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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

リアクション

 ひざ丈ほどの草が青々としげるなだらかな丘の上は、雨後のタケノコのような大小とがった白石が無数に乱立する場所だった。
 そのうちの1石でアキラは足を止める。
「とーちゃくっ!」
 うーんと体を伸ばして、初めて振り返った。ペトラは別の石の上で立ち止まっていて、ネコ型フードの両耳の間に小さな黒狐の深優が爪をくいこませてしっかり張りついている。どちらが先に到着したかは分からなかった。同時か、おそらく数秒の差だろうがペトラがそれを気にしてる様子はなく、上機嫌で後ろの斜面を見つめていて、みんなの到着を待っている。アキラもまた、順位は気にならなかった。「あー楽しかった」それだけだ。
「それにしても、ずい分離れてたんだなあ」
 昨日もぐった岩壁がある山の付近を見てつぶやく。
 クリスタルを探して地下洞窟を歩いているときは全然それどころじゃなかったし、見つけてからはペトラたちの案内で地上へ出るともう外は暗かったから、周囲なんてろくに見てなかった。
 こうして見ると、かなり遠い。
 むむむ……と手でつくったひさしの下で目を細めていると、ひょこっと草の波間からアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が顔を出した。
「アキラ、おっそーーーい! やっときたネ! もう待ちくたびれたワ!!」
 昨夜のうち、岩を使ってこの辺一帯にクモの巣状に張り巡らせていた不可視の糸に、不自然な振動があるから見に来てみれば。アキラだと認識した瞬間、緊張の緩和も加わって、アリスは体当たりの勢いで飛びかかった。
「うわわ! ――アリス!?」
 いきなりぴょーんと横手から飛び出してきたアリスに驚いて、アキラは彼女を抱いたままそっくり返る。地面に背中をつけた瞬間、わりとすぐ近くで地面が爆発した。
「あ。忘れてたワ。トラップも仕掛けてたノ」
 ぱらぱら舞い落ちてくる土埃にゾッときて、あわてて立ち上がった。
「て、撤去撤去! もうじき大勢ここに集まるんだからっ」
 アリスのインビシブルトラップを解除し終わるころに、全員が丘の上へと集結した。
「落下地点から距離約15キロですね」
 マルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)が手元の籠手型HCを覗き込みながら言った。
 そこにはあらかじめクリスタルが隠されていた崖の座標を入力していて、先ほど入力した出発地点である現在位置からの最短距離が示されている。
「クリスタルを運ぶのに、われわれですと3時間弱というところでしょうか」
「そんなところだろう」
 彼女の言葉をレン・オズワルド(れん・おずわるど)が裏打ちする。
 彼にうなずき、そしてマルティナはもう一度、籠手型HCへ目を落とした。
 そこにはもう1つ、ここへ来る道中、アタシュルク側に接触して情報を発信しているリューグナーから入手した、対話の儀式が行われる場所の座標が入力されていた。チカチカと明滅する到達地点。奇しくもその位置は、自分たちが戻そうと考えている、もともとクリスタルが隠れていた崖のほぼ反対側だ。山をはさんだ向こう側。
 おそらく、何人かはそのことに気づいているだろう。でも全員ではない。
 伝えるべきだろうか? マルティナは迷い、唇を噛む。逡巡したのち、やはり話すことにした。運んでいる最中、アタシュルクの者と接触する可能性は十分ある。そうなると、儀式の邪魔をする不審者と疑われる可能性があったからだ。
「じゃあいっそ、そこへ運んでしまおう」
 アルクラントが提案をした。
「えっ!?」
「アルくん、また突拍子もないことを」
 驚くマルティナとあきれるシルフィアを順番に見て、アルクラントは言う。
「いいじゃないか。魔女はアタシュルク家の始祖なんだろう? アタシュルク家に戻すのが筋だと思う」
「だからといって不可侵とされている儀式の場に闖入していいということにはならないでしょう」
 対話の儀式は東カナン領主すら同席を拒否される、秘中の儀だ。そんな場所に乗り込んでいっていいはずがない。
「だよなぁ」
 マルティナの言葉にアキラも賛成する。
「だけどこの人、東カナンの歴史にも登場するくらい有名な魔女なんだろ? 見つけた以上、元あった場所に戻すってだけでいいのかなー? って気もするんだよな。昨日俺たちが襲撃されたように、これを悪用したがってるやつらもいるみたいだし。彼が言うように、正当な持ち主のアタシュルクに戻すのが正しくないか? もしくは、領主に預けるとか」
「それはそうですが、儀式の場へ運ぶわけにはいかないでしょう。ひとまず私たちで保護して、後日アタシュルクの方に連絡をとることにすべきではないでしょうか」
「でもワタシたち、そんなにここにいられないわ。明日には帰らないと、学校があるもの」
 シルフィアのもっともな言葉に、マルティナは少し考え込み、提案した。
「では、引き継ぎをオズさんにお願いしておくのはどうでしょうか」
「あー、そうだな。隊長に判断してもらう方がいいか」
「ということで、お願いできますか? オズさ――」
 くるっと振り返ったマルティナは、そこにオズトゥルクの姿がないことに唖然となった。
 彼は巨躯の持ち主で、人の影に隠れて見えないということはまずない。
「オズトゥルクさんは?」
「――え? あれっ? 隊長? いない?」
 マルティナの言葉できょろきょろ周囲を見回して、初めて全員彼がいないことに気がついた。いつの間にいなくなってしまったのか、だれも知らない。
 実はオズトゥルクという男、面倒だなと思えばすぐにどこかへ雲隠れしてしまうサボり癖がある。そのあざやかな消えっぷりは、あの巨体でよくそんなことがと感心するほどだ。彼を知る者であれば「またか」と苦笑する場面だが、あいにくここにはそれだけ彼と親しい者はいなかった。
「え、ええええーーー? お、オズさん? どこなのっ?」
 わたわたする及川 翠(おいかわ・みどり)のそばでミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)
「たしか、わたしたちのすぐ後ろを歩いていたはずよね。ティナ、あなた何か察知した?」
 と冷静にティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)に聞く。何者かによる拉致の可能性を考えたのだろう。
 ティナはもう一度自分の銃型HC弐式・Nのサーモセンサーを確認、それらしい熱源の移動を探す。そしてイナンナの加護も使用してみたが、やはり何も感じとれる気配はなかった。
「何もないわ」
 首を振るティナに「そう」とうなずいたミリアは周囲を見渡す。ほかの探知スキルやアイテムを持つ者と視線を合わしたが、みんな首を振るだけだった。
「まあ、あの人に限っては大丈夫ですよ……たぶん」
 陽太の言葉で、とりあえずその場はそれでおさまった。なにしろ捜すにしても何の手がかりもない以上、どうしようもないのだからしかたない。
「オズさんがいないとなると……どうしたらいいのかしら。やっぱりアタシュルクの人たちに持って行って、引き取ってもらうしかない?」
「それしかないんじゃないかしらね」
 シルフィアと話したエメリアーヌは、くるっとアルクラントに向き直る。
「で、やっぱり儀式の場まであれを運ぶの?」ややあきれ口調だ。「かなり重量あるわよ?」
「うん」
 こともなげにうなずくアルクラントを見て、「あ」とシルフィアが遅れて気付いた。
「分かった! 竜を手なづける方法がこれってわけね!」
「ええっ!? そうなの? マスター!?」
 ペトラがタタタっと駆け寄ってくる。
「だって、そこにイルルヤンカシュもいるんだろう? クリスタルの女性は銀の魔女でほぼ間違いないということだし、魔女はイルルヤンカシュと関係が深いからね。
 クリスタルが落下して危機に陥っていた間イルルヤンカシュが暴れていたということからして、おそらくあの魔女とイルルヤンカシュには目に見えないなんらかのつながりがあるのだと思う。だとしたら、イルルヤンカシュも鎮められてまた眠りにつく前に、銀の魔女が無事なことを確認したいんじゃないかと思うんだ。
 運ぶ方は……まあコントラクターがこれだけいれば、何かしら手段は思いつくんじゃないかな」
「うん! 僕も手伝うよ! 僕、もう1回ニャンさんに会いたいもん!」
「ああ。私も会いたい」
 意気込むペトラに笑みを向けつつ、それに、とアルクラントは思う。
 もしかするとイルルヤンカシュは、単に感じ取れているというだけじゃないかもしれない。……さすがにこれは超論すぎて、いくら直感による自論展開に慣れているシルフィアたちでも納得させられないだろうから口にはしないけれど。でも、イルルヤンカシュとクリスタルを会わせれば、何かが起きるかもしれない。自分の想像どおりであれば、間違いなく起きる。
 そしてそれは、きっと、とてもすてきなことに違いない。
 彼らの会話を聞いて、ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)がぎゅっと手を強く握り込んだ。
「そうです。きっと、イルルヤンカシュは魔女さんに会いたがっているはずです!」
「ノア」
「ねえ、レンさん! そう思うでしょう?」
 レンに向き直り、彼を見上げて真摯に言う。
「イルルヤンカシュは銀の魔女さんを心配して、自分の身が傷ついてもその痛みに気づかないほど彼女を気遣っているんです。
 イルルヤンカシュが鎮められるのがイルルヤンカシュのためというのはタケシさんたちから聞きました。だから静められるのは、しかたないと思います…。でもその前に、ひと目銀の魔女さんと会わせてあげたいんです!」
「ノア、しかし…」
「お願いです、レンさん。力を貸してください! だってイルルヤンカシュはこれからまた数百年、眠るんでしょう? 助かったことは伝わっていても……無事な姿を見ないまま、眠りにつかせるのってかわいそうです…」
 今にも泣き出しそうに声を震わせるノアに、レンはふうとため息をついた。
「分かった」
「レンさん!」
 ノアの顔が喜びに輝く。
「本当にいいのですか? レン」
 ノアに聞こえないよう、彼女が離れるのを十分に待って、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が冷静に問う。
「困ったことになるかもしれませんよ?」
「かもしれない。だが、俺たちはよそ者だ。この国の者じゃない。それが有利に働くかもしれない」
 レンが何を言いたいのか、それとなく理解して、メティスは「ああ」とつぶやく。それで乗り切るつもりなのかと。
 かなり乱暴で、いささか楽観的ではあるが。
「そんなに難しく考える必要はないんじゃないかな」
 アルクラントが言った。
「私たちは儀式の場を知らない。少なくとも、知らないことになっている。新風くんたちが知らせてくれなければ、知りようのないことだからね。
 私たちはクリスタルを元あった場所へ戻そうとしている道中で、道に迷ったかどうかして偶然出くわしてしまうだけだ」
「そうと決まったら、じゃあさっさと行こーぜ!」
 レンが何かを口にするより早く、威勢のいいかけ声が響いた。アリスを頭に乗せたアキラが、大きくバチンと手をたたく。
「運ぶのに3時間くらいかかるんだろ? 早くしないと儀式が終わっちまうからな!」
 さあ行こう、と手を振って、アリスが出てきた下へ続く入口の穴を指さす。
 地上で警戒している者と二手に分かれて、彼らは地下へもぐって行った。