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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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第七章 女王器を運ぶ者


 『現在空京大学に預けてある女王器「「夢門の鍵杖」と「遊夢酔鏡盤」について、空京美術館への持ち出しと使用を許可する。関係者各位については、移送と運用への協力を期待する。/蒼空学園校長 御神楽環菜』

 その文書のメールとFAXが届いて、夜薙 綾香(やなぎ・あやか)が行った最初の事は、両女王器の資料を空京美術館にメールで送る事だった。
 とりわけ「遊夢酔鏡盤」については「使用時の設置場所と搬入プランは今から決める」「泡と色のない酒を用意しておく」点を強調した。この女王器は外見は「巨大な脚付洗面器」であり、とにかく取り回しが面倒だった。研究の過程でかなりの頑強さが期待されたものの、迂闊に手荒に扱って傷でも付いたら大事になる。
 研究用ガレージに行き、置いてある「遊夢酔鏡盤」をロープで括っていた時、インターホンが鳴った。
〈どうも。特殊配送行ゆるネコパラミタの橘恭司他4名です。女王器の輸送で伺いました〉
「おぉ、いい所に来てくれた。あ、入る前に、そこの書類に名前を書いてくれたまえ。身分証も確認させてもらう、生徒手帳で構わん」
 入ってきたのは橘恭司、如月正悟、渋井誠司、セルマ・アリス(せるま・ありす)ミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)
 彼らをガレージに入れるとすかさず綾香は指示を出した。
「ウィンチのフックをロープの結び目に引っ掛けてくれ。で、持ち上げた後入れる木箱はあそこにある。中には緩衝材が入っているからそのまま入れてくれて構わない、扱いは慎重に。木箱にはキャスターがついているからシャッターの外から直接トラックの荷台に積み込める。さぁ、男衆達、存分に力を発揮してくれ」
 綾香は促すように、ぱんぱん! と手を叩いた。

 恭司らが空京大学入りしてから十数分後、一台のトラックが構内に入ってきた。
「あー、先行組が来ちゃってるね」
 運転しているのはルカルカだ。
「さすがはわれらがゆるネコパラミタだ。持ち出しの準備は万全だろう、あとは積んで運ぶだけだ」
 静麻が少し得意そうに笑う。
「どっちが囮になろうか、閃崎さん?」
「すまない、ちょっと下ろしてくれ。キャンパス周りを回ってくる」
「……さすが警護のエキスパート。やっぱり気づいた?」
「まぁな。後で合流する」
 翔は降りると、一度門から外に出た。
 時間をかけて、だだっ広い敷地の周りを歩く。あちこちに自動車やトラックが路駐しており、門のすぐ近くには荷台に幌をかけて、不自然にダンプカーが停まっていた。
 「殺気看破」がビリビリと反応する。「超感覚」を使ってもいないのに、全身の体毛が逆立ってきた。
(女王器持ち出しの情報がダダ漏れ――仕方ないと言えば仕方ないか)
 これは、外に出るだけで相当骨だ――いや、まず不可能と言っていい。
 女王器を積んだトラックが門を抜けようとしたら、ダンプカーを突っ込ませて力業で足止め。あとは女王器をかっぱらい、別なトラックに積み替えて離脱。
 先行しているゆるネコパラミタの人員も相当な猛者揃い、とは閃崎から聞いていた。ただの賊なら百人程度束になって来たところで撃退できる自信があるが、現状は時間を取られたりアシを奪われる事の方が痛い。
 こちらから仕掛けて騒ぎを起こし、警察を呼んで追っ払うか? いや、短時間で大学を囲める程の組織力を持った相手なら、警察が駆けつけるルートも逆算して「事故」を起こし、通行止めにするくらいの事はするだろう。
(さて、どうする?)

「これが女王器……」
 セルマは声を震わせ、固唾を飲んだ。
「何、そんなに大したものではない。ちょっとクセのあるだけの魔法の道具だ」
 軽い綾香の口調も、彼の耳には入らない。
 例えそれが、古新聞を荷造りするみたいに十字にロープをひっかけられ、ウィンチで担ぎ上げられて木箱の中に収められるといういまいち神々しさからかけ離れた扱いをされたとしても、「女王器」への畏怖の念は消えることがない。
「これを……今から俺は守るのか……あグっ」
 口の中に何かがねじ込まれた。
「はいはい、そんなに緊張しないの」
 そう言うのはパートナーのミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)だ。ねじ込んだのは指輪型キャンディー、味はオレンジ。
「一人でやるんじゃないし、何よりワタシが一緒に居るから大丈夫だよ!」
「む……むぐッ!」
「そーかそーか。オレンジは嫌いなんだね。んじゃグレープをスタンバイして……」
「……(ガリ、ガキュ、ごくん)」
 あまり行儀の良くない音を聞いて、ミリィは顔をしかめた。
「キャンディー噛んじゃダメじゃないの、もったいないなぁ」
「……いきなり口の中にねじ込むからだろうが。何かと思ったぞ」
「ガチガチになってるんだもん。見てるだけで肩凝りそう、もっと肩の力抜きなって」
「だからってねじ込むのはない」
 はぁ、とセルマは息を吐いた。
(でも、まぁ――)
 ちょっと両肩を上下させた。深呼吸。少し気持ちは落ち着いた気がする。
(まぁ――今まで外見可愛いくせに憎たらしいとか思ってたけど、初めて素直に感謝できそうだな)
 が、感謝はとりあえず心の中だけで思うだけにしておいた。
「ひとりでやるんじゃない、というのは確かに俺も同意だ。が、楽観はできないぞ」
 誠治が言った。如月正悟と一緒に、「遊夢酔鏡盤」が収められた大きな木箱の蓋を担いでいる。
「予想としては、門をくぐった途端、ダンプで突っ込まれて多分トラックは大破。その後賊が突入してきても撃退はできるだろうが……」
「アシ奪われるのと時間取られるのがキツいな。道中にも色々待ち伏せがある、と考えるべきだろう。参ったな」
 恭司が蓋にクギを打ちながら苦笑する。
 ガレージの隅で誰かと電話をしていたルカルカは、通話を終えると「ふぅ」、と溜息をついた。
「えーと、ゆるネコパラミタさんの人、って?」
 恭司を初め、正悟や静麻、セルマが一斉に手を挙げて答えた。
 すると、ルカルカは彼らに向かって両手を合わせ、「ごめん」と頭を下げた。
「悪いけどさ……今回はちょっとイモ引いて」
「何か策があるのか?」
 恭司の問いにルカルカは答え――
 特殊配送行ゆるネコパラミタの面々は、難しい顔をしながらも納得した。

 「(株)特殊配送行ゆるネコパラミタ」のロゴ入り大型トラックが門からフロントを覗かせた瞬間、横に止まっていたダンプカーが急発進し、突っ込んできた。
 運転席にいた正悟はすかさず脱出、直後、ダンプカーはトラックの前部に激突、ひしゃげさせて門柱に押しつけた。
 幌が跳ね上がり、剣呑な雰囲気の男達が荷台から次々に飛び降りる。手には思い思いに得物を持ち、その数は十数人。同時にその周りを固めるようにあちこちから自動車が走り寄ってきて、門の前を完全に塞いだ。
 男達の前に、橘恭司が姿を現す。その隣に如月正悟と、渋井誠治が並んだ。
「一応確認する。手加減する必要は?」
 誠治の問いに、恭司は「無用」と一度答え、
「……と言いたい所だが、なるべく傷つけないで無力化したい。人の仕事にケチをつけたヤツらが誰か、聞き出さないといけないからな」
 そう言葉を続けた。
「警察に引き渡す、って発想は?」
 正悟の問いにも「ない」と一度答え、
「……と言いたい所だが、悪事を通報するのは市民の義務だ。もっとも――」
 ソードブレーカーを両手に構えた。
「捜査協力の一環として、逃げる犯人がどっちに逃げたとか、そういう情報は欲しいだろう。俺達は善良な市民だから、警察の為にできる限り情報は集めないとな」
「どこまで集めるつもりだい?」
 重ねて問いながら、正悟も栄光の刀を抜く。ただし、「峰打ち」の持ち方で構えた。
「そうだな……賊の本拠地とか元締めとか、そこまでつきとめたら、きっと警察の人も喜ぶだろうな」
「了解した。なるべく手加減はしよう」
 答えながら、誠治も得物の星輝銃を抜く。安全装置を解除。
 居並ぶ剣呑な男達が一斉に襲いかかる。
 対する三人は顔を見合わせ、直後、
(「則天去私」!)
(「則天去私」!)
(「スプレーショット!」)
 全体攻撃のスキルが発動し、群れる賊達は次々に打ち倒されていった。

 門前で戦闘が始まった頃、一機の双発ヘリコプターが空京大学のグラウンドに着陸した。着陸地点で待ち受けていたルカルカ、綾香、静麻、セルマ、ミリィ、翔は「遊夢酔鏡盤」の入った木箱に何重にもロープをくくりつけ、ヘリコプターから出ているワイヤーの先にあるフックに引っかけると、自分達も乗り込んだ。もうひとつの女王器「夢門の鍵杖」は、ケースに入れて綾香が抱えていた。
 このヘリコプターは、さきほどルカルカが「根回し」したものだ。使えるコネを駆使して、タクシー代わりに確保することに成功した。陸路の安全性は問題外となった以上、他のルート、「空路」を使うのが手っ取り早い、と判断したのだ。
 居残り組と美術館行き組を分けたのは、全体攻撃スキルを持っているか否かである。万が一、防衛ラインを抜けられて校内に賊が侵入したらまた面倒なことになる。できるだけ水際で侵攻は止めておきたかった。ルカルカや綾香は「ブリザード」を持っていたが、ヘリコプターの調達をした本人がいないのは問題外だし、綾香は「女王器の研究に携わっていたのは自分、私は現場に行かなくてはならん」と主張した。
「うわぁ……やってますねぇ」
 上空から空京大学正門前で繰り広げられている戦いを見下ろしながら、セルマは声をもらした。
 戦いは既に迎撃戦から追撃戦に移行していた。追いかける側は恭司、正悟、誠治らの側だ。逃げ出そうとする自動車は誠治が次々にエンジンを撃ち抜き、足止めしている。ひとりも洩らすつもりはないようだった。
「ごめんね、こんな形で囮にしちゃって」
 ルカルカは、彼らに向かってまた手を合わせ、拝み倒すように頭を下げた。
「その代わり、ちゃんと女王器は美術館に届けるから」

 「女王器、空路にて美術館に輸送」
 ルカルカら「女王器運搬&護衛組」からそんな連絡を受けると、手空きの者達は臨時のヘリポートを作るべくガラガラになった駐車場に飛び出した。
 もっとも、美術館にはペンキや発着灯など備品として揃えているはずもなかったので、最初に近隣のホームセンターやDIYショップに駆け込んで必要なモノを買いそろえなくてはならなかった。
 また、翔からは「新たな入館者の身元確認はしっかりと」という指示も出された。

 ――居残り組となった三人はこの後、つかまえた賊から聞き出した情報を手繰り、その本拠地になだれ込んだ。
 それらの動きは、空京と地球側とにまたがった美術品窃盗・密売グループの摘発と壊滅のきっかけとなり、後日警察当局から「操作への協力へ感謝する」という表彰と、「やりすぎだ、自重しろ市民」という注意を受けることになるのだが、それはまた別の話だ。