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【十二の星の華】双拳の誓い(第2回/全6回) 虚実

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【十二の星の華】双拳の誓い(第2回/全6回) 虚実

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「さても、相変わらずの寄せ集め集団か」
「頭数は、ないよりましよ」
 キマクでの傭兵の募集に応募してきた者たちを前にして、シニストラ・ラウルスデクステラ・サリクスはそう小声で言葉を交わした。すでに、外の見張りに回したり他の仕事を言いつけて出払った者たちもいる。
 この地下のアジトには、じきに彼らの頭領のゾブラク・ザーディアがやってくる予定だった。その出迎えのための格好づけの人員の確認をしているのだ。
「冒険屋をしている。善悪は関係ない。依頼された仕事はきっちりと努めさせてもらおう」
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)が、サングラスに隠された目で海賊の幹部たちを見ながら言った。噂になっている十二星華は、今ここにはいないようだ。
「私が、冒険屋のマスターだよ、よろしくね」
 ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が、元気よく手を挙げて言った。
「やれやれ、こんなお子様の力まで借りなきゃなんないとはな。どうせ、女王像の欠片なんてガセなんだろう。そんな餌で、クイーン・ヴァンガードでも釣るつもりかい?」
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が、シニストラ・ラウルスにむかって鎌をかけた。
「子供じゃないもん、冒険屋のマスターだもん!」
「まあまあ、マスター」
 高崎祐司の言葉に憤慨するノア・セイブレムを、どうどうとレン・オズワルドがなだめた。
「クイーン・ヴァンガード? ああ、あのティセラに敵対してうろちょろしている奴らか。はっきり言って邪魔だが、奴らを相手にしたって時間の無駄だ。今はまだそのときじゃない」
 シニストラ・ラウルスは、クイーン・ヴァンガードについては、それで一蹴してしまった。
「女王像の欠片か。そんなお宝があるんなら、さっさとクイーン・ヴァンガードにでも売って換金してしまえばいいんじゃないのか。そうすりゃ、それを守るために人員を割くこともないだろう。だいたい、どこかにそんな物を手に入れたんだ?」
 景山 悪徒(かげやま・あくと)が、さりげなくシニストラ・ラウルスに訊ねた。彼が小型 大首領様(こがた・だいしゅりょうさま)に命じられたのも、まさにそのことだ。入手方法と、なぜ売りもせずに保管しているのか。その理由、もしも女王像が女王器のようなある種の力を持っているのであれば、我が物にせよというのが景山悪徒に下された指令であった。
「えー、女王像を持っていてくれるから、オレたちにこうやって仕事が舞い込んできたんじゃないか。ちゃんとこちらで押さえとけば、それをほしがる者たちは、こっちの掌の上で踊るだけさ」
「そうなのじゃ。落とし穴掘ったり何したりと、せっかくの仕事なのに、売られちゃったら困るのじゃ」
 日比谷 皐月(ひびや・さつき)如月 夜空(きさらぎ・よぞら)が、景山悪徒の言葉にちゃちゃを入れた。
「そうですわね。ちゃんと女王像の欠片は保管してあるのでしょうね。いったいどこにおいてあるのですか」
 さりげなく、雨宮 七日(あめみや・なのか)が女王像の欠片のありかを訊ねた。
「それは心配する必要はない。それより、そろそろ頭領がおつきだ。粗相のないようにお出迎えしろ」
 まったく、扱いに困る奴らだとシニストラ・ラウルスが軽くサングラスの後ろの目頭を押さえた。
「みえられたようだよ」
 デクステラ・サリクスが、一同をうながした。手本となるように、わざとらしく片膝をついて頭を垂れる。ふわりと転がった白いケープが、床の上に綺麗な円を描いた。
 学生たちが、あわててそれに倣う。
 地上に出る階段を、海賊の頭領であるゾブラク・ザーディアがゆっくりと下りてきた。大胆に前の開いたロングのティアードスカートから、長い脚がのぞいて、一段一段階段を下りてくる。次に目を引いたのが、なんと言っても豪奢な赤毛だった。逆巻く炎のようなウェーブを描き、彼女の一歩ごとに生きているかのように微かく靡く。黒緋のブラウスは豊かな胸をかろうじてつつみ、その場にいる男性たちの目を釘づけにした。
「出迎え御苦労。シニストラ、デクステラ」
 ついてこいと軽く手で合図する。気になった者たちが、やや距離をとりながらその後を追い、耳をそばだてた。
「お嬢ちゃんはどうしている」
「はっ、今は花の眠りについております」
 ゾブラク・ザーディアの左を歩きながら、シニストラ・ラウルスが答えた。彼らがお嬢ちゃんと呼んでいるのは、どうやらアルディミアク・ミトゥナのことらしい。
「やれやれ、面倒なことだねえ。面倒ついでに、なんで本物の女王像の右手がここにまだあるんだい」
「申し訳ありません。ヴァイシャリーで新たに加わった新人たちがまだ手際が悪くて。運搬用の飛空挺の手配や搬入に手間取っております」
「やれやれ。困った新人だねえ」
「始末しますか?」
 ゾブラク・ザーディアの右を歩くデクステラ・サリクスが、猫目をキラリと光らせた。
「そういうことはお言いじゃないよ」
「はい、申し訳ありません」
 ゾブラク・ザーディアの言葉に、デクステラ・サリクスがニッコリと満面の笑みを浮かべながら謝る。
「まあ、結果論となりますが、お嬢ちゃんも、本物の方が星拳をおびきよせるには確実だと言っております。少し噂を広めすぎてしまった感はありますが、今度こそ勝てばいいだけのこと」
「まあね、そりゃそうだろうけどさ。こちらとしても、ティセラシャムシエルに対する建前というものがあるじゃないか。預かりました、盗まれましたじゃ顔が立たないよ」
 ゾブラク・ザーディアがごく自然に十二星華の天秤座(リーブラ)と蛇遣い座(サビク)の名前を出して言った。
「それで、そちらの首尾はどうでした?」
 シニストラ・ラウルスが話を変えた。
「上々さ」
 ゾブラク・ザーディアが、にやりと笑った。
「それでは、サルベージも時間の問題なんだ。たっのしみだなあ」
 わくわくするように、デクステラ・サリクスが言う。
「これで、マッシュルームの奴に一泡吹かせられますね」
「だが、そのためにも、早く……」
 言いかけた、ゾブラク・ザーディアが立ち止まった。
「御無沙汰しておりました」
 軽く身をかがめて、アルディミアク・ミトゥナがゾブラク・ザーディアらに挨拶をした。地下遺跡の通路に、甘たるい花の香りが満ちる。
「おや、もういいのかい」
「ええ、すっかり休ませていただきました」
 シニストラ・ラウルスがゾブラク・ザーディアの後ろに回り、彼がいた位置にアルディミアク・ミトゥナが立った。
「とりあえず、これでみんなの元気そうな顔が確認できて安心したよ」
 満足したように、ゾブラク・ザーディアが言った。
 そのまま、アジト中央の広間に揃って移動していく。
「おお、やっと会うことができたぜ」
 ケーキの箱を持ったトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が、アルディミアク・ミトゥナの姿を見て顔をほころばせた。
「やれやれ、鏖殺寺院じゃ、仮面でも流行っているのかねえ」
 トライブ・ロックスターの被っている仮面と、鏖殺寺院の制服を見てゾブラク・ザーディアが言った。
「お気遣いなく。これは俺のステイタスなので。それより、お疲れでしょう、お茶はどうですか?」
 さすがに海賊の頭領に対しては敬語を使いながら、トライブ・ロックスターが言った。
「こういった差し入れの方が、魔獣や武器なんかよりよっぽどありがたいねえ。どれ、みんないただきな」
 ゾブラク・ザーディアの一声で、海賊たちや学生たちが思い思いの席に着いた。
「はーい、お茶ッス。どうぞー」
 サレン・シルフィーユ(されん・しるふぃーゆ)が、各人の前に紙コップでお茶を配っていった。さすがに、ゾブラク・ザーディアや幹部たちの前には、アルディミアク・ミトゥナが至れり尽くせりにアンティック・カップを用意している。
「さてと、お茶も入ったようだから、すまないけど、シニストラ、一働き頼むよ」
「しかたないですね。私の分のケーキは残しておいてくださいよ」
 そう言うと、サレン・シルフィーユの後ろに回ったシニストラ・ラウルスが、ていっと首筋に手刀を見舞った。
「きゅう」
 あっけなく、サレン・シルフィーユが気を失う。
「やれやれ、でかでかとヴァンガードエンブレムを見せびらかせておいて、最近のクイーン・ヴァンガードは馬鹿か? とりあえず、どこかにぶち込んでおきますんで、ケーキ残しておいてくださいよ」
 そう言うと、シニストラ・ラウルスはサレン・シルフィーユをよいしょっと肩に担いで行ってしまった。
「クイーン・ヴァンガードはすべて敵ということか。中には、むこうの裏切り者とかもいるんじゃないんですか?」
 切り分けたホールケーキを配りながら、トライブ・ロックスターが訊ねた。
「めんどくさいじゃん。だいたい、あたしたちの前でヴァンガードエンブレム見せびらかすような失礼な奴は、引き裂かれて当然だわ」
 もらったケーキを手で直接つかむと、デクステラ・サリクスががぶりとかじりついた。
「海賊っていうのは、アウトローなんだ。ツァンダ家の威光にしがみついているような奴なら端からいらないね。目の前でエンブレムを捨てるぐらいじゃないと、迂闊には信用できないさ。それだって、本気かどうかは分からない」
 椅子に座りながら、右足を大胆に左の腿の上に載せてゾブラク・ザーディアが言った。
「だったら、誰かにディテクトエビルで調べさせればいいんじゃないのか?」
「そこまでしなくちゃいけないような奴は、仲間にゃしないね。あたしたちは、強い信頼で成り立った海賊団だ。言ってみりゃ、家族みたいなもんだね」
 トライブ・ロックスターの疑問に、ゾブラク・ザーディアはきっぱりと答えた。うんうんと、もの凄く嬉しそうにアルディミアク・ミトゥナが大きくうなずいた。
「まあ、そういうことだから。で、たまには、ああいうのをわざと手下に雇って、情報源にするってわけ。後で、きっちり拷問にかけて洗いざらい吐かせてやるのよ。楽しみだなあ」
 ニコニコしながら、デクステラ・サリクスが本性の残虐性を垣間見せた。
「えーっと、まだお腹すいてる人います? さっき、調理場借りてカレー作ったんですけど」
「いただきます。でも、順番が逆なのではありませんか」(V)
 ノア・セイブレムの言葉に、ルイ・フリード(るい・ふりーど)がちょっと呆れた。デザートとお茶の後にメインディッシュを出されたのでは、さすがに変ではある。
「ほう、いいねえ。いただこうじゃないか。せっかく作ってくれたんだ。喜んで食べさせてもらうよ、持ってきな」
 屈託なくゾブラク・ザーディアが言った。
「はーい、今持ってきます」
 その言葉に喜んだノア・セイブレムが、レン・オズワルドに手伝わせてカレーを運んできた。
 和気藹々と食事をする海賊たちを見て、ルイ・フリードは戸惑いを隠せなかった。これでは、事前にクロセル・ラインツァートから聞いていた海賊とイメージがまったく違うではないか。本当に、アットホームな雰囲気だ。
 カレーが辛すぎると、ちょっと涙を浮かべながら屈託なく笑うアルディミアク・ミトゥナの姿を見て、ルイ・フリードは、彼女を守ってやるのも悪くはない選択だと思い始めていた。
「おお、なんとすばらしい絵面だ。ほら、又吉、撮影だ撮影」
「がってんだ」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)の命令で、猫井 又吉(ねこい・またきち)がさっそくビデオカメラを回し出す。
「おやおや、秘密基地でビデオなんか回すなんて、いい度胸だねえ」
 ケープをふわりと翻して、デクステラ・サリクスが立ちあがった。
「ナイスバディ、姐御。オレたちは、アジトの中なんかに興味はねえ。海賊が誰かなんてことにも興味はねえ。究極の美、ちょびっとのパンチラ、それこそがオレたちの求める物だあ。それ以外は何もいらねえ」
「いいぜえ、武尊。最高だ。姐御も、最高だ!」
 言いつつ、猫井又吉がデクステラ・サリクスにカメラを近づける。
「あらん、よく分かってるじゃない」
 思わず、デクステラ・サリクスがポーズをとる。
「行け、又吉」
「おう、武尊」
 猫井又吉が、ケープに隠されていたデクステラ・サリクスのたっゆんな胸に超クローズアップで近づく。そのまま、ビキニ姿のデクステラ・サリクスの足下へと、這うようにアングルを下げていった。
「ふふふ、あらん。ちょっと……やりすぎなんだよてめえ」
 豹変したデクステラ・サリクスが、猫井又吉の持っていたカメラを、蹴りあげた足で高々と弾き飛ばした。柔軟なデクステラ・サリクスだからこそ、立っている脚と蹴りあげた脚が、ほぼ垂直に一直線となる。その姿は、ほれほれするほどに美しい。
「おおっ、オレたちには御褒美です!!」
 声をそろえた国頭武尊と猫井又吉が、デクステラ・サリクスの脚線美に手を合わせて拝む。
 その少し後ろで、落ちてきたビデオカメラが、床に激突してあっけなく砕け散る音が響き渡った。