を引いた。
「EMUが入るこれらの建物は、一般にも開放されている。もし再びここを訪れる機会があったなら、是非ゆっくりと見学していくといい」
 そんな話をノルベルトから聞きながら、一行は建物の中へ入っていく。そして、諮問会に参加する契約者と会場警備を行う契約者とに分かれて行動することになる。
「皆さん、ここまでわたくしたちを護衛していただき、本当にありがとうございました。では、行ってきます」
 代表してルーレンが、彼らを無事送り届けた護衛の者たちに向かって礼を述べ、そして振り返って歩を進める。
「俺ができるのはここまでだ、後は任せたぜ、ザカコ」
「ええ、ここからは自分たちの出番です。今回の諮問会は自分達に課された試練……大ババ様とイルミンスールの為にも、必ず成功させます」
 会議場に向かおうとするザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)を、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が見送る。
「へっ、うっかりして参加者の前で大ババ様、なんて言うんじゃねぇぞ」
「そのような手違いは致しませんよ。……では、行ってきます」
 緊張の解れた顔で、ザカコが参加者の集団へ合流を果たす。
「では、警備を担当される皆様は、私に付いて来てください」
 ミスティルテイン騎士団の者の声がかかり、レンに率いられた警備担当の契約者たちは、所定の場所へと移動を開始する――。

「どうだ、そちらの方は?」
「こっちの方は異常なし、だよ。ニコラ君の方は?」
「ああ、こちらも今の所は異常なしだ」
 終夏と一緒に警備を買って出たニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)セオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)が、互いに異常のないのを確認し合う。
「終夏君は?」
「向こうを見てくると言っていた。……話し合いの場は、言葉と信念のぶつかり合いだ。力でどうこうしようなど、以ての外だ」
 それでも、万が一の可能性のために、二人はこうして警備をしている。“万が一”が起こりうることを、彼らは思い知っていたから。
(……私も少々堪えたが、終夏はそれ以上であろうな。……せめて今は祈ろう、イルミンスールの仲間を信じて、な)
 今の自分たちに出来ることは、諮問会が無事に進行されるよう警備をすること、そして、最善の結果が出るよう祈ること。
 瞑目するニコラに合わせて、セオドアも同じ思いを胸に、そっと目を閉じる。

(いよいよ、諮問会が始まる……私の代わりに、見守ってあげて、ニズちゃん)
 ニーズヘッグから借りた鱗を抱いて、終夏が祈りを捧げる中、諮問会はその幕を開ける――。


「それでは只今より、欧州魔法議会諮問会を開催致します」
 会議場に、議長、エーアステライトの声が響く。議長を正面に見て左側にはミスティルテイン騎士団所属の者が、右側にはホーリーアスティン騎士団所属の者を始め、中小数々の魔術結社を代表する議員が着席している。左側の人数が明らかに多いのは、ミスティルテイン騎士団所属扱いとしてこの場に参加する契約者たちの分があるからであった。
「参加を要請していましたエリザベート・ワルプルギス様は、欠席なさいました。本日はエリザベート様の代理という扱いで、パラミタ六首長家の一つ、ザンスカール家現当主、ルーレン・ザンスカール様にお越しいただいております」
 エーアステライトの紹介が入ると、ノルベルトの隣に腰を下ろしていたルーレンに、声こそ飛ばなかったものの議員たちの視線が集中する。ミスティルテイン騎士団の方からは期待を込めた眼差しを、ホーリーアスティン騎士団の方からは探るような眼差しを受けて、ルーレンは立ち上がり、エーアステライトの直下、設けられた発言者用の台に進み出、声を響かせる。
「ご紹介に預かりました、わたくし、ザンスカール家当主、ルーレン・ザンスカールと申します。平素よりイルミンスールに多大なご支援を頂き、誠に御礼申し上げます。
 本日の諮問会の開催に際し、エリザベート・ワルプルギス様に代わり、皆様の前で発言させていただきます。どうぞよろしくお願い致します」
 挨拶を終え、ルーレンが席に着く。
「ではこれより、契約者様の発言となります。こちらに必要な機材は一式取り揃えておりますので、どうぞご利用下さい」
 事前に想像していたよりも柔らかなエーアステライトの態度は、契約者に安堵の気持ちと同時に、不安や不信の気持ちも抱かせる。彼女こそがホーリーアスティン騎士団の代表――アーデルハイトの講義では、傀儡と称されていたが――であり、ミスティルテイン騎士団を転覆せしめようと画策している張本人だからであった。
 ……だが、今そこでエーアステライトに真意を問うたところで、答えは返って来ないだろう。今契約者に出来ることは、アーデルハイト不在の理由を報告し、イルミンスールの現状と今後を明確なヴィジョンとして示し、議員たちの審議を待つことだけである。
 そんな、歯がゆさにも似た感情を押し殺して、契約者たちは発言台に立つ――。


「ミスティルテイン騎士団イナテミス支部に所属します、風森望と申します。
 平時はイナテミスの各拠点間での情報伝達、治安維持活動等を行っております」
 先陣を切って、望が発言台に立ち、発言を行う。既に議員たちの手元には、『山海経』とグライスとでまとめられた資料が行き渡り、議員たちはそれと望とで視線を行き来させつつ、発言に耳を傾けていた。
「……アーデルハイト様不在に関しては、現状を覆す策を講じる為に奔走していると考えております。
 アルマイン……これはイルミンスールのイコンと言うべき物でして、詳細は後の方が説明致します。そのアルマインも事前まで隠していた秘密主義な方であります故。長期に渡る不在も、状況的に大掛かりかつ繊細な仕込み故と存じます」
 そして望は、ミスティルテイン騎士団側の“傷”とも言えるアーデルハイト不在について、早々かつ積極的に意見を述べていく。議員たちが聞きたかったであろう事柄をいち早く話題に出してしまうことで、今後議員たちに付け入る余地を与えない――隠している、と悟られれば、必ず突っ込まれるだろう――つもりであった。
「私達は、アーデルハイト様がいつ戻られてもすぐに行動に移せる様、研鑽を怠らず、情報収集を続けるだけです。
 今迄もイルミンスールの事を考えて行動していたアーデルハイト様の事を、信じております故」
 そう締めくくり、望は話題を変え、ミスティルテイン騎士団イナテミス支部がこれまで挙げてきた成果を報告する。補給物資の運搬、防衛戦の維持、拠点間の通信網構築等、一つ一つは言ってしまえば地味と評されても仕方ないかもしれないが、大切なのは『ミスティルテイン騎士団がザンスカールの一都市に既に支部を築いており、活動も活発に為されている』ことを議員たちに示すことであった。しかもその一都市は、あのエリュシオンがわざわざ龍騎士団を差し向けたほどである。そのような都市に支部を置き、影響力を及ぼしていることは、ミスティルテイン騎士団自体の影響力を示すことにもなる。
「イナテミス防衛成功は、復興にイルミンスールが尽力し、地元住民との信頼関係を築いていた事も大きくあります。
 EMUの方針転換によりこれが崩れる事は、イルミンスール、EMU共に不利益でしかないと思われます故、御一考願いたく思います」
 そう発言して、望が発言を終え、『山海経』と共に席に着く。ちなみにグライスは、その中に蓄えた資料を必要に応じて呼び出し、発言者のメモ代わりとして利用――利用というのもおかしな例えだが――されていた。
「立派な発言でしたわ、望」
「たまには真面目に振る舞うこともあるのですよ。……さて、後の方はどう発言してくれますか」
 ノートの労いの言葉に答え、望が進行を見守る。