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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

リアクション

第六章 混迷――vsミノタウロス・2


 はぐれた。迷った。
 赤羽 美央(あかばね・みお)は、その事実を受け入れるまで時間がかかった。
 そして、その事実を受け入れてからの時間は、さらに長かった。
「おかしいですねぇ。訓練用の迷宮なら、誰かしら居そうなものですが」
 はあ、と何十度目の溜息をついて、美央は取りあえず耳を澄ます。どこかから物音は聞こえるが、それを頼りに道を歩く事を繰り返した結果がこの現状。さすがに学習はしたが、さりとて状況を打破する手立ては何もない。
(……訓練用迷宮なら、地図や案内板とかあってもいいではありませんか?)
 そんなものがあったら訓練にならない、という発想は彼女にはない。
 その時――
(!)
 物音。近い。叫び声や、銃声。戦闘の気配。
(? この迷宮はモンスターの類はいないはずでしたが?)
 すると、冒険者同士が戦っているのだろうか?
 つまり、近くに人がいる?
「はぁ、助かりました」
 美央は安堵の表情を浮かべ、歩き出した。
 念のため、殺気感知。さして遠くない方向から、物凄い反応がある。ただいま戦闘の真っ最中、といった所か。
 何にせよ、人がいるのはありがたい。戦闘中だというのなら、仲裁をして出口まで送ってもらえば済む事。
 美央は走り出し、通路を駆け、何度かトラップに引っかかりそうになりつつ、いくつかの角を曲がった。
 通路の向こうでは、戦闘が繰り広げられていた――戦闘?
「あらあら、まぁまぁ」
 戦闘、というには、一方的かも知れない。
 長身、いや、巨体と言って良いミノタウロスに、複数の冒険者が寄ってたかって攻撃を仕掛けている。しかもミノタウロスは、どうやら動きを封じられているらしい。時折後衛に立つメイド服のメンバーが、魔法を使っている。その度にミノタウロスの足元から白い霧が立ち上る。氷術で足を殺しているようだ。
「こら〜ぁ! おやめなさ〜い!」

 入り込んできた人影と場違いな声に、その場にいた者は動きを止めた。
 その人影の美央は、冒険者達とミノタウロスとの間に割り込み、庇うように両腕を広げた。
「どんな事情があるかは知りませんけど、弱い者イジメはよくありませんわ!」
「……何だてめぇは?」
「むしろ、弱いのは私達の方なんですが……」
 カイルとコンラッドの返事に、美央は聞く耳を持たない。
「ひとりを相手に、反撃の機会も与えずに集中攻撃! あなた方には誇りというものはないのですか!?」
「兵法戦術の全否定ですね」
「まぁ、言いたい事は分かるがなぁ……」
 燕と紫織が溜息をついた。
「大体、すぐに力で物事を解決しようというのが間違っています!」
「……貴様のその腰に下げた剣は何の為にあるのだ?」
「あの、焼肉……」
 大佐とプリムがボソリと呟く。
「きちんと話し合えば、もめ事の大半は平和に解決するのです。落ち着いて最善策を考えましょう!」
「私が最初に会った時、向こうから攻撃してきたんですけどねぇ?」
「……そういやアンタ、最初は逃げてたっけなぁ」
 アリアと武尊は、ついさっきの事を思い出していた。
「とにかく、ここは私に任せて下さい。言って聞かせれば、この子もきっと分かってくれますわ」
「……あのミノタウロスって『子供』なの?」
「知るか」
 ステファニアの問いに、レイスの答えは素っ気ない。
 言うだけ言うと、美央は振り向き、ミノタウロスの方に歩み寄った。
 思うように動けず、ひたすら集中攻撃を受けていたミノタウロスの殺気と怒気が美央に集中する。
 が、戦斧が振られる前に、美央の眼が鋭い光を帯び、ミノタウロスの双眸を射貫く。
 威圧と適者生存の技が発動したのだ。
(抵抗はおやめなさい)
 眼光で、彼女はそう告げた。
(大人しくしないと牛の部分だけ斬りとって今夜焼肉にしますよ?)
 満身創痍の長身が、その場に片膝をついた。構えられた戦斧がその手から離れ、床に転がる。
「……ほら、この通りですよ?」
 得意そうな顔で、冒険者らの方に向き直る美央。
(全然言って聞かせてねーよ)
(脅しつけただけじゃねーか)
 そう心中でツッコんだのは誰だったか。
「ビーストマスター様でしたか〜? お見事です〜」
 明日香が拍手をして見せた。ぱちぱち、という音が、ひどく白々しい。
「いいえ、お褒めを頂くほどのことでもございませんわ?」
「それで、あなたはそのミノ・タン・ロース……じゃなかった、ミノタウロスをどうされるおつもりですかぁ〜?」
「もちろん、決まってますわ?」
 美央は胸を張った。
「モンスターなどいないはずの迷宮にいた、という事は、この子はずっと昔からここにいた、言わばヌシさま。きっとこの迷宮の事にも詳しいでしょうね」
「へぇ〜、それで?」
「出口まで連れて行ってもらいます。きっと近道を知ってるはずですから」
(おまえが道に迷ってるだけじゃねーか!)
 その場にいる誰もが、心中でそう彼女にツッコんだ。
 さすがに明日香も少し頭が痛くなった。が、
「……なるほどぉ。それはいい考えですね〜ぇ?」
 会話のペースを乱さないように気を落ち着ける。こういう手合いは、感情的になったらいけない。
「で、出口までエスコートしてもらった後は、どうするんですか〜ぁ?」
「そうですねぇ、私のお友達にしましょうか? こんな元気そうな子、滅多にいないでしょうからねぇ?」
「……こんな元気で頑丈なヤツ、あちこちいたら怖ぇよ」
 武尊がそう呟きながら、こっそりハンドガンに弾丸を再装填する。
「ビーストマスター様の技は見せてもらいましたけど〜ぉ、こんな子を外に出すのはどうでしょうねぇ?」
「心配ありませんわ? だって、この子はもう私には逆らいませんからねぇ?」
「あなたには逆らわないでしょうけどぉ、他の人にはどうでしょうねぇ? ちょっと暴れたら、人にケガを負わせる程度じゃ済まなさそうですけど〜ぉ?」
「大丈夫大丈夫。この子は本当はいい子なんですからぁ。ね、そうでしょう?」
 美央が手を伸ばし、ミノタウロスの頭を撫でた。ミノタウロスは露骨に怯え、頭を退かせた。
「ほら、この通り」
「……野放しにするにはあまりに危険です。閉じこめる檻も、ここには見当たりませんし」
 アリアが言った。
「そこをどいて下さい、ビーストマスターさん。私はそのミノタウロスを討ちます」
「……そういう事なら、私も容赦はしませんよ?」
 美央も答えて、剣を抜く。高周波ブレードが、その手元で小さな唸りを上げ始める。
 コンラッドが「落ち着きましょうよ」と、制するように両手を上げてみせる。
「力で物事を解決するのは間違ってるって、あなたも言ってたじゃないですか?」
「話し合いで解決しないなら、力に訴えるのもやむなし……そうでしょう?」
「あの……さっきと言ってる事違ってません?」
「? 何の話ですか?」
 美央は聞く耳を持たない。
 妙な緊張が場に満ちる。

(……何が起きてる?)
 少し離れた所から現場を見ていた大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、顔をしかめていた。
 どうやら自分と同じように迷宮に潜り込んでいたヤツらが、ミノタウロス相手に奮戦している――その場に行き会わせたのがついさっきの事。加勢しようと思って武器の機関銃を構えたが、組んだ戦術が上手く回り始めた様子だったので、しばらく様子を眺めていたのだが。
 漏れ聞こえる会話の内容から推測すると、あのミノタウロスを倒す倒さないで揉めてるらしい。
「それなら、自分の出番ではないな」
 狙いをつけていた銃口を剛太郎は外した。
「行動の意思統一が為されていなければ、作戦は混乱するだけだ」
 幸いミノタウロスは現在無力化されているようなので、状況の危険度は大分軽減されている。
 剛太郎は、もう少し様子を見る事にした。

 その場を見ていたのは、剛太郎だけではなかった。
(Oh! アレは美央じゃナイデスカ!)
 はぐれてから体内時間で数時間、ずっと探していたのだが、やっと見つかった――!
 ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)は、その姿を認めて駆け寄ろうとして、足を止める。雰囲気がおかしい。
(……美央? 今まさに戦闘中デスカ? バトリング? 現在進行形?)
 背中には屈んだミノタウロス。そして正面には手に手に武器を持った者達が居並んでおり、美央もまた高周波ブレードを抜いている。
 多勢vs無勢、出てくる答えは「衆寡敵せず」。こいつは美央の大ピンチ。
「美央オゥ! ミーがお助け、ジャストナウ!」
 ジョセフは身構え、現場一帯に精神を集中、サンダーブラストをぶっ放した。

 聞き覚えのある声がした瞬間、美央はイヤな予感がした。
 問題は、予感がしても対策が取れなかった事だ。
 轟音と共に周囲一体に電撃が炸裂した。その場にいた全員が地面に倒れる。
 湧き起こる各種の悲鳴。そこに被さるのは、妙な抑揚のきいた台詞。耳にした人間は、一人残らずイラッとした。
「ミーが来たからにはノー、プロブレム! トラストミー、美央!」
「……何をするんです、ジョセフ!?」
 体を痺れさせながら、美央がジョセフを睨み付けた。
「オ〜オゥ、ソーリィ。咄嗟の事デシタので、加減が利きマセンでした。アーユー・オールラィ、美央?」
 駆け寄るジョセフ。が、さしのべる手荷、美央はつかまろうとはしない。
「……大丈夫なわけないでしょう!?」
 怒鳴りつけながら、美央は荷物の中に手を突っ込み、そこで掴んだものをジョセフに向かって投げつけた。
 べちょん、という粘着音がした。
「ノゥ! スライムは、ノォォォォォォォォォウ!」

 状況が動いた。
 それも、あまりよろしくない動きだ。
 最大の問題は、沈黙していたミノタウロスにも動きがあった点である。
 剛太郎は素早く銃口を背中に合わせた。
 無差別にバラまかれた電撃を浴びて、ひざまづいていたのが倒れるまではまだ良かった。それが立ち上がり、転がっていた戦斧に手を伸ばすのは、いくら何でもまずすぎる。
(作戦行動、「ミノタウロス撃破」にフィックス。目標確認!)
 トリガーを絞る。マズルが火を吹き、毎分数百発の弾が、二秒分ミノタウロスの正中線に叩き込まれる。
 得物を構えようとしていたミノタウロスの体が揺れ、顔がこちらに向いた。先刻からの観察で、もとよりこれで倒れるとは思ってはいない。注意を引きつけられればそれで十分だ。
「全員撤退! 撤退しろ!」
 剛太郎が叫ぶが、立ち上がったのはメイド服を着た少女がひとりだけだ。その動作も少し緩慢で、素早い撤退行動が取れるとは思えなかった。
 精密射撃を取るしかない。狙いを胴体から頭部へ。照星に頭部が隠れてしまう。いや、支援対象は全員標的よりも下にいるから、狙いが逸れても誤射がない事を良しとすべきか。
(これで沈黙してくれればいいが……!)
 再びトリガーを絞る。着弾の手応えはあるし、仰け反ったりもするが、そのまま地面に倒れる事だけは絶対にない。あのミノタウロスが実はロボットやサイボーグの類だったとしても、自分は驚かないだろう、と剛太郎は思った。
 と、不意にミノタウロスがその場に両膝をついた。戦斧を投げ捨てると、両手で頭を抱え、土下座するように上体を伏せる。
 剛太郎はトリガーを離した。
「……やっぱりサイボーグだったか?」
 頭部にあった中枢部分に異常が発生して云々、みたいな効果があったのだろうか。
(何でもいい、今のうちだ!)
 剛太郎は走り出した。ミノタウロスの無力化状態がいつまで続くか分からないが、ひとりでも多くの人員を安全地域まで離脱させなければならない。
 まずは自分で動ける、あのメイドを抱えて離脱を――
 だが、そのメイドはミノタウロスから離脱しようとはしなかった。
 それどころか、片手に拳銃を下げ、ミノタウロスの前に回り込んでいる。
「……危ない! そいつから離れろっ!」

「この子はもう……無害ですよぉ?」
 明日香はそう答えながら、うずくまっているミノタウロスの角に手をかけ、無理矢理頭を引き起こす。
 今このミノタウロスに施されているのは、明日香の仕掛けた「その身を蝕む妄執」だ。例え動物といえども、全身氷漬けのイメージは、十分理解できるらしい。
 そして、アルティマ・トゥーレをかけた拳銃をその眉間に突きつけると、
「よい悪夢(ゆめ)を」
と告げて、装填されている全弾を叩き込んだ。
 がくがく、とその巨体が数度痙攣し、動かなくなる。
 明日香は振り向き、剛太郎に向けて「ありがとうございましたぁ」と頭を下げた。
「……機関銃の火力はスゴいですねぇ……おかげで頭の肉が相当削げましたので、屠殺できましたわぁ」
「あ、あぁ、そうか……」
「助けてくれて、感謝します。よろしければ、この後一緒にお食事などはいかがでしょうか?」
「食事? 何を食うんだ?」
「もちろん、この子です」
 明日香は身動きのしなくなったミノタウロスを指さした。
 剛太郎は顔をひきつらせたまま、答える事ができなかった。