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リアクション
当日 オープン前1
「あら、奥さんもいらしてたの?」
「ええ、もちろん……。奥様は、今日は何を目当てで?」
デパートの前は、すでに長だの列ができている。
並びながら、お互いの腹のうちを探ろうとしているご婦人達。
すでに目は血走り、臨戦態勢の状態だった。
そんな中。
「はー、今日は休日なのにな。ヨヤ様、俺、休日くらい家で寝てたいんですけど……」
欠伸交じりにそう言ったのは、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)だ。
「何を言ってるんだ。今日はバーゲンだぞ。のん気に寝てなど、いられるか」
真っ直ぐデパートを見据えるヨヤ・エレイソン(よや・えれいそん)。
「一人で行けばいいじゃん」
「ほう。どの口で、そんなことをほざくのだ」
「……」
「ウィルネスト、誰のおかげで我が家の家計は火の車なんだ!?」
「はい、はい、はい。俺のせいですよ。ごめんなさいね」
ウィルネストが口を尖らせる。
「ちょっと、本買っただけだろ」
「20冊の、どこがちょっとだ。とにかく、買わなければならないものを買うぞ! 目的はそれだけだ!」
「それは、いんだけどさぁ〜」
ウィルネストはげんなりした目で、列の前と後ろを見る。
「なぁヨヤ様、すっごい人多いんだけど…」
「バーゲンだから、当たり前だろ」
「これに並んで混ざるの? なぁ? これで本当に買い物できるのかよ」
「当然だ。絶対に特売品は手に入れる。……一応釘は刺しておくが、魔法は使うなよ」
「え? ダメなのか?」
「何を使う気だったんだ!」
「ほら、サンダーブラストで、他の客を痺れさせるとかさ」
「止めんか!」
「あーあ、つまんねぇなぁ。エネメアたんも来てるって噂だけど……、流石にこりゃ見つからねーよなぁ」
すでに並び疲れていたウィルネストだった。
「なによ、これ……」
列に並びながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)がぼやく。
「バーゲンセール。小売店が大規模に商品を定価より価格を下げて売り出す催し物だ」
ルーの隣で、腕を組んでいるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が冷静に答える。
「そんなこと聞いてるんじゃないわよ。なんで、こんなに人がいるのよ」
「結構な規模のセールだからな。人が集まるのは予想してたが……」
列を見渡して、眉をひそめるダリル。
「これは予想外だな」
「そうだよね。混みすぎだよね」
はぁ、とため息をつくルー。
「や、奇遇だね」
げんなりとした二人に声をかけてきたのは、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。
「エースも買い物?」
「ああ。俺はあんまり気乗りしなかったんだけどさ、エオリアがはりきっちゃって」
「エース、たまには服を選ぶというのも新鮮ですよ」
そう笑みを浮かべたのは、エースの隣にいるエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だった。
「俺、服なんて仕立てたの以外は来た事ないんだよな」
「選ぶ楽しみというのもあります」
「選ぶのも大変そうだけどね……」
ルーが長い列を見ながら言う。
「まあ、開店までもう少し時間があります。焦らず待ちましょう」
そう言って、三人をなだめるエオリアだった。
「……腹減った」
列に並びつつ、そう言ったのはカジカ・メニスディア(かじか・めにすでぃあ)だった。
「え? もう? 朝ごはん食べてきたばっかりじゃない」
呆れ顔でため息をつく、水神 樹(みなかみ・いつき)。
「あれだけじゃ、食事とは言わない」
「とにかく、今日はデパ地下でお買い得な食料品を買い漁るわよ」
「鮮度は少し悪くてもいい。とにかく量だ。……腹が減って眠くなってきた」
「ちょっと、普通はお腹がいっぱいになったら眠くなるのよ」
「腹いっぱいになったことなど、ない! ……ん?」
不意に、カジカの尻尾がユラユラと揺れ、次第に激しく上下しだす。
「……どうしたの?」
「カレーだ」
「え?」
カジカが足元に視線を落とす。つられて、樹も視線を下に向ける。
「なー」
そこには、背中にカレーを載せた猫、立川 ミケ(たちかわ・みけ)が歩いていた。
ミケが、樹たちの前で立ち止まる。
「なー」
「わかった。いただこう」
カジカは、背中のカレーを取り、食べ始める。
「ちょ、ちょっと。何勝手に食べてるのよ」
カジカは食べながら、尻尾で列の前方を指す。
そこには、同じようにカレーを食べているご婦人達がいた。
「きっと、店の計らいで配っているのだろう」
そう言うと同時に、カジカは空になった皿を、再びミケの背中に戻す。
「おかわりだ。すぐ持ってきてくれ」
「なー」
ミケが空の皿を背中に載せたまま、器用に歩き出す。
そのミケを見送りながら、ポツリとカジカがつぶやく。
「直接もらいに行ったほうがいいだろうか……」
「だめよ! カジカ、あんたカレーを一人で全部食べる気!」
空の皿を載せたミケが、立川 るる(たちかわ・るる)のところに戻ってくる。
「あ、ミケ。お帰りなさい」
カレーを皿に持っている、るる。
「なー」
「あら、お皿、回収してくれたの? それは後で、私がやるのに」
「なー」
「え? 美味しかったって? そう、良かったわ」
「なー」
「今度は、その鍋の火加減を見ててくれる?」
「なー」
「うん。熱いから、気をつけてね」
「なー、なー」
必死に鳴く、ミケ。
「心配しなくても、ミケの分はちゃんと、取ってあるからね」
「……なー」
ミケは、カジカにおかわりを持っていくのを諦めたようで、るるの隣に設置してある台の上に登る。
そして、器用にオタマで鍋をかき混ぜはじめる。
「それにしても、ここまで大人気になるなんてね。好評を博して商品化されて6Fで販売されちゃったりしてー、キャー」
ルンルン気分のるる。そこに、数人の主婦がやってきて、「私にももらえるかしら」と言ってくる。
「はい。どうぞ」と、カレーを渡していくるる。
「ふー、でも、さすがに人手が足りないわね……」
そこに、一人の少女が恥ずかしそうに、小さい声でるるに話しかけてくる。
「あ、あの……。手伝いましょうか?」
気の弱そうな少女の名は、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)。
「え? いいの? ……あ、あなた、どこかで……」
「ええ。前に灯台の時に、参加した……」
「思い出した。あれは、大変だったよね〜。今日は、買い物に来たのかな?」
「ええ。ちょっと、パジャマとか、夕飯の材料を買っていこうと思って」
アリアは、そういうとるるの隣に立ち、お皿をサッと洗い始める。
「あなたは、お店の方のアルバイト?」
アリアがるるに問いかける。
「うーん。まぁ、ちょっと、違うかな」
テヘっと笑うるる。
「バーゲンっていうと、つい殺気立っちゃうけど、こぉーんなかわいいカレーをもらったら、心も和んで平和になるかなって」
「ボランティアでやってるの? 立派ね」
「そんな大げさなものじゃないけどね。この猫カレーを流行らせたいっていうのもあるし……」
「猫カレー?」
「うん。まずはお皿に白猫を盛付けます。ご飯です。丸まってもらいます」
るるが器用にヘラを使って、ご飯を丸い形に皿に盛り付けていく。
「その上に、カレーに見立てた茶色い猫を被せます」
そう言って、ルーをご飯にかけていく。
「ふあぁぁ。可愛い!」
「えへへ。でしょ?」
「るるさんは買い物、していかないの?」
「手が空いたら、行こうと思ってるよ。狙いはヘアピン!」
「ヘアピン?」
「うん。この前、リンネちゃんにあげたんだけど、リンネちゃんもヘアピンにはまったみたいでさ」
嬉しそうに笑うるる。
「リンネちゃんに頼まれたんだよね。可愛いのあったら、買ってきて欲しいって」
「リンネさんって……、灯台の時に、イーハブさんと一緒にいた……」
「うむ。あれは、良いチチじゃった」
不意に現れたのは、イーハブじいさんだった。
登場のついでにということで、アリアのお尻を触る。
「ふああ〜」
「うむ。嬢ちゃんも、相変わらず良いお尻じゃ!」
「イーハブさんッ!」
アリアはお尻を庇い、振り返ってイーハブを見る。
「ふふっ。甘いな、嬢ちゃん。今度は胸がガラ空きじゃ!」
イーハブが、アリアの胸へと手を伸ばす。
そこに、ぐつぐつと煮えたぎったカレーのルーが、イーハブの顔面を襲った。
「ぎゃー、熱い。しかも目に入ったっ!」
転がるようにのたうち回る、イーハブ。
オタマを持ったるるが、腰に手を当てて、転がるイーハブに言う。
「もう、セクハラは駄目だよ! リンネちゃんも怒ってたよ」
「……ヘアピンのお嬢ちゃんは、見かけによらず行動が手厳しいのう」
ボロボロと涙を流しながら、イーハブが立ち上がる。
「イーハブさんは、バーゲンで女の人が集まるから、それに乗じてセクハラに来たの?」
アリアが顎に人差し指を置き、首をかしげる。
「お嬢ちゃんの方は、言うことが手厳しいのう……。違うわ! これを見よ」
そう言うと、イーハブは腕に付いてる腕章を見せる。
そこには『警備員』と書かれていた。
「警備のアルバイトに来てるんじゃよ。たまには、陸でも行動しようと思っての」
「それじゃあ、こんなところで、油売ってたらダメなんじゃない?」
るるが突っ込む。
「む……。それもそうじゃな。じゃあ、これで失礼するよ」
イーハブが踵を返す……。ように見せかけて、再び振り返った。
「油断大敵じゃ!」
イーハブがるるの胸へ手を伸ばす。
イーハブの手が、るるの胸へ接触する寸前、顔面を激痛が襲った。
「ぎゃー」
転がるイーハブの横には、爪を光らせたミケが立っていた。
その後方では、長蛇の列を眺める三人組がいた。
「どう? これがバーゲンセールというものよ」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が隣にいる、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)に微笑みかける。
イオテスは、驚嘆の声をあげた。
「いったい何処からこんなに大勢の人が集まったのでしょう?」
「もちろん、パラミタ全土からですわ。ね? お母さま」
眼鏡をクイッとあげて、同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)こと、静香が答える。
「バーゲンという言葉は何かの呪いでもかかってるのかしら? これほど大勢の人を虜にするなんて凄いですわ!」
「そうね。ある意味、呪いかもしれないわね。女性はみんな、買い物という魔術にかかっているのよ」
祥子がポンと、イオテスの肩に手を添える。
「イオテスも、買い物好きでしょ? 何か欲しいものがあるかしら?」
「買い物ですか?そうですわね……、お揃いのアクセサリがいいですわ。ブローチとかペンダントとか」
「アクセサリ……ね。わかったわ。人の流れが落ち着いたら、見に行きましょうか?」
「順当に行くなら地下から最上階へでしょうね。怖いのは中年女性の集団ですし、食料品と婦人服のフロアに気をつければまあ、大丈夫でしょう」
列を見て、ややゲンナリとした様子の静香。
「そうね。まあ、今日は買い物を楽しみましょう」
祥子がニコリと微笑む。
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