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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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 クリスタルの前に勢ぞろいした彼らは、そこで「さて」と考えこむことになった。
 高さ3メートルはある、巨大なクリスタルはゆうに数トンの重さがある。これをどうやって地上まで運ぶかということについては道中で話し合っていて、ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)の召喚獣たちの力を借りるのが一番有効じゃないかということで落ち着いていた。
 しかしリカインが報告した、河馬吸虎が感じ取ったというなぞの邪念の主を警戒しないわけにはいかなかった。
「今も感じ取れているのか?」
 レンからの質問に、河馬吸虎はプルプルプルっと首を振った。
「ティナ、サリア、あなたたちは?」
 魔導わたげうさぎノヴァを肩に乗せたミリアが2人に訊く。ティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)は銃型HC弐式・Nで、サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)はイナンナの加護とディテクトエビルで周囲を索敵したが、やはり河馬吸虎と同じ結果だった。
「ううん。何も感じとれないよ、お姉ちゃん」
「もういないんじゃない?」
「そうね。じゃあ今のうちに運び出してしまいましょうか」
「で、でも……でもお姉ちゃんっ、また襲ってくるかもしれないの…」
 光術の届かない暗がりを気にして、きょろきょろとせわしなく視線を飛ばしながら及川 翠(おいかわ・みどり)がおずおずと服のすそを引っ張った。
 昨日も運ぼうとしたところを襲撃されたのだ。
 ミリアもそのことを思い出して、召喚獣たちを出しかけた手を止める。
「そうね。じゃあどうしようか?」
「問題なーし!!」
 クリスタルに手をついたアキラが2人の会話を聞きつけて、ぐっと親指を突き出した。
「このまま真上にどーんと持ち上げちゃえばいいんだよ!」
「真上、って……ここの?」
 ティナが頭上を指さした。ハングした壁は上にいくにつれてごつごつとした岩が凹凸をつくっており、少なく見積もっても一番低い所で7メートルは超えている。
「俺がグラビティで上げてもいいが、あれは集中力と疲労が半端ない。それだけで手一杯になるから、空中で狙われるとまた水中に落下しかねないな」
 レンが見上げていた視線を背後の川へ向けた。白く泡立った横一直線のラインがかすかに見える。あの先は本流に続く滝で、滝壺へ落ちてしまえば発見が困難になってしまうだろう。もう二度と見つけられない可能性もある。
「大丈夫! そこは俺に策があるから!」
 アキラの自信は揺るがない。が、目をレンから頭上の岩に移したとき、少しだけ表情が曇った。
「ただ、問題はここの真上が何なのか分からないってことだよなあ。大きな岩とか山だったら、ちょっとやばいかな…」
「それは大丈夫です」
 籠手型HCでマッピングをしていたマルティナが請け負った。
「この上は、私たちが集合したあの丘の近くです。穴を開けても特に支障はないでしょう」
「そっか。じゃあいいな!」
 にかっと笑顔になったアキラは、勢いよく振り返った。
「じゃあやってくれ! 頼んだぞ、お父さん!」
「ガンバッテー!」
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
 アキラとアリスの声援に応えるように、ぬりかべお父さんはリュックのなかから小型の懐中電灯のような機器を取り出すと自らに照射した。
 光を浴びたぬりかべお父さんはぐんぐんぐんぐん大きくなって、あっという間に天井へと達し、そこを突き破る。そしてクリスタルをひょいとつまみ上げると、突然現れたぬりかべお父さんを見て驚きに目を見張っているノアたちの前にそれを下ろした。
 巨大化カプセルの効果が切れて、元に戻ったぬりかべお父さんをみんなでねぎらう。そして全員で、地上へ戻った。


 クリスタルを危険な地下水流から引き上げることに成功したわけだが、それで難問が解決したわけではなかった。
 メティスが用意してあったヘキサポッド・ウォーカーに牢獄要塞の首輪の鎖を用いて固定することはできたが、数トンのクリスタルはさすがに重すぎて、ヘキサポッド・ウォーカーは歩行不能になった。
 それならとリカインがワールドぱにっくを用いてミニチュアサイズのキャラクターを補助にあてたものの、これでも力が足りない。エリシアとノーンがそれぞれ空飛ぶ魔法↑↑やふわふわ気分を用いてはどうかと提案したが、残念ながらどちらも対物効果のない魔法だった。
 ミリアが影に潜むもの2頭を呼び出して牢獄要塞の首輪の鎖にくくりつけ、引かせる。ずずずと動き始めたところで陽太がサイコキネシスで手伝い、反対側をぬりかべお父さんが持ち上げて、ようやくクリスタルを乗せたヘキサポッド・ウォーカーは動き始めた。
「霜月」
 動き出したヘキサポッド・ウォーカーの横につこうとした霜月の耳元で、遊び疲れて眠る黒狐を抱いたクコがささやく。
「気付いてる? だれかがこちらを見ているわ」
「……ええ。ですが、殺気はありません」
「そうね。
 みんなに知らせておくべき?」
 霜月は数瞬考えたのち、首を振った。
 だれもが日常会話をし、談笑する下で、ちらちらと周囲をうかがい警戒している。おそらくほとんどの者が気づいているはずだ。あるかなきかのかすかさで、しかも悪意が感じられず探知系スキルに引っかからないから様子見をしているのだろう。
「今は気を払うにとどめておきましょう」
 クコにだけ聞こえる声で言うと、霜月は前を見つめて歩き出した。



 
「――やれやれ。どうなることかと思ったが、うまくいったみたいだな」
 離れた林のなかで彼らの様子をうかがっていたオズトゥルクは、ひと息つくとその場に背を向けた。そのまま立ち去ろうとした彼の前方に、やおら木の影から何者かが飛び出してきた。
「捜したで、オズさん」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)だった。
 気配を追って横に視線を走らせると、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が片手を横の木について、それとなく道をふさいでいる。武器は手にしていなかったが、もし泰輔に危難あればいつでも自分が相手になるとの意思を前面に出していた。
「まさかクリスタル引き上げに向こうとるとは思わんかった。てっきり村に残っとる思うて疑っとらんかったから、えろう走り回ったわ」
 泰輔はそう言って、オズトゥルクの注意を自分へ戻す。頭の後ろで両手を組み、一見のんきそうに立っているが、そんなふうには感じられなかった。口元の笑みが目まで届いていないように、ポーズとは裏腹に彼は一定の緊張感をまとっているせいだ。
 オズトゥルクもそれと見抜くがおくびにも出さず、少し首をかしげた。
「おまえ、今日は部屋で休むと言ってなかったか? 青い髪の女がそう告げに来たとマルティナが言っていたが」
「パートナーのレイチェルや」
 うなずく。
 泰輔のパートナーレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は、今もまだ、村の宿で泰輔の居留守を装っているはずだ。
「なぜそんなことをした?」
 との質問に、泰輔は両肩をすくめて見せる。
「いらん波風立つのが面倒、ちゅうのが一番かな。どうでもええことでごたごたするんはこっちも嫌やし。
 今回の件、いろいろ考えさせてもろたわ。よーさん込み入ってもーて、頭わやになるか思うたこともあったんやけんど、まあ大体落ち着くとこに落ち着いたと思う」
「ほう」
「けんど、肝心なとこがほとんど推測やねん」
「例えば?」
 腕組みをして鷹揚にかまえているオズトゥルクを、泰輔は前髪の隙間から覗き上げる。
「せやなあ。例えばクリスタルの崩落跡が、人為的についた傷に見える、とか?」
 反応をうかがうように一度言葉を切ったが、オズトゥルクの表情に変化はなかった。微動だにせず、筋肉ひとつ動かない。
(さすがにこの程度では揺らがんか)
「例えば、みーんなあのクリスタルのなかのお人を銀の魔女やー思てるけど、その証拠は一切ないとことか」
「ほう。おまえは別意見か?」
「んにゃ。俺も彼女は銀の魔女その人やと思う。神剣グラムが守っとるし。まー、これも、あの大剣がそうやったらの話やけど。
 問題は、さっきも言うたようにすべてが憶測やということや。アガデやこの地で知った断片を、俺らの想像力っていうやつでつないだだけにすぎん。
 まあそんで、きっとツアーなくなってヒマしてるに違いないオズさんと、報告がてらそこんとこじっくり話せたら思うて捜しとったんや」
「そうか。それは悪かったな。アキラたちから話ついでに誘われたもんでね。まさかオレを捜してるやつがいるとは思わなかった」
「ま、えーわ。そんおかげで、こうして人目のない静かな場所で話せたんやし」
 手をひらひらさせて、それにはこだわっていないと伝える。
「そうか。しかしあいにくと、こう見えてオレは急いでるんだ。まさかこんな遠出になるとは思ってなかったんでね。話をするのはかまわないが、オレが戻ってからにしてくれるか?」
 そう言って、オズトゥルクは泰輔に近付いた。
 緊張をはらんだ一瞬。泰輔の横をすり抜け、オズトゥルクは立ち去ろうとする。
「オズさん」振り返らず歩いて行く彼を呼び止めた。「どこ行くか知らんけど、俺たちもついて行ってええですかね?」
「なぜ?」
「道中話せるでしょ?」
 分かりきったこと、という泰輔の態度にオズトゥルクはしばし考え込むように細めた目をよそへ向けたあと、手招きをした。
「よし、いいだろう。といっても、宿へ着替えに戻るんだが」
「おおきに」
 泰輔は顕仁と目を合わせ、視線で語り合ったあと彼とともにオズトゥルクへ小走りに駆け寄る。2人が追いつくのを待っていたオズトゥルクは、横に並んだ泰輔をしげしげと見下ろした。
「なんか?」
「いや、コントラクターってやつはつくづく面白いやつらばかりだと思ってな」
 白い歯を見せて、にかっと笑う。ごつごつとした岩がぶつかり合っているような顔で、お世辞にも美男とは言えない風体の持ち主だが、そうすると不思議と人好きのする魅力を放つ。
「うん! 気に入ったぞ、おまえ! さあついて来い!」
 どんっと背中をたたき、わははと高笑って、オズトゥルクはさっさと1人歩き出した。
「大丈夫かえ?」
「……なんや、あのおっさん」
 オズトゥルクははたいたつもりだろうが、された泰輔の方からしてみればほとんどどつかれたに等しい。よろめいた先で、こほっと胸に詰まった息を吐き出して、口元をぬぐった。
「本当にあの男について行くのか? 泰輔。どこ行くとも知れず……少々危険やもしれぬぞ?」
「ある程度危険は承知の上や。鬼が出るか蛇が出るか」
「その二択しかないなら、どちらも会いとうないわ」
 小さく吐息をつく。斧らしき痕跡を見つけて泰輔を焚きつけてしまった手前、きつく言い聞かせて止めるわけにもいかない。
 ちょっとしたジレンマに陥っている様子の顕仁を盗み見て、泰輔は少し申し訳ない気持ちになった。実際、話しても煙に巻かれるだけかもしれないし、ついて行ったところで予想が確証に変わるだけかもしれない。
 それでも、泰輔は知りたかった。いつだって物事には動機があり、なぞのすべてはたった1つの言葉に集約される。
 何のためにしたのか?

 それこそが真実であり、それ以外は泡沫でしかないのだから…。