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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●龍の逝く穴(03):機晶石の輝き

 比較的浅い階層ではエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)らが、機晶石の発掘に勤しんでいた。
「エルヴァ、なんとか鬱陶しい連中は追い払えたみたいだぜ。さっさと掘りだそうか」
 アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)は額の汗を拭って、エールヴァントに呼びかけた。アルフがそのトレジャーセンスで機晶石の存在を感知したのと、この地域特有の危険生物ジャイアントリザードが飛びかかってきたのはほぼ同時だった。群れなして襲来するリザードを追い散らすのはひどく骨が折れた。
「フェル、怪我はない?」十七夜 リオ(かなき・りお)が、連れのフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)に問いかけた。
「……平気。リオこそ大丈夫?」
「なんとか無傷ね。洞窟の奥深くまで探索に行くには厳しいかもしれないけど、あの程度の敵なら戦えるわ」
 二人もさっそく、足元の岩を砕いて採掘作業に入った。リオはアーティフィサーなので、的確に採掘の指示を仲間たちに出していく。
「ナンダ様、機晶石とは、このこのマハヴィルの中にもあるものですね。その採掘となると非常に興味があります!」マハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)は機晶姫、ツルハシを借りてこれを地面に打ち込んでいた。
「はは、キミにとっては命の象徴ということになるね。無論、機晶姫のパートナーを持つ者としてボクも興味があるよ」と、彼を手伝いつつ掘り進めていくうち、ほどなくしてナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)は崩れた岩肌から、七色の鈍い光を目にした。
「これは……機晶石」周辺の岩を丁寧に取り除き、原石を取り出した。大きさは親指ほどだろうか。欠片に過ぎないが、たしかに機晶石だ。手にした角度によってその光り方は変化し、夢見るような美しきブルーになったかと思いきや、灼熱の溶岩のような赤い色にも見えた。
「見たところ……シャンバラの……機晶石と……それほど…………差はなさそうですね……ただ……組成を……調べてみない……わからないところも……ありますが」
 後ろからこれを覗き込み、神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)が言った。
「そうだな。機晶石の調査は帰還してからにすることにして、ある程度採掘したら我々は運搬に回るとするか」シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)も岩の間から、複数の機晶石の原石を発見していた。
 しばらく作業に勤しんでいたものの、言い忘れていたことに気づいて、シェイドは再び紫翠に声をかけた。「紫翠、無理して沢山持とうとするな。何回も往復すれば良いんだから」
「うん……」と言いながら既に紫翠は、大量の原石を掘り出し、はちきれんばかりの量を袋詰めしていた。せっかくの綺麗な顔が、労を厭わず働いたせいであちこち汚れている。
 言ったそばからこれだ……シェイドは苦笑した。紫翠は使命感が強く、すぐに頑張りすぎてしまうのだ。「ほら、そんなに汚しちゃ前が見えないだろう」タオルで彼の顔を拭ってやりながらシェイドは思った。(「しかしお前のそういうところ、オレは好きだがな」)
「運搬ルート、確保できたわ」そこに、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が戻ってきた。彼女はこの場所が採石作業に向いていると見るや、すぐに入口までの最短ルートを割り出しに向かったのだ。「比較的直線で行けそうよ。トロッコの路線を敷設できればいいのだけど……短時間では難しいし、龍を怒らせることになりかねないから残念ながらその手は選ぶことができないわね」
「ふむ、じゃが埋蔵量は多そうじゃ。なんとか運搬を容易にできぬかのう」岩場をマトックで軽く砕き、その状態を調べつつ天津 麻羅(あまつ・まら)が問うた。「緋雨、見てくれ。この付近の埋蔵量は相当じゃと思うが……どうかの?」
 緋雨はテクノクラートだ。右目で麻羅の掌に残る土塊を調べた。「うん、その可能性は高いわ」彼女は言った。「運搬に関しては、マルドゥークさんに細長い板をかなりの数用意してもらっているの。これを敷いて、手押し車の移動をしやすくしたいと思う」
「手押し車? もっといい方法がある」そこに一台の軍用バイクが、サイドカーを取り付けた状態で入ってきた。エンジン音は野太く、銀色のホイルは堅牢、太いタイヤも力強かった。跨るは軍人、すっくと背筋を伸ばした月島 悠(つきしま・ゆう)である。「このサイドカーを使おう。手押し車と同程度には積めるはずだし、速度はずっと速い」
「た、ただし、板を敷いて道にする、ってアイデアは採用したいですね」同じくもう一台、立派なサイドカーを搭載したバイクが現れた。「道がガタガタで、揺れて揺れて困ってしまいます。荷物も落としちゃうかも」悠のパートナー麻上 翼(まがみ・つばさ)だった。
「では、その敷設は私たちが担当します」月舘 冴璃(つきだて・さえり)がすっくと手を挙げた。
「え〜、今度は板並べ〜? ドラゴン見てみたかったな〜」いささか不満らしく、東森 颯希(ひがしもり・さつき)は口をとがらした。
 こういったやりとりは慣れているらしく、冴璃は淡々とそのパートナーに答えた。「勘弁してください。私達じゃ見に行くどころか餌になってしまいますよ? それとも本気で餌になりたいんですか?」
「あ〜……はいはい、採取頑張りますよ〜」ひたすら残念そうではあるが、結局のところ颯希は、冴璃の判断が正しいと知っていた。「どこ? その板って?」と颯希は悠に問うた。
「入口に積み上げてある。サイドカーに乗っていくといい。我々も板を敷こう」悠は軽く頷くと冴璃を招いた。
「おっ、そこちょっと乗ってみたかったんだよね」いささか機嫌を持ち直したらしく、颯希は駆け寄ろうとして振り向いた。「そうだ、冴璃。私のリュックサックにも機晶石詰めておいてね!」少しでも石を運ぼうという颯希の配慮だった。

 やがて道は完成し、バイクの往復に負けぬよう一同は作業を急いだ。
「よいしょ、っと。なかなか硬いね」ふうふうと汗を流しつつ、久世 沙幸(くぜ・さゆき)はツルハシを振るった。砕けた岩の小片が、彼女の安全帽に当たってぱらぱらと跳ね返った。
「沙幸さん、随分と地味な作業に志願したんですわね。いえ、わたくしは沙幸さんの行くところなら、たとえ火の中水の中、快楽地獄の果てまでも、ついていく所存ですけれども」見つけた原石を拾い集めながら藍玉 美海(あいだま・みうみ)が言った。
「か、快楽地獄って何よ〜っ!」とりあえずその点は指摘しつつ、沙幸は作業を続けるのである。これは私見だからね、と前置きして彼女は答えた。「いまここでイコンを探しに行っても、カナンで暮らす人たちの糧になんてなりっこないと思うんだもん。だったら、せっかく造った施設やこれから作ろうとしている施設を、当面稼動するためのエネルギー源になるかもしれない機晶石を取りに行った方が有益じゃないかなって思って」
「地に足の付いた考えですわね。立派ですわ」と褒めつつ、美海は猫のように沙幸に体をすり寄せて、「ところで沙幸さん、採掘に行くのであればそのスカートをどうにかした方がいいと思うのですけど……。ほら、きれいなフトモモをこんなに煤だらけにしてしまって……」さわりさわりと、指を彼女の下半身に忍ばせた。
「ちょ! 美海ねーさま! こんなところでそんなことしちゃダメなんだからっ!」
「マッサージしてあげているだけですわ」
「マッサージなんて要らな……んんっ、もう! 私、いま汗臭いんだからそんなに近づいたら……」
「そうかしら? わたくし、沙幸さんの汗の匂い、好きですわよ」ペロリと美海は、沙幸の首に舌を這わせる。「お味も……♪」
「ダメだったら! えっちねーさま! 仕事中仕事中っ!」沙幸は美海を振り払って作業を再開した。ところが恥ずかしさからか力が籠もり、彼女の作業速度は急激に速まっていた。そういう意味では、美海の『マッサージ』は予想以上の効果を上げたと言えよう。
 アルフは、粒のように小さな機晶石をエールヴァントに見せた。「これ、変に欠けてるし、小さすぎて使えないよな?」
「そうかもしれないな……捨てるか?」
「いやいやいや、屑結晶としてもらって帰るつもりさ。女の子へのプレゼントに使えるかと思ってな。『君の為に採って来たんだ』なーんて言ったりして、ふふふ」
「尊敬するよ、アルフのそういうとこ。見習いたくはないけど」エールヴァントは苦笑した。
 その苦笑が、消えるか消えないかのうちに、
「えーと……何か……来るよ?」フェルクレールトが暗視で何かを察知し、リオの袖を引いた。
「え? ……って、ぞわぞわと生物の足音が聞こえるわ。こっちに向かってる!?」
 砂鰐(サンドアリゲーター)の来襲だった。獰猛な爬虫類だ。カサカサに乾燥し、表面にびっしりと棘の生えた鱗はまさしく砂色、瞳孔は針のように細く鋭く、体長からすれば太すぎる腕と足は驚くべき速度で動いていた。またその長い尾は、振り回すことで最強の武器となるという。採掘の音が気に入らないのか、それとも単に、空腹なのか、問答無用で鰐どもは牙を剥いた。随分いる。数匹などという規模ではなかった。採掘作業が彼らを集める結果になったのだろう。
「どうやら、いつまでも作業だけしているわけにはいかないようだ」シェイドは迎撃の構えを取った。
「良い悪いは別として……」麻羅は緋雨を庇うように立ち、そっと眼帯を外した。「……退屈することはなさそうじゃ」
 機晶石の採掘は地味な作業ではある。このような妨害もあるので、決して楽ではない。だが、この地味で地道な作業こそが、カナンの明日を支えているのだ。西カナンに設置された建造物とて、機晶石の力がなければどれほどの効果を発揮できようか。派手な活躍で歴史に名を残すでもなく、大きな発見で称賛を浴びるでもないが、彼ら発掘者こそ、真の意味でのカナン再生の立役者といっていいだろう。