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あなたの馴れ初めを話しませんか?

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あなたの馴れ初めを話しませんか?

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 1.穏やかな午後・カフェテリアにて
 
「え? パートナー契約のきっかけ、ですか?」
 ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)は隣席のテーブルを拭きに来たところ、愛美達に捕まった。
 彼女は所属する便利屋「ロックスター商会」が引き受けた仕事で、カフェテラスのバイトをしていた。
「トライブねえー……」
 手を止め、ふと遠くを見る。
「誘拐犯から助け出してくれたから、ですかね?」
「ええ! 『誘拐』っ!?」
 思いがけずアツそーな展開に、愛美達は身を乗り出す。
 うん、とジョウは頷き。
「トライブ曰く『依頼だったから』、なんですけれどね」
 ジョウは頬を紅潮させて語りはじめた。
 
 彼女は普通の家庭で、ごく普通の女の子として育った。
 そのため、攫われて初めて自分が「機晶姫」であることを知ったのだ……。
 
「その時のボクのショックは、この世の終わりかと思うほどものでしたよ」
 悲しげに両目を伏せる。
「おまけにその恩人ときたら! 単純で、不真面目で、女好きで」
 ちらっと厨房を見る。
「優しい言葉のひとつもかけられない『最低の奴』だけど」
 でもね、と笑って。
「ボクを助けてくれた時の姿は凄く眩しかった。だから契約したんですよ」
「へーえ」
「育ててくれた両親と離れるのは、凄く悲しいかったけど。ボクが機晶姫ってことに意味があるんなら、それはあいつの側に居れば見つけられる――そう感じたから。『運命の出会い』があるんなら、それはあの瞬間だったのかもしれない……」
 でね、とこれは小声で。
「恥ずかしいから、この話はトライブにしないでくださいます?」
「話? って、どんな話さ? ジョウ」
 振り向くと、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が傍らに立っていた。
 いっ? と口を開けるジョウの隣で、彼は呑気に。
「よう。美少女が3人も揃うと壮観だねぇ。随分と楽しそうじゃないか」
 トレイに空いた食器を載せ、ミルクティー、ジャスミンティー、カフェオレを置いていく。
「俺の奢り。美少女にサービスを。が、ロックスター商会のモットーだからさ。……で、話って? 依頼か?」
「もう、知らないっ!」
 ジョウは軽く睨むと、膝を蹴って厨房に下がった。
 トライブは膝を抱えて、いててっとしゃがみ込む。
「てぇっ! 俺が一体何をした?」

 ■
 
 トライブ達との一件で、周囲の友人達が気づいたようだ。
 3人に近づく女生徒達の姿がある。
「おや、騒々しいと思えば……」
「マミ! 花音! 瀬蓮ちゃん!」
「お久しぶり! マナ」
 声をかけてきたのは、荒巻 さけ(あらまき・さけ)ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)朝野 未沙(あさの・みさ)の3人。
 信太の森 葛の葉(しのだのもり・くずのは)和泉 真奈(いずみ・まな)の姿もある。
「運命の人? 契約の馴れ初めとか?」
 また始まったか!
 しまったと思ったが、スイッチ入った時の愛美のしつこさは有名だ。
 5人は暫し顔を見合わせていたが。
「じゃ、あたしから」
 ミルディアが真奈を呼び寄せ、愛美達の近くに腰掛けた。 
 
「ファーストコンタクトは最悪だよ」
 ミルディアはうんうんと頷いた。
「百合園女学院で会ったんだけどね。そもそもその編入だって! パパが勝手に決めちゃったことでさあ〜」
「編入? 別の学校に通ってたの?」
「うん、自分で決めた『大学』にね」
 舌をペロッと出す。
「で、大学駅伝に向けて、体力作りしてたんだけど……」
 急に険しい顔つきになる。
「あん時はゴネたなぁ〜。パパッてば、いきなり『ミリィ〜! 編入の手続きが出来たぞ〜!』だもん。『無理にとは言わないが』って……あたしが、拒否出来る訳ないじゃん!」
「それで? 来ちゃったって訳?」
 ミルディアはブスッくれて頷いた。
「そうなの? 真奈さん?」
「そうですわね」と真奈は頷いた。 
「『パパに強引に転校させられた』って。その日一日は大変でしたわよ」
 冷静に答える。
「この方が私の契約者なのですか、と思うと目の前が真っ暗になり……」
「ええ! 本当?」
「……というのは、冗談でございますが」
 ミルディアはズッコケる。
「ただ、根気良く会話を続けていれば何とかなるものなのですね」
 優しげに眺めて。
「『まにゃ〜』とか言われて……これって『なつく』って言うんですか?」
 フフッと笑う。
「ミルディに振り回されているのは、今も同じですけどね。出会いも別れも、采配あっての事だと思いますわ。それは主の思し召しか、人の思惑かは別として……」
 ミルディアが携帯電話を確認して立ち上がった。
「あれ? 今日、ミスドの?」
「うん、バイト。休憩中だったんだ、じゃあね! 瀬蓮、マナ、花音」
 ミルディア達は慌ただしく去って行った。
 重なり合う2人の影は「運命」そのものなのかもしれない。
 愛美は眩しい思いで見送る。
 
「さけさんは?」
「は? わたくしですか?」
「うん、聞いてみたいな〜」
 愛美の態度に。
「ですね〜!」
「はいはい、是非!」
 花音瀬蓮も相槌を打つ。
 大きな瞳を、これ以上なく輝かせて。
「3人にそこまでおっしゃられては、仕方がないですわね」
 さけは覚悟を決めて、ゆっくりと息を吐く。
「わたくしの場合は、もっと神秘的とでも申し上げましょうか……」
 葛の葉との馴れ初めについて語りはじめた。
「大宇宙からの意志でわたくしに言葉が降りてきましたの、そして気づいたら光り輝く物体が……」
「妾のいた神社が寂しくなってしもたから、人恋しいところにさけと出会ったんどす」
「もー、これから盛り上がるところだったのに」
 さけはプウッと頬を膨らます。
「『運命の人』っていうより、『宇宙人』って感じね」
 愛美達は素直に感想を漏らす。
「愛美さん達は『運命の人』を捜しておるんどすか?」
「捜す前に、せめてヒントだけでもと思っているんだけど」
 葛の葉の質問に、愛美が答える。
 さけがサラリと言う。
「『運命の人』ねえ。もう現れてるかもしれませんわよ?」
「そうどすなぁ。すかんおひとを好きになるかもしれまへんし。この世は可能性に満ちあふれてるんやさかい。すべてはこれから、どすよ」
 葛の葉も頷く。
「そうそう、何がどうなるか分からないんですわ」
「今は種族も、年齢も考えへんで、好きな人と一緒になれる時代なんやさかい、おきばりよし!」
 ポンッ。
 愛美の背中をたたく。
「では、わたくしは葛の葉と静かなひと時を過ごしますゆえ……」
 さけ達は慇懃に一礼して去って行った。
 
「あたしは逆に、3人に質問したいかな?」
「何を?」
 なぜかビクついて、愛美は未沙を見上げる。
「大丈夫だって! マナ。今日は真面目な話だけだから」
 クスッと笑って。
「前々から思ってたんだけどさ。3人のパートナー契約のきっかけ聞きたかったんだよね。どんなんだったの?」

「えー、マナミンは何となくかな?」
 愛美は唇に人差し指を当てて考え込む。
「本当にパラミタに行きたかったのよね。で、マリエルはそんなマナミンの気持ちに応えてくれたの」
「ふうーん。花音さんと瀬蓮さんは?」
「私は、『運命』なんだと思います!」
 花音は真剣な表情で言いきった。
「涼司さんは私の『白馬の王子様』なのですから! 当たり前です!!」
「……え? そうなの?」
「そういう意味では、アイリスも一緒だね!」
 瀬蓮と花音は互いの手を取って、ワアッと盛り上がる。
「ふうーん、『白馬の王子様』なんだ……」
 何だか恐ろしく抽象的で簡単なきっかけだったんだなあ、とか思う未沙であった。
(まあー、パートナー契約なんて、そんなもんなのかもしれないね)
「でも、やっぱり『運命の人』って言う感じじゃないんだよねえー」
 愛美はホウッと溜め息をつく。
 その愛美の唇目掛けて、未沙の顔が近づいて行く……。

 ■
 
「……では、こんな『運命の人』の話はいかがですぅ〜?」
 ズイッと2人の間に割り込んで来たのは、神代 明日香(かみしろ・あすか)だった。
 未沙の舌打ちの音が聞こえる。
「明日香さんの『運命の人』?」
「はい、パートナーのノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)のことです」
 当人を紹介して、ニッコリと笑う。
 
「発端は、アーデルハイト様の『スペアボディー』能力なのでございますよぉ〜」
 明日香は愛美の隣に腰かけて語りはじめた。
 膝の上に、小さな『運命の書』の姿。
「あれを手に入れたかったのですが、入る訳がございません。素直に聞いたとしても……」
 そこで、禁書が封印されている所に入らせてもらったのだという。
「私はミスティルティン騎士団なのですよ。周囲の人に魔法の腕で負けたくないので禁書が欲しい! と言えば、とりあえず入ることくらいは出来ますからぁ〜」
(最も実力に見合った蔵書しか読めないんですけどねぇ〜)
 こっそりと舌を出す。
 けれど愛美はすっかり感心して。
「それで出会ったのが、『禁書』として封じられていた『運命の書』さんだった、という訳ね?」
「そうです」
『運命の書』は無邪気に笑った。
「あの日は外出許可が得られると禁忌の書に浮かんでいました。そしてお酒が切れそうで、困ってもいました……」
「は? お酒?」
「ノルンちゃんは、こう見えても5000歳なのでございますぅ〜」
 明日香の説明に、愛美達は目を丸くする。
 はい! と『運命の書』はどうみても5歳のあどけなさで返事を返した。
「勝手に出て行っても良かったのですが、アーデルハイト様が来る気配があったので……外出許可を頂こうと挨拶に向かいました。何となく似てる小柄な女の娘が一緒に居たので、ご挨拶しました」
「それが明日香さんだったのね?」
「ええ。禁書を求めていたらしいので。誰にも利用されず時を重ねるよりも、力を貸して見よう! と思い契約しました。自由に外出も出来るようになりますしね」
「好奇心に駆られた私は、そのまま建前通り契約をしてしまいました。けれど今思えば、全てアーデルハイト様の手の上だったのかも……いえ、きっとそうに違いないですぅ〜」
「色々あるんだね」
 瀬蓮は感心したように頷きつつ、カフェオレに手を伸ばす。

「でも、どれも何だかピンとこないなあー」
「そうですか? 愛美さん」
 花音はティーカップをソーサーに戻し、愛美の横顔を眺める。
 愛美はミルクティーに口を付けたまま、ボウッとしている。
「悩んでいても仕方がないですぅ〜!」
 明日香は愛美の手を引っ張った。
「もっともっと、たくさんの人の馴れ初めを聞いてみるですよぉ〜、愛美さん」
「ええ! ちょ、ちょっと待って! 明日香さん」
 愛美は明日香に手を引かれ、席を立つ。
 残された2人は顔を見合わせて。
「では、私達も。もう少しマナにつきあうとしますか?」