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リアクション
ジィーッ、とカメラを回す駆動音が低く響く。
ビデオカメラを片手に持った冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が、乾いたくちびるをペロリと舐めた。
緊張感を漂わせながらも、どこか楽しそうである。
「千百合ちゃん……真剣でノリノリです、ねぇ……」
如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)はぽつり、呟く。
「隠し撮り、なのに……」
「だって日奈々」
くるり、千百合が振り返り、
「こんな面白そうなことを逃すわけにはいかないよ?」
きっぱりと断言した。
静香校長のお見合い記念記録ー、と楽しそうに言いながら、カメラを回す。
いつも以上にノリノリで楽しそうなパートナーの姿に、日奈々は笑みを零した。やっていることがイケナイことでも、千百合が楽しそうにしている。それで日奈々は満足する。
「……、やりすぎ、は、いけない……から、ね?」
それでも一応と、注意を促して。
千百合がにっこり笑って「任せといて!」と言ったから。
じゃあ私も楽しもうかな、と日奈々は千百合の空いている側の腕に抱きついた。
「日奈々?」
「ん……、千百合ちゃんと、一緒。ですぅ……」
「うん、一緒」
返事を受けて、嬉しそうに微笑んで。
平和で穏やかな二人の時間が過ぎていく。
*...***...*
「うん、あたしったら完璧ね♪」
ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)は姿見に映った自分を見て妖艶に微笑んだ。しかしその笑みは、今のヴェルチェには似合わない。地祇の企みで15歳程度の娘へと姿を変えたヴェルチェには。
髪もカラースプレーで茶色に染めて、瞳にはカラーコンタクトを入れた。それでも誤魔化しきれるかわからないので、伏し目がちにしている。その伏し目がちな様子が、逆にそれっぽさを出していた。
静香が見合いを嫌がっていると言うならば、自分が影武者になってやろう。そう提案して変装して、これからほんの少しの遅刻をしたセシルに会いに行く。
「それにしてもいつもあるものがないと落ち着かないわね」
小ぶりなサイズの胸を見下ろし、小さく笑って部屋を出た。
そして、静香が影野 陽太(かげの・ようた)に連れて行かれる所を見た。硬直
「んな――」
言葉が出てこない。静香と目が合って、唇が動いて、その唇が『ドジっちゃったぁー』と動いたのを、ヴェルチェは見ているだけだった。
*...***...*
「静香校長、どうしてあんな離れに居たんですか? ラズィーヤさんが捜していましたよ?」
「あ、あはははは……」
静香は、ヴェルチェの出した提案を受けて、離れた部屋に隠れていた。しかしその部屋に見回りをしていた陽太が現れ、連れ出されてしまった。どうしよう、と思いながら苦笑するほかない。
「まさか、こんなに離れた部屋まで律儀に見回る人が居るなんて思ってなかったしね……」
ぽそりと呟くと、陽太は「?」と静香を見た。
「何か言いました?」
「ううん、見回りをきちんとしていて偉いなあって思って」
「偉いですか? 俺の行動理由なんて煩悩まみれなんですけど、ね」
「煩悩?」
「ある人に好かれたくて。必死なんです」
自嘲するように陽太が言って、そのまま会話が途切れる。
やたらと長い廊下を歩き、曲がり角に差し掛かったところで、
「妨害する百合園の生徒さんの気持ち。わかるんですよ、俺」
「え?」
「だって、俺ももしあの人が静香校長と同じ立場になったとしたら、ひどく妨害しますし。だから、見回りも何も、全部俺の自分勝手なんです。偉くなんか、ないですよ」
「……一人をそうやって真摯に想う気持ち、ボクは好きだよ?」
「ありがとうございます」
再び会話が途切れて、歩く。
お色直しのための着替えや化粧道具がある部屋の前に着いた。静香を待っていた誰かが部屋の襖を開けて静香を招き入れるよりも早く、
「静香校長」
陽太が声をかけた。
「ん?」
「このお見合いが、あなたにとっていい結果を残しますように」
そして、微笑んだ。
いい結果を出されても困るけど、と思いはしたが、純粋に自分を想ってくれる陽太に、静香は微笑み返した。
*...***...*
見合い会場、別室で。
ラズィーヤと向き合って、朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は座っていた。ラズィーヤの隣にイルマ・レスト(いるま・れすと)が座り、お茶を汲んだり「どこかお疲れではないですか?」と声をかけたり、何かと世話をしている。
「そろそろ、お見合いの時間ですね」
手にしたメモとペンを活躍させるべく、千歳はラズィーヤに話しかけた。
「ええ、そうですわね」
涼しげな笑みを浮かべたラズィーヤが言う。いつもと何ら変わりのない彼女の姿に、本当にこれはお見合いなのか、という疑念が再び湧き上がった。
彼女にとって大切な存在である、静香のお見合いだというのに、こんなに平然としていられるなんて、と。
「ラズィーヤさん」
「はい?」
「セシルさん……彼女のこと、どう思われますか?」
なので、カマをかけてみた。
イルマが出発前にぽつりとこぼしたのだ。
セシルは女性で、男装してお見合いに臨んでいるのでは、と。
その言葉と、この態度と。
どきどきしながら問うてみた。
「……さあ?」
ラズィーヤの笑みが揺らぐことは、なかった。
*...***...*
「静香さんって、やっぱりすごいなぁ……」
黙って会場の警備にあたっていた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、不意に呟いた。
「すごいって?」
その呟きに、秋月 葵(あきづき・あおい)が問い返す。
「だって! タシガン貴族もほっとかないんだよー? さすが静香さん!」
「ああ、そっか。歩ちゃんはタシガン貴族が憧れだっけ」
「タシガン貴族、じゃなくて、王子様が憧れなんだもん」
そう言いながら、きょろきょろと辺りを窺う歩の眼は、警備している者の眼というよりは、素敵な王子様がいないか探す眼をしていた。
「王子様、見つかる?」
「そう簡単には見つからないかなぁ」
残念だけどねー、と笑いながら言ったところで、
「ねぇふたりとも、セシルさんを見かけなかった?」
急ぎ足で歩いてきた佐伯 陽菜(さえき・ひな)が問いかけてきた。顔には焦りの色と困惑の色が見て取れる。
歩と葵は顔を見合わせて、
「さっき車で出て行ったよ?」
「それで、なぜか徒歩で帰ってきたのよね」
記憶を辿り発言。
「……そう。おかしいなぁ」
首を傾げる陽菜に、
「どうかしたの?」
歩も首を傾げた。まったく同じ動きをしたふたりに、葵が思わず噴き出す。
「むぅ、葵ちゃん、笑わない」
「そうだよ、そんな場合じゃないよ」
「ご、ごめん。……それで、陽菜ちゃん。セシルさんがどうかしたの?」
尋ねると、陽菜はふるふると顔を横に振った。
「居ないの、セシルさんが」
「え?」
「控室に戻ってこないんだって」
陽菜のその言葉に、歩と葵は再び顔を見合わせて、しばしの沈黙。
のち、
「大変じゃない!」
「静香様は!?」
大きな声を出した。
「静香様は今着替えてらっしゃるみたい。だからその間に、ボクらはセシルさんを探さないとって」
「うん、協力する!」
「お見合い会場は広いよね、三方に分かれて探せば見つかりやすいかも!」
すぐに状況を把握して駆け出していく歩と葵の後を、陽菜も追いかけた。
*...***...*
不意に、視界の端に何かが留まった。
お見合い会場の警備に就いていた道明寺 玲(どうみょうじ・れい)が辺りを見回すと、居た。
「セシル・ラーカンツ」
見合いの渦中の片方が、会場の端っこに位置するこんな場所にどうして居るのか。
「どうして貴殿がこのような場所に?」
疑問に思ったので、そのまま訊いてみるとセシルが笑った。少し困ったような笑い顔だった。
「気分転換に、と思ってね」
「もう見合いが始まるのではないですかな?」
懐中時計を見た。……というより、始まっている時間ではないのか。
「すぐに戻ろうと思っているよ。見合いもまだ先方の準備が終わっていないから、遅刻でもない」
「このままだと遅刻になってしまいますな」
「それは困るね」
「ではそれがしとイングリッド・スウィーニー(いんぐりっど・すうぃーにー)の二人で送り届けますかな。それで構わないですな?」
「手間をかけるね」
「構わぬぞ」
すぐそばにいたイングリッドにも声をかけ、玲が決定する。しかし、イングリッドはじっとセシルを見てから動かない。
「イングリッド・スウィーニー? 何か異変でもありましたかな?」
「おぬし」
玲の問いには答えずに、イングリッドはセシルを真っ直ぐに見た。
「何か悩みでもあるのだろう」
そして言う。
「なぜ?」
「瞳に迷いがある。……何、我輩たちはこの見合いに関係してはいない。おぬしが何かを呟こうと、関与せぬ」
「いや、本当に大したことはないんだ。
……ただ、そうだね。さっき、家門は大事なものか、と訊かれて、すぐに答えられなかった。それがどこかに引っかかっているだけなんだ」
それだけ言うと、セシルは再び微笑んだ。今度は真っ直ぐな微笑みだった。
「だけど、大丈夫。僕はこのお見合いを成功させてみせる」
「……ふむ、それがおぬしの出した答えなのだな」
「おかしいかい?」
「嫌いではない」
イングリッドが微笑んで、セシルの手を掴んだ。
「ならば遅刻をして悪い印象を与えぬよう、ここは駆けるぞ!」
「それがしも付いていきますな!」
三人は、走る。
見合いが始まろうとしていた。
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