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【十二の星の華】双拳の誓い(第2回/全6回) 虚実

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【十二の星の華】双拳の誓い(第2回/全6回) 虚実

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2.廃墟
 
 
「さて、シルフィーと稔はうまくやっているでしょうか」
 廃墟近くに身を隠しながら、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)はじっと様子をうかがっていた。クイーン・ヴァンガードとして、女王像の欠片の真偽を確認しに来たのであるが、そのためには廃墟にいる海賊たちと接触しなければ話にならない。その役目をパートナーたちに託し、安芸宮和輝は、付近でサポートという配置であった。
 
「そなたたち、何をしておるのじゃ」
 廃墟に近づいてくる人影を見つけて、現在海賊の下っ端その二であるクレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)はすかさず声をかけた。
「ええと、私たち……道に迷ったバカップルですわ」
 そう言って、クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)は、騎士鎧を着込んだがっしりとした身体の安芸宮 稔(あきみや・みのる)にだきついた。
「そ、そうです」
 ちょっと面食らいつつも、安芸宮稔が話を合わせる。
「どうしたの、ゴチメイでも現れた?」
「ヴェルチェさま、走ると危ないですわ」
 クレア・シルフィアミッドたちに気づいた海賊の下っ端その一のヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)と海賊の下っ端その三のクリスティ・エンマリッジ(くりすてぃ・えんまりっじ)が駆けつけてくる。
「あら、違うのね」
 侵入者の姿を見て、ヴェルチェ・クライウォルフがちょっとがっかりした顔になる。
「まあ、あなたたち、海賊さんですか?」
「はい」
 クレア・シルフィアミッドの質問に思わず素直に答えてしまったクリスティ・エンマリッジの頭を、クレオパトラ・フィロパトルがペちっと叩いた。
「ううっ、すみません」
 頭を押さえて、クリスティ・エンマリッジが呻いた。
「あのー、写真いいでしょうか。私たち、廃墟マニアなのです」
「ええ」
 カメラ付き携帯を取り出して、クレア・シルフィアミッドが訊ねた。言葉少なに、安芸宮稔がうなずく。
「ここは写真禁止よ。さっさとどっか行きなさい」
 ゴチメイ以外に用はないと、ヴェルチェ・クライウォルフがしっしっとクレア・シルフィアミッドたちを追い払おうとした。
「でもー」
 なおもクレア・シルフィアミッドが粘ろうとしていると、騒ぎを聞きつけて別の海賊たちが駆けつけてきた。古参の獣人たちだ。
「まずいですね、すぐ小型飛空挺のところまで戻りましょう」
 すぐさま状況を判断して、安芸宮稔がクレア・シルフィアミッドの手を引いて走りだした。
「追え、不審者だ!!」
 海賊たちが、持ってきていたディッシュに飛び乗る。
「お前たちは、ここで引き続き見張りを続けろ」
 そう言うと、海賊の男は自分もディッシュに飛び乗って安芸宮稔たちの後を追いかけていった。
「ふう、大丈夫かしら、あの人たち」
 ちょっとだけ安芸宮稔たちのことを心配して見せて、ヴェルチェ・クライウォルフは言った。
「学生のようでしたから、そう簡単にやられることはないじゃろう」
 いらぬ心配だと、クレオパトラ・フィロパトルが答える。
 彼女たちの目的は、ゴチメイたちとお近づきになることだ。格好いい星拳とやらに触ってみたいという、実に邪で、実に純粋な願いからだった。海賊に協力しているのは、その方便にすぎない。
 
「水もないのに、なぜサーフィンしているのですか。海賊とは名ばかりで、陸サーファーなのでしょうか!?」
 かろうじて小型飛空挺に乗れたクレア・シルフィアミッドが、追いかけてくる海賊たちをバックミラーでちらちらと見ながら言った。ディッシュと呼ばれる浮遊ボードをサーフボードのように巧みに扱いながら、数人の海賊たちが追いかけてくる。
「このままでは、追いつかれてしまいますわ」
 さすがに、小型飛空挺の二人乗りではスピードが上がらない。追いつかれるのは時間の問題だった。
「したかないですね。私がここはなんとかします。シルフィーは和輝を呼んできてください」
 そう言うなり、安芸宮稔は小型飛空挺から飛び降りた。身を捻って反転すると、両足と片手でバランスをとって、乾いた土を舞い散らしながら大地の上をすべって止まる。すぐに背中に背負っていた薙刀を一振りして構えると、迫ってくる海賊に対して身構えた。
 敵が散発的にハンドガンから発射する銃弾が、乾いた音をたてて騎士鎧をかすめる。
 そのとき、甲高い歌声が風にのって響いてきた。
 それまでリズミカルに地上すれすれをすべってきた海賊たちの動きが乱れた。一斉にバランスを崩して、減速する。
「恐れの歌!? いったい誰が……」
 戸惑う安芸宮稔に、空飛ぶ箒に乗った鷹野 栗(たかの・まろん)が猛スピードで近づいてきた。
「つかまりなさい!」
 命令されるままに、安芸宮稔はすれ違う箒の柄をしっかりとつかんだ。
「振り落とされないでよ!」
 即座に、鷹野栗がバーストダッシュをかける。一気に加速した二人は、先行するクレア・シルフィアミッドに追いついた。
「大丈夫でした?」
「ええ、なんとか」
 心配するクレア・シルフィアミッドに、安芸宮稔は答えた。
「まったく、敵情視察の上に、海賊の一人でも買収しようかと思っていたのに、作戦が台無しです」
 言葉ほどには怒っていない顔で、鷹野栗が言った。
「まだ、追ってきますわ」
 バックミラーに再び姿が映った海賊たちを見て、クレア・シルフィアミッドが叫んだ。
「せっかく見逃してあげたのに、しつこいですね」
 戦うしかないかなと鷹野栗が腹をくくったとき、彼女たちと海賊たちの間を黒い大きな影が猛スピードで通りすぎた。その風にあおられて、海賊たちが隊列を乱す。
「ジャワさん!」
 影の正体を見て、鷹野栗が歓声をあげた。
 空中で反転したジャワ・ディンブラが、風を巻き起こしながらホバリングして海賊たちを見下ろす。
 叩きつけられる突風の中、海賊たちがハンドガンを構えた。そこへ、ジャワ・ディンブラがブレスとも火術ともつかない炎を放つ。風にあおられた炎は、ファイヤー・ストームにも似た嵐となって海賊たちに襲いかかった。
「だめだ、退け!」
 分が悪いとばかりに、海賊たちが逃げだした。無駄な戦いをしかけないなど、古参の海賊は間に合わせの傭兵とは一味違った。
「まったく、これでは偵察にもならぬな。ひとまず身を潜めてお茶でもするぞ、ついてこい」
 鷹野栗たちに声をかけると、ジャワ・ディンブラは翼を翻してその場を離れた。
 
    ★    ★    ★
 
「アルディミアク、いるかい?」
 海賊たちにきいたアルディミアク・ミトゥナの私室にやってきて、桐生 円(きりゅう・まどか)は声をかけた。だが、返事はないし、鍵がかかっていて中には入れない。
「寝ているのかな?」
「なあんだあ、せっかくアルディミアクちゃんの寝顔が見られると思ったのにい〜。残念だねえ〜」
 光のヴェールで顔を隠したオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、心底残念そうに言った。
 鍵がかかっているということは、中にいるのだろう。
「ぞれにじでも、ごの臭い、ぎづいよー」
 ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)が、鼻をつまみながら言った。
 アルディミアク・ミトゥナの部屋の中から香っているのだろうが、かなり甘たるい花の香りがする。
「本当だ、よくこんな中で寝ていられるものだねえ」
 呆れたように、桐生円が言った。
「せめて、寝息ぐらい聞けないものかしらあ。もしかしたら、うふふな寝言を言ってたりして〜」
 変な期待をいだいて、オリヴィア・レベンクロンが扉に耳を押しあてて中の音を聞いた。
『……の言葉……かたむ……。汝、この……る者なり。……輪の中に……乙女、……夢を……。汝は、……夢な……』
 ぶつぶつと、無機質な声が、甘い香りとともに扉のむこうから漏れ聞こえてきた。
 なんだろうと、オリヴィア・レベンクロンは思ったが、はっきりとは聞きとれない。
「そこで何をしている」
 ふいに鋭い声で誰何されて、桐生円たちは驚いて振り返った。
 厳しい顔をしたシニストラ・ラウルスの姿がそこにあった。
「まだ何も。敵を迎え撃つ方法の提案があったので、相談しに来たんだけど、返事がないんだ」
 ここはごまかしても無駄だと、桐生円は正直に言った。その言葉に、偽りはない。
「お嬢ちゃんは眠っている最中だ。邪魔をするな。提案なら、俺が聞こう」
 そうシニストラ・ラウルスが言ったとき、思いもかけず扉が開いた。
「なに、これ」
 扉の隙間から漂い出てきた甘い香りのする煙に、ミネルバ・ヴァーリイが思わず後退った。
 薄物を一枚纏っただけのアルディミアク・ミトゥナが、ふらふらしながら扉にもたれかかるようにして立っていた。
 まあという感じで、オリヴィア・レベンクロンが、いそいそとアルディミアク・ミトゥナと、彼女越しに私室と言われた部屋の中をのぞき込んだ。だが、中にはベッドが一つあるだけで、先ほどの声の主らしき者の姿はなかった。
「大丈夫か?」
「ええ。私は、アルディミアク・ミトゥナ……。大丈夫……です」
 シニストラ・ラウルスに聞かれて、アルディミアク・ミトゥナは寝起きの虚ろな顔でそう答えた。
「ははは、まだ寝ぼけているらしいな。お嬢ちゃんらしい。もっとはっきり目を覚ましたら、広間へ来い。頭領がおいでになる」
 そう声高に言うと、シニストラ・ラウルスはアルディミアク・ミトゥナを元の部屋の中に押し戻した。
「お前たちは一緒に来い。これから、頭領のお出迎えをする。厳しいお方だ。その首が大事だったら、決して粗相のないようにな」
 桐生円たちを追いたてて、シニストラ・ラウルスは歩き出した。
「それで、提案というのはなんだ?」
「本当は、アルディミアクに話したかったんだけど、まあいいよね」
 そう言って、桐生円は自分の作戦を話し始めた。
 ゴチメイたちの強みは、なんと言っても攻・守、物理・魔法、それらのパターンを一応すべて網羅していることにある。逆に、全員メイドであるがため、特化していないのが弱点でもあると言えるが。そのへんは、ポリシーを捨てて転職されたら、かなり強力でもあるわけだ。
 さらに、合わせ技で星拳エレメント・ブレーカーの最大出力の攻撃を受ける危険性がある。
 これを防ぐには、ゴチメイたちを分断するしかない。
 桐生円の作戦は、ゴチメイたちを分断しての各個撃破だった。それが、ココ・カンパーニュの無力化に繋がる。
「考え方としては悪くないな。どのみち、お嬢ちゃんは星拳の使い手しか目に入ってないから、その他大勢は俺たちが排除することになるんだけどな」
 一応感心して見せたシニストラ・ラウルスではあるが、結局は今までとっていた戦法とあまり変わりがない。
「それから、大事な荷物があるんなら、今のうちに運び出しておいた方がいいんじゃないの。戦いに巻き込まれて壊れちゃったら大変だろ」
 つけたすように、桐生円が言った。女王像の欠片が本当にあるかは分からないが、どのみち戦闘が始まれば無事ではすまないだろう。
「それはもう手を打ってある。お前たちが気にすることはない」
 答えつつ、実際はそれが後手に回っていることを歯がゆく思っているシニストラ・ラウルスであった。