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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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 3日目(地上) むかしばなし

「日記、返すように言われていたわよね」
 跡地へと向かう道中で、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)と並んで歩いていた風森 望(かぜもり・のぞみ)に古びた書物を手渡した。機晶姫と契約者の墓で、望が彼らの銅板と共に見つけたものである。内容を複写後に元の場所に戻すこと、解読結果を教えてもらうことを条件に、彼女は書物を預けていた。
「日記、だったのですか?」
 書物を持つ手に力が込もる。そうである気はしていたけれど。
「これが全内容よ」
 環菜は真新しい紙が綴じられた分厚いファイルを出してきた。最後のページをそっと開いてみる。
『×○××日 女王様の使者は何を考えているのか。派遣された監督係は機晶姫の武装製作を強要する。女王様は理解しておられたはずだ。いかなるものの殺生もせず、協力しあって暮らしていくためにあの機晶姫を造っているということを。鏖殺寺院への抑止力としてならば、過度な武装は必要ないだろう。私達は幸せに暮らしてほしいだけだ。機晶姫にも、巨人にも。近しい時に――皆が安心して朝を迎えられる日が訪れることを』
 中程のページを開いてみる。
『××※△日 今日は休みだった。久しぶりにパートナーと一緒にいられて、幸せな1日だった。ずっと、彼女と毎日を過ごしたい。機晶姫であっても構わない。同じ種族同士であることが望まれるのであろうが……。多種族の結婚は難しい。特に、機晶姫との場合は子孫も残せず……申し訳ないが、それは姉に任せよう。だが、この気持ちは変えられないのだ。今度、アストレアに銅板を注文しよう。こんな時代だからこそ迷っている暇はない』
 そこまで黙読したところで、望はファイルを閉じた。
「この方は、心から平和を願っていたのですね。ただ、普通に暮らすことを望んでいた……」
「彼も、機晶姫の技師だったようね。この日記には、機晶姫製造への情熱や日常の記録、戦争への憂いとか、そういったことが書いてあったわ。製造技術についての記述はなかったわね」
 ファイルを受け取りながら、環菜が言う。
「……全部、読んだのですか?」
 前を向いて、彼女は何も答えない。そこで、隣の山海経が口を挟む。日記を読んでいないだけに呑気な口調だ。
「技術について書かれていなかったのは残念じゃな。機晶姫に関する貴重な知識が得られるかとも思ったが」
「ねえ、そういえば今日は地上と地下、先にどっちに行く予定なの?」
「ファーシーさんのご希望に合わせますよ。どちらが良いですか?」
「うーん……」
 ルミーナが言うと、ファーシーは少し考えるように間を置いた。
「とりあえず、街を見たい、かな」
「ファーシーはよくどんな所に行ったんだ? よく覚えている場所とかをまわりたいんじゃないか?」
 イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が声を掛ける。ファーシーの選択を嬉しく思う。そうして生きていくことを決めた彼女に、当時のことを訊いてみたかった。
 勿論、辛くない範囲で。
「公園とか、花畑とか……今と違って、遊ぶところとかそんなに無かったから。あとは、友達の家とかかな……」
 そこで、ファーシーの言葉が途切れる。空気を察して、イーオンは話を切り上げた。
「……すまない。無理をして話してもらうことでもないな」
 やはり、笑って思い出話をするには早すぎるのだろう。これから行く街の状態を思うと尚更に。
 そんな会話をしているうちに、廃墟の姿が見えてきた。
「やっと着きましたね。ワタシは明日の準備のために礼拝堂へ行こうと思いますが、地図をいただけませんか?」
 ルイ・フリード(るい・ふりーど)の言葉を受け、環菜は地図のコピーを取り出す。
「どうぞ。あと、地図を持ってない者は……ああ、あなたもここは初めてだったわね」
 イーオンにも地図を渡す。彼はセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)を伴っていた。普通に歩いているように見えるセルウィーだが、彼女は、不測の事態に備えて特技の要人警護を使っていた。一方、フィーネは堂々とした様子で特別何をするでもなく一行に随行している。補助をしてもらえればと連れてきたが……手伝ってくれるだろうか。
「ではワタシ達はこれで。ファーシーさんとルヴィさんの為にも礼拝堂の整理整頓及び清掃を頑張りますよ!」 掃除道具を持ったルイは、意気衝天に跡地に入っていく。
「ちょっと待つのだルイ! 地図を渡すのだ!」
 遭難しては大変と、リア・リム(りあ・りむ)が慌てて追いかける。
「マスターは行かないんですか? 今日は、下見も兼ねて礼拝堂の掃除に来たはずですが」
 後に続こうとしない和原 樹(なぎはら・いつき)に、セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)がたずねる。
「いや、ファーシーさんとルヴィさんの家に寄ってみたいから、礼拝堂に行くのはそれからにするよ。もしかしたら、結婚式に使う物とかが置いてあるかもしれないし」
「結婚式……」
 ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)が口を開き――
「……いつか、樹兄さんのベールの裾持ちをするのが夢なの」
 と、淡々と言う。樹は目を瞬かせた。
「え、なんで俺がウェディングベール付ける前提?」
「当然だろう。我に女装の趣味は無い」
「俺だって無いよ!」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)に言ったところで、樹は前方の人影に目を止めた。いや正しくは、その手にある雑誌に目を止めた、だろうか。
(な、なんてタイムリーな……!)
 環菜がその人影――アーキス・ツヴァインゼファー(あーきす・つゔぁいんぜふぁー)に近付く。彼は、崩れた石壁に座って本を開いていた。
「……何を読んでいるのかしら?」
 環菜はいつも以上に冷ややかな視線をその本に送る。そう、常に冷静な態度を貫くのが環菜の矜持だ。冷凍光線でも浴びせるしかないだろう。
 それは『男の娘になろう!』だった。
「……百合園女学院に転任依頼をしておくわね。外見性別を女性にしておきなさい」
「…………気遣いは無用だ」
 アーキスは本を閉じて立ち上がる。生徒達はそれぞれに感想を漏らした。
「ブックカバーもつけないとは豪胆だな」
「人には意外な面があるものですね」
「普段無愛想なのは隠れ趣味をごまかすためだったのだな。いいネタが出来た」
「いや、それは自分の胸にしまっておくべきだろう。先生が気の毒だ」
「気に病まれることはないのですよ先生。人には1つや2つや3つ、秘密の嗜好があるものですから」
 イーオンとセルウィー、フィーネ、虎鶫 涼(とらつぐみ・りょう)、望が順番に言う。
「……ただの暇つぶしだ」
「暇つぶしにそれを選んだこと自体が女装好きという証拠ではないのかの」
 からかい口調の山海経。アーキスは全員を順番に睨みつけた。
「おまえ達、いい度胸をしているな。……次の授業が楽しみだ」
 今発言したのは全員、蒼空学園の生徒である。
「へえー、女装する男の人のことを男の娘っていうのね。勉強になったわ」
 ツンデレは知っていても男の娘は知らなかったファーシーが、感心した声を出した。
「ファーシーか。アーキス・ツヴァインゼファー、化学教師だ」
「うん、よろしくね!」
「……レバレッジ、頼んでいたものはあるか?」
「これですね。どうぞ」
 ルミーナは、アーキスにドライフラワーの束を渡す。梔子の花が、かさりと音を立てた。

 かつて機晶姫製造所が建っていた場所。
 そこには、沢山の遺体が埋まっていた。戦争によって命を落とし、葬られないままに風雨に晒されていた魂が眠っている。
 その墓標のひとつひとつにアーキスは梔子を1本ずつ供えていく。表情からは感情の欠片も読み取れない。
「本当に、らしくないわね。何を考えているの?」
 立ち上がる白衣の背に、環菜が問いを投げかける。
「墓に花を供えるのは習わしなのだろう。風習通りにやっているだけだ……」
 それだけ言うと、彼は足早に歩き出した。

 ルミーナは、家の前に立って銅板を天へと傾ける。家の全景が見えるように。また、その先には、土壁に刻まれたラドレクト家の紋様があった。
「ファーシーさん……中に入りますか?」
 ファーシーはここに来るまでの間に口数を減らし、今はすっかり沈黙してしまっていた。記憶を共有できたとはいえ、ルミーナは彼女の現在の思考まで共有できるわけではない。だがそれでも、ファーシーがショックを受けていることは痛いほどに伝わってきた。
 自宅への道を往くということは、よく知った、歩き慣れていたであろう道を辿るということだ。周辺の建物も全て既知のものだろう。それが今や、人の気配を残さずに廃墟となってしまっているのだから。
 ルミーナには、この家でファーシーに話したいことがあった。だが、彼女が拒否するのなら――
「……うん、入るよ。みんなも来て」
 ファーシーが言い、全員で宅内に入る。状態が綺麗過ぎることに、皆が驚く。
「大したおもてなしは出来ないけど……特別に、わたしの部屋のもの以外だったら触ってもいいわよ。ルミーナ、上に行こう?」
 そうして、2人は階上へと消える。残された面々は、それぞれ――固まったように動かなかった。
「……ルミーナ、そっち、左の部屋に行って。うん、そう……あ、知ってる? 机の一番下の引き出し……うん、そこ開けて」
 言われるままに、ルミーナは引き出しを開ける。そこには、二十センチ四方の金属の箱が入っていた。中を検めなくても分かる。これは、各種工具だ。
「……前ね、ルヴィさまに整備してもらうのがたまらなく嫌になったことがあって、自分でやるからって無理に買ってもらったの。……出来るわけないのにね」
 ルミーナは思う。それは、自覚していなかっただけで、あなたもその頃からルヴィさんが好きだったのではないですか、と。そして、手に持った日記に目を落とす。
「これを、持ち帰りたかったの」
「……ファーシーさん、この前、ルヴィさんの部屋から見つかった日記……読みますか? わたくしには博識がありませんし、訳文も作っていません。でも、ファーシーさんなら読めますよね?」
「日記……?」
 銅板から見えるように、書物を開く。自然と、子供を抱いて読み聞かせをしているような格好になる。ファーシーは、そのページを読んだ。
「『ファーシーにせがまれて買い物に行った。有名な服の店で、やけに値段が高かった。10着近く買わされたので、次の収入まで3食パンだけになりそうだ』……なにこれ」
「あら……?」
 開くページを間違えたらしい。慌ててルミーナは別のページを開く。折り目が逆になっていたようだ。
「『ファーシーにせがまれて買い物に行った。今日は、自分の整備をするための工具が欲しいという。自分を自分で整備する機晶姫なんて聞いたことがない。何も教えてないんだから、下手にいじられても困るんだけどな』……うるさいなあ。『大体、背中はどうするんだろう。何か最近、恥ずかしそうにしていたからそのせいなんだろうけど……恥ずかしいのはファーシーだけじゃないっつーの』…………? …………え、…………え、えと……」
 ルミーナは微笑ましげに銅板を見下ろしていた。やがて、ファーシーが言う。
「ル、ルミーナ! 戻ろっか!」
 階下に降りると、全員、入ってきたままの場所に留まっていた。
「……何やってんの?」
 顔を見合わせる皆。
「いや、いい、と言われても……」
 戸惑った表情で樹が言い、フォルクスが続く。
「やはり、実際に住人が居るところで家捜しというのは、気が咎めてだな……」
「わたしが探してほしいの! 自分じゃ開けられないんだから! 特にルヴィさまの部屋とかルヴィさまの部屋とかルヴィさまの部屋とか! はい、大事なことだから3回言ったわよ。結婚式の道具があるかもって言ったのはそっちでしょ! すっかりその気になっちゃったわ!」
「なんだか元気になりましたね」
 望が笑う。和らいだ空気の中で、ファーシーの指示が飛ぶ。その結果、ショコラッテが見つけ出したのは網目状のヴェールと古ぼけた青いリボンだった。