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【十二の星の華】双拳の誓い(第2回/全6回) 虚実

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【十二の星の華】双拳の誓い(第2回/全6回) 虚実

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1.廃墟へ 

「いたいた、やっと追いついたぜ」
 キマク近くの廃墟にむかってシャンバラ大荒野を進む一団に、一台の軍用バイクが追いついた。
「あんたらが噂のゴチメイ隊だな! 俺は大谷地 康之(おおやち・やすゆき)ってんだ! よろしくな!」
 匿名 某(とくな・なにがし)の運転する軍用バイクのサイドカーから、大谷地康之が元気よく声をかけた。
「やれやれ、また二人増えたよ。いったい、どこでこう嗅ぎつけてくるんだか」
 半ば諦めたように、ココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)が言った。女王像の欠片の噂を聞いてザンスカールを出たはいいが、途中で一人また一人と同じ目的の者たちが合流してくる。まあ、中には、ゴチメイたちを見かけて再会を喜んで近づいてきた者たちもいたが。それにしても、こうぞろぞろと集団で移動していたのでは、またピクニックみたいだ。
「そりゃ、みんな出し抜かれないように牽制しあうからさあ。誰が、おいしい話に食いついたかには敏感なんだぜ。その中に、遺跡クラッシャーがいるって聞いたら、嫌でも興味がわくってもんだ」
「誰が、遺跡クラッシャーだ。言った奴連れてこい、そいつからクラッシュしてやるから」
 ココ・カンパーニュが、拳を握りしめて言った。まあまあと、チャイ・セイロン(ちゃい・せいろん)がなだめる。
「そりゃいいや。なあ、某」
「いや、まずいだろ……」
 同意を求められて、匿名某がつぶやいた。
「それにしても、毎度のことながら、シャンバラでは情報は学生たちにつつぬけですね」
 困ったものだと、ペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)が溜め息をついた。
「まあいいんじゃないの。どうせ、お祭り好きなんだし」
「うん、みんな一緒の方が楽しいしねー」
 お気楽なマサラ・アッサム(まさら・あっさむ)リン・ダージ(りん・だーじ)が、ペコ・フラワリーの心配をよそに言う。
「しかたないですね、クイーン・ヴァンガードとしても女王像の欠片は、女王器と共に放ってはおけない案件ですから」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が、ココ・カンパーニュの横を歩きながら言った。
「クイーン・ヴァンガードかあ。縁がなかったなあ。まあ、私たちは、組織なんて物は最初からなじめなかっただろうけどさあ」
 さばさばと、ココ・カンパーニュは言った。玄武甲探索に失敗したときに、完全にクイーン・ヴァンガードに入る気はなくしてしまったらしい。きまぐれなゴチメイたちらしいと言えばらしい思考だ。
「女王像の欠片は……、十二星華と呼ばれている人たち……探してるから」
「ええ、その通りです。御神楽 環菜(みかぐら・かんな)でしたら、多分高く買ってくれますよ」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の言葉を受けて、樹月刀真が安請け合いした。まあ、目的の物が労せず手に入るのであれば、御神楽環菜なら報酬の額など気にもとめないだろう。
「まあ、それは素敵ですわね」
「ええ。たくさん……本買える」
 報酬という言葉にうっとりとするチャイ・セイロンに、漆髪月夜が同意した。
「でも、結局十二星華……なにも分からなかった」
「こちらもですわ。リーダーが、それらしい人たちが描かれている絵を見たそうなんですけれどお。意味はさっぱり」
 チャイ・セイロンが苦笑する。
「それ、凄い。絵も、残ってないって……言われたのに」
 十二星華に関する文献や図画は、ほとんど見つかっていない。イルミンスール魔法学校にあったイコンは例外中の例外だ。それだからなのか、あの迷子騒動の後、イコンはどこかに移されてしまい、学生たちの目に触れることは二度となかった。絵の意味することは、実物を見た者にしか分からないだろう。
「御神楽校長が女王像の欠片を買い上げてくださるかは別としても、クイーン・ヴァンガードとしては、これ以上、女王像の欠片を海賊の自由にさせてはおけませんわ」
 荒巻 さけ(あらまき・さけ)が毅然と言った。
「たとえ、デマであったとしても、こう度々噂を流されたのでは、振り回されるだけです」
「じゃあ、今度も、またデマなのかなあ」
 やっぱりという顔で、ココ・カンパーニュがテンション低く言った。
「それは分かりませんけれど、こうも簡単にみんなが情報を手に入れられるというのは、情報が漏れたてきたのか、漏らしたのか……。たぶん、また、ココさんのことをおびきだすための罠じゃないかと……」
「それは、予想のうちです」
 その上での行動だから、問題はないとペコ・フラワリーが動じもせずに言った。どのみち、今回のゴチメイの真の目的は女王像の欠片ではない。
「それにしても、海賊は、アルディミアク・ミトゥナ(あるでぃみあく・みとぅな)は、なぜココさんを狙うのでしょうか。遺跡で会ったとき、彼女はココさんに変装していましたし。星剣まで、そっくりの物を持っていますよね」
「他人のそら似と言いたいところなんだけど……。ああ、もうよく分かんない。そういうのは、あいつをとっつかまえてから、本人の口から説明させようよ!」
 思わず、ない頭を使いすぎて、ココ・カンパーニュが髪をかきむしる。
 やれやれと、乱れたミニシルクハットをなおしてやりながら、ペコ・フラワリーが、よけいなことはこれ以上聞くなとばかりに軽く荒巻さけを睨んだ。
 荒巻さけとしては、本当にココ・カンパーニュがアルディミアク・ミトゥナの姉を殺害したのか聞きたいところであったのだが、本人は話したくないのか、本当に心当たりがないのだろう。殺すほどの相手だとしたら、はっきりと個人の名前なり容姿なりを覚えているはずだ。とはいえ、このパラミタの地では、自らの身を守るために魔獣や蛮族を殺めることがまったくないとは言い切れない。結局は、そういうことであったのだろうか。いや、それ以前に、一つ大きな問題がある。アルディミアク・ミトゥナの姉とは、いったい誰なのだろう。
「いずれにしろ、クイーン・ヴァンガードとしては、本当に女王像の欠片があったとしたら、それをあなたたちに壊されてしまったら取り返しがつかないのよね。いい、これが、今回見つかったとされている女王像の右手よ。うっかり壊したりしないように、ちゃんと気をつけてね」
 伏見 明子(ふしみ・めいこ)が、籠手型ハンドヘルドコンピュータのモニタに映し出した画像を、ココ・カンパーニュたちに見せて回った。
 完全な形であったころの女王像から、右腕の部分だけをコンピュータ処理で取り出した予想図である。
ティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)たちに持ち去られた後、女王像の欠片はあちこちに隠されたと思われるわ」
「どうしてそんなことするのかしらね。だいたい、女王像ってそんなに凄い物なの?」
 今ひとつ凄さが分からないと、日堂 真宵(にちどう・まよい)が訊ねる。
「あら、そんなことも知りませんの。女王像は、五獣の女王器をセットする台座らしいですわよ。きっと、女王器が本物かどうか判別する機能でもあるか、単に骨董品なんでそれじゃなきゃ首長家が納得しないんでしょう。さっさとレプリカ作らないところを見ると、そんなところだと思いますわ」
 クイーン・ヴァンガードである千石 朱鷺(せんごく・とき)が、日堂真宵の疑問に彼女なりに答えた。
「ええ。命令は、奪われた女王器の欠片を集めろというものだわ。ティセラたちは、女王像を復元させないために欠片を分散させたみたいだけれど、すでにいくつかは取り返せたという情報もあるから、いつまでもむこうの好きにさせてはおかないということね」
「あらまぁ〜。どうせ、女王像の欠片なんて偽物ですぅ。無視して、勝手にクイーン・ヴァンガードにぽこぽこ〜してもらえばいいんですぅ」(V)
 関わっても損だとばかりに、神代 明日香(かみしろ・あすか)が言った。
「大切なのは、ココさんとアルさんの関係ですぅ。アルさんは、ココさんを倒すって誓いをたてていたみたいですけれどぉ、ココさんも何か誓いをたてていたのですかぁ?」
「私は、アルディミアクなんて名前じゃなくてシェリルに……、なんでもない!」
 何か言いかけて、ココ・カンパーニュはついとその場を離れてしまった。神代明日香は追いかけて問いただそうとしたものの、ペコ・フラワリーたちに阻まれてしまった。
 
    ★    ★    ★
 
「ちっちゃーい」
「なによ、あたしよりこーんなにちっちゃいじゃない」
 いきなり小さいと声をかけられて、リン・ダージはぺちぺちとノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)の頭を叩いた。どう見ても、ノルンは身長が一メートルにも満たないように見える。
「痛いです。こう見えても、私は数千年の昔から存在する魔道書なのです」
「おばあちゃんね」
「違います、年上なだけです」
 予想外の反撃に、ノルンがぽかぽかとリン・ダージを叩いた。
「ノルンさん、暴れちゃだめですよ。みんな糖分が足りないのかなあ。そうだ、いい物があるんですよ」
 ノルンをリン・ダージから引き剥がすと、ヘルメス・トリスメギストス(へるめす・とりすめぎすとす)が小瓶を取り出した。
「何それ、葡萄?」
「グラブ・ジャムーンですよ。ドーナッツのシロップ漬けです」
 興味を持ったリン・ダージに、ヘルメス・トリスメギストスがニッコリと笑いながら答えた。
 極度の甘党の彼女にとって、世界で一番甘いお菓子と言われているグラブ・ジャムーンは好物の一つだった。丸いベビードーナッツの砂糖シロップ漬けというお菓子なのだが、とにかく甘い、それはもう殺人的に甘い。
「おいしいのかなあ……、って、なに、このカレー臭い臭い……」
 ヘルメス・トリスメギストスからもらったグラブ・ジャムーンを掌に載せたリン・ダージが、突然鼻をひくひくさせて顔をしかめた。
「オー、そんな物を食べてはいけまセーン。リンさんには、ぜひぜーひ、カレー党になっていただきマース」
 先日余った激辛カレーキャンディを持ってきたアーサー・レイス(あーさー・れいす)が、にこやかにリン・ダージに近づいてきた。
「さあ、ぜひ、我が輩特製のカレーキャンディを食べていただきマース。大丈夫デース、これは食べも若返りまセーン。さあ、一口に、あーん」
 じりじりと、アーサー・レイスがリン・ダージに迫った。
「やだ、辛いのやー」
 来るなとばかりに、思わずリン・ダージは持っていたグラブ・ジャムーンをアーサー・レイスに投げつけて逃げだした。
「ん、こ、これは……うぐあぁぁぁぁぁ!!」
 大口を開けていたアーサー・レイスは、思わずリン・ダージが投げたグラブ・ジャムーンをパクリとやってしまった。一瞬後に、その顔が青ざめる。
「ぐああああぁぁぁ、甘いデース。甘いデース。甘いデース。我慢できないから三回言いました。うおおお、まだたりませーん、甘い甘い甘い甘い甘い……」
 地面に倒れてのたうち回りながら、アーサー・レイスが叫んだ。
「どうしました、まさか毒を……」
 騒ぎを聞きつけてやってきたベリート・エロヒム・ザ・テスタメント(べりーとえろひむ・ざてすためんと)が、心配そうにアーサー・レイスに駆けよった。
「失礼ですね、最高のデザートですのに」
 ヘルメス・トリスメギストスは、もの凄く不満そうな顔をした。
「大丈夫。いつものことだ」
 土方 歳三(ひじかた・としぞう)が、素っ気なく言う。
「こういうときのために、こういう物がある」
 そう言うと、土方歳三は、分厚い本を地面の上を転げ回っているアーサー・レイスの上に落とした。
「きゅう……」
「ああ、ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントの魔道書になんということを!」
 ベリート・エロヒム・ザ・テスタメントが、真っ青になってアーサー・レイスを押し潰している自分の本体をだきかかえた。
「大丈夫だ、真宵には断って借りてきた」
 悠然と土方歳三は言うと、アーサー・レイスの足をつかんで、ずるずると引きずっていった。