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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

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バーサーカーとミノタウロスの迷宮

リアクション

第七章 決着――vsレイナ



「(シッ!)」
 朔が立ち止まり、歌菜とスパークに注意を促した。
 気配も殺さず近づく足音。
「気にする事ないよ、朔ちゃん?」
 歌菜は言った。
「殺気や害意はなさそうだもの?」
「……しかし、用心に越した事は」
「心配しすぎだって……ねぇねぇそこの人! どうしたの?!」
 歌菜の呼びかけに、足音の主は気がついた様だ。一旦立ち止まった足音は、まっすぐにこちらに向かって近づいてくる。
 足音の主は、ジャッジラッドだった。彼は、歌菜達の姿を認めると「お、おい、助けてくれ!」と手を振った。
「バーサーカーが……バーサーカーが出て来やがった!」
「……何!?」
 スパークが顔をしかめた。
「……ちょっと待て、バーサーカーは迷宮の反対の方にいるはずだろう!?」
「知るか、そんな事。こっちはついさっき、頭のイッた女の子に追っかけられて殺されかけた所なんだ!」
「で、その女の子は今どうなってるの?」
「……通りがかったやつらが相手している所だ。俺は助けを呼んでくるよう頼まれてな」
「そうなの。じゃあ、その場所まで連れて行って」
「カナ……やりあうつもりか?」
「やりあうなんてとんでもない、女の子を助けるだけよ……さ、私達を連れて行って」
「……いや、その必要はありません」
 朔は歌菜を止めた。
「今その新たなバーサーカーが暴れているというのなら、我々の殺気看破で場所は把握できます。こちらの方には、さらなる援軍を呼んでもらいましょう」
「……いいのか?」
「あなたの任務は、さらなる助けを呼んでくる事でしょう?」
「……まぁな」
「では、あなたはあなたの任務を果たして下さい……遠野先輩、スパークさん、行きましょうか?」
 朔は、ジャッジラッドに頭を下げると、ふたりを促した。
(……また他人に借りを作っちまったな)
 自分の来た方向に向かう三人を見ながら、ジャッジラッドは「しまった」と気付いた。
(名を聞くのを忘れていた)
 が、今さら呼び止めるわけにもいかない。
 再びジャッジラッドは走り出した。

 氷術による足止め。前衛による足止めと、後衛からの大火力による敵の殲滅。
 それらはセオリー通りの戦術ではあったが、万能というわけではない。
「あはははははははは!」
 レイナの高笑いが響く。振り回される大鎌の刃が、ルイの手甲を弾き飛ばした。
 彼女の突進は、ルイとクレアの防衛戦を簡単に抜き、後衛である彩やオハン、そして涼介へと肉迫する。
 雷術を使う涼介。それは確かに目標に命中した。
 が、レイナの姿は涼介の真正面に現れ、直後、大鎌の刃は、彼の肩口を掠めた。
「どうしたのですか、優男さん? 大の男が、女の子ひとりまともにあしらえないのですか?」
「こう見えてもフェミニストでね。女の子は大事にする方なんだ」
「それは良い心がけですね。でも、長生きはできませんよ?」
 レイナが雷術を放つ。電撃をまともに浴びる涼介。
「お兄ちゃん!」
「……あら、意外としぶといんですね?」
「ダイスの出目が良かったのさ。クリティカルで大成功って……」
 がくん、と脚の力が抜け、涼介はその場に膝をつく。
「……飛行能力……壁の防御を無効化……あんたをゲームのカードにしたら、デュエルじゃさぞかし活躍するだろうな」
「どうやら褒められたようですね。光栄です」
 優雅に一礼するレイナ。その傍らの空間に、箒が主に従うようにフワリと浮かぶ。
 彼らの誤算。それは、レイナが空飛ぶ箒を持っていた事だった。
 空を飛ばれては、氷術の足止めも前衛の踏ん張りも意味を持たない。機動力を生かされて、翻弄されるだけである。
「ひとつ訊きたいんですがね、お嬢さん?」
「何です、優男さん?」
「あなたはもともとそんな性格なんですか?」
 戦闘中、涼介はディテクトエビルを使ってみたが、レイナからそれらしい反応はなかった。この少女はただ危険なだけで、邪悪というわけではないのだ。
 もっとも、今彼女の浮かべている笑いを見て、信じる人間は誰もいないだろうが。
「答える必要はありません」
 レイナは箒に腰掛ける。芝居がかった優雅さが、彼女の余裕を感じさせた。
「……さて、次はどこを切り裂いてあげましょうか?」
「おにいちゃんにそんな事させない!」
 クレアが涼介の前に立った。
「レイナさん! 切り裂きたいなら私を狙え!」
 ばん、とルイが自分の胸を叩いた。
「イヤです。あなたは暑苦しそうなんだもの」
「イヤでも私を狙ってもらう!」
 ルイはダッシュし、レイナの箒に飛びつこうとした。が、箒はレイナの体ごと高く浮かび上がり、ルイのタックルを簡単に避ける。
「うぅ〜ぅ、水、お水があれば……」
「……通用せんのは分かっただろう?」
 彩の全く場違いな悔しがり方に、ひっそりとオハンがツッこんだ。
(とりあえず、足を……あの箒を何とかしないとな……)
 先刻から涼介は、とにかく箒に攻撃を集中していた。フェミニスト云々、というだけではなく、圧倒的な機動力を殺さなければ手も足も出ないのだ。
 もっとも、その箒の突進力そのものも結構侮れない。走っているバイク程度の打撃力はあった。ルイが一度突進をまともに受けて、しばらく立ち上がれなかったのだ。
 今現在、こちらの戦力で箒にダメージを与えられる手段は何があるだろうか。自分の魔法と、そう言えばルイも氷術が使えたはずだが……
 と、クレアがいきなり盾を捨てた。さらに、兜を脱ぎ捨て、レギンスの留め紐を解き、マクシミリアンの留め具も外す。
「……あら? 降参でもするのかしら?」
「ええ、降参です。あなたじゃなくて、おにいちゃんに」
「どういう意味だ、クレア?」
「お兄ちゃんは、簡単に女の子に手を上げるような人じゃない、って事です。だから……」
 さらにクレアはガントレットも外して、地面に捨てた。
「だからあなたは……私が止める!」
 ざわっ、とクレアの気配が変わる。
 直後、バーストダッシュをかけたクレアの体躯が空を貫き、宙に浮かんでいるレイナの体に直撃した。
「……なっ!?」
 完全に意表を突かれたレイナは、回避する事などままならない。クレアの体ともつれ合いながら、彼女は地面に投げ出された。
 すかさずクレアは寝技に移行、レイナの体に馬乗りになる。
「……くっ! この……! 離れなさいっ!」
「離れない! 絶対離れない!」
 得物の大鎌は完全に邪魔になっていた。それどころか、クレアの体重が乗って、逆にレイナの動きを封じている位だ。
 こうなっては魔法も使えない。相手が密接していれば、自分も巻き添えになる恐れがある。
 上になったクレアを跳ね退けようと、レイナはじたばたと脚を暴れさせた。が、その脚に別な重さが加わった。
「こらーっ! 大人しくしてなさい!」
 その声は彩のものだ。
 クレアの腕が動く。片手が大鎌の柄をすり抜け、レイナの頸動脈部分を圧迫した。対するレイナは腕を突っ張らせ、大鎌の柄をクレアの首に押しつける様にする。
 互いに相手の首を攻める、耐久戦の形になった。
 十センチにも満たない間合いで、ふたりの視線がぶつかり合った。
「……どけなさい!」
「落ちなさい……!」
 ――そして、どれほどの時間が経ったろう。
 怒気に満ちた顔から力が抜け、その手が地面に投げ出された。
 息を弾ませながら、クレアはレイナの上からどけて、その横に大の字になった。満面の汗を拭う気力も今はない。
「……もう大丈夫なの?」
「ええ……多分」
「生きてる?」
「手加減は……したつもり」
 彩の問いに、やっとの思いで答えるクレア。
 涼介は駆け寄り、クレアを抱き起こした。
「バカ! 無茶をするんじゃない!」
「……無茶はおにいちゃんだよ。いくら相手が女の子だからって……戦う時には、ちゃんとやらなきゃ……」
「……今度からは気をつける」
「でも……愛美さんじゃないけど、私達、やったんだよね?」
 涼介の腕の中で、クレアが微笑み、Vサインを作った。
「えへへ……やったね、おにいちゃん」

 歌菜、スパーク、朔がここに駆けつけたのは、それからしばらく経っての事である。
「……あれ、終わってる?」
「出遅れちまったか」
「どうやら、助けは要らなかったようですね」
 その台詞に、涼介は顔を上げる。
「朔。お前もこの迷宮に来てたのか?」
 朔は頷いた。
「さきほど、体の大きい人に頼まれまして。バーサーカーと戦ってる人達がいるから、助けに行ってくれ、と」
 これはもちろん、ジャッジラッドの事だ。
「で、誰がバーサーカーだったの?」
 歌菜の問いに涼介は、倒れているレイナを指し示した。
「……とてもそんな風には見えないな」
というスパークの感想に、彩が「ついさっきまで凄かったんだよ?」と反論する。
「箒に乗って、鎌振り回して、魔法使って、大変だったんだから」
「でももう終わったんでしょ? それなら良かったじゃないの」
(どうでしょうね?)
 ニコニコと笑う歌菜の台詞に、朔は疑問を感じていた。
 最初に聞かされたバーサーカーは、どうやらこの人物ではないようだが。
(そちらの――愛美さんとかいうバーサーカーも、今頃こんな風に決着がついているといいのだが)