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リアクション
第十二章:その娘、危険につき
さて、一方で。ターゲットに近づいていたのは……。
あの収穫祭の後、さらに分校内の調査を続けていた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は、校内の奥にあるB校舎を探し当て訪ねていた。
“――決闘委員会の委員長、赤木桃子は目立たない普通の女子生徒として学校生活を送っている。会ってみることだ。”
舞花は、先日偶然(?)出会った謎のアドバイザー“X”の助言に従って、赤木桃子にコンタクトを取るべくやってきていたのだ。
B校舎は極西分校でも比較的まともな生徒たちが集まっている場所らしく、建物や設備は古びてはいるが、破壊されている部分も少なく整然と保たれている。生徒たちはガヤガヤと騒々しく、気ままで自由に学校生活を送っているようだった。混沌としており真面目な雰囲気ではない。だが、ヒャッハー! するほど凶暴でもない。深刻な妨害も学級崩壊もなく低レベルながらも授業は行われており、学力は低めだが一応学校の体をなしている。生徒たちは、それなりに学校生活を楽しんでいるのが分かった。日本なら、学業の偏差値は低いが能天気で明るい底辺高校といったところだろうか。のんびりまったりと気楽な高校生活を送るには、これはこれで理想的かもしれない。
3階の手前から二番目の教室はすぐに見つけることができた。休み時間を待って、舞花は、教室を覗き込んだ。
「赤木桃子さんはいますか?」
前置きも自己紹介もなく聞いてみると、教室の入り口辺りでたむろしていただらしない服装の男子生徒の一人が、教室の窓際を指差した。あまり頭は良くなさそうだが、モヒカンではない。気合いの入っていない下っ端ヤンキーといった風貌だ。この教室にはそんな生徒たちが大勢いた。
「あそこだ。今はいるみたいだぜ。よくいなくなるけど。というか、普段からいるのかいないのかわからないけど」
「お話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「いいんじゃね?」
教室の生徒たちは、突然やってきた舞花に不審さを覚えた様子もないし、訪問の理由も聞いてこない。桃子を呼んできてくれるのかと思いきや、そんな素振りもない。桃子の存在に興味がなさそうだった。
「失礼します」
ちょっと待ってみたが、他に誰も反応しないので、舞花は遠慮なく教室へと入って行った。パラ実ルックに変装しているものの際立った美貌と生まれもった上品な雰囲気を持つの舞花は、底辺クラスの教室では非常に目立つ。全員が舞花に視線をくれるものの、特に声をかけてくるでもないし、静止するでもない。大ざっぱで、生徒たちは気にすることなく思い思いの休み時間を過ごしていた。
「赤木桃子さんですよね。初めまして。私、御神楽舞花と申します」
赤木桃子は、窓際の一番後ろの席で一人静かに本を読んでいた。舞花は、すぐ傍まで行くと小声で自己紹介する。
髪の毛を肩のあたりで切りそろえた大人しそうな女子生徒で、うっかりすると見落としてしまいそうなほど影が薄い。親しいクラスメートがいる様子もなく、寂しい独りぼっち少女なのがわかった。疎外されている風ではないが、気にかけてもらっている風でもない。地味めながら外見は悪くないのに、これだけ目立たないのはすごい能力なのかもしれない。
「?」
その桃子は、読んでいた本から目を上げ、驚いた表情で見つめ返してきた。自分に訪問者が来るとは思っていなかったらしい。
< 謎のアドバイザー“X”さんの知り合いで、彼から話を聞いてお伺いしました。 >
舞花は、ほほ笑んだまま声を出すことなく、テレパシーで話しかけた。
「!?」
桃子は、ピクリと反応した。決闘委員会の委員長。しかし、クラスメイトは桃子の正体を知っている様子はない。“X”の助言にもあったように、表沙汰にしないほうがいいのだろう。
そんな舞花の心遣いを察して、桃子は小さく頷いた。読んでいた本を仕舞い込み、立ち上がる。
「お茶しましょうか」
桃子は、教室では会話をしたくないらしく外へと誘ってきた。舞花も異存はなく、二人で場所を変えることにした。クラスメイトたちは、視線だけで彼女らを見送ったが、それ以上の詮索をする様子はない。
舞花と桃子は、誰にも注目されることなく校舎を出ると、荒れ放題の中庭へと足を運んだ。途中、防犯装置つきの頑丈な作りの自動販売機でペットボトルのお茶を買った桃子は、苦笑しながら舞花にも一本差し出す。
「ごめんなさい。本当にただのお茶ですけど」
朽ちかけたベンチにハンカチを敷いて桃子は腰掛けた。
「ここなら、ほとんど誰も寄り付きませんのでゆっくりお話ができそうです」
「ありがとうございます。気を使ってもらわなくても結構ですよ」
舞花も、汚れに気をつけつつ並んで座った。見回すと、辺りは廃材置き場のように散らかっており、不良たちの溜まり場にもなりそうにない。ここなら好んで来る人もいないだろう。
「念のために確認させてもらっていいですよね。あなた、決闘委員会の委員長だと伺ってきたのですけど」
舞花が聞くと、桃子ははっきりと頷いた。
「そのとおりですよ。謎のアドバイザー“X”さんからの紹介でしたら隠すつもりはありません。私が、決闘委員会を取り仕切っています」
「そうなったいきさつを聞いていいですか」
舞花は、“X”の助言に従って決闘委員会の活動に参加するつもりだった。まずは、彼らをよく知っておきたいと思ったのだ。
「舞花さん。決闘委員会は奇麗事ではすみませんよ。知ってしまえば多くの分校生たちから嫌われ敬遠されることになります」
舞花の意図を察した桃子は、あまり好意的でない目つきで釘を刺した。舞花のような清く正しく美しい蒼学生が首を突っ込むにはふさわしくないのでは、と暗に注意を促してくる。謎のアドバイザー“X”の紹介だから無碍にはしないが深い付き合いをするつもりはないと言った程度に留めておきたい様子だ。
彼女の表情から生真面目で頑なな印象を受けた舞花は微笑を浮かべた。いきなり相手から媚びた様子で友好的に迫ってこられてもそれはそれで怪しくて困る。警戒心を抱いているくらいのほうが自然だ。
「私も、あなたたちと仲良しお友達ごっこをしにきたつもりはありません」
舞花は言う。委員会の内部に入り込む必要があるなら彼女らに協力するが、さし当たっては敵でも味方でもないという立場は変えないつもりだった。
だから、彼女は告げた。隠し事はなしだ。コソコソ嗅ぎまわっても得るものは少ない。自分たちの手の内を明かし、相手にも話してもらう。
「もう最初からはっきりと言いますけどね。私たち外部生の中には、決闘委員会の存在意義や活動内容の是非を疑っている人たちもいるのです。一体何をしているのか? あなたたちからすれば身内の問題でしょう。余計なお世話かもしれません。しかし、私たちとてパラ実生たちと深い関係にある生徒たちも多々いるのです。臨時教師もそうですし、かつて事件に関わった生徒たちもいます。皆、心配しています。雰囲気が異様だ、と。何か起ころうとしているのではないか、という懸念は自然なものだと思います。自分たちの身の安全のためではなく、仲間たちのために。協力できることがあれば、惜しげなく力を貸しましょう。しかし、明らかに非人道的行為が行われているならしかるべき対応と糾弾も辞さないつもりです。私が訪ねたら、都合が悪いですか? 隠さなければならないようなことをやっているのですか?」
「……」
「お話を聞かせてほしいのですよ、桃子さん。今、分校で何が起こっているのですか? 私のことが信用できないのでしたら、それでも構いません。ただ、考えてほしいのです。この分校にとって、一体どうすることがベターな選択なのか。あなたが私利私欲にまみれ強権を振るい分校生たちを虐げる恐怖の独裁者でない限り、私たちもいくらかの力にはなれると思いますし、不要なら傍観するだけにとどめることもできます。その判断に困っているところなのですよ。答えを教えてくれませんか?」
「言いたいことをはっきりと言う人ですね」
桃子は、少し緊張を解きほぐした表情になった。
「お話だけでしたら、こんな簡単なことはありません。せっかくですし、実際に委員会の活動を見に行きましょうか」
「その前に、一つ伺っていいですか?」
「なんなりと」
「後から赴任してきた特命教師たちを、あなたたちはどう認識しているのか聞かせてもらえますか?」
舞花は、重要確認事項を単刀直入にずばりと聞いた。
特命教師たちの不審な動きについての噂は彼女も耳にしている。分校内の秩序を維持すると言う委員会が彼らとどういう関係なのかは、はっきりさせておくべきだ。
桃子は、何の感銘も抱いていない口調で答えた。
「とても教育熱心ですばらしい先生たちですね」
「模範生のような建前論は私は望んでいないんですよ。決闘委員会の委員長としての本心をぜひ一言」
舞花は、相手が口をつぐまないように世間話のような口調で尋ねた。調査ではなくお喋りのつもりで話してくれると会話も続きやすい。
「特命教師たちでしたら……。いつでもどこでも必要な道具を用意してくれる、便利な商人たちですね」
桃子は、初めてうっすらと笑みを浮かべた。
「彼らの正体を知っていたのですか?」
「闇の軍需産業『バビロン』でしたら、付き合いは短くありません。分校生たちの大半がモヒカンでヒャッハー! やっていた頃から、幾度か小競り合いをしています。いずれも和解しましたけど」
「軽率で短絡的なんじゃないでしょうか。手を組むには危険で邪悪な相手で、分校の将来を考える上でも賢明な判断とは言いかねると思いますよ」
武器商人と和解って何? と舞花は唖然とした。どういう混乱があってどんな話し合いをしてどんな条件で手打ちになったのだろう。
「舞花さんほどの大金持ち出身の方を前にこんな事を言うのもおこがましいのですが。私は、ある程度財産を持っています。お恥ずかしながら、以前裏社会で悪さをいたことがありまして、その時に蓄えたお金を『バビロン』のエラい方に少なからずお貸ししたことがあるのですよ。この地域の支部長さんだったらしいですけど、その時以来の縁ですね」
「はい?」
桃子があまりにもあっさりと言うものだから、舞花は危うくスルーしてしまうところだった。
舞花の怪訝な表情から察して、桃子は説明してくれた。
「決闘委員会の前身は、モヒカンたちがヒャッハー! と強奪してきた種もみなどの戦利品を賭けて戦う、地下カジノだったのです。闇賭博場の主催者で立会と仲裁も兼ねていました。古株のお面モヒカンはその頃からのメンバーです。小さいながらも闘技場も備わっていまして、それが今の決闘システムに繋がっているのです。私は紆余曲折の末、闇賭博場の元締めになりました。その後、私は組織を改変して地下カジノを廃止し、現在の決闘委員会が誕生したのです」
「え〜っと、ですね……?」
その紆余曲折の部分を是非聞きたいところだが、聞かないほうがいい気もする。
突込みどころが多すぎてどこから質問していいのか舞花が戸惑っていると、桃子はお構いなしに続けた。
「その地下カジノに偶然遊びに来た『バビロン』の支部長さんは、狡賢いモヒカンたちにハメられ賭けに負けに負けて、パンクしました。支払えなくなった掛け金を、当時賭博場を仕切っていた私が代わりに立て替えたのです。後日、私が地下カジノのメンバーを引き連れて返済金を取り立てに行って口論となり、ついカッとなって企業の極西支社の事務所をビルごと爆破してしまったことも抗争の原因の一つかもしれません。その後の襲撃でも何人か死人が出たようですけど、相手は武器商人ですし、悪党どもザマァ、ってもんですよね」
「桃子さん桃子さん……? あなたモヒカン以上にキレてるじゃないですか? 悪さってレベルじゃないですよ」
どっちが悪党なんだか……? 舞花が辛うじて突っ込むと、桃子ははにかみながら答える。
「若気の至りで本当にお恥ずかしい限りです。今は更生して、分校の平和のためにお役に立ちたいと常に考えています」
「その言葉をあまり信じる気になれないのは、どうしてでしょうか?」
そんな前歴があるなら、分校生たちはビビるはずだ、と舞花は内心納得した。要するに、武装したギャング集団がそのまま校内で警察(?)のような組織になっただけじゃないか。
「ちょっと失礼します」
気になった舞花は、【エセンシャルリーディング】のスキルを使っていた。桃子はそれに気づいていながらも何も言わずに様子を見ているだけだ。
彼女の能力がある程度わかった。
実年齢は18歳。現在のクラスは【魔王】、総合レベルは100を越えている。凶悪なスキルとアイテムを多数装備しており、スキル耐性が基準よりも異常に高い。恐らく分校では最強の一人だろう。
「どうかしましたか?」
桃子の穏やかな口調に、舞花も優しく微笑み返した。
「いいえ、何でもありません」
なるほど、簡単な理由だ。桃子本人が強力無比だから、力が支配するパラ実で頂点にいるのだ。大人しそうな顔をして、とんでもない大物が隠れていたものだ。いや、だから隠れていたのか……。
桃子は、何事も無かったように話を元に戻した。
「私は闇賭博場を舞台にこれまでに大勢の人たちを騙して大金を巻き上げてきました。行方不明になったモヒカンもいましたし、首をくくった人もいるはずです。言いづらいですが、“消えて”いただいた方も。その支部長さんもそんな一人でした。掛け金の取り立てにはなんとか成功しましたけど、彼はその後行方不明です。多分、失態が企業の上層部にバレて消されたんですね。彼をハメた詐欺師のモヒカンたちも今頃荒野の土の下でしょう。まあそんなこと私にはどうでもいいですけどね。企業は大人気なく逆切れして、幾度と無く傭兵やならず者を差し向けてきましたけど、そんなチンピラ共に後れを取るほど私たちは腑抜けてはいません。結局、抗争の末、企業はキリがないと判断したのか和解したのです。私たちは、『バビロン』の株式も一定数分けてもらいました」
「もう決定ですよ。桃子さん、あなたが一連の事件の原因じゃないですか!?」
舞花はピシャリと断言する。“X”も、よくもまあこんな極悪娘を紹介してくれたものだ。
桃子は悲しそうな表情になった。
「ですから、更生して真面目になったと言ったじゃないですか。パラ実では誰もがすねに傷を持ってますし、後ろ暗い過去を消して必死で生きているのですよ。消さない人もいますけど、私はこれまでの短い人生を振り返って猛反省し、分校の安定に尽くそうと決意したのです。過ちを隠してやり直したっていいじゃないですか」
「別に、前歴を非難しようというわけじゃありません。あなたが企業の生命線を握っていることも、特命教師たちを招き入れた理由なのではないか、と思ったのです」
舞花は、桃子が闇の軍需産業の株式を一定数保有するオーナーの一人であることを指摘した。どんな手法で悪の企業の株を手に入れたのだろうか。普通はありえないが、舞花はもう驚かないし詳細を聞きたくもなかった。
「『バビロン』が利益を上げると、あなたは儲かるんじゃないですか? 私利私欲に駆られて企業の社員たちと結託し、分校を混乱に巻き込もうとしていると誤解されても仕方が無いですよ?」
「特命教師たちは、私が呼び込んだわけじゃないですよ。勝手にやってきたのです。助力は不要でしたが、教育熱心でしたし、使えるものは何でも使うのが私の主義です」
それとも、桃子自身の影響力と動向を企業が警戒して監視のために人員を送り込んできたのかもしれない、と彼女は述べた。
「私は、真面目に生まれ変わってからは自分の欲得だけを考えたことはありませんし、陰謀の類はあまり得意ではありません。特に何かを計画しているわけではありませんよ。実験だの武器の販売だのは、私の関知するところではないですし、むしろ戸惑っています」
桃子は、本心で特命教師たちにどう対応していけばいいものか考えあぐねているようだった。とぼけている様子はない。
「あなたの支配する分校内で、企業の社員さんが好き勝手やっているなら止めるべきではありませんか? あなたにはその力があるのでしょう?」
舞花は非現実的な思いにとらわれながら忠告した。桃子には頭がいいのか悪いのか分からないもどかしさがあった。
「これから分校で大変なことが起これば、あなたも責任は回避できませんよ」
「パラ実で責任を取る人なんか、今も昔も誰もいませんよ?」
それが当たり前なのだと、桃子は返した。
「こちらに被害が及べば怒りますし反撃はしますけどね。生き延びるか滅ぶかは、私には決められません」
「彼らは、きっと分校に害を及ぼすと思いますよ?」
「そうかもしれませんね。しかし、今は有益な連中です。多少のことには目をつぶるつもりです」
「悪魔は最初は優しいのです。罠に嵌ってからでは遅いのではありませんか?」
「警戒はしています。しかし、何でもありのパラ実では、将来予想そのものが無意味に等しいのです。私は基本的にその時になってから考えるのです。これまでそうして生き延びてきましたよ?」
「桃子さん、確かにあなたは無事でしょう。しかし、周りの人たちはどうでしょうか? それまでに多くの分校生たちが苦しめられるかもしれません。いいえ、今も現に怪しい企みに絡め取られて苦境に陥っている生徒たちがいるのではないですか?」
「もちろん、困った人が目の前にいたら全力で助けます。それ以外はあまり知ったことではありません。あなたは私に地球上の全ての人たちを助けろと言うのですか?」
「そういう意味ではなくて、え〜っと、ですね……」
舞花は言葉に詰まった。
会話しているうちに少しずつ性格が分かってきた。要するに、桃子は、超強力な“白いモヒカン“なのだ。なんというか、イメージ的に。性別は違えども、パラ実生としての本質は彼らと変わらないように思えた。
更生した話は舞花は信じることにするし、以降は悪意や欲に囚われ意図的に他人を敢えて踏みにじりはしないだろう。だが、無意識の内に誰かを傷つけても気にしない。自分に関係の無いことはあまり興味を持たず、他人の思いやりや優しさを理解しにくい。そんなタイプの女子生徒。
それでも舞花は気を取り直す。あの“X”が会うように勧めてくれたのだ。
「あなたは決闘委員会の委員長ですよね。分校内の平穏と安定を望んでいるのではないんですか?」
「もちろんですよ、舞花さん。私は、平和のためなら何でもするつもりですよ」
桃子は、冷酷非情な善人の顔で答えた。
「私と決闘委員会は分校の生徒たちを守ります。あくまでルールに従っていれば、ですけど。特命教師たちは私の目的と異ならない限りは付き合っていくつもりです。敵対してこない間は手を組もうと考えています。教育方針にも口を挟みませんし、彼らには有る程度自由に行動してもらっても構いません」
「そんな簡単に事が運ぶでしょうか。いろんな意味で大人をあまり侮らない方がいいですよ。過去のいきさつからあなたたちに仕返しに来たとは考えないのですか?」
舞花はさらに食い下がる。大勢が分校の行方を心配していることに気づいてほしかった。
「私たちに恨みがあるのでしたら、もっとストレートに仕掛けてきていると思いますよ。極端な話、私を殺せばいいだけですから」
桃子は考えながらも真剣に対応してくれる。気遣いを察してはくれなかったが。
「私が立ち直るきっかけを作ってくれた“X”さんには感謝しております。色々ありましたが、彼が私を闇世界から引き上げてくれたのです。今度お会いできることがあれば、どんなお礼でもいたしますよ」
謎のアドバイザー“X”に、もう二度と悪さはしない、と誓ったのだと彼女は言った。だから、悪いようにはしない。信用して欲しいと。
「そんなことがあったのですか」
そう言う割には不安なところも多いが、まだ更生途上なのだと舞花は前向きに考えて深く突っ込まないことにした。
喋り終えて一息ついてから、彼女は確認してきた。
「それはさておき。どうしますか、舞花さん? お手伝いしていただけるのでしたら拒みません。しかし、気が変わって急な用事を思いついたのでしたら、お引止めもしませんよ」
「見損なってもらっては困りますね。私が、言葉を交わしただけで引き下がるとでも?」
舞花は答えた。
まあ、桃子が企業との腐れ縁を断ち切ることが出来ない理由も有る程度わかった。付き合っているのは彼女の意思で、半ば慢心もある。
こういう娘は何度も痛い目に遭った方がいいのだが、そうすると他の生徒たちも巻き込む可能性がある。放って帰るわけにはいかないし、どうしたものか、と舞花は考える。
桃子は、しばらく待ってから言った。
「お帰りにならないようですね。よろしければ、私が校内を案内します」
「クリアすべき試練はありますか? 決闘委員会の一員として認められるために必要な条件があれば教えてください」
舞花は尋ねた。やると決めたからには、全ての能力を使ってでも参加するつもりだ。活動を共にすれば、もっと彼らの全容も見えてくるだろう。
「特にありません」
桃子は答える。最初から、舞花を試すつもりはないようだった。
「冷徹で決闘者たちに肩入れせず勝負にはフェアであること、誘惑や脅迫に屈しないこと。身の危険を感じたらすぐに他のメンバーを呼んでください。意思疎通のはかり方は、テレパシーで十分です。私利私欲を働かないこと、委員会としての権限および身分をプライベートに持ち込まないこと。他人を深く詮索したり身分を明かしたりしないこと。これらだけ守ってくれるのでしたら、問題はありません」
「簡単そうに思えますけど、厳しい掟ですね」
決闘委員会のメンバーを使命感に駆らせるものは何なのだろう、と舞花は思った。桃子の“武勇伝”に恐れをなして従っているだけではないだろう。
それを聞くより先に、桃子は立ち上がった。
「では、行きましょうか。大規模な決闘も始まっています。いくつか手渡しておきたいものもありますので」
「待ってください。お面をつけるのは必須なのでしょうか」
そこも気になるところだ。舞花の知る限りでは、委員会メンバーは全員お面モヒカン姿で学ランを纏っていた。制服なのはいいとして、いつどこであんなに早く着替えて現場に現れることが出来るのだろうか。謎の一つとして是非知りたいところだった。
「実は、あのお面は【変身!】で装着されるコスチュームなのですよ」
桃子曰く、【魔法少女】クラスの【変身!】スキルと同じ効果なのだとか。
魔法少女は、【変身!】スキルを使うことによって魔法少女独特の衣装を身に着けた可愛らしい姿に変身する。それと同じく、委員会のメンバーたちは、お面モヒカンの姿へと変身するのだという。
「委員会のメンバーには、普段はモヒカンではないただの男子生徒もいるのです。他にも女子メンバーもいます。全員がお面モヒカンの姿なのは、変身しているからなのです」
実演してみましょう、と桃子はぱちんと指を鳴らした。
その合図ですぐさまお面をつけた学ラン姿のモヒカンたちが三人現れた。決闘委員会のメンバーたちだ。
「何の用ですか、委員長?」
「こちら、御神楽舞花さん。私としばらく行動を共にしますので、そのつもりで」
桃子は、一切の説明をしなかった。にもかかわらず、彼らは礼儀正しくビシッと姿勢を整える。
「お疲れ様です!」
「いえ、あの……。こちらこそよろしくお願いします」
舞花は少々圧倒されて眼を丸くする。
「ちなみに、指の合図はただの仕草です。正確には【テレパシー】と【精神感応】のスキルを応用した呼びかけで、近くにいたメンバーに来てもらっただけです」
「そうなんですか」
「右から、チャベス、フランクリン、ロドリゴ、の三人ですね。顔を覚えておいてください」
「全員同じに見えるのですけど」
舞花は困った笑みを浮かべた。モヒカンはただでさえ見分けがつかないのに、お面をしているのだから区別がつかない。
「モヒカンって、外人さんもいたんですね」
舞花が率直な感想を述べると、桃子は当たり前のように言う。
「パラ実生は大抵国籍不明ですよ? 日本人っぽいのも呼んでみましょうか。確か……、デン助も近くにいたはず……」
「いいえ、そんなわざわざ結構です」
舞花は、丁重に断った。また同じような姿かたちのモヒカンが現れるだけなのが予想できたからだ。
「さて、ここからが本題です。彼らの素顔を見てみましょう」
桃子は、三人に魔力を解除するよう伝えた。
「……」
彼らは、無言で従いゆっくりとお面を外す。それが解除のアクションだ。
三人の身体はそれぞれ魔力を含んだ光に包まれ、元の姿へと戻っていく。光が晴れた時、お面モヒカンの姿はなくなり、違う男子生徒が姿を現した。手の中には、外したお面は残っていない。魔力と共に消え去ったのだ。彼らは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「チャベスです」
「フランクリンです」
「ロドリゴです」
「……ああ、これでしたら見分けがつきます」
なるほど、と舞花は納得した。
三人は、パラ実ならどこにでもいそうなただの男子生徒だった。モヒカンではなく分校のヤンキーといったところだが、当然三人ともそれぞれ顔が違う。衣装も、学ランからパラ実生たちが好んで着る派手な私服になっていた。
「彼らは、普段は普通の分校の生徒として生活しています。素でモヒカンの人もいますけど、一般生徒たちに紛れ込んでしまえば、誰がメンバーなのかわかりません。必要な時にだけ、アイテムを使い【変身!】するのです」
桃子の説明で、決闘委員会が神出鬼没な理由が分かった。いや、神出鬼没でもなんでもない。そこらへんを歩いているただの生徒が、実は委員会のメンバーで、騒ぎを察知したら【変身!】してお面モヒカンになって現場に登場するのだ。
「変身するためのアイテムは、ワッペンなのですよ」
桃子は、自分の制服の肩についている白いワッペンを指した。
委員会のメンバーが普段の格好をしている時、彼らは一般生徒たちに上手く紛れ込めるように、同じ形同じ柄のワッペンをつけている。色はそれぞれ違うが、お面モヒカンでない姿の時に普通の生徒として決闘に挑み通常通りのルールでポイントを獲得して手に入れたものだ。
決闘委員会のメンバーも素顔の時には、対決者になることもあるのだ。もちろん、駆けつけて来た他の委員会のメンバーもそ知らぬ顔をして決闘に立会い、一般生徒と同じく判定を下し特別扱いすることは無い。与えられる待遇も同じだ。
ロドリゴは青ワッペン、チャベスとフランクリンは赤ワッペンだった。彼らは、元々普通に強く、そのままでも大抵の生徒たちに負けることは無い。全員が上級クラスを経験しておりLVもかなり高い。
桃子は、もし日常生活で決闘を挑まれた場合まともに対決する気は全くなく、手を抜きすぎてよく負けるので白ワッペンから更にポイントを失い、実際に地下教室へと行ったことも二三度あると言う。地下教室は、一般生徒たちは避けたがるが、委員会の活動テリトリーとなっており、むしろまったりとくつろげるので休養には最適なのだとか。
それはさておき。
委員会メンバーのつけているワッペンは一見他の生徒たちの物と同じに見えるが作りが違うらしい。魔法付与された特殊な糸で刺繍されており、魔力が込められているのでスキルが発動するのだ。
「つまり、お面モヒカンは言うなれば『きたない魔法少女』なのです」
桃子は、実もふたもない表現で言って、三人に【変身!】するよう合図した。彼らは、それぞれのワッペンを指で軽く撫でながら小さく発動の呪文を呟く。すると。
一般パラ実生の姿だった彼らは、魔法少女と同じ過程で、全身が変貌していき、再びお面モヒカンと学ランの姿になった。
「!!」
恐るべき真相に、舞花は少なからずショックを受けていた。美少女が【変身!】スキルで魔法少女になる際に、魔法の光に包まれて一瞬全裸になってしまう。お約束であり少女の可憐さや清らかさの演出だ。だが、お面モヒカンたちも衣装が変わる時、一瞬だが全裸になるのだ! 三人のヤンキー男たちの見苦しい姿を(以下略)。
「見ていません!」
舞花が強調すると、桃子も同意する。
「もちろん、私も見ていません」
三人のお面モヒカンは、お面の向こうでポッと頬を染めた。
「ぽっ、じゃありません!」
「効果はこれだけです。変身によって身体的に特殊能力が備わるわけではありません」
桃子は華麗にスルーして説明を続けた。
「【変身!】するのは必須ではありません。身バレして日常生活の中で襲撃されたりしますけど、それでよければしなくても結構です」
女子の中にはモヒカンスタイルが嫌で変身しないメンバーもいるそうだ。変身後の外見をもっと何とかできなかったのだろうか。
委員長の長い説明はまだ続く。
「お面モヒカンの姿にならないのは自由ですが、委員会メンバーとして大きなハンデになります。装着してみれば分かりますが、このお面の内側には委員会活動として必要な各種の情報が表示される仕組みになっているのです。決闘が行われている位置や、近隣にいるメンバーの現在地など。彼らが、連れ立って現場に急行できるのは委員会用のワッペンの発する微弱な魔力を察知できるからなのです。誰かがお面モヒカンに【変身!】すると、ワッペンがわずかに震えて反応しますから、どこにいても決闘が始まったことが分かりますし、いつでも変身できるのです」
それだけ言うと、桃子は舞花にも委員会用のワッペンを差し出してきた。舞花も分校生のフリをするならつけておいたほうがいいという。彼女はそれに従い、先日購買で購入した一般用白ワッペンを委員会用と交換した。
なるほど、比べてみるとワッペンの見た目はそっくりだが、わずかに手触りが違うし魔力が感じられる。
「原理はわかりましたけど、よく考えるとすごい技術ですね。スキルをカスタマイズしてアイテム化し、しかも量産しているなんて普通はありえません」
舞花は更に疑問を投げかけた。決闘委員会は桃子の力や結束力だけではなく、謎の技術も持っている……?
「委員会活動を技術面で支えてくれているのは、ハカセです。地下教室に住むマッドサイエンティストがいるのですよ。特殊ワッペンの製作などの技術は全て彼女によるところです」
桃子の話では、ハカセは分類上では分校生なのだが、その能力の高さで教える側に立ち、地下教室で講師をしているのだという。地下は誰も近寄りたがらない場所なので隠れ住むには適しており、一応衣食住が備わっているので、居心地が良くなって居座っているらしい。ごくたまにハカセに身体改造される分校生がおり、尾ひれのついた噂話が地下教室の不気味さをかもし出しているのだとか。
「それほどの人物なのに、どうして地下教室にいるのですか?」
「悪い子だからに決まっているでしょう? どこだったかの国で懲役1000年の判決を受けて脱走してきたようです。大荒野に流れ着き、追っ手を避けて今では地下教室に隠れています。私などハカセと比べれば純真無垢な女の子に過ぎませんよ」
桃子の話を聞いても、舞花はもう驚かなかった。悪い子ばかりだが、それもまたパラ実の魅力(?)の一つなのだろう。
「ハカセとは縁あって知り合い、決闘委員会が……知り合った当時は闇賭博場でしたけど……、かくまうことなどを条件に協力してもらっています。ハカセの存在は、委員会のメンバーでも知る者は少数です。そこの三人は、……まあいいでしょう」
お面モヒカンたちは、まだその場にいたが聞いていないフリをしているようだ。
「ハカセは後ほど紹介します。その他詳しいことは決闘を見届けながらお伝えしましょう。……では、行きましょうか」
桃子は、分校内を案内してくれるようだった。途中で決闘が起これば立会いで参加しつつ、委員会活動を見ていってもらおうということらしい。
「あなたたちも、突然呼び出してごめんなさいね。引き続き、通常任務に戻ってください」
桃子は彼らに言った。すると。
「委員長は、当然何もしないのでしょうな? そうですか、それはよかった」
お面モヒカンスタイルのフランクリンが言った。
「私も手伝いますよ?」
「いいえ、結構です。決闘の邪魔ですから」
彼は桃子の手助けをピシャリと断った。
「委員長には、教室の椅子でじっと座っているだけという非常に重要なお仕事があるはずです。後でパシリにでも、四つんばいで踏み台にでもなってあげますから、何もしないでいただきたいですな」
「いえ、あの私は……?」
「委員長が、皆の前に姿を現すのは好ましくありません。役に立たないときには徹底的に役に立たないのだと自覚して、行動を自重しているのがよろしいかと」
チャベスは断固と断った。
「もちろん、我々は委員長に忠誠を誓っていますし、愛しております。この場からとっとと消えていただけると、ますます委員長への親愛の情も増しましょう」
ロドリゴもきっぱりと断った。
「……」
お面モヒカンたちに口々に好き放題言われた桃子は、どんよりと俯いたままその場を離れるととぼとぼと立ち去って行った。
「あの、桃子さん……?」
委員長の扱いの悪さに、舞花は唖然とした。先ほど聞いた桃子の話が嘘のようなやられっぷりだ。
「見てのとおり、委員長はブラック過ぎる女子で友達がいないんだ。過去が過去だけに白ワッペン保有者のフリをして姿をくらましていないといけない。話し相手をしてくれるだけで十分だよ」
お面モヒカン、多分ロドリゴ、は舞花に声をかけてきた。
「よろしくお願いします」
なんだか大雑把な感じだけどいいのだろうか、と思いながら舞花は答えた。もっと闇が深く排他的で堅牢な組織だと思っていたのだが、突然現れた舞花を怪しみもしないとは無用心にも思えた。意外にも話しやすそうだったので、聞いてみる。
「決闘委員会のメンバーって、何人くらいいるのですか?」
「変動が激しいので正確に把握しているわけではないが、300人ほどだ。パラ実の中ではさほど大きな集団というわけでもない」
「結構な規模だと思いますけど」
変動が多いと言うのは、辞めるメンバーもいると言うことだろうか。こういう秘密結社的な組織は抜け出すことは難しいのだが、それが可能なら情報も漏洩しやすいし厳格ではないのだろうか。舞花が考えていると、お面モヒカン、多分フランクリン、が遠まわしに答えた。
「まあ、君も不慮の事故などに巻き込まれて途中で脱落しないよう、気をつけてくれ」
「ああ、なるほど。死傷者が出るほどの過激な組織なのですね。それで委員会のメンバー数に増減が?」
「パラ実では、毎日のように誰かが行方不明になったり命を落としたりしているぞ」
彼は、普通に答えた。
他校生たちの華々しい活躍と楽しい学園生活の裏で、パラ実生たちは相変わらず野獣のような生活を送っているのだ。荒々しく自由に生き、自然の摂理に従って無駄に野たれ死ぬ。自らの意思で選んだ運命とはいえ、過酷な事実は噂程度で実態はあまり詳しく知られていない。
「とにかく、委員長のお守りを頼むよ。彼女にご機嫌でいてもらったほうが我々の仕事もはかどるし、何より無茶をして死なれては困る。あちらこちらで恨みを買いまくっているからな」
「あなた達にとって、桃子さんってどういう存在なのですか?」
舞花の突っ込んだ質問に、お面モヒカンたちは顔を見合わせた。少し考えて、三人はまた口々に言った。
「羊の皮をかぶった狼、……じゃなく灰色の魔王かな。白というには黒が濃いし、正義でもないが悪でもない」
「いてもらわないと困るが、頑張って仕事をしてもらっても困る。本性を現されると面倒なことになる。何もさせないのが一番だ」
「オレは、委員長のためなら基本的に何でもするぞ。付き合いたい女の子とは思わないが」
彼らの毒舌とは裏腹に、親しみと畏怖と忠誠が混じっているのがわかって、舞花はクスリと微笑んだ。
「では」
お面モヒカンたちは頷くと、すぐさま分散して姿を消した。
「お仕事頑張ってください」
舞花はなんとなく笑顔で見送ってから、桃子へと駆け寄って行った。
「桃子さん、どんまい。委員会の皆さんは、あなたのことを大切に思って言ってくれているんだと思いますよ」
舞花は、苦笑しながら桃子を励ました。
決闘委員会は、委員長の赤木桃子の強権独裁組織かと思っていたのだが、そうでもないようだった。彼女は委員長の威厳もなく追い払われ、中庭の離れたところで膝を抱えて座っていた。友達も仲間もいない、孤独な少女の悲哀を全身から漂わせている。
「いいんです。どうせ私は嫌われ者ですから」
あいつら後で覚えていなさい、とか何とかぶつぶつ言っていたが、ほどなく彼女は立ち上がった。機嫌を損ねて、舞花にもとっつきにくくなっている。
「やる気をなくしました」
「まあ、気を取り直して行きましょう」
「帰って寝ます」
「そう言わずに」
桃子と一緒に歩きながら、舞花はじっと考えていた。
一つ分かったことがある。決闘委員会は、桃子の指図のみで動いているのではないということ。すでに委員会自体が意思を持っていて、彼女がいなくなっても運営されていくのではないだろうか。
接触には成功したが、この娘果たして、敵となるか味方となるか……。
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