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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第3回/全3回)

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 ラブが皆と合流を果たしてから数十分後、彼女の案内で救出チームはアタシュルクの別荘が見える森の一角へたどり着いた。
 三方を緑に囲まれた場所で、整地され、開けた正面にはかわいらしい小さな湖がある。高床式の2階建てになっており、別荘という言葉から想像されるペンションのようなつくりではなく、ちょっとした館規模の大きさだった。
「なかにいる敵が何名か分かるか?」
「分かるわけないじゃない。逃げ出すので精いっぱいだったんだもの」
 鉄心からの質問にラブは即答したが、自分が抜け出した空気窓の位置、伝った配管を思い出して、部屋のおおまかな位置を推理して地面の図にしるしをつける。
「2階西奥付近か」
「特に別働隊が罠張ってる様子はねえな」
 がさりと背後のしげみが掻き分けられる小さな音がして、上空からの偵察に出ていたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が現れた。もしもの場合を考え、離れた所に着地し、そこから徒歩で戻ってきたのだろう。
「犬連れた歩哨らしきやつらはいたけどよ。せいぜいが4〜5人ってとこだな」
「そうか。ご苦労だった」
「あの……」
 恐縮そうに、おずおずと布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が近寄った。
「先ほどは、一緒に乗せて連れてきてくださってありがとうございました」
「いや」
「それで、ハリールの救出についてなんだけど。こっそり侵入して、ハリールだけ連れ出してくることってできないかな?」
 佳奈子の頭から離れないのは、昨日受けた強襲だった。
 ほんの数分間のこととはいえ、完全に翻弄されてしまった。もしかするとセテカさんやあのニンジャの人たちもあそこにいるかもしれない。敵側についたコントラクターだって、いないとは思えない。そうすると、昨日より少人数で事にあたるのは無謀な気がした。
 抜き足差し足で気づかれないように、なりを潜めてこっそり忍び込んで、ハリールを見つけたらさっさと脱出する。なるべく戦闘は避けたいというのが佳奈子の考えだった。
「それができたら一番なんだが、無理だろうな」
 鉄心は地面に図を描くのに使用していた木の枝で館の床下を指した。
 日の当たらない床下部分に注目し、じっと目をこらす。そうすると、暗がりにまぎれて燃えるような小さな赤い光がいくつもあるのが分かった。バーゲストの目だ。その数から察するに、20頭はくだらない。
 先に戦ったことからそうじゃないかと推察して、鉄心はわざと道を避けて風下ルートをとり、近づいていたのだった。
「あの魔獣に気づかれずに館へ入るのは難しいだろうな」
「うむ」
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が同意する。
「あれは目と鼻に秀でておる魔獣じゃ。隠れ身を用いても簡単に見抜かれてしまうじゃろう」
「へー、あのわんこたち、そんな特技があるんですか。あ、だから番犬に用いられてるのですねー」
 ふむふむ、と感心するような声を発したのは、ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)だった。ただし彼女は今夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)に魔鎧としてまとわれていて、人型はとっていない。
 甚五郎が羽純の言葉を補った。
「敵はわしらがハリールを取り返しに来ることぐらい予測しておるはず。中にも相応の魔獣や使い手が待ち構えていると考えて相違なかろう」
「そっ、か…」
「まあまあ。落ち込まないで。そんなに悪い考えじゃないわ」
 しょぼんとなった佳奈子にルカルカ・ルー(るかるか・るー)が明るくウィンクを飛ばした。
「って、何か思いついたのか? ルカ」
 夏侯 淵(かこう・えん)が身を乗り出して、ルカルカを覗き込む。ルカルカは笑顔を保ったまま、ちょっと首を傾けて館を視線で指した。
「敵の戦力が不明なんだから、戦いはできるだけ避けたいっていうことには基本同意よ。ただ、避けられないなら避けられないで、ちょっと工夫すればいいのよ。こんなふうにね…」




 退屈だ。
 ほおづえをつき、足を組んで。だらしなく椅子に背を預けながら、声に出さずつぶやく。
 遅い。一体何十分かければ気がすむのか。これならばいっそ、対話の儀に潜り込んでいた方がマシだったか――そう思ってげんなりしかけていたときだった。
 2階の窓や床がビリビリ震えるほど、バーゲストたちが咆哮を発しだす。
「ようやく来たか」
 大佐はとがらせていた口先を笑みに変えると、背後の寝台でシーツをかぶって眠るハリールへと意味ありげな視線を流した。



 彼らの存在に気づき、猛り狂ったバーゲストたちの上げる耳をふさぎたくなるほどの大音声に、鉄心は苦笑を浮かべずにいられなかった。まるで振動波を受けているように肌がぴりつく。
「犬もこれだけ集まればすさまじいな」
 子牛ほどもある体高、赤い光を発する目、耳まで裂けているのではないかと思える口にはずらりと鉄鋲のような牙が並んで、湾曲した爪は鉄板も切り裂きそうなほどだ。これを「犬」の部類に入れていいかどうかは議論の余地が十分ありそうだったが、これからすることを思うとエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は眉をしかめずにはいられなかった。
 一番大好きな生き物は猫だが、犬だって好きだ。毛皮でモフモフしたり、一緒にお昼寝とかしたい。
「彼らは人間に使役されてるだけなんだ。自分の意思でもないことをさせられてる生き物を殺したくはないな」
 ぽつっとつぶやく。
 もちろん彼とて、だからといってあの牙や爪の前に身を差し出し八つ裂きにされてもいいと思うほど奉仕精神にあふれているわけではないが、それでもやっぱり傷つけて気持ちのいいものじゃない。
「努力しよう」
 はたして使命から解かれたとしてあの獰猛な捕食者たる犬の性根が今と劇的に変わるとはとても思えなかったが、それで作戦に支障が出るわけでなし。鉄心は答えた。影に潜むものとともに後方にいたティーもまた、当然というふうにうなずく。
「来るぞ」
 2人より前についた甚五郎が、咆哮のなか、館内のかすかな足音を聞き分けて言う。数秒と待たず入口のドアがバンと開き、なかから男たちが飛び出してきた。
「うるさいぞ! 何事だ!」
 いら立ちにゆがんだ顔が、鉄心たちを見て固まる。あっけにとられているような間をあけて。
「て、敵だ! やつらが来たぞ!」
「なに!?」
 ばたばたとさらに数名が。そのうちボウガンを持っているのは半数といったところか。前階段を駆け下りた彼らは、地に足をつけるより早く床下のバーゲストたちに合図を出し、指令を与えた。それにより、まるで太陽の下に出ることができない吸血鬼のように床下の暗がりから一歩も進めずにいたバーゲストたちが、堰を切ったようにわれ先に飛び出してくる。
 ビーストマスターたちの横を走り抜け、風のように疾走してくるバーゲストたちを前に、甚五郎は足を開き、低くかまえをとった。
「犬といえど、気を抜くな。気合いを入れろ」
「はいはいー」
 魔鎧化して主導権を完全に甚五郎に移譲しているせいか、ホリイはどこまでも気楽だ。
 後方からの支援を担当するブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がゴッドスピードを全員にかける。
 羽純はぱしりと手のひらにこぶしを打ち当てた。
「昨日馬車を横転させられた、その礼をさせてもらわねばのう」
「えー? 昨日も暴れてませんでしたかー?」
「あの程度ではまだまだ不足じゃ! わらわを怒らせた代償には見合わぬわ!
 来い、ウェンディゴ!!」
 突き出された羽純の手の先に、毛むくじゃらの雪男が現れた。猿とも人ともつかない面を怒りにゆがめ、2頭同時に喉笛を掴み上げる。ほかのバーゲストが腕に噛みつき、ぶら下がっても離さない。さらに数頭が群がり、ウェンディゴの下半身はバーゲストで埋め尽くされる。その横をすり抜けたほかのバーゲストたちが、甚五郎たちへ飛びかかった。
「獣どもめがっ!!」
 迫る爪と牙を回避し、甚五郎は目にも留まらぬ速さで無防備な腹めがけ正拳突きを打ち込む。
 ハリールの練習相手をするときはナイフ使いの彼女に合わせて霊断・黒ノ水を用いたが、甚五郎の本来の武器は己のこぶしである。長年の特訓によって鍛え抜かれた肉体、それにホリイの能力インビンシブル、フォーティテュードが加わって威力の増したこぶしで己を囲み、飛びかかってくるバーゲストたちを殴りつけ、蹴り飛ばす。
 そして、囲まれすぎないようにブリジットがマスケット・オブ・テンペストを用いた射撃で、威嚇あるいは手足を撃ち抜くなど相手の戦意を削ぐ方法で支援を行った。
 強力な魔獣を己の手足のように使役する能力を持つビーストマスターといえど、しょせんは素人の域を出るものではなかった。なんら戦術と呼べるほどのものはなく、ただ目につく敵である彼らを倒そうというだけ。鉄心たちの敵ではない。
 それでも甚五郎や羽純の操るウェンディゴに前衛を任せ、鉄心やエースがそれぞれ銃と弓で狙撃していたが、いずれもボウガンを射る邪魔をするだけで戦闘を長引かせているのには意味があった。
(そろそろころあいか)
「イコナ」
 館から支援者は出てこない。表にいる敵の意識が完全に自分たちへ向いているのを見て、鉄心は後方にいるイコナを呼んだ。
「イコナちゃん、出番ですよ」
 ティーがそっと肩を抱いて励ます。
「は、はいですのっ」
 緊張のあまり1オクターブ上がった声で返事をしたイコナは、手のひらを上に向けて前へ突き出した。そこには乳白の素朴なダイスが乗っていた。
「海豹牙賽、お願いですのっ」
 言葉か、意思か。海豹牙賽は敏感に反応し、すぐさまブリザードを発動させる。氷雪が白壁となってこの場にいる全員を閉じ込めた。
「これは…。 ――ううっ!」
 突如自分たちを包み込んだ氷雪に驚愕するビーストマスターたちの肩をエースのエメラルドセイジが次々と射抜き、武器を手放させる。
 ティーののどから子守歌の調べが流れ出て、周囲にあふれた。
 それが、離れたしげみにひそんでいる者たちへの合図。
「コハク、今だよ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の言葉に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が立ち上がった。