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リアクション
第十五章:ああ、苦行!?
「案の定、騒がしい連中がいるな。訓練とお祭りを勘違いしているらしい」
まあ、パラ実ではいつものことといえばそうなのだが。
遠くからざわめきが聞こえてくるのを確認しながら、訓練担当のトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)は、集まっている生徒たちに向き直った。
訓練はすでに始まっている。開始の号令と警報が発せられてから、もうずいぶんと時間が経過していた。彼がここに来てようやく動き出したのは、訓練生たちが自主的に集合してくるのを待っていたからだ。
自由気ままなパラ実生たちを強制的に連れてくることはそれほど難しくない。弱肉強食に生きるパラ実生たちは、強力な武力の前には結構素直に従うのだ。だが、それではどうしても無理やりやらされている感は拭えない。いやいや訓練をさせても大切な技術は身につきにくいし、パラ実生たちにとっては、いつも通りの力に従う秩序が残るだけだ。彼らは何の感銘を受けることもなく、すぐに忘れて野生的な日常に戻っていくことだろう。それでは、意味がなかった。やるからには有意義な訓練にしたい。
「よく集まってくれた。それだけで賞賛に値する」
トマスは参加者たちを見渡しながら言った。彼の呼びかけに答えて集まってきた生徒たちがいたことが、分校の進歩かもしれない。一般人たちも含めてかなりの人数だった。ボイコットしたモヒカンたちもいるが、そちらは、監督役を引き受けた父母清 粥(ふぼきよし・かゆ)や他の教師たちの活躍に期待しよう。
「しかし、皆が集まるまでに、一時間以上かかった。本当の災害なら、全員死んでいる」
トマスは、防災訓練の教頭先生の訓示みたいに言った。パラ実だと偏見なしに、普通の学校のように真面目に訓練に取り組むためだ。
「おう、兄ちゃん! で、これから何を始めるんでぃ?」
「兄ちゃんではなく、教官と呼べ」
トマスは、馴れ馴れしい口調で質問してきたモヒカンをギロリと睨みながら言う。無理に尊敬してもらう必要もないし持ち上げてもらおうとも考えていないが、訓練に真面目に取り組ませるには、まずけじめが大切だ、と彼は思った。
実際、教導団は防災の専門でもあり、トマスも技術に習熟している。彼らに真剣に取り組む意欲があるのなら、基礎からみっちり教えてやるのに吝かではなかった。
「これから人数確認と点呼を行う。きちんと整列するように。はい、せいれーつ! 番号!」
「番号! 1、10、100、1000、10000! 人員は一万人です、教官!」
「やりなおし」
トマスは、しっかりと数を数えなかったモヒカンたちを地面にめり込ませておいてから、点呼を取り直す。
「言っておくけど、パラ実にはまともな生徒の名簿なんかないわよ。名前もわからない状態なんだけど、どうするのよ?」
トマスと共に集まってきた生徒たちの人数を確認していたミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)が聞いてくる。彼女は、このあとの訓練でも指揮と監督に当たるのだが、わらわらと沸いてきた集団をどうまとめたものか思案に暮れていた。
「時間はたっぷりあるんだ。じっくりと取り組むさ」
トマスは、パラ実の教師たちに代わって生徒名簿まで作ってやることにした。名前を一人一人聞き出し、きっちりと整列させながら人員を確認していく。普段は、雑魚の十把一絡げとしか見なされていないモヒカンたちにも、もちろん名前はあるのだ。生徒一人一人を固有の人格として見なしてやると、おのずと絆が生まれてくる。それがやる気につながりよい成果に結びつくのだ。
「よし、これで全員だな」
一般人たちの協力もあったが、トマスが点呼と人員確認を終えたとき、3時間以上が経過していた。その間、パラ実生たちは、ざわざわしながらもじっと整列して待っていた。やればできるものだ。皆、地面にめり込まされることのないよう、ある種の警戒感が漂っている。
「次はグループ分けだ。適所に配員してスムーズに効率的に訓練を進めるためには、連携のとりやすい組ごとに分ける必要がある」
ここまでは順調だ、とトマスは頷いた。
いざ災害の時には、パラ実生たちは一般市民たちとも協力し合わなければならない。そのために、生徒たちだけではなく、混成グループにする必要があった。
「おい、凶器を持ち込んでいる生徒たちがいるぞ。何度注意しても手放そうとしねえんだ」
点呼取りの手伝いをしていたパートナーのテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)は、危険物を手放そうとしない生徒たちを見つけて報告してきた。
「明らかに不適格と思われる持ち物は預かっておいて、後はまあいいんじゃないかしら」
訓練で危険を及ぼす可能性のある持ち物をチェックしたところ、出るわ出るわ。モヒカン必携の斧やチェンソーなどの武装類をはじめ、角の生えたウサギからおもちゃまで。その他もろもろ、ミカエラは訓練が終わるまで保管することになった。
「俺は、“嫁”と別々になるつもりはねーぞ。実際に災害が起こっても、俺はこの嫁を連れて逃げるし!」
ダッチワイフを抱えたオタク風の生徒が断固主張した。
「わかった。考慮に入れて同グループとしよう。ただし、訓練の妨げになるなら許可しない。訓練が終わるまでしっかりと背負っているように」
トマスは、真面目に返答した。パラ実生には変わった生徒も多くいるが、それを理由にさげすんだりはしない。彼らには彼らなりに価値観があり大切なものがあり、それを否定するつもりはなかった。
「ダッチワイフがよくて、なぜ他の物がダメなんだよ!?」
「斧やチェンソーは、使うだろ。災害時に炎の延焼を防ぐために木を切り倒す場合もあるんだぞ!」
モヒカンたちが不満を口にするが、トマスは取り合わなかった。道具類は必要に応じて配布するつもりだ。
「なぜなら、これから皆に行ってもらう訓練は、バケツリレーだからだ」
近くにある水源地から、火災現場と想定される地点まで全員で水を運び炎を消し止める。消防車は、他の現場に出払っていて到着しない。生徒たちの手で被害を食い止めるのだ。
そんな状況設定に、隊列から一斉にブーイングが飛んだ。
「ばかばかしくてやってられねえぜ、ファーック!」
「ヒャッハー! 炎なんか俺たちの小便で消し止めてやるんだぜ!」
「ふざけんな。何の役にも立たねぇ訓練だろ。時代遅れ過ぎるぜぇ!」
「……」
トマスは、無言で彼らを見回した。
次の瞬間、鈍い打撃音が響く。
「よし、静かになったな」
地面にめり込んでしまったパラ実生たちがいるが、彼らは置いておいて早速訓練に取り掛かることにした。グループごとに全員一致団結で力をあわせて火を消し止めなければならない。
「はい、こことあそこが火災現場です。早急に水を汲んできて消し止めないと、被害が増大するばかりですよ」
もう一人の訓練監督役の魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)は、目的地点に縦看板を立てて生徒たちを案内した。
「炎は生き物です。効果的でもありますが、侮ると恐ろしい目にあいますよ」
生徒たちの気持ちはわからないでもない、と子敬は内心で理解を示した。
「他になすべき訓練もあるだろうに、バケツリレーとは。まあ、世の中万物無駄な物事はひとつもありません。ええ、無いのでしょう。きっとそうです」
提案したトマスに視線をやると、彼の表情は大真面目だった。是が非でもバケツリレーを完遂するつもりだ。
きっと、生徒たちの人生においていつかどこかでバケツリレーの訓練体験が役立つときがくるだろう。ああ、あの時バケツリレーをやっておけばよかった! と後悔しないようトマスの心優しい粋な計らいなのだ。まあ、多分。
子敬は、それ以上深く考えることはやめて、淡々と準備作業を終えていた。水源地から火災現場までの長い行列は圧巻だ。パラ実生たちが一般市民に迷惑をかけることも無くここまで整列できるとは。
「リーダーシップを発揮できそうなキーパーソンの目星はついているわ。彼らに自主的に仕切らせたほうが、私たちが完全に命令するよりも目的意識と達成感を高められると思うのよ」
なぜ、バケツリレーの練習? という疑念を拭い去れなかったミカエラだったが、トマスがそう決定した以上、つつがなく遂行できるよう努めるのがパートナーの役割だと考えることにした。
彼女は、生徒たちを整列させている間に【根回し】スキルでリーダーに相応しい生徒を何人か絞り込んでいた。その中でも、特にトマスたちと因縁の深い(?)生徒が混じっている。
「『押忍! 九州番長』を操縦していた、薩摩九州男(さつまくすお)クンじゃない。久しぶりね。その節はどうも」
先日のイコン格闘大会でトマスたちと対戦した相手に、ミカエラはにっこりと微笑みながら声をかけた。
「押認! こんな形で再会するとは思ってみなかったでごわすよ!」
九州男は、気合十分に返事をした。巨漢で見るからに強そうな彼は、モヒカンではないが他のパラ実生たちからも一目置かれているようだ。古きよき時代の番長タイプで一本気で男気にあふれ真面目なところも見受けられる。リーダーには打ってつけだろう。
「あなたに任せるわ。お願いできるわね」
「もとよりそのつもりでごわす。男に二言はないでごわすよ!」
九州男は力強く引き受けた。彼を中心に訓練に取り組ませるとしよう。
「ああ、あの時の御仁ですか。これも何かの縁。お手伝いをしてくれるとは心強い」
子敬も思い出したが、全てを丸投げにするつもりは無い。彼自身の確信に満ちた力強い号令がないと、アクの強いパラ実生たちは動かないことを知っているからだ。
一般人からは、6歳の幼女がリーダーに名乗りをあげた。
「かこくなろうどうをするためだけにこのよに生をうけたクズどものしはいは、わたしにまかせておくといいぞ」
彼女は、将来は奴隷商人になりたいという大きな夢を持っており、強制労働の手法を学びたいらしい。
「えんえんと水くみをさせようとは、なんとすばらしいくんれんであろうか。どれいどものちょうきょうほうほうとしてとり入れたいところだ」
「……」
こちらは、モヒカンでないため地面にめり込ませることを躊躇わされた。小さい子の戯言かと思ったが、本人は本気らしい。ドレスを着ているところからしてお嬢様のようだが、どこで吹き込まれたことやら。しかし、今なら更正は可能だ。
「はい、君もいい子だから列に並ぼうな」
トマスは、水の入った重いバケツを運ばせることで人生の厳しさを教えてやることにした。
「ちょっとまて。なぜわたしがろうどうをするのだ?」
「災害時には自分の財産を守るのも資産家として大切なことよ。奴隷商人にとっては、奴隷は労働を生み出す財産なの。資産家自らが率先して富を生み出してくれる奴隷たちを保護するのは当然のことではなくて?」
ミカエラは幼女に適当に話を合わせつつ説得した。
「なるほど。むのうなどれいどもを目のまえでかんししてやるわけだな」
幼女は、何となく納得して訓練の列に加わった。
「では、始めましょうか!」
子敬の合図で、耐久バケツリレー訓練が幕を開けた。
「よっしゃー!」
掛け声とともに水源地から水が汲まれ、それが生徒たちの手に手に渡されて運ばれていく。一杯渡し終えても終わりではない。水で満たされた容器が次々と目的地へ向かっていく。シュールな光景であった。
「うん。いいぞ」
まずは、順調な滑り出しだ。トマスは笑みを浮かべたまま作業の様子を見つめていた。
幼女もダッチワイフを背負ったオタクも作業に取り組んでいる。それぞれが役割分担の元バケツリレーの訓練は支障なく進んでいく。参加者たちは、それなりに頑張って取り組んでいた。
「堂々たる態度と明確な意思表示の中に、わずかに見える戸惑いの色を、この私は見逃さないのでありました」
トマスの微妙な表情を鋭く見抜いた子敬が、やれやれといった口調で語りかけてくる。
「もしや、バケツリレーの訓練は単なる思い付きだったわけではありますまいな?」
「まあ正直なところ、実際の災害の時にはどんなものを運ばなきゃならないかは見当つかなかったんだけどさ。多分何かの役には立つはずと思い立ったんだ」
トマスは率直な意見を述べた。特に根拠があったわけではないのは確かだったが、悪い方法でもない。
「しかし、さすがはトマス殿。単純な重労働を繰り返し行わせることは最も苦痛な行為で、拷問にも使われていることを良くご存知らしい。反抗的なパラ実生をしつけるにはもってこいの訓練方法です」
「そんなつもりはなかったんだけどな」
訓練を成し遂げれば、彼らは新しい何かをつかむだろう。始まったばかりでやめるつもりもない。
「号令は、僕がかけるよ」
訓練生たちの意気を上げるためにも、トマスは力強い合図を送る。
「みんな元気に声を出して! そーれ、いち、にぃ!」
それに合わせて、パラ実生たちも声を上げた。ペースが上がり作業がみるみるはかどっていく。
「あわばばばば」
まず、幼女がぶっ倒れた。最初は頑張っていたのだが、程なく労働量と重量に耐えかねて地面に突っ伏したまま動かなくなった。ミカエラが医務室へと運んでいく。
口ほどにもない娘だ。労働の厳しさを身をもって知り、ベッドの上で今後の人生の進路について考え直すだろう。
「容赦ねー」
とテノーリオ。
「とはいうものの、パラ実の生徒さんたちには、正直こういう単純で身体を動かすわかりやすい訓練のほうが向いていると思いますよ」
子敬は、訓練の様子を見ながら言った。
訓練や練習は剣のそぶりのように、それだけ見ていれば滑稽に映るものだ。肝心なのは諦めずに繰り返すこと。それが血となり肉となり、技術になって発揮されるのだ。
「はい、そこ気合い入れて!」
そろそろ苦しくなってくる生徒たちがいる頃だ。子敬は、【根回し】や【説得】のスキルを織り交ぜつつ従わせることを忘れない。
バケツリレーの訓練は淡々と進んでいく。
「おい、そこ真面目にやろうぜ。皆が協力して取り組んでいるんだからよ」
テノーリオもまた、不真面目な者や熱心で内政とたちに適宜注意を促す役だ。
「進行状況も大切だけど、休息をきちんと与えて不満や疲労がたまらないようにすることも必要よ」
戻ってきたミカエラがトマスに言った。
「心配しなくても、そのことならすでに考えてあるよ。グループごとに一時間交代で、交互に休憩を取らせるよ」
一日の半分を費やしてひたすら運ぶだけの訓練を続ける予定だ、とトマスは決意に満ち溢れていた。
「……」
何も起こらない。ひたすら何も起こらない。ただ淡々と作業が繰り返され時間が流れていく。
「これでいいのだ」
トマスは頷いた。
災害においてもっとも大切なことは、混乱せず統率を乱さないこと。
パラ実生たちにとっても、有意義な時間になるだろう。
愛の猛特訓は地獄のように続くのだ。
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