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 3.パートナー契約〜友人の場合〜

「じゃ、行きましょう!」
 美羽がパフェを食べ終わるのを見計らい、愛美達は席を立った。
「美羽のため」という命題が追加されたせいもあって、3人のやる気は「全開」だ。

 最初の犠牲者(?)は樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
 2人は静かに読書を楽しんでいるところ、4人に邪魔されたのだった。
「はい? 月夜となぜパートナー契約をしたか、でしょうか?」
 刀真はしばし考え込む
 これまでの騒動で、4人の目的が「運命の人」捜しのヒントを求めていることは明らかだったから。
 だが――。
(月夜と契約した理由は『両親を護れなかった力のない自分自身の否定』の為ですから。小谷さん達の望む話とは違うでしょう……)
 そんな暗い過去を話しても、彼女達はガッカリするに違いない。
 ……と思いきや。
「山奥に、今は廃れた神社があってね。そこに御神体が奉納されていた訳なんだけど。『凄い力を秘めた武器が封印された物だ!』ていう噂があって。その真偽を確認する為に、神社へ向かった人がいたの……」
 月夜が嬉々として話し始めてしまった。
「月夜!」
「いいじゃない! 刀真。話して減るもんじゃないし」
 月夜は不服そうな刀真の反応を楽しみながら、話を続ける。

 神社に着いた頃には夜中になっていた。
 神社はボロボロで、屋根に穴まであいている。
 そこから差し込む月明かりに照らされて、御神体らしき岩があった。
(また外れか……)
 そう思って近づいたら、岩が崩れて中から『女の子』が現れた。
 月明かりに照らされた黒髪の少女――その余りの美しさに目を奪われた……。

「……その女の子が、私」
 月夜は自分を指さす。
「で、捜しに来た人が刀真さんだったのね」
「そう。でもそれじゃすまなくってね……」
 月夜は当時のことを思い出したのか、胸元を押さえて両目を静かに閉じる。
 
 彼女の中で過去は鮮やかによみがえり、夜の中で銀髪の男の人が立っていた。
 月明かりに照らされたその目は血のように赤く、その表情には殺伐とした雰囲気を漂わせている。
(私が不満なの?)
 男はブツブツと自分に不満を述べていた。
(不満なのね?)
 どうしてかしら? と首を傾げる。
 力――そんな風に感じた。
 だから月夜は、自分の中から光条兵器「黒の剣」を取り出した。
 男は驚いて自分を見た後で、
「俺は俺の力の為にその剣が欲しい。だがお前が俺に付き合う理由がない。だから選べ! 俺に従うか、俺を拒むか」
 しばらく考えてから尋ねてきた。
「拒むなら近くの町で保護して貰う……従うなら、お前は俺の剣で俺のものだ」

「そして私はその手を取った。その時から、私は刀真の剣でパートナー――刀真のものになったの」
 目を開けた月夜は、穏やかに刀真を見上げた。
「この名前も、その時に刀真が付けてくれたんだ。『漆髪 月夜』ってね」
(ていうか、まんまじゃん!)
 と思ったのだが、月夜があまりにも幸せそうなので4人は黙っていた。
 
 芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)は、カフェテリアに来た所で愛美達に捕まった。
「パートナーとの出会いかぁ……」
 郁乃は懐かしげに遠くを見やる。
「桃花は、ある集落のご神木に塗り固められるように封印されてたんだっけ。その集落がダムに沈むというので、私が封印を解いたんだ」
 こーんな風にね、と身振り手振り。
「別段変わった呪文や儀式をした訳じゃなかったんだ。ただ、『このままダムと沈むくらいなら、私と一緒に世界中を見て回ろう』って。心から、本当に心から望んだだけなんだ。桃花は私の声に応えてくれて、こうして今一緒にいるんだよ。地面の上を見て回った訳でないし、地面の下に何があるかなんて分からない。まして天の星を見に行くことなんて、かなう訳ないだろうけど。桃花と一緒なら空も飛べる気がするんだ」
「『運命』の力よね! きっと」
 愛美は頷いて、そう言えば、と桃花を見る。
「桃花さんは? どうして封印されていたの?」
「封印された理由なんて、忘れてしまいました」
 申し訳なさそうな顔。
「ただ永い時を集落の守り神として、大樹とともに過ごしてきたことは確かです。ダムに沈むと知った時も、『次は水の中で時を過ごすのか』としか思わなかったのです。でもそんな時に『このままダムと沈むくらいなら 私と一緒に世界中を見て回ろう』と声をかけたのが、ちょうど集落を訪れていた郁乃様でした。郁乃様は『無為につまらない時間を刻むなら 私にその時間を使わせてくれない』、と手を差し伸べるのです。運命を感じその手を受け入れた時、桃花の止まっていた時間は再び時を刻んだのです。だから今こうしてお話させていただけるのも、郁乃様のおかげなのです」
 だから、と桃花は花のように笑う。
「桃花は郁乃様が大好きです」
「そうだったのか? 桃花」
「はい! 郁乃様」
 2人は互いの手を取り合い、ラブラブモードで見つめあう。
(これはひょっとして……)
(いや、ひょっとしなくても)
(私達をダシにして、コクったのではなかろうか?)
 いつぞやのメガネの二の舞を踏んでしまった4人なのであった。
「さ、次行ってみようか!」
 サッサと退散する。

 バッタリと出くわしたのが、椎堂 紗月(しどう・さつき)有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)だった。
「凪沙と出会った時のことかぁ……改めて思い返すと懐かしいな」
 紗月は爽やかに応じる。
「凪沙と初めて会ったのは、六学校のどれかに入学しようと思って色々見学してた頃だったな。パートナーもいなかったから、ほんと見学だけして日本に帰ろうと思ってたっけな。それで帰る前に空京も観光してこうと思ってふらついてたら、凪沙に声かけられたんだっけ」
 そこで紗月は突然苦笑した。
「あの時はいきなり叫んで抱きついて来たから、何事かと思ったよ。そのまま凪沙の話聞いて……その後にお姉さんじゃないってことと、男だってこと、やっと話せたんだよな。で、事情を聞いて俺がお姉さん探すの手伝うのと、見つかるまでお姉さんの代わりでいてやるよ、てことで。契約してイルミン入ったんだっけ」
 照れ臭そうに鼻をこすって、凪沙を見下ろす。
「最初こそビックリしたけど、今じゃ大切な存在かな」
「凪沙は?」
 瀬蓮が凪沙をチョンと見上げる。
「そうだね……うう、思い出すと恥ずかしいなぁ」
 頭のてっぺんまで真っ赤になるくらい、凪沙は恥ずかしがったが。
 結局愛美達に囲まれて、白状させられる羽目となった。
「小さい頃、お姉ちゃんと一緒に孤児院で暮らしてたんだけど。今のお父さんとお母さんのところに養子に行って、お姉ちゃんとは離れ離れになっちゃったんだよ」
「そーか! だから捜しに来たんだね? ここまで」
 瀬蓮の言葉に、コクンと頷いた。
「養子にしてくれた今の両親は、すごく優しくしてくれたけど。やっぱりお姉ちゃんに会いたくてね。見つかる訳ないって、思いながら探したりしてたんだ」
 それで運命の日――空京にいた紗月を、姉と間違えて抱きついてしまったのだと言う。
「思い出の中のお姉ちゃんと重なったような気がして……ずっと探してたんだよ! って大泣きしちゃって……」
 うわ、と叫んで、紗月の背に隠れる。
「やっぱり恥ずかしい! こ、このくらいでいいでしょ?」
「うんうん、上出来、上出来」
 紗月はよしよしと凪沙の頭を撫で回す。
「じゃーね!」
 片手を挙げて、紗月達は去って行った。
「『目に入れても痛くない』って感じだね」
 でも、と首を傾げる。
「『運命の人』とは違うみたい」
 意見がまとまったところで、4人は次なる標的を捜しに行く。
 
「『運命の人』? 恋仲ではありませんが……」
 苦笑して応じたのは、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)だった。
 彼はパートナーのマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)を伴い、授業の疲れを癒しに立ち寄ったところだった。
「俺とシャーミアンとの出会いは、なかなかインパクトがあると思いますよ」
 クロセルは当時を思い出したのか、クスクスと笑う。
「シャーミアンは、マナさんと同郷でジャタの森出身の人なのですが。家出したマナさんを追って、故郷を飛び出してきたと聞いています。何やらマナさんが故郷に戻らないのは、俺に誑かされたせいだと思い込んでたようで。だから俺を抹殺しようとしてたのですよ。マナさんに説得される形で仲直り(?)はしましたし、マナさんと一緒に暮らしたいという彼女の要望を叶えましたが……はて、わざわざ契約する必要があったのかな?」
 クロセルは、うーむと考え込む。
「何やら、物騒なきっかけね?」
「でもマナさん。どうして飛び出しちゃったんです?」
「プレッシャーじゃよ、花音」
 マナは即答した。
「生まれつき成体に近い姿であったがために、同郷の者から随分期待されていたのだがなあ……」
 嫌な思い出なのだろう。
 苦い顔をする。
「いかんせん成長が遅くてな。周囲の者の失望に耐えきれずに、故郷から飛び出したのだよ。とくに行くあてもなかったから、噂に聞く空京へと足を向けた。そこでクロセルと意気投合した結果、契約に至った訳だ。しかし事情を知ってさえ私を慕い、故郷から探しに来てくれたのがシャーミアンなのだよ。何故かシャーミアンは、クロセルと喧嘩をしていたようだがな。私を慕ってくれるだけでも感謝したいぐらいなのに」
 シャーミアンにムギュッと抱きつく。
「再び一緒に暮らせるようになって、私は嬉しいぞっ!」
「で、シャーミアンさんは? どうして追って行ったの?」
「それはもう、驚きましたから!」
 マナの腕の中でモガガガ〜ともがきつつ、シャーミアンは胸を押さる。
「まさか郷里を出奔されるとは! マナ様は大器晩成型なのであって、ゆえに気に病まれる事はないのです!」
 せめて、それがしに一声かけてくだされば!
 フルフルと拳を震わせる。
「マナ様を探し出すのは、容易ではありませんでした。しかもようやく見つけたと思ったら! 怪しさ大爆発の『仮面男』が傍にいるではありませんか!」
 クロセルをキッと睨む。
「人を見かけで判断してはいけない、というのは重々承知しておりましたが……どう見てもマナ様を誑かした『悪人』にしか見えなかったもので。つい、ナイフで切りつけてしまいました。マナ様の仲裁で事なきを得ましたが、それがしはまだ、クロセルをマナ様の相棒に足ると認めた訳ではありませんよ!」
「そ、そうなのかっ!?」
 マナを挟んで、何やら険呑とした空気が漂い始める。
(これは、早く逃げた方がよさそうだね!)
 愛美達は3人に見つからぬよう忍び足で退散する。
 
 イルミンスール魔法学校の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)が捕まったのは、直後のことだった。
 2人はチェスを楽しんでいた。
 料理部同士の交流の為に蒼空学園に来たのだが、早く来すぎた。
 ようするに『暇つぶし』である。
「パートナーとの馴れ初め? クレアのこと?」
 チェスを指さす。
「私の場合は、実はこのチェスがきっかけだったな。クレアとは元々通信チェスで知り合って、そこから文通を始めたから……」
 次第に険しい顔つきに変わる。
「うわ! クレア! その手はないだろう!!」
 いや、クレアに初めて負けた時と同じ展開でね――涼介は額に汗しつつ、盤を睨む。
 代わって、クレアが続きを語りはじめた。
「確かあの対局が終わった後、感想戦をしたいから空京で会わないか、って言われて会ったんだよね。その時のおにいちゃんの顔、今でも覚えてるよ。私がおにいちゃんの妹さんそっくりだって」
 写真を出す。
 そこには、クレアを黒目黒髪にした大和撫子が写っている。
「で、その日は空京の甘味屋さんでお茶をしながら話をして、また会おうねって約束したんだよね。今思えば、それがきっかけだったのかな。あの日以来、不思議と力がわいてきたりしたなぁ。その後は2人でイルミンスールに入ったんだ」
「あの、今の関係に不満はないんですか?」
 尋ねたのは、花音だ。
 クレアは即首を振った。
「それはないよ。だって、私にとっておにいちゃんは最高のパートナーだもん」
「そうなんですか? ではこの手を何とかしてもらいたいものですが……」
「おにいちゃん、それとこれとは別!」
 これ以上は対局の邪魔になりそうなため、4人は立ち去った。
 
 シャンバラ教導団のマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)とデザートを食べていた。
「蒼空学園に来るのは昨年6月以来であります。実はカフェテリアのデザートが目当てだなんてことは、この弁髪にかけてもあり得ない……と思いますぞ?」
「じゃ、何のために来たの?」
「南部戦記で死出の旅に出るかもしれない。その前に、カナリーと思い出話をしたいからではありませんか……」
 キザに決めようとしたところで、愛美達にムンギュッと押しつぶされたのだった。
「カナリーとの出会いでしょうか? い、今話そうと、思っていたところですぞ!」
 ウオッホン!
 咳払いをひとつ。
「あれは、まだまだ香港がイギリス領だったころのことでしたなあ……」
 なぜかカナリーを過剰に意識しつつ、語りはじめた。
「九龍城砦という巨大なスラ……むーんっ、謎空間がありまして。そこに浄化……いやガサ入……」
 カナリーに睨まれ、苦笑い。
「は?」
「……れンあいはいいものですな。若いとは実にうらやましい、あっはっは〜」
「はあー」と愛美達は怪訝そうな顔。
「とまあ、『仕事の関係』で赴いたところカナリーと出会ったのであります」
 マリーは強引に話題を引きもどす。
「そこでまさか! 阿片く……つーッ……魔法の薬を扱っている店で、裏ば…んーっ、マスコットをしていようとは。それを、検き…ょーぐるとパフェを…いや『補導』……いやいや『保護』してから、かれこれ何十年。背が伸びないことが心配の種でありましょう」
「何だかよく分からないから、カナリーさん! 答えてくれる?」
「いいよ、マナ」
 カナリーは快諾する。
「怪しげな場所からコソコソと出てきたカナリーちゃんに、『ワテについてくれば、ここにいるより確実に面白いことがありますぞ』って。声掛けてきたのがはじまりだよ」
 補足したげなマリーの口を両手で塞いで、カナリーはニッコリと続ける。
「おかげでこーそーでマトにかけられることもなくなったし。ふつーのがっこーにも通えたりとか、こーしてパラミタにもやってこれたりとか、楽しいことはいっぱいあったと思うよ」
「は? 『こーそー』?」
「うん。でもパラミタに登った時に『小型結界』を買うお金がなくて悩むマリちゃんの顔は、もっと見物だったね。『ほらカナリーって魔女だから』って、カミングアウトしたときの顔も。これからも非常識なマリちゃんのことは、じょーしき人のカナリーちゃんが面倒みてあげるからね♪」
「…………」
(何だかよく分からない『運命』だね?)
 感涙にむせぶ2人を尻目に、愛美達は顔に「?」を刻ませる。
(次、行ってみましょうよ?)