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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

リアクション

第五章 共闘のかたち――vsミノタウロス・1



 怒気と殺気に満ちた唸り声を後ろに聞きながら、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)はまた角を折れた。
(これで十周目、っと)
 こちらを見失ったミノタウロスの為に、剣の鞘をわざとガチャガチャ言わせて自分の位置を教えてやる。すると、また迫ってくる足音が聞こえてきた。
(鬼ごっこはそろそろ止めたいんだけどねぇ)
 溜息を吐きながら、またアリアは走り出した。曲がり角では原則左に折れて、途中にある広間を横断、その後しばらく続く一本道では三メートル、五メートル、八メートルの間隔で掘られた落とし穴を飛び越えて……
 ミノタウロスと出くわしてから、結構な時間が経っている。こんな風に同じ箇所をぐるぐる回るのは、反撃の機会をうかがっている他に、誰かしら助けに来てはくれないか、と考えての事だった。もともとアリアはウィザードで、体力勝負は得意ではない
 すると、銃声。
(やっと援軍が来てくれたかな?)
 少し息を吐いて、物陰から様子をうかがった。
(……音が少し軽いから、援軍さんの持っている銃はハンドガン……だとすると、牽制で動きを止めてもらって、そこに私が魔法で一気にカタをつける……)
「……って、ええっ!?」
「行くぜぇオラオラオラァ!」
 アリアの見た光景は予想を裏切っていた。
 ツナギを着た男が、両手の二丁拳銃を突き出してミノタウロスに突撃していく。
 水平に振られた戦斧をかいくぐると、頭のモヒカンが光り輝く。同時に懐に飛び込み、超近接距離から二丁拳銃を連射、ミノタウロスの股下を潜り抜け、距離を取った所で起き上がると慣れた手つきで拳銃のリロードを行う。
「……ちょっとあなた、何やってるの!?」
「ん? 先客がいたのか。ケガはないかい、お嬢さん?」
 そう言って精悍そうな笑みを浮かべるのは、国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
「お嬢さん、じゃないでしょ! そんな拳銃で接近戦挑むなんて無茶だわ!」
「拳銃だから、近くから撃たないと効果はない」
 その時、唸り声が聞こえてきた。ゆっくりと振り向いたミノタウロスがこちらを認め、一声吼えた。
「……何てこった。近くから撃っても効果が無かった……」
「効果はあったみたいよ……さっきに比べて、明らかに怒ってる」
 ミノタウロスの鋼のような胸筋、腹筋にはポツポツと穴が空き、そこから血が垂れている。が、致命傷を与えたようには到底見えない。
「マジかよ……」
 武尊は顔をしかめた。シャープショットに轟雷閃、その上にスプレーガンで全弾浴びせてやったというのに。
「この迷宮は訓練用だろ? 最近のモンスターはどんだけ鍛えてやがるんだ?」
「すぐにどうにかできる相手じゃないわね……ひとまず逃げましょう。ついてきて」
「いや……もう一度行くぜ」
「は?」
「一度でダメなら二度三度だ。野郎のタマはオレが奪る!」
「何言ってるの? 拳銃じゃどうにもならない相手だから、まずは戦術を……」
「こまけぇこたぁいいんだよ!」
 言いながら武尊は、二丁拳銃を正面に突き出し、叫びながら突撃をかける。
「ああっ、もう!」

 向こうから、銃声や魔法のものと思しき爆発音が聞こえてくる。それにまぎれて低い獣の叫び声。
「おお、やってるのぅ」
 毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は感心したように頷いた。
「我らより先に始めている者がいたとは」
「私の分は残ってるでしょうか?」
 プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が、大佐と繋ぐ手に少しだけ力を込める。その手を握り返す大佐。
「あの様子では、材料調達も完了してはおるまい。心配はするな」
「そうそう。所詮は牛なんですからぁ」
 のんびりとそんな台詞を吐くのは神代 明日香(かみしろ・あすか)である。
「罠にハメたり、ちゃんと距離取って戦えば楽勝ですよぉ。セオリーとしては、重装したのが前に出て壁になって、魔法や飛び道具使用者が後ろから……」
「飛び道具ってのは、銃とかも入れるのかよ?」
 一緒についてきているカイル アモール(かいる・あもーる)の問いに、「もちろん」と頷く明日香。
「……なら、あそこで二丁拳銃のクロスレンジ戦やってるのは何なんだい?」
 カイルが、交差点の真ん中を指さした。武尊が、無茶な戦い振りを見せている。
「あれはねぇ……よい子は真似しちゃいけません、ってことで」
「悪い子なら、巻き添え食ってぶっ飛ばされても仕方ねぇよなぁ」
 凶悪な笑みを口元に浮かべ、カイルは手元のショットガンを両手で構える。
「そうだろ、レイス?」
「ああ、仕方ないな。そんな所に居るのが悪い」
 カイルのパートナー、レイス・コナン(こなん・こなん)も眼を細める。それはまさしく、獲物を前にした爬虫類の顔だ。
「連携行動とれない子が、一番の困ったさんなんやでぇ?」
 一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)が口を挟む。
「せっかく数が揃ってるんや。協力できる所は協力して、力合わせなあかんわなぁ」
「私が後ろに回り込んで斬りつけますので。燕は、その間引きつけて下されば……」
 佩刀の柄に手をかけながら、宮本 紫織(みやもと・しおり)が燕を見た。燕は「せやなぁ」と片手を自分の顎にあてがい、
「……一気にバッサリなんてのは難しいやろうから、まずは腱や手首をチマチマ削いでいくのがええかなぁ?」
と言いながら、空いた手の人差し指を立てて、ちょいちょいと動かした。どこをどう削いでいくかを考えているのだろう。
 大佐の方は腕組みをする。
「我なら指を切り落とす。戦斧を持てなくしてしまえば、相当戦いは楽になろう」
「指かぁ。蹄の方切るのは効果あるんかねぇ?」
「動きにくくなるのは、相当のアドバンテージにはなりますね。できれば足首ごと切り落としたい所ですが」
 横で会話を聞いていたカイルは、レイスと顔を見合わせる。
(こいつらすげぇエゲつねぇ……)
(いくら俺達でも、ここまでは考えないぜ?)
 カイルは自分の手にあるショットガンを見た。こっちの考えている事は、こいつで牛頭を吹っ飛ばす程度だ。
「了解。では私がまず前に出ましょう」
 コンラッド・グリシャム(こんらっど・ぐりしゃむ)は背負っていた盾を左手に持ち直した。
「無理しないでね、コンラッド。相手はすごく強そうだから」
 ステファニア・オールデン(すてふぁにあ・おーるでん)の台詞にコンラッドは頷く。
「……それじゃあ、始めますかえ?」

 武尊は少し後悔していた。
(単身での吶喊は、さすがに無茶だったかも知れん……!)
 一度離脱したいのは山々だが、下手に後退すると相手を勢いづかせる事になりかねない。
 その時、背後より人の気配。ひとりやふたりではない。
 武尊がとっさに屈むと、駆けつけた数人がミノタウロスに攻撃を仕掛けた。
 ソニックブレード、光条兵器、ショットガン。引き下がるミノタウロス。武尊との間に開く間合い、その中にコンラッドが割り込んだ。
「あなたは後ろに下がってください」
「援軍か?」
 武尊の問いに、「まぁ、そんなもんです」と頷くコンラッド。
「それなら気をつけろ。コイツおそろしく固ぇ、並みの攻撃じゃダメージ通らないっぽい!」

「じゃあ、まずは動きを止めましょうねぇ?」
 武尊の警告に、明日香が氷術を仕掛ける。目標はミノタウロスの足元。たちまち地面からミノタウロスの足首までが氷結する。
 そのタイミングで、燕がまず手首に斬りつける。直後、光条兵器のブライトグラディウスを発動させた大佐が上腕に刃を振るった。
 ――違和感。まるで、岩にでも斬りつけたような。
 カイルの一撃は、ミノタウロスの左肩を吹き飛ばした筈だ。が、肉が少しささくれ立っている程度に過ぎない。
 いくばくかのダメージにはなっているだろうが、致命傷では有り得なかった。
「……パラミタのバケモノってのは、鉄砲なんざ効かないってか?!」
 カイルが吐き捨てる。
「いや、こやつが異常なだけだ。凄まじくな」
 大佐が鼻を鳴らす。
 ミノタウロスが吼え、手の戦斧を振り回す。刃の軌道が風を巻く。迂闊に触れれば、触れた部分がそのまま吹き飛ぶだろう、腕だろうが頭だろうが。
 ――くそったれが!
 カイルが二撃目を撃とうとするのを燕が制した。
「待ちぃや」
「邪魔すんじゃねぇ!」
 ぽん、と片手がカイルの頭に載せられた。
「まぁそう言わんと……な?」
 細い目から微かに眼光が覗く。気圧されたカイルは、「……そうだな」と銃身を下ろした。
(何だよ、こいつの眼……ヘンに凄味がありやがる)
 ミノタウロスが武器を振るう手を止めた。が、その眼は怒りに満ちており、眼前に立つ冒険者達を睨み付けている。戦意が失われたはずがなかった。
 その背後で気配が動いた。
 緑色のポニーテールが翻り、「ずん」という鈍い音が響いた。
 しかし、
「な……!」
「……どないしたん、紫織!?」
「刃が通りません……あぅっ!」
 ミノタウロスが身を捩る。振り回された腕が紫織の体を殴り飛ばし、その体は地面に転がる。
「……つくづく規格外な牛め」
 大佐が毒づく。
 みしみし、と音が鳴った。凍り付いたはずのミノタウロスの足元が動き始めている。まとわりついている氷片が剥離を始めていた。
 その時、壁の向こうから声がした。
「全員、ミノタウロスから離れて!」
 直後、壁が轟音と共に爆発し、瓦礫と雷撃がミノタウロスに降りかかった。
 壁の大穴から姿を見せたのはアリアだった。瓦礫の山を回り、紫織に手を差し出す。
「大丈夫、立てるかしら?」
「……かたじけない。お見事な腕ですね」
「そけほどでもないわ。これで倒れてくれればいいんだけど……」
 くぐもった様な唸り声が聞こえた。積み重なった瓦礫が微かに崩れ始める。
「どうやらまだ終わっていないようですね……」
「みんなに合流しましょう。力を合わせなければ勝てなさそうです」

 作戦会議は、すぐに終わった。
「……動き止めるのは、私が担当するよぉ?」
 明日香がニコニコしながら手を挙げた。
「とにかく氷で足止めして的にするから、あとはみんなでよろしく〜」
「それは心強いですが……あのミノタウロスは相当しぶといですよ?」
 アリアの問いに、明日香は立てた人差し指を「ちっちっ」と揺らした。
「私の氷術はねぇ、SPが続く限りクーラー要らずだよぉ?」
「喜べ、プリムローズ・アレックス。ガンガンに利いたクーラーの下で焼肉だそうだ」
「まぁ、それは楽しみですわ」
「コンラッド、ちょっと待ってて。パワーブレス使うから」
「ああ。頼むよ、ステファニー」
「何かすっごく大変そうな相手だから、無理はしないでね?」
「心配するな。みんな頼れそうな人達ばかりだし、怖くなったらすぐ引っ込むさ」
 ……「頼れそうな人達」だって?
(おめでてぇオッサンだ)
 笑いながら横目で見てくるカイルに気付き、「? 何か?」とコンラッドは訊ねた。
「別に……さっきまで見ず知らずだったヤツらをそこまで頼れるなんて、と思ってなぁ?」
「利害や目的が対立していなければ、人は協力し合えるものでしょう……見ず知らずという事は、過去に遺恨や因縁もないってことですからね?」
 そう言って今度はコンラッドが笑った。苦笑だ。
「? 何がおかしい?」
「何でもありませんよ」
(見ず知らずの相手を信じられる……か)
 瞬間。
 コンラッドの脳裏を、過去がよぎる。
(……見てもいるし、知ってもいる相手が信じられない、という事も世の中にはあったな……)
 しかも、自分が信じたかった、信じていたかった相手が――
「……どうしたの、コンラッド?」
 ステファニアに呼びかけられて、彼は我に帰った。
「あぁ、何でもないよ」
「ほら、パワーブレスかけるから、頭出して?」
 カイルは鼻を鳴らし、コンラッドから眼を逸らした。
(一番最初に死ぬとしたら、コイツだな)
 ぱっと見、大した装備品は持っていそうにないが、売っ払えば小遣い程度にはなるだろう。
 瓦礫の山が崩れ、埋もれていたミノタウロスが姿を現した。双眸はますます怒りに燃え、熱を帯びた全身から湯気が立っているのが見えた。
「……怒り心頭、って感じですねぇ」
 コンラッドの頬を冷や汗が伝う。
「じゃあ冷やしてあげましょう、足元限定でね?」
 明日香、氷術仕様。再びミノタウロスは動きを封じられ、再びその場で身を捩り始めた。
「さて……切り刻ませてもらおうか?」
 大佐が得物を構え、凶悪な笑いを浮かべた。