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空賊よ、さばいばれ

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空賊よ、さばいばれ

リアクション


chapter.1 離陸 


 夕焼けが連れてきた夜の匂いが、辺りに漂い始めている。午後7時、もう既に出航予定時間は過ぎていた。
「おい、どうした、なんで飛ばねえんだ?」
 管制室に入り、団員の操縦士にキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)が尋ねる。
「お頭、それが……」
 操縦士の言葉を聞いたヨサークは、驚愕のあまり彼の言葉を反復した。
「重量オーバー!? おめえ、この船は100人乗っても大丈夫なんだぞ!?」
 ヨサークの言葉通り、確かに今彼らの乗っている船は100人ほどの人間が乗っても飛べるくらいの積載量を誇っている。が、それはあくまで常識の範囲内での人間が100人乗った場合の計算である。
「今回乗船したやつらの数は?」
「リストによると、全部で79人です、お頭」
「なんだ、余裕あるはずじゃねえか。なんで重量オーバーなんかになってんだ?」
「わ、分かりません、おやかたさま……」
「おやかたさま?」
「あ、いえお頭……」
 飛び立たない飛空艇に頭を悩ませるヨサークたち。それもそのはず、原因は管制室で起きているのではない。機関室で起きていたのだ。
【残り 79人】



 1階にある機関室。
 部屋の扉を開けて左右にある壁が、これでもかとばかりに吹き抜けになっていた。否、正確に言うならば、巨大な何かが壁を突き破っているのだ。その何かが、もぞもぞ、と動き出す。ずるり、と機関室に顔が現れたことで、それがどうやら生物だということが分かる。先ほどもぞもぞしていたのはおそらくこの生物の胴体あたりだろう。
「!!」
 人間には理解出来ないような奇声をあげ、機関室にその顔をすっぽりと納めたのは巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)だった。100メートルはあると思われるその身長を気にもかけず乗り込んだだごーんだったが、当然すんなり乗船出来るはずもなく、体を横にし、頭部から船に突っ込むように無理矢理その身を船へ乗せたのである。
 加えてもう1体、規格外のものが乗りこんでいた。船と同じ向きで体を横にして寝そべっているのは、メカ ダゴーン(めか・だごーん)である。だごーんほどではないが、それでも20メートルを超す巨体、もちろん普通に乗船することは不可能だったため、だごーん同様強引に船体を突き破り体をめり込ませたのだった。メカダゴーンは船の後部から突っ込んだため、飛空艇1階の後部は相当派手に破壊されていた。医務室とゴミ置き場の壁面の一部が崩壊し、機関室の入口側も原形をとどめていない。船に対し垂直に体を預けているだごーんと、水平に体を預けているメカダゴーン。外から見れば妙な機械の一部が船の後部からはみ出ており、さらに巨大な怪獣が船に串刺しにされているようにも見えて、ちょっとシュールな光景だ。言うまでもなく、飛空艇が飛ばないのは彼らのせいだった。しかしそんなことを気にした様子もなく、この2体の契約者、いんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)は優雅そうに辺りを眺めていた。
「いあ、いあ。マ・メール・ロアでお茶会をやると聞いてきたザマスが、なんだか空賊っぽい船ザマスね」
「……」
 メカダゴーンが、ゴゴゴ、と顔の向きを変え首を軽く横に振った。
「えっ、おフランスではザマスは使わないのですか。これは失礼しました。マ・メール・ロアという名前がおフランスっぽかったのでてっきり」
 ちょっとした勘違いを訂正するぽに夫。しかし、彼はもっと大きな勘違いをしていた。さっきからマ・メール・ロア、マ・メール・ロア言ってるが、当然ながらここはヨサークの船である。何を聞いてきたのか、彼らはマ・メール・ロアでお茶会が開かれるものと思い込んでいたのだ。船に乗り込むや否や殺気立っている生徒たちを見たぽに夫は、「何事だろう」と不審に思いつつ、変ないざこざに巻き込まれないようにと人気のない機関室でお茶会を開こうとしていたのだ。
「!!!」
 だごーんが声をあげる。どうやらお湯がない、ということらしい。
「なんと、お湯もないとは……仕方ありません、エア紅茶で我慢しましょう」
 そう言うとぽに夫は、エア椅子に座りエアカップを持ちエア午後の一時を楽しみ始めた。だごーんもどこから持ってきたのかブロンドのかつらをかぶり、エアフランス気分を味わっていた。ただまあ、不気味な外見をした怪獣がパツキン美女のかつらをかぶっている様子は相当気持ち悪くはあったが。エア吐き気必須である。
「!」
 と、だごーんが何かに気付いた。その視線の先には、心なしか切なそうなメカダゴーン。そこでだごーんは全てを察した。
 そうか、メカならわざわざエアお茶する必要ないな、と。機関室なら、メカが飲めそうなものがあるじゃないかと。
 言わずもがな、それは液体燃料のことであった。だごーんはきょろきょろとバルブを探す。が、見当たらない。
「!」
 まただごーんが何かに気付いた。そう、この船は液体燃料で動くのではない。機晶エネルギーで動く船だったのだ。がっかりするだごーん。メカダゴーンもゴゴゴ、と悲しそうに音を立てている。と、その時だった。外から、地鳴りと共にどら声が聞こえてきた。
「ちょっと遅れましたじゃーっ!!」
 その騒音に、ぽに夫たちだけでなく乗船していた生徒たちも一斉に振り向く。すると、なんとそこには体長20メートル近くはあるであろう巨大な熊がいた。
「くっ、熊だ!! 熊が襲って来た!!!」
「死んだフリ、死んだフリ!」
 大慌ての船内。が、彼は立派なゆる族巨熊 イオマンテ(きょぐま・いおまんて)だった。
「!」
 イオマンテの姿を見るなりだごーんは興奮し、体を動かし始めた。イオマンテもそれを視認したのか、嬉々として船にしがみつきながら声を上げる。
「ワシが乗るんじゃ! ワシ以外の巨大生物は降りろ!!」
 テンションが上がったイオマンテのせいで、船体が大きく揺れる。
「ふっ、船が……!」
「お頭、あの熊を何とかしないとこのままじゃ……!!」
 混沌とした状況に大慌ての船内。管制室にいた操縦士がその時、声を張り上げた。
「お頭! 今度はなんか不気味な怪獣とメカが!!」
「なんだ!? 世紀末かこらあ!」
 言うまでもなくそれはだごーんとメカダゴーンであった。船から体を出し、発着場に足を置く2体の怪物。左右を挟まれたイオマンテはしかし、怖気づく様子もなく上を見上げ威勢の良い声を出した。
「この世に巨大生物は1体おりゃいいんじゃ! 所詮この世は弱肉強食なんじゃからのお!!」
 甲板部分にしがみついていた手を放し、イオマンテはだごーんたちと取っ組み合いを始めた。文字通り、怪獣大決戦である。
「お頭、もしかしたら今がチャンスかもしれません!」
 その様子を見ていた船員がヨサークに告げる。
「怪獣たちが密集している今なら、砲撃で一網打尽に出来る可能性が!」
「……本来参加者に直接手を下すのは気乗りしねえが、船が飛ばねえんじゃ仕方ねえな」
 ヨサークは船員たちに非情な命令を下した。
「砲撃開始だ! そしてそのまま発射の反動で飛び立て!!」
 同時に、空をつんざくような大砲の音が鳴り響く。3体の怪物が固まっているところ目がけ躊躇なく放たれたそれは、直後大きな爆発を引き起こした。
「!!!」
「はおっ」
 偶然にも、その砲撃は彼らの股間部分を直撃した。予想以上のダメージに揃って股間を押さえる怪物たち。その隙に、ヨサークの船は無事離陸を果たしていた。
「お頭、やりました! 離陸成功です!!」
「よくやったおめえら、今夜は赤飯だ!!」
 ちょっとテンションが上がりすぎて口走っていることが意味不明だが、ともかくヨサークの船は空へと羽ばたいた。股間を押さえぷるぷる震えながら、イオマンテはそれを見て最後の力を振り絞り持っていたぬいぐるみを放り投げた。
「最初に脱落……って、乗ってもいないやんけ……! せめてこれだけは……」
がくり、と地に伏すイオマンテ。そして彼の投げたぬいぐるみは、船に乗っていた彼の契約者変熊 仮面(へんくま・かめん)が見事キャッチしていた。
「イオマンテ……その犠牲、無駄にはしないぞ!」
 変熊は、ぬいぐるみを手にしその身を翻した。バサバサとマントが風になびく。マントの下は全裸なので、風になびいていたのはマントだけではなかったが。
 そして、このぬいぐるみがただのぬいぐるみでないことは、この時点では変熊以外誰も知らなかったのであった。



「お頭、トラブルはあったものの、どうにか出航できましたね」
「ああ、後はちゃんとゴール地点のツァンダ沿岸部まで着けるかどうかだな」
 管制室で、ヨサークと船員が会話をしていた。
「おっと、一応状況を伝えといてやるか」
ヨサークが無線を使い、船内に声を届かせる。
「おめえら、この船は今蜜楽酒家を発った。ここからツァンダ沿岸部に着くまでの間に、自分以外の全員を船から落とせ。じゃねえとメシは手に入らねえぞ! 期間は丸一日。ちなみに参加者数は、さっき3体ほど脱落したから全部で76人だ」
「76人……そんなにいんのか」
「つうかここからツァンダを丸一日って、かなりゆっくり飛ぶんだな」
 ヨサークのアナウンスに様々な反応を見せる生徒たち。そんな生徒たちのリアクションを見透かしたかのように、ヨサークが言葉を付け足した。
「距離的に、飛ばせばもっと早く行けるんだろうが、戦う時間を多めに与えてやろうっつう俺の心遣いだ。ありがたく受け取れ。それか死ね」
「お前どっちみち戦わせるんなら死なす気だろ! 何が死ねだ!」
「そういうのは心遣いって言わねえんだよ! 気配りすんならちゃんと全員分メシ用意しとけ!」
 非難ごうごうの船内。ヨサークはそれらを全て無視し、バスガイドさながら勝手に観光案内を始めた。
「ちなみに、こっからゴールまでどんくらい距離があるかおめえら知ってるか?」
「なんだよいきなり、何クイズだよ」
「知らねえよそんなこと」
 不満気に呟く生徒たちの反応を一通り確認すると、ヨサークは自信満々に言った。
「13キロや」
「13キロ……だと!?」
「いやお頭、もっとありますよ。何言ってるんすか。ていうかなんでいきなり関西弁なんすか」
 無線越しに船員の慌てた声が入る。
「あ? なんだ関西弁って。俺はそんなこと言ってねえぞ」
 もしかしたら、チンパンコの体臭の影響が彼にも若干出たのかもしれない。真相は分からないが、ともかくヨサークは一呼吸置くと、一際大きな声で船内にいる生徒たちに告げた。
「よし、じゃあ今からバトル開始だ! 落とされたくなけりゃ落としまくれ!!」
 もう乗りかかった船だ。観念した生徒たちは、各々目標を定め動き始めた。
【残り 76人】