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リアクション
さて。
ここは分校のとある場所に位置する研究室。
「ようやく気付き始めた者もいるようですが、時間がかかりすぎでしょう」
先日の防災訓練の時から分校を訪れていた天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は、待ちくたびれたように息をついた。
かつてのオリュンポスの基地を離れこの研究室をつかの間の拠点と定めてから、数日が経っていた。
特命教師たちからこの施設を受け取ってから、十六凪はありとあらゆる情報を探り当てていた。当然、写楽斎が打ち上げた人工衛星の飛行位置まで把握している。
彼は知っていた。
事件が明るみに出ると、契約者たちが墜落を阻止しようと宇宙へと進出することになるだろう。だが、人工衛星は彼らの予想に反してパラミタには落ちてこない。写楽斎は、強力な契約者たちが人工衛星に乗り込むなり近づくなりした時に爆破するつもりなのだ。
写楽斎は農場での決闘に敗北し地下教室へと去っていったが、完全に自由を失ったわけではない。むしろノーマークになったため行動を注目されにくくなったのだ。衛星爆破の試みは、失敗するとは言いがたくなっていた。
そのためには契約者たちに早く事件に気づいてもらい、彼らの計画通り宇宙へと向かってほしいところだが、衛星はなかなか発見されず事件も公表されていなかった。一部、情報収集能力に優れた勘のいい契約者たちが動き始めたばかりだ。
その間、十六凪は事件に関係するであろう契約者たちの動向を追いかけながら注意深く観察していた。
情報をリークするのも尻尾を掴まれる原因になる可能性があるため、彼は敢えて衛星事件を明るみに出すこともなく、契約者たちが自主的に発覚させるまでじっと待っていたのだった。
もちろん、その間ただ手をこまねいていたわけではない。
かつてオリュンポスを支配していたドクター・ハデス(どくたー・はです)は、あれ以来沈黙している。数日に渡って居住地にも帰っていないところを見ると、失意のまま失踪したのかもしれない。
「くくく……」
十六凪はほくそ笑んだ。全く、他愛もない。
もはや、今更ハデスが復帰できないほどにまで、破壊しつくしてあった。
システムを乗っ取ったのは言うまでもなく、オリュンポスに所属していた手下たちも多くが十六凪の元に集まり、組織を形成していた。
真オリュンポスの誕生にふさわしい規模であった。
さらには、手に入れた分校の施設もなかなかの出来のよさで十六凪にとって不満は少ない。これからカスタマイズしていけばさらに洗練されていくだろう。もはや、彼を止めるものはなく、確固たる地位を手にしているように思えた。
「『乙ちゃんねる』の動きが気になりますね」
不意にそう言ったのは、十六凪を支援していたミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)だった。彼女は、オリュンポスのスポンサーでもあり、今回の計画にも彼女の意志が含まれていることは確かだった。
自分は表に出ずに十六凪に作戦を任せてあるが、裏工作くらいなら手伝ってあげることができる。
そのミネルヴァは、十六凪から離れたテーブルで様子を見ながら、いつものようにお茶をたしなんでいた。ただ、今回はお茶の傍ら端末でネット情報を覗いている。彼女なりの嗅覚で何かの気配を感じているようだった。
「『乙ちゃんねる』ですか? あれはただの遊び場でしょう?」
十六凪は、相手にすらしていない様子で答えた。
彼のようなコンピューターの専門家ともいえる技術を持つ者からすれば、掲示板サイトなど取るに足らない存在だ。かつてはどうだったか知らないが、今は情弱と素人と女の子が主なユーザーとされており、本当に重要な情報などほとんど見受けることができない。
ハデスのサーバーも抑えてあり、辺り一体のネットワークを支配している十六凪にとって、恐れるものなどあるはずがなかった。
警戒すべきは、電子攻撃ではなく物理的な襲撃なのだが、そちらも抜かりはない。
「呼んだ?」
まだ出番はないが、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)も迎撃態勢でスタンバっていた。ミネルヴァにドーナツで買収されているデメテールは、今回も分校のコンピュータの護衛を行うことになっていた。侵入者は誰も近づくことができないだろう。
つまりは、十六凪はゆっくりと機会を待てばいいだけだ。多くの強力な契約者が消滅する瞬間を、安全なところから眺めているとしよう。
「もしハデスさんが現れるとしたら、恐らく『乙ちゃんねる』でしょうね」
それでも、ミネルヴァは警戒心を解くことなく言う。
実は昨夜……。
予兆にも似た胸騒ぎを覚えたミネルヴァは、様子見も兼ねて『乙ちゃんねる』のスレッドにいくつか書き込みをしてみたのだ。
彼女とて、悪のスポンサーをしているくらいだ。ただの育ちのよさそうなお嬢様ではない。独特の直観が働かなければ、金持ちだけではこの世界は渡っていけないのだ。
ハンドルネーム:名もない工作員としてネタを書き込んでいた『ヒットマンを探すスレ』には、それなりに面白そうな人物たちが集まっていたのをミネルヴァは覚えている。
遊びだったためあのスレッドでは彼女は無害に徹していたが、ハデスや関係者が現れても不自然ではない流れだった。なんというか……、ハデスが好みそうな愉快な混沌が満ちており、一緒に“祭り”になりそうなメンバー構成。あの連中がハデスの味方をすると面倒かもしれない、とミネルヴァは思った。だからと言って、今からあのスレッドに攻撃を仕掛けるつもりもない。やり取り次第では、あのスレッド住人達は、ミネルヴァの側につく可能性も残っているからだ。ハンドルネームも彼女らの印象に残るように、以降も変えないつもりだ。
しばらくの間は、書き込みもせずにハデスの出現を待ってみることにした。
「……まさか、このまま終わりではありませんよね、ハデスさん」
さて、彼はどう出てくるだろう、とミネルヴァは考えに耽る。
きっと彼は現れる。現れなければ許さないんですから……。
彼女は十六凪の作戦を応援しながら、ハデスの事が気になっていたのだ。
(……まあ、先行して仕掛けておきましょうか)
名もない工作員は、想像していたよりも忙しくなるのだ。
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