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新年の挨拶はメリークリスマス

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新年の挨拶はメリークリスマス
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第5章


 ゲドー・ジャドウは商店街のブティックを回って、ファッションショーを楽しんでいた。何しろ、普段はうっとうしい店員がいて、落ち着いて買い物もできないからだ。もちろん、ジェンドとタンポポも一緒だ。
「どうよ!? ブランド物も着たい放題だぜぇ?」
 高そうなタキシードに身を包んだゲドーはビシっと決めて見せる。
「まあ、普段は買うどころか触ることすら許されませんからねぇ、ゲドーさんは♪」
 とはジェンド。
「おお、ゲドーのくせにデロデローンと決まってるですぅ〜♪」
 とはタンポポ。いずれ散々である。

「放っとけよ! あとその擬音おかしい! 明らかに決まってる音じゃねぇ!!」
 と、ゲドーが目をやると、向こうから何かが飛んでくるのが見えた。

「何だ?」
 それは、焔のフラワシだった。店内を飛びまわったかと思うと、突然四方八方に炎を吹き出す。
「あちゃちゃちゃ!!!」
 お尻に火のついたゲドーはそのまま店外へと飛び出した。
 そしてゲドーたちとは別に、別な窓から飛び出した影がある。カメリア一味の一人、カガミだ。

「まったく、無茶するものですね」
 燃え盛るブティックから飛び出したカガミが呟くと、そこに空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)がやって来た。視覚に頼らずにフラワシを使い、カガミを炙り出したのだ。
「いえいえ、無茶というなら手前よりもあなたがたの方がよっぽど無茶でしょう。手前はみなさんの夢にはさほど興味がないのものでして」
 じり、と相手との距離を測る狐樹廊。それに伴い、こちらも距離をあけるカガミ。
「ほう……すると……?」
「その手にしたバキュー夢とやら、面白そうですねえ。どうですか、それでひとつあなたがたの夢でも見せて差し上げては。みんな喜ぶと思いますよ?」
 ぐ、と手にしたバキュー夢を持つ手に力を込めるカガミ。逃げるか、戦うか。ふたつにひとつの判断に困っているかと思えば――

「……なぁんて、ね」
「!?」
 突然、どろんと目の前のカガミの姿が消えた。一瞬舞い上がった雪煙の中から現れたのは、クロス・クロノスだ。

「……何と」
 狐樹廊は目を丸くした。普段から落ち着いた様子の狐樹廊が驚きの表情を見せるのは珍しいことだ。
 クロスはクロセル率いるデバガメ小隊の一員として、カガミに変装して追っ手を誘い込む作戦を実行中だったのだ。
「むむ、これはこれは……狐がまんまと騙されたということですかな?」
 キレイに騙された狐樹廊は、戦意を喪失してクロスをまじまじと見つめた。

「そういうことですね。私はあなたが探している人物ではありませんので……何を見てるんですか?」
 クロスは自分の姿を見直してみると、カガミに変装するために着込んだドレスがひらひらと舞う。長く艶やかな黒髪と涼やかな銀色の瞳、透き通るような白い肌は黒いドレスのコントラストでさらに際立っている。
 そういえば変装用ということで見つけたドレスだけど、あまり普段は着ないタイプだ。ちょっと露出度が高かったかな、などと思っていると狐樹廊がほぉ、とため息をついた。

「……美しい」

「え?」
 クロスは狐樹廊の方を見た、ふと狐の尻尾を消し忘れていたのを思い出す。夢の中で自由にできるからと生やした尻尾が、お尻からぴょこんと揺れていた。
 良く見ると狐樹廊も狐の姿だ。よく獣人に間違えられるが、実際は地祇である。
 だがこの際そこはどうでもいい。
 嫌な予感がしたクロスは、先ほどとはまた違った緊張感を持って距離を取った。

「――何と美しい。どうですか、もう追いかけっこなどどうでもいいのでこの夢の中で手前と楽しみませんか」
 はい、嫌な予感的中。

「え、いやその困ります」
 じりじりと後ずさるクロスだが、狐樹廊は引き下がらない。
「まあそう言わず。どうせ夢の中です、まずはそこらでお茶でもご一緒に――」

「こ、困ります! 本当に困りますからー!! 私には大切な人がー!!!」
 あまりに慌てたのか、尻尾を消すことも忘れて逃げ出すクロスと、その後を追いかける狐樹廊。それぞれのお尻で狐の尻尾がぴょこぴょこと揺れた。
 カメリア達の騒動とはまた別に、追いかけっこを続ける二人だった。


                              ☆

 一方、こちらは本物のカガミ。
「しつこいですねぇ……特に教えるようなことはないって言ってるじゃないですか」
 ふわりと浮かんだカガミの飛行スピードはカメリアほどは速くない。矢野 佑一(やの・ゆういち)は屋根伝いにカガミを追いかけていた。
 さきほどクロスが着ていたように、今のカガミはすらりとした女性のドレス姿だ。とはいえ、捕らえるためではない。
 最初からカガミは夢に招待された面々のクリスマスプレゼントを取り出して、『安物ですね、セール品?』とか『手作りですか? 作りが粗いですねえ』などと散々コケにしていたわけだが、佑一はその鑑識眼に目をつけ、間近でその鑑定を見ようと追いかけていたのだ。
「いいじゃないですか、見せてくれたって。ほら、いなり寿司あげますから」
「え?」
 佑一がいなり寿司を取り出すと、カガミの尻尾がぴょこんと立ち、ついでに狐耳もぴょこんと生えた。
「そういうことでしたら、し、しかたないですね……」
 周囲に追跡者がいないことを確認し、ビルの陰に入り込んだカガミと佑一。そこに、佑一のパートナーミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が追いついてきた。
「はぁ、はぁ。佑一さん、走るの早いよ」
「あ、ごめんミシェル。大丈夫かい?」
「うん……でも、カガミさんを止めないの?」
「ああ、思い出が放映されていること? 別にいいんじゃないですか、飽きたらやめそうだし」
「う、うん……そうかもしれないけど……」
 ひょい、と佑一の袖をつまんで視線を促すミシェル。指差す方向を見ると、TV画面には今まさに佑一とミシェルの思い出が放映されているところだった。
「ボク、恥ずかしいよ……」


『――待った?』
 大きなクシスマスツリーが飾られた広場、そこで佑一はミシェルを待っていた。クリスマス当日はそれぞれに用事があった為、用事を済ましてから外で待ち合わせをしたのだ。待ち合わせの時間にちょっと遅れてミシェルが走って来る。
『いや、大丈夫ですよ』
『ごめんね、用事が長引いちゃって……あ、そうだ。はい、これ。メリークリスマス♪』
 ミシェルは取り出した小さな包みを佑一に差し出した。
『ありがとう、開けてもいいかな?』
『もちろん!』
 包みを開けると、それは黒革のキーケースだった。ボタンは銀製でかなり凝った作りをしているのが分かる。革の手触りもいい、上等な品だった。
 だが、嬉しいのはそこではない。佑一が今使っているキーケースは古いものであちこちが壊れかけていた。そろそろ新しいのに替えないとなあ、と思っていたものの特に何もせずにいたのだ。それを口に出して言ったわけではないのに、ミシェルはちゃんと見ていてくれたことが、何だかとても嬉しかった。
『――ありがとう、さっそく使わせてもらいます……ミシェル、手が赤い』
『え? あ、ほんとだ。でも寒くないよ』
 と佑一が嬉しそうにしてくれたことがミシェルには嬉しかったのだろう。えへへ、と赤くなった手をこすりあわせて笑う。
 佑一は目を細めた。ここのところ忙しかったのでプレゼントを時別用意する暇もなかった筈だ。だからクリスマスである今日、ミシェルはわざわざ街外れの雑貨屋までこれを買いに行っていたに違いない。
 何よりも、その心が嬉しい。

『ミシェル、手を出して』
『え?』
 言われるままに寒さで赤くなった手を出したミシェル。そこに、白くてふわふわしたものが被せられた。
『――これは僕から。メリークリスマス、ミシェル』
 それは、ふわふわの白いミトンだった。純白のミトンはふわふわと軽く、可愛い。材質が上質なのだろう、見た目にも野暮ったくなく、しかもきちんと暖かい。
『わぁ……ありがとう……!!』
 強がったものの、やはり寒さでかじかんだ手には嬉しい暖かさだ。それに、このミトンは結構長いので手首まですっぽりと覆い隠してしまう。
『あ……』
 ミシェルはふと自分の右手首を見た。そこには有刺鉄線の刺青がある。佑一とのパートナー契約のきっかけにもなったもので特に恥ずべきものではないが、外見的には女の子にも見えるミシェルと刺青のコントラストはやはり印象が強く、外では好奇の目で見られることも多かった。
『……ありがとう』
 長い手袋で刺青を隠して、ミシェルはもう一度呟いた。佑一もひょい、とかがんでミシェルの顔を正面から見た。身長差のある二人は、こうしないとバランスが取れないのだ。
『こちらこそ、素敵なプレゼントをありがとう』
 さっそくキーケースに鍵を取り付けて、佑一はそれをぷらぷらとかざした。二人の間に自然と笑みがこぼれる。
 ミシェルがふと見ると、佑一の耳が真っ赤になっている。
『……佑一さん、何分前から待ってたの……?』
 ミシェルが遅れたのは10分程度だが、佑一は待ち合わせの20分前に来ていたので、都合30分待ったことになる。それを白状せずにごまかす佑一の両耳に、ミシェルは白いミトンをふわっと当てた。

『イヤーマッフル♪ どう、あったかい? ……佑一さんがくれた、あったかさだよ』
『うん……暖かいね。ありがとう、ミシェル』


 という一連の流れがTVで放映されているわけだが、当のミシェルはもう耳まで真っ赤である。
「あー、よくできてますねぇ。ところでカガミさんの鑑定ってどうやってるんですか?」

「えーっ!? そこスルー!?」
 ミシェルは思わず驚きの声を上げるが、佑一はおかまいなし。
「恥ずかしいと思うから恥ずかしいんですよ。悪いことしてるわけじゃないですから、堂々としてればいいんです」
「うぅ……正論だけど……やっぱり恥ずかしいと思うけどなぁ……」

 いまひとつ納得しきれていないミシェルを放置し、カガミに詰め寄る佑一だが、いなり寿司を頬張るカガミもさほど乗り気ではない。
「うーん、教えてもいいですけど……怒りませんか?」
「……怒りません」
「……実はアレ、インチキなんです」

「インチキ!?」
 同時に声を上げる佑一とミシェル。

「はい、取り出したプレゼントに込められた思い出と記憶をバキュー夢で調べるんです。そうすると、手作り品なのか、既製品なのか、いくらで買ったのか、まあ色々分かるわけです。私には鑑識眼なんかありませんがウソは言いませんから、ちゃんと調べてますよ」

「でも……安物とか言ってたじゃないですか。でもそんなに悪い品物には見えないのも多かったですよ」
「安物ですよ……高級ブランド品に比べればねぇ」

「……セール品とか……」
「クリスマスの時期に『クリスマスセール』を行なわないアクセサリー店や宝飾店はないと思いますけど?」

「……作りが粗いって……」
「そりゃあ手作りですからねえ、既製品に比べれば粗いですよね。向こうはプロの職人ですから」

「……そういうことですか」
「まあ、そういうことです。私達はカメリア様のためにみなさんを怒らせたいだけでして。プレゼントは皆さんの想いが込められた素敵なものですし、料理だっておいしいに決まってますよねえ」

「あっちのデブは30点とか言ってたじゃない?」
 ミシェルが口を挟むと、カガミはこともなげに答えた。
「でも、彼は一言もマズいとは言ってない筈ですよ。彼は採点規準が特殊でして……何しろ31点満点だそうですから」

 ほぼ満点じゃないか!

 なんだかおかしくなって、佑一とミシェルは笑い出してしまった。それを見たカガミもまたクスリと笑ったが、すぐにその表情が曇る。
「みんながみんな、あなた方のようならいいんですが……」
「どういうことです?」
「……これを見て下さい」
 カガミはバキュー夢の袋の中から二つの品物を取り出した。

 それは懐中時計とネックレス。どちらもアンティーックっぽい上品なデザインで、一目で悪い品でないことが分かる。
「……これが?」
 佑一が尋ねると、カガミは答えた。
「……転売されていたんです。プレゼントとして贈られたものなのに、その日のうちに横流しされて……」
「ひどい!!」
 ミシェルは思わず口を両手で覆った。贈られた品物を転売するなんて、もし自分がそんなことをされたらどう思うだろうか、想像もつかない。
「……誰が、どうしてそんなことを?」
 首を横に振るカガミ。
「分かりません、これからバキュームで調べようと思うのですが……」

 その時、上から声がした。

「その必要はねえよwww」

 いつの間にかビルの壁に張り付いていたのはクロ・ト・シロ(くろと・しろ)だ。ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)のパートナーだが、今ここにラムズの姿はない。
「探したぜミラーフォックスwwまあいいからそのブツと袋をそこに置きなwww」
 猫の獣人であるクロはビル壁に爪を引っ掛け、レビテートの効果もあって逆さの状態でカガミを睨みつける。数体のフラワシを引き連れたその姿は、不吉そのものだ。
 クロを睨み返しながら、品物を見せつけるカガミ。
「そうですか、この懐中時計はあなたのものですね。どうしてこんなひどいことを?」
 だが、クロにはまとも取り合う気はない。
「うっせwwこっちにゃこっちの事情ってものがだなwwてめえにとやかく言われる筋合いはねえよwww」
 佑一がミシェルを庇うように前に出る。後ろから、ミシェルが叫んだ。
「どんな事情か知らないけど、貰ったプレゼントを転売するなんてひどすぎるよ!! そのプレゼントをくれた人の気持ちを考えたことないの!?」

 その瞬間、大きくクロの目が見開かれた。そのままミシェルを睨みつける目に込められたものは軽い口調に反しての、本気の殺意。

「気楽でいいねえお嬢ちゃんww」
「そうそう、事情も知らない部外者は黙ってて。教える気もないしその必要もない、いいからお嬢ちゃんは帰ってそこの兄ちゃんとイチャイチャしてな!」
 台詞と共に現れたラヴィニア・ウェイトリー(らびにあ・うぇいとりー)。彼女もまたラムズのパートナーである。各種ショットガンやライフルなどを装備した彼女がそのうちのひとつを構えた。魔法使いのマントが風ではためく。
「何だよお嬢ちゃんって、僕は男だよー!」
 文句を言うミシェルだが、クロとラヴィニアの二人はそれどころではない。
「wwどうでもいいしww」
「あっそ!!」
 クロは焔のフラワシをけしかけ、ラヴィニアはショットガンをぶっ放した。ビルの野地裏が炎と火花で一瞬だけ赤く光った。

「危ない!」
 咄嗟にミシェルを抱きかかえて飛んだ佑一、カガミは上に高く飛びあがって逃げたようだ。
「逃がすかよwww」
 素早い動きでクロはカガミの後を追って姿を消す。
 ラヴィニアは、佑一に抱えられたミシェルを見て『ふん』と一言だけ漏らすと、すぐにカガミを追い始めるのだった。

 レビテートで空中のカガミを追いながら、ビルの壁を蹴ってどんどん高く登っていくクロ。骨の短剣から繰り出される攻撃は、カガミというよりはその手に持つバキュー夢に集中している。
「……これを壊したいんですか? そんなに知られたくないのに、どうしてあんなことをしたんです?」
 まだ余裕があるのか、からかうような口調のカガミ。対して、口では軽口を叩いても執拗にバキュー夢を狙うクロ。その攻撃は徐々にスピードアップする。
「ほっとけwww」
「うるさいよ!!」
 屋根から屋根を伝って走るラヴィニアは、下から弾幕援護でクロを援護する。
 と、そこに。

「はぁ、はぁ……待って下さいよ、二人とも。」
 息を切って走るラムズが現れた。商店街を走り、下からラヴィニアとクロを見上げる。懸命に走ってはいるものの、普段の運動不足がたたってまるで追いつけていない。

「やばww」
「げ!!」

 同時に驚きの声を上げる二人。その隙を突いてカガミはバキュー夢を操作した。

「見られたくないのは……これですか?」


 それはクリスマスの出来事。
 ラムズはパートナーである二人に、普段から迷惑をかけている筈だから、とプレゼントを用意した。
 体に密着する腕時計を嫌うクロには懐中時計。アンティークの雰囲気が渋い。
 小柄なラヴィニアには華奢なデザインのネックレス。大きくはないが美しい宝石がついた、良い品だ。
 二人ともプレゼントを喜び、その日は楽しいクリスマスパーティを過ごした。

 ――筈だった。

 だがラムズは見てしまった。そのクリスマスの夜、用事があるからと外出した二人とは別に、出かけた街先でそのプレゼントを下取りに出して売り払っている二人の姿を。


「――え。なんですか、これ……本当……なんです、か」

 ラムズはTV画面に見入った。覚えがない、こんなものを見たら相当なショックを受けるはずなのに。そう、今の自分のように。

 ――ラムズは後天的解離性健忘だ。一晩ごとに自らの生活史をほぼ全て忘れてしまうやっかいな病気で、まだ治療の目処は立っていない。
 ラヴィニアは精神的に強いショックを与えればあるいは治るのでないかと思い、今回のクリスマスプレゼント転売を思いついたのだ。クロと相談し、わざとラムズにその現場を見せつけて大きなショックを与える。それによりショック療法ができないかと。

 朝が来るたびに自分たちの事を忘れるラムズに何度、初めましてと挨拶をしただろう?

 共に過ごした時間も事件も感情も、彼の人格には残されていない。辛うじて彼の手帳に書き留められていても、それはしょせん情報に過ぎないではないか。幸せも、不幸せも、全てが指の間から抜け落ちる砂のように消えていく。

 ――せめて、その一粒くらいは。例え、それが不幸な出来事であったとしても。

 だが、所詮は素人の思いつき。病気自体の治療にはまったく役に立たず、翌朝にはラムズはまた全てを忘れていた。
 ショックの問題ではないのか、程度が足りないのか。だが、とにかく無駄骨であったことは分かった。
 ならば、今ここでその事件を追体験させ、あらためてラムズを傷つける必要はない。だから、二人はカガミのバキュー夢と証拠の品物を早く破壊したかったのだ。
 でも遅かった。結局、事件のことは再びラムズの知るところとなり、彼は画面を見つめながら呆然としている。

「誰に言い訳するつもりもねえけどなwwできればさっさと済ませたかったぜwww」
 いよいよスピードを上げてきたクロの攻撃を捌ききれなくなって来たカガミ。一気にビルの壁側に寄って大きく攻撃を避ける。

 と、そこに。
「だっしゃあああぁぁぁ!!!」
 ウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)がなんとビルの壁を垂直に駆け上がってきた。夢の中とはいえ、無茶をする。
「wwスキありwww」
 ウルフィオナに気を取られたカガミの隙を突いて、クロはカガミのバキュー夢に切りつける。
「しまった!!!」
 手元を短剣で切られたカガミはバキュー夢を取り落としてしまう。カガミには目もくれずに落下しようとしているバキュー夢を追うクロ。
 それをさらに追おうとするカガミだが、ウルフィオナがそれを許さなかった。
「あんたの相手はあたしだよ!!!」
 ビルの壁を蹴ってカガミに両手に持った象牙のククリで襲いかかる。

 そして、それぞれの注意が逸れたこのチャンスをラヴィニアは見逃さなかった。
 どうせ夢の中だと思って試したら上手くいった。
 ゴム弾のショットガン、アーミーショットガン、そして巨獣狩りライフル。持てる限りの銃を空中に並べて固定し、全ての動きを同調させる。
「――くたばれ」
 落下してくるバキュー夢。その袋からちらりと、ラムズが彼女に贈ったネックレスが見えた。ラムズはというと、まだ画面を見つめて呆然自失の状態だ。
 ほんの一瞬だけ、ラヴィニアの瞳に後悔の念が走る。結局、また彼を傷つけただけだった。


 ――ごめんね。


 心の中でだけ呟いて、ラヴィニアは引き金を引いた。それはバキュー夢もプレゼントもクロもカガミも全て巻き込むスプレーショットだった。
「ちょwwおまwww」
 自分も攻撃範囲に含まれていることに気付いたクロだが、勢いがついた体は止まらない。ウルフィオナはそれに気付いて、カガミを真下に蹴り飛ばして、その反動で高く飛び上がる。

「わあああぁぁぁ!!!」
 ラヴィニアのスプレーショットはバキュー夢とプレゼントを粉々に破壊し、クロとカガミを黒コゲにした。ぼろ雑巾のように地面に落ちるクロ。
 同じく黒コゲになりながらも、ふらふらと空中を漂うカガミに向かって、上空からウルフィオナが降ってきた。
「ほい、これで終りだ!!!」
 空中で器用に回転して、回し蹴りを放つウルフィオナ。
「ぎゃっ!!!」
 蹴り飛ばされたカガミは、クリスマスの夜空を一直線に飛んでいった。


                              ☆


 ウルフィオナの回し蹴りで夜空を飛ばされるカガミが、水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)の乗せて空を飛ぶチャリオットをかすめて行った。
「なに、アレ?」
 緋雨が呟くと、チャリオットを駆る麻羅が答えた。
「どうやらヤツらの一味の狐じゃな。どうする、追うか?」
「……ううん、私はカメリアさんにバキュー夢の構造とか、彼女の正体とか聞きたいだけだから」
「左様か」
 それを聞いた麻羅は、カメリアを探してチャリオットを操った。青い左目でキョロキョロと目標を探す。右目には眼帯をしているが、これは彼女が鍛治を行なう時意外は利き目を休ませるクセがあるからだ。もしその作業を覗くがあるならば、美しい炎の色をした右目を見る事ができるだろう。
「そもそも、私はカメリアさんを止めようとか思ってないし。ただバキュー夢の構造とか仕組みは気になるわ。一技術者として」
「……ふむ、好きにするがよい。わしはカメリアとやらに会う事を願って飛ぶだけじゃ。話は緋雨に任せる。――しかし、夢の中じゃからチャリオットも飛べるかと試してみたが、これは中々楽しいものじゃのぅ!」
 と、楽しそうに笑顔を見せる麻羅だった。


                              ☆


「待ちやがれ、こんにゃろーっ!!」
 どうにかコンクリート・モモの削岩機の魔の手から逃れたフトリだったが、今度は黄 健勇に追われていた。キンシコウというサルの獣人である健勇の動きは素早い。両手に構えた水鉄砲から勢い良く吹き出すのは薬用石鹸の水溶液だ。
「どうして石鹸液をかけるデブー!?」
「おまえが汚い食べ方すっからだ!! 食べ物を粗末にするなって母ちゃんにしかられたことねーのか!?」
 健勇は蓮見 朱里とアイン・ブラウの養子であり、まだまだやんちゃ盛りの10歳児である。やんちゃすぎてアインに怒られることもしばしばだ。
「ちゃんと手を洗え! あと料理が美味いマズいのわがまま言ってんじゃねえぞ!! それに、誰かが誰かのために心を込めて作った料理がマズいわけねぇだろ!!」
 朱里の養子になる前は大荒原にいたこともある。過酷な住環境で何日も食べ物がないこともザラだった。
 それだけに、食べ物を素手で喰い散らかし、それに点数をつけるなどという行為が許せなかったのだろう。
「ま、マズいとは言ってないデブ! 満点ではないだけの――」

「んなこと知ったことか!!!」

 まあ、10歳児に通じる理論ではない。
 逃げるフトリ、追う健勇。そこにもう一団がやって来た。レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)とパートナーのリリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)である。
「お待ちなさい、そこの太ったお方!!」
 薙刀で健勇と共にフトリを追い回す。その攻撃はダメージを与えるというよりは、フトリの逃げる方向を誘導したいようだ。それに気付かずに追い回されるフトリ。
 そこに。

「どいてくださいフトリさあぁぁぁん!!!」

 ウルフィオナに蹴飛ばされたカガミが飛んできた。ちなみに、ウルフィオナはレイナのパートナーでもある。
「デブぅっ!?」

 見事にフトリのどてっ腹にめり込むカガミ、その上にウルフィオナがビル壁を全力で蹴って飛んできたのだからさすがのフトリもたまらない。
「はい、オッケーですウルさん。お疲れ様でした」
 素早く凍てつく氷でカガミを焦がし、フトリを凍らせて退路を断つレイナ。小さな子供ならともかく、とりあえず見た目は大人の体裁を取っているフトリとカガミに容赦する気はまるでない。
 斬られて蹴られて飛ばされて焼かれて凍らされて、と散々なカガミとフトリは更にリリの手でロープを巻かれて拘束された。

「ううう……いくらなんでもひどいデブ」
「うるさいですよ。あんなちっちゃな子はともかく、いい大人のあなた方が一緒になって何ですか」
 育ちの良いレイナは、礼儀正しく丁寧な言葉使いで二人に説教している。ついでに礼儀正しく丁寧な言葉使いで折檻もしているわけだが。

 礼儀正しくバニッシュ。
 丁寧に凍てつく炎。
 微笑みながらウルフィオナをけしかける。

 以上が本日のメニューでございます。

 と、いったところに飛んできたのがカメリアである。
「ええーい、待て待てーぃ!」
「あ」
 一様に声を上げる一同。状況を察知したカメリアは縛られた二人の前に立って両手を広げた。
「もう勝負はついておろうに! 縛った者を折檻などしてはいかん! それにこの二人は儂の命令に従っておっただけじゃ!」
 つい、とレイナは一歩、カメリアの前に出た。

「……仲間を庇おうという心がけは殊勝です。ですが、他人の心を傷つけていいという法はありません」
 あまりに真正面からの正論に、カメリアは言葉に詰まる。
「む……良くないのは分かっておる……じゃが……」
 口の中でもごもごとするカメリアの頭を、レイナはこちんと軽く叩いた。
「お仕置きですよ、もうこんなことはおしまいになさいな」

「……あまりにも待遇に差別を感じるデブ」
 と、愚痴をこぼすフトリは無視だ。

 レイナは持っていた雪の結晶を加工して、目の前で小さな雪だるま――『雪のお守り』を作った。それをカメリアの手に握らせる。
「ほら、どうです?」
「ほぅ……器用なものじゃのぅ」
 カメリアはキラキラと瞳を輝かせて、そのお守りを見つめた。
「それはカメリアさんにプレゼントです……みなさんと仲直りしてくださいね?」

 ぴく、とカメリアの表情が曇った。
「……もらえん」
「え?」
「これはもらえん。……儂には、まだその資格がない……」

 目の前のカメリアの体が、はらはらと花びらになって分解されていく。一瞬、目の前を覆うほどの花吹雪が吹いたかと思うと、カガミとフトリごといなくなっていた。
「……逃げられました、か……」
 残念そうに呟くレイナ。

 後には、彼女の作った『雪のお守り』が寂しそうに残っていた。赤い花びらを一枚、ちょこんと頭に帽子のように乗っけたままで。