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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

リアクション

 2日目 魂の在り処

「とりあえず、第一発見者のマナカへ渡してくださいっ!」
 合流した途端、春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)がルミーナにびしっと手のひらを出した。
 突然の事に目を瞬かせるルミーナ。渡せというのは、ファーシーの銅板を、ということに他ならないわけで。
「えっと……一応言っておくけど真菜華ちゃん、わたしが拾った人のものだっていうネタはもう終わったよ? 時効だよっ?」
 ファーシーがつっこむと、真菜華はきょとんとした。
「もうこの銅板は誰のモノでもないよー、ファーシーのモノだもの」
「へ? じゃあなんで……」
「にへへ、ずっとぶらさげてみたかったんだー。それだけっ!」
 ルミーナは微笑み、鎖に手をかけた。
「いいですよ。どうぞ」
「ふひひ。ジョシコーセーの胸枕ですよっ?」
 ぽよん、と銅板が一度跳ねる。触感の無いファーシーは、それでも、うーんルミーナと同じくらいかなー、とか大きさについて考えてみた。とりあえず、女性だから許される思考であろう。
「ファーシーちゃん、久しぶりね♪」
 そこに、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が笑いかけてきた。B4サイズほどの紙を何枚か持っている。
「あっ……! えっと……あの時は、ごめんね? というか、ありがとうというか、うんと……」
 魔物化しかけた時、ファーシーの元の機晶石を砕いたのはヴェルチェだった。誰もがその行為を躊躇する中、自ら率先してやってくれた。ヴェルチェがいなければ、今、自分はここにこうして居られなかったかもしれない。感謝してもし尽くせないみんなの1人だ。
「ああ、何て言えばいいんだろう。伝え方が、えっと……」
「ちゃんと伝わったわよ♪ 今日は楽しく洞窟探索、でしょ?」
 ルミーナに持っていた紙を2枚渡すと、ヴェルチェは言った。
「アストレアまでの地図と、洞窟内の地図よ。この前、近道が書いてある紙を見つけたから作ってみたの♪ 洞窟の方は、ソルダちゃんが記憶を頼りに作ってくれたみたいだけど……」
「あんまりあてにしないでくださいね。洞窟に行ったのはもう5年以上前のことですから」
「でも、別れ道とかかなり詳しく書いてありますよね。十分に有用だと思いますよ」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が言うと、強盗 ヘル(ごうとう・へる)はにやりと笑う。
「道を覚えるのに一生懸命なやつもいるみてえだし、いまさら適当でした、とかいうのは無しだぜ」
 彼の視線の先では、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が熱心に地図に見入っていた。
「ここをこう行って、ここを曲がって……」
 そして顔を上げて、指で空中にルートを描く。
「……あれ? なんだっけ?」
「あ、その声……ルカルカさん?」
「そうよ! 会うのははじめましてよね」
「うん、よろしく! ……あ、あのね、わたし、まだ……」
 口ごもるファーシーの気持ちを察して、ルカルカは笑った。
「いいの。ここで今日会えただけで、すっごく嬉しいわ。過去のことも、自分のことも、完全に受け入れるには時間の掛かることばかりだもの。生きようと思ってくれたこと。それに少しでも役に立てたのなら、ルカルカはいいの」
「ありがとう……わたしね、ちょっとずつ分かってきた気がするの。昨日もいろんなことがあって、たくさん教えてもらってね……。そういえば、ルカルカさんって2人だったのね。知らなかったわ。喋る時は分担したりするの?」
 ファーシーの疑問に、一瞬ぽかんとしたルカルカは破顔した。隣のルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)を見る。
「アコはパートナーの魔道書よ!」
「遺跡にあった私の本体を、開いたのがルカ。だから、この姿なの。『今の名』はルカ・アコーディング。ルカの記録って意味ね。皆からは、アコと呼ばれるわ」
「へえー、よく分からないけど、魔道書っていろいろあるのねー」
「アコも過去から来たの、貴女とある意味同じよファーシー。ルカ共々、仲良くしてねん☆ 区別のコツは前髪と気配よん」
 ルカがウィンクをする。
「そろそろ行くか。移動距離があるから、早めに動かないとな」
 閃崎 静麻(せんざき・しずま)の言葉を契機に、一行はヒラニプラを離れた。
「静麻さんも、一昨日はありがとう! あの時、わたしが壊れないでいられたのは、静麻さんのおかげよ」
 死、の本当の意味を知り、ルヴィは戻ってこないのだ、2度と会えないのだと教えられた時、希望を与えてくれたのは彼だった。
 思い出、という壊れないものがある。それを知ることが出来たから……だから、メタモーフィックにも伝えることができた。
 だから、大切なことを幸からも教わることができた。
「ルヴィさまがわたしに、何か残してくれているかもしれない……それが洞窟にあるかは分からないけど、わたしに『やりたいこと』を作ってくれた。本当にありがとう」
「いや、まあ……洞窟に、何かあるといいな」
「うん、今日は良い日になりそうね! ルカルカさんや真菜華ちゃん、ヴェルチェさんに静麻さん、それに土偶の人。会いたかった人に囲まれてうれしいわ!」
「土偶の人……ですか?」
 ザカコが複雑な表情をする。ヘルがおかしそうに笑った。
「ギャグに走るからだぜ」
「いえ、自分は至極真面目で……」
「マジメだったの? でも、あの時はいきなり攻撃してごめんね!」
「……随分と前向きになった様で、安心しました」
 本心からザカコは言う。生きる事を決めたファーシーに、それだけは伝えたかったのだ。
「……誰か忘れちょらんか……?」
 彼らの後ろで、シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)が頬を引きつらせながら歩いている。
「あれはわざとでしょう。ウィッカーが怒るのを楽しんでいますね」
 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が言うと、シルヴェスターはやれやれと首を振った。
「それだけ信頼されとるということじゃのう! ファーシーが舎弟になる日も近いってなもんじゃ」
 言いながらも、シルヴェスターはまだ楽観していなかった。洞窟は、魂に影響を与える神秘の場所。翌日に予定されている遺跡巡りも然りだ。最終日の、銅板から機体への魂の移動というのも、まだまだ未知の領域にある。
 何かの影響で昇天しそうで、心配だった。

 アストレアもまた、人の居た痕跡を残していた。こちらは製造所跡地とは違い、殆どの建物の屋根が吹き飛んでいる。荒れようも、あちらの比ではなかった。
 洞窟の入口は2メートル程。アトラスの遺跡の山の麓にあった。中は広く、ごつごつしている。
 暗く見通せない先を、光精の指輪の精霊が照らしていく。鍾乳石なども無い、簡素な洞窟だった。
 ただ、ひたすら――
「さむいっ!」
 真菜華が身を震わせる。
「それにしても、なーんで上司はこんな場所に銅板を封印しちゃったんだにゃー?」
「さあ……それは言い伝えられていませんから分かりませんね。臭いものには蓋、の精神でしょうか」
 不思議そうなソルダに、トレジャーセンスを使いながらヴェルチェが言う。
「奥に行けばわかるわよ! 多分ね♪ ついでにお宝とかないかしら」
「終点に何かがあるのはセオリーだけどな。せっかくだしお宝の1つでも持ち帰れたらいいんだが、ザカコが怒りそうだよなあ……」
「分かっているなら言わないでください。でも、今回は時間もありますし、じっくりと洞窟探索も出来そうですね」
「きゃっ!」
 ヘルとザカコがそんなやりとりをしていた所で、滑り止めの作業靴を履いたルカルカの足が止まった。マグライトを照らした先、洞窟の天井あたりに、精霊でもライトでもない光がびっしりと灯っている。
「蝙蝠ね。ライトを消せば大丈夫……って」
「遅かったな」
 向かってくる蝙蝠の群れを、静麻がトミーガンでスプレーショットを放つ。真菜華も同じことを、『後方』からした。
「えーい!」
 どたどたと弾を連射する。本人は真剣なわけだが――
「あ、あぶないよ! みんなに当たるよ!」
 ファーシーが慌てて止めると、真菜華ははたっと動きを止めた。
「……そっか。前衛職の人は頑張ってくださいねー、マナカのために!」
 不本意ながら、彼女の胸にファーシーがいる以上そうなるわけで。
「ただの蝙蝠じゃないですね。大きさも普通の2倍はあります」
 ここぞとばかりに両手にカタールを装備して一匹ずつ仕留めていくザカコ。その後ろから、ルカが雷術で支援する。ヴェルチェも鎖型の光条兵器でまとめて倒していく。
「キリがないわ! 安全なところまで走るわよ!」
 ルカルカとシルヴェスターが、高周波ブレードで乱撃ソニックブレードを使って蝙蝠を蹴散らす。ガートルードもブライトシャムシールを使ってチェインスマイトで後に続く。地図を頭に叩き込んでいたのが功を奏し、ルカルカを先頭に一行は蝙蝠の群れを抜けた。
「す、すごい! みんな強いのね!」
「まあ、相手が蝙蝠だしな」
 感動するファーシーにヘルが言う。
「どうじゃ! 強くて見た目もナイスボデーなワシの舎弟に成りたいじゃろ!」
 シルヴェスターが胸を張る。だが、ファーシーは即座にこう切り返した。
「そうね! 強くて見た目もナイスボデーな自慢の舎弟ね」
「な、なんじゃと!?」
 まだ言うかとのけぞるシルヴェスター。
「ま、まあワシは器の大きい機晶姫じゃけん、舎弟の憎まれ口も可愛いもんじゃ」
 鷹揚な態度をとってみる。それで、ファーシーが人との会話の楽しさを感じてくれれば何よりである。
「帰ったらコーヒー牛乳を買ってきてね!」
 ファーシーの軽口に皆が笑う。それから一同は、一切の光源を消して洞窟を進んだ。蝙蝠は光に反応する習性がある。
 しばらくすると目も慣れて、お互いの顔も確認できるようになった。
 壁伝いに歩き、さりげなく殺気看破を使いながらルカルカがファーシーに言う。
「貴方も寺院と戦ってたのね。私達もよ。今も戦いは続いてる。今、新しい女王候補が現れた所よ」
「女王候補? ……そっか。女王様も……」
 ファーシーは、少し声を沈ませる。
「前ってどんなだった? 他国とか、前の女王様とか」
「女王様に会ったことはないけど、誰も悪く言う人はいなかったと思う。街の生活も安定していたし、わたしは感謝していたわ。だから、地下で物騒なものを作っていたって知ってちょっとショックだったの。女王様のご命令だったとしても、みんなが隠れてやっていたんだとしても悲しいな……。なによりルヴィさまが関わっていたとしたら……」
「そっか。だから明日、地下に行きたいのね?」
「……うん、そう」
 話題を変えるように、ルカルカは言う。
「星華はいた? 12人揃って何か儀式とかした?」
「星華? なにそれ」
 そんな言葉は初耳だった。12人? 何の話だろう。5000年の間に呼び名が変わって判らないだけなのか。それとも純粋に知らないだけのことなのか。
「今ね、5000年前に女王様の血を使って作られたという剣の花嫁が女王候補として名乗りを上げているの。12人全員が候補ではないけれど」
「12人の、剣の花嫁……? うーん、聞いたことがあるような無いような……」
 考え込むファーシーに、ルカルカは明るく言った。
「もし何か思い出したら教えてね。貴女の体験は、とっても貴重な情報になると思う」
 視界が徐々に明るくなってくる。洞窟に入ってから、もう随分経った。周囲に蝙蝠がいないことを入念にチェックしてから、精霊を出して地図を開いた。
「最奥までもう少しですね……ところで、結婚式を行いたいと聞いたのですが……」
 ザカコが訊くと、ファーシーは嬉しそうな声を出した。
「そうよ! ルヴィさまの銅板と1つになるの。……あれ? そういえばソルダさん、銅板は?」
「ここにありますよ」
 ソルダは鞄から銅板を出した。透明のビニール袋に入っている。ちゃんと見えるように真菜華がファーシーを抓んで前に出す。
「…………ルヴィさまと、結婚……」
「ファーシーさん」
 銅板と目の位置を合わせると、ザカコは真顔で言った。
「結婚は結魂とも書くことがあり文字通り2人の魂が繋がる儀式、つまりファーシーさんがルヴィさんの魂まで背負って生きていくという事です」
 きつい事を言っているという自覚はあったが、何の憂いもなくその日を迎える為にはしっかりと意思を確認しなければいけない。
 彼女ならきっと、乗り越えられると信じて。
「今、ファーシーさんの中にいるルヴィさんは全ての真実を知った上で微笑んでくれていますか? でないと、形だけの結婚になってしまいます」
(な、なんちゅうことを……!)
 シルヴェスターは慌てた。この不安定な空間でそんなことを言って、もしファーシーが揺らいでしまったら。
 魂が消えてしまうかもしれないのに。
「え……?」
 そしてファーシーは動揺した。反射的に、言葉をそのまま反芻する。
(わたしの中のルヴィさま……思い出……心、全ての真実……?)
 意識を閉じる。
 知ったばかりの事実。ルヴィが死んでいること。命日が自身と同じ――鏖殺寺院に襲われた日だったこと。自分が壊れたことが、彼の命の在り処に多大なる影響を与えたこと。
 それが真実。わたしが知っている、真実。
 その流れを脳裏に思い描いた時――
 ルヴィさまは、笑ってくれる?
「……………………」
 ――髪と同じ、色素の薄い赤茶色の瞳が、優しい光を灯す。翳りのない、いつもの笑顔で――
 意識を開くと、もう1枚の銅板も、同じ表情を浮かべているような気がする。
「……うん、笑ってる……笑ってるよ……」
 ファーシーが言うと、ザカコは表情を和らげた。
「もう大丈夫ですね、では行きましょう」
「ここから何があろうと、しっかり気を持つんじゃ。ワシらがついちょる」
「うん……」
 素直にそれだけ、ファーシーは言った。