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リアクション
そんなこんなで。
「あ〜、私としたことがしくじったなぁ。あのインチキ教師、初見で消しておけばよかったわ」
タシガンの空賊王リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は、珍しく後悔を含んだため息をついていた。
彼女とパートナーたちは、極西分校の事件に最初から関わり問題の解決に寄与していた。先だっても、怪しい特命教師たちを探っていたのだが、決定的に悪と判定する材料が不足していたので、泳がせてあったのだが。
その特命教師の中心的人物である真王寺写楽斎が、防災訓練と“Xルートサーバー”の混乱のどさくさに紛れて、核のような機晶石を載せた人工衛星を打ち上げてしまったという。しかも、間もなくこのパラミタに落ちてくるとか来ないとか。
その話を聞いたとき、リネンはこんなことなら最初から問答無用で写楽斎をぶっ潰しておけばよかったと思ったものだった。彼女は、特命教師たちの授業を受けて、言葉まで交わしていたのだ。もう胡散臭さ満点だったのを記憶している。
「今から始末しても後の祭りだしね」
「まあ、どんまいってことだよ。奴らの企みを誰も気づかなかったんじゃ仕方がないだろ。今は、その衛星をどうにかすることが先決だ」
パートナーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が空を見上げながら言う。
「防災訓練がえらいことになったわね……。まあ、これも訓練の続きと思えばいいか……」
ずっとリネンたちと行動を共にしていたヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)は、状況を把握していた。
「宇宙へ行く必要が出てきたわね。各校の指導者たちは、志願者を募っているわ。でも、事件解決に必要なのは、人材だけじゃないのよね」
「ああそうだな。他にも用意がいる。だが、用意って言っても、【アイランド・イーリ】じゃ、宇宙へ行けねえしなぁ」
フェイミィは以前空賊団で使用されていた旗艦の性能を思い出しながら、どうしたものかと腕を組んだ。
「……ねえ、“アレ”使う? 初陣にうってつけなんじゃないかしら?」
ヘリワードは、意味ありげな口調でリネンに聞いた。
「うん。そういえば必要よね。イコンを含むみんなを乗せて宇宙へと進出し、現地で拠点となれるような母艦が」
リネンもヘリワードと同じことを考えていたようで、二人で顔を見合わせて頷く。
「何の話をしているんだ?」
フェイミィだけがピンとこないらしい。
「ガーディアンヴァルキリーよ」
当たり前のように答えるリネンに、ますますわからなそうなフェイミィ。
「ガー、ヴ? なんだそれ?」
そこへ、出発の準備を手伝っていたスタッフたちが、彼女らの様子を窺がいに来た。はやり、問題は大型の輸送船の不足らしい。大勢の志願者とイコンを宇宙空間まで運び、かつ帰ってくる能力のある船の必要性が取り沙汰されていた。
また、無謀にも帰還の手段を用意することなく空へ行ってまったパラ実生たちがいるらしい。困った奴らだが、見捨てるのも気の毒だ。モヒカンたちは、言うなれば小悪党といったところで、リネンが倒さなければならないほどの本物の悪でない。猛獣を捕獲する要領で捕まえて来よう。
「じゃあ、用意しましょうか。その件については私たちに任せておけばいいわ」
リネンはニッコリと笑った。
「さっそく、ミュートと皆に連絡するわ。それほど待たなくても来ると思う」
言うまでもなく、ヘリワードはどこかと連絡を取っていた。
「よーやっと出番ですねぇ……じゃ、いきましょうかぁ?」
応答先の声が了解した。彼女は、リネンのパートナーの一人でミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)だった。ミュートはリネンたちからの要請を得て、話題のガーディアンヴァルキリーを用意してくるらしい。
待つことしばし……。
「ん?」
空が曇ってきたかな? と見上げたフェイミィは眼を疑った。空がにわかに暗くなったのは雲が出てきたからではない。見たこともないほどの巨大な物体が上空に姿を現していたからだ。
「みなさん、お待たせ。ご所望の、イコンを軌道上まで運べる『なんか超スゲェ』母艦、用意いたしました」
リネンが、上空の巨大飛行体を紹介した。いや、ただ大きいだけではない。こいつが、リネンたちが口にしていた、イコンのガーディアンヴァルキリーだった。
ミュートが操縦する、LLサイズの飛行型イコンが今回初めて皆の前に姿を現したのだ。
なにが凄いのかって、まず表記スペックが突き抜けている。
このガーディアンヴァルキリーは、古代戦艦ルミナスヴァルキリーの後継機を目指して作られた新鋭艦で、過去に結成されたツァンダの自警団『ガーディアンナイツ』から銘を受け継ぎ、タシガン空峡、シャンバラの空の新たなる守り手となってほしいという願いをこめて建造されたのだという。起動要塞に分類される超級母艦は、圧倒的な輸送力と突進力を有しており、『空を往く者が力を合わせた時に真価を見せる象徴』の役割も原型艦より引継いでいるのだとか。
全長、1.6kmの空母とは。もはや、なんとコメントしていいのかも分からない。
一応、学校からの借り物ということになっているようだが、リネンはこんな大物をどこに隠し持っていたのだろうか?
実のところ、ガーディアンヴァルキリーは当初システム側の不具合が発生したり、その後もぐだぐだに巻き込まれて出撃できないままドッグで待機していたのだ。
「ガーディアンヴァルキリーの推力なら、機材やイコンを全て載せて目的地へとたどり着けるわよ」
リネンは集まってきていた皆に説明するが、聞いている者はあまりいない。ガーディアンヴァルキリーの大きさにただ圧倒されているだけだ。
これ、無事に着陸できるのか? 皆が疑問を抱いている間に、ガーディアンヴァルキリーはだだっ広い荒野にその巨体を降ろした。やればできるものだ。
「本日はご搭乗ありがとうございますぅ。地上〜衛星軌道、往復便ですぅ。荷物や命のお忘れにご注意くださぁ〜い」
機内から、操縦士のミュートが降りてきて挨拶した。両手足、右翼、左目は機械化された異形の姿の守護天使だった。
「お前、あの機械天使!?」
見覚えのある姿を思い出し、フェイミィは驚きの声を上げる。ミュートは、かつては悪辣な空賊でリネンたちと敵対していたこともあり、またフェイミィとミュートは親しい交流はなかったが、一応生身で共闘したことがあったのだ。
だが、その話は今回は関係ないので割愛させてもらおう。いずれにしろ、初登場のミュートのお披露目シーンでもあった。
皆は、ガーディアンヴァルキリーのあまりの巨大さに驚いていたが、リネンに案内されて、それぞれの装備ごと乗り込み始めた。内装も悪くなく、快適な旅が楽しめるだろう。
「ガーディアンヴァルキリー、発進せよ!」
司令官のヘリワードの号令の元、いよいよ巨大な母艦の初フライトだった。
「こちとら空賊団よ。発着艦以外は、艦内規則とか細かいことは言わないけど、命だけは持って帰ってくんのよ!」
「おー!」
フェイミィが元気よく呼応する。
「ヒャッハー!」
こちらはモヒカンたち。
初めてのお使い、はどんな結果が待ち受けているのだろうか……。