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高山花マリアローズを手に入れろ!

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高山花マリアローズを手に入れろ!

リアクション

 こうして、スタイン達は、さらに山道を登っていく。しかし、進めば進むほど森は深まり、雑魚敵が途切れる事もない。

「熊よ! 禁猟区が反応したわ」
 水無月 零(みなずき・れい)が叫んだ。
「熊? またかよ」
 先頭を行く神崎 優(かんざき・ゆう)がげんなりとした顔をする。これで何頭目だろう?
 しばらくすると、右の茂みがガサガサと動き、数頭の熊が現れた。しかし、とても小さな熊で、しかも人間達を恐れているように見える。
「どうする? 戦うのか?」
 神代 聖夜(かみしろ・せいや)が尋ねた。
「いいや……」
 優は手持ちのハチミツのビンを開けると、熊に向かって放り投げた。熊達がハチミツに群がり、その間に一行は行き過ぎていく。
「これで、いくつハチミツを無駄にしたかな……」
 優は苦々しい顔でつぶやいた。
「というか、よくそれだけハチミツを持っていましたね」
 陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)が感心したように言う。
「それよりさ……」
 零が口をはさんだ。
「あの木、さっきも見たような気がしない?」
「ええ?」
 優が零の指差した先を見た。そこには、古い巨木が生えている。
「あの、太さとてっぺんの三つ股に分かれた感じ。さっきも見た気がするの」
 零が言った。
「まさか……」
 優は笑い飛ばそうとした。しかし、
「実は私も見た気がします」
 刹那が大まじめにうなずく。
「実は……」
 優は言うか言うまいか迷ったあげく言った。
「俺もさっきからずっとそんな気がしているんだ……」
 それから、3人は、不安げな目を聖夜に向けた。
「超感覚で何か分からないか?」
 優の問いかけに、聖夜はまるで不吉な予言でもするように言った。
「ご想像通り。さっきから、同じところをぐるぐる回っているぜ。道に迷ったらしいな」
「やっぱり……」 
 神崎 優は肩を落とす。
「スタインさん達に教えないと……」
 零が言った。
「でも、誰が伝えるのですか?」
 刹那が首をかしげる。しかし、落ち込んでいるヒマも、迷っているヒマもなかった。零の張った禁猟区が再び反応したのだ。敵が現れたらしい。
「あそこだ!」
 聖夜が叫んだ。そこに、白い人影が浮かんでいる。長い髪の美しい女。
「ドリアードだわ」
 敵の正体を見極めると、零はまるで優を守るように彼の前に立ちはだかった。ドリアードは、妖艶な眼をこちらに向ける。
「何の用だ?」
 優は叫んだ。
 しかし、ドリアードは何も答えず妖艶な微笑みを浮かべるばかりだ。
「用があるなら言えよ」
 優は前に進み出た。すると、零が止める。
「ダメよ! 木に取り込まれちゃうわ」
「ふふふふ。それもいいわね」
 初めてドリアードが口を開く。
「かわいい坊や。私と一緒に来る?」
 すると、優は答えた。
「取り込みたければ、勝手にすればいいさ。しかし……せっかくこうして話が出来るのに、俺を取り込んでしまったら、話す事も理解し合う事も出来なくなってしまう。そんなのは悲しいだろ? それに話し相手なら俺がなってあげる。それでも共にいたい、取り込みたいと言うのなら俺達と共に行かないか?」
「うふふ」
 ドリアードが笑った。
「……かわいい坊や。顔もかわいいけど、素晴らしい心の輝き。ますます連れて行きたくなるじゃないの」
「ダメ!」
 零は優にしがみつく。
「連れて行かないで!」
「ふふふ。大丈夫よお嬢ちゃん。まだ、今は連れて行かないから。また後で会いましょう」
「また後で? どういう意味だ?」
 優の言葉に、ドリアードは答えようともせず、ただ妖艶な微笑みを浮かべると、そのまま霧のようになり消えてしまった。
「なんだったんだ?」
 聖夜が額の汗を拭う。
「分からない。とにかく、道に迷った事をスタインさん達に伝えよう」
 優はそう言うと、自らスタインに伝えにいった。

「道に迷っただって?」
 優の報告を受けてスタインが青ざめた。
「しかも、ずっと同じところを歩かされているだって?」
「落ちついて、スタインさん」
 レティーシアがスタインをなだめた。
「実は、さっきからわたくしたちもうっすらと気付いていましたわ」
「そうなのか?」
 スタインがレティーシアを見る。
「ええ。おそらく、何者かによってこの辺りの空間が閉ざされたんだと思いますわ」
「空間が閉ざされた? つまり、マリアローズの繁殖地にはたどり着けないっていう事か?」
「残念ながら、今のままではね……」
「そんな、じゃあ、ミュゼット……ミュゼットは?」
 スタインはうわごとのように妹の名を呼ぶと、やみくもに走り出そうとする。レティーシアはスタインの腕を掴んだ。
「待って下さい、スタインさん。お気持ちは分かりますけど、焦ってもなにも解決しませんわ。ゆっくりと考えましょう」
「そうね」
 シズルがうなずいた。
「このまま歩いていても同じパターンを繰り返すだけ。少し脇道にそれて、どうすればいいかじっくり考えましょう」
「じゃあ、あの、巨木の前で一休みしませんこと?」
 レティーシアはてっぺんが三つ股に分かれた巨木を指差した。
「あそこなら、目の前が広場になっているようですし、ちょうどよくありません?」
「そうね。ひとまず、あそこで休む事にしましょう……」

 こうして、一行は巨木の広場を目指して歩きはじめた。しかし、進みはじめて分かったのだが、巨木にたどり着くには沼の中の一本道を行かなければならない。しかも、その道の途中は食虫植物の群生地になっていた。

「俺にまかせろ」
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)が先頭に立つ。
「全部、刈り取ってやる」
 そして、ヤタガンを手に食虫植物を根元から斬って排除しつつ進んでいく。
「気をつけてください。食虫植物は催眠ガスも出すんですのよ」
 レティーシアが後ろから声をかけた。
「大丈夫だ。こんな事もあろうかとポータラカマスクを持って来ているんだ」
 恭司は一見普通にしか見えないマスクをつけて片目をつぶった。
「それで、毒を排除できるんですの?」
「ああ。これは一見普通のマスクに見えるけれど、実は水中での呼吸を可能にしてくれるし、口や鼻からの有害物質の侵入も完全に排除してくれる」
 それから、恭司は、再び黙々と食虫植物駆除に精を出し始めた。文字通りの草むしりだ。
 と、その時。蔓が伸びて来て恭司の頭をかすめた。

「きゃああああ!」

 背後から女性の悲鳴が……。
 何事かと顔を上げれば、蔓はレティーシアを捉えようとしていた。
「ヤバい!」
 とっさに、恭司はヤタガンを構え直しざっくりと蔓を切り落とす。間一髪でレティーシアは絡まれずにすんだ。
「ピンポイントで女性を狙うなんて、植物のくせにエロい連中だぜ」
 恭司は切り落とした蔓を沼に投げ捨てて肩をすくめた。
 すると、また蔓が伸びてきて、レティーシアを狙った。
「くどいな!」
 恭司は再び蔓を切り落とす。しかし、さらに次から次へと蔓が伸びてくる。
「きりがないぜ」
 そういうと、恭司はヤタガンを構え直した。そして、則天去私のスキルを装備。鬼神の如き猛々しさで食虫植物達に挑みかかっていく。
「うわたたたたたー」
 気合いとともに、食虫植物は次々に刈り取られていった。そして、あっという間に道は草一つ生えぬ更地となる。
「さあ、準備はできたぜ。みんな渡ってくれ!」
 沼の向こうから恭司は一同に手を振る。それをみてレティーシアがつぶやいた。
「素晴らしいですわ。うちにもあんな庭師がいたら、とても助かるんでしょうけど……」

 それから、一同は巨木の前に集まり、今後どうするかの対策を練った。しかし、なかなかいいアイディアが出てこないまま、日が暮れていく。
「仕方がないわ。今日のところは、ここで眠る事にしましょう」
 シズルの言葉にスタインが反駁した。
「何言ってるんだよ! ここまで来てこんなところで足止めなんて……。眠ってる場合じゃない。出発しよう」
 シズルは困惑したように眉根を寄せる。
「無茶を言わないで。ただでさえ道に迷ってるのに、夜の森を歩くなんて自殺行為よ」
「けど、こうしてる間にもミュゼットは……」
「分かってよスタイン。私たちだって辛いのよ」
「もういいよ」
 スタインは立ち上がった。
「みんな帰れよ。この先は俺一人で行くから」
 そういうと、スタインはさっさと歩きはじめた。
「スタインさん」
 引き止めようとするレティーシアの手をスタインは「ほっておいてくれ」と振り払う。
 そのとき、一人の少女が目の前に立ちはだかった。
「スタインさん」
 青井場 なな(あおいば・なな)だ。ななは、スタインに袋を差し出した。
「これ、持ってってよ」
「なんだよ」
「お菓子」
「菓子なんていらないよ…」
 スタインは首をふる。
「でも、キミ、夕食も食べてないでしょ? お腹がすいたら、マリアローズの咲く場所にはたどり着けないよ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃなもん。途中には熊や食虫植物もうようよいるんだよ。お腹がすいてたら戦えないんだよ。それで、もし、キミに何かあったらミュゼットはどうなっちゃうの?……きっと、すごく、悲しむよ」
「それがなんだっていうんだ? このままじゃ、どうせ、ミュゼットは助からないんだ」
「そんな事ない! 今、キミが一人で旅立ったとしても、シズルさん達は必ずマリアローズを手に入れるもん。それなのにさ、もし、キミが死んじゃって、ミュゼットだけ生き残ったりしたらどうなるの?」
「……それはそれで運命だよ」
「運命じゃすまないもん!」
 ななは首をふった。
「実はね。ボクのお兄ちゃん、行方不明なんだ」
 その言葉で、初めてスタインは、ななを見た。
「僕がずっとどんな気持ちでいるかわかんないでしょ? すごく悲しくて寂しいんだからね! ミュゼットに僕みたいな思いをして欲しくないよ……」
「……」
「だから、ボクはキミに傷ついて欲しくないし、怪我もして欲しくない」
「……」
「君のために参加してくれたみんなも、きっと同じことを思ってるよ」
「……」
 スタインは夕食を食べている皆の方を見た。みんな、心配そうにこちらを見ている。
「分かったよ……」
 スタインはうなずいた。
「確かに焦ったって仕方がない。今日のところは休む事にしよう……」
 そういうと、スタインは立ち上がり、みんなの輪の中に戻った。