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リアクション
第10章
「――ただいま」
カメリアは、家に帰ってきた。ドアを開け、居間のソファに腰掛ける。
「ふー、やれやれ疲れたわぃ」
肩をコキコキと鳴らすカメリア。そこに台所からエプロン姿の男が声を掛けた。クド・ストレイフだ。
「こーらカメリア。ちゃんと手は洗ったのか?」
「……今洗うところだったんじゃ」
カメリアはべーとクドに舌を出して洗面所に。クドも台所に戻り、料理の続きをする。
「もうすぐ晩飯だからもうちょっと待っててくれなー。つまみ食いするなよ?」
「わ、わかっておるわ」
カメリアは、テーブルの上のおかずに伸ばした手を引っ込めた。
そこに、誰か帰って来た。ファタ・オルガナである。
「ふー、今帰ったぞ」
玄関から居間に来るファタ、カメリアを見て一言。
「ん、帰っておったか。今日も楽しかったか?」
ファタに笑顔で応えるカメリア。
玄関のドアがまた開いた。やっと追っ手を撒いてきたのだろうか、クロス・クロノスが疲れた顔をしている。
「ただいまー。ドサクサに紛れてやっと逃げてきましたよー」
そのクロスを見て、ファタとカメリアが吹き出した。
「え、何ですか?」
無言で自分のお尻を指差すカメリア。
「あ!」
クロスは自分のお尻にまだ狐の尻尾が付いていることを思いだした。手で払うと、尻尾が消える。ついでに服装も普段の落ち着いた服に戻した。
どたどたと七刀 切も帰って来た。
「うーい、ただいまぁー。醤油買ってきたぜーぃ」
「お、これでやっと晩飯食えるな」
と、クド。
「やっとじゃねえよ、鍋やるのに醤油忘れちゃ駄目だろ」
切が台所で醤油を渡す。
「お、みんな帰ってるねぇ。んじゃ飯にしようぜ、腹減ったよ」
賛成じゃ、とカメリアがみんなを促して食卓の準備をした。
その日の夕食は鍋。寒くなってきた冬にはなによりのご馳走だ。もうもうと上がる湯気の中、クロスがよそってくれた具を口一杯に頬張るカメリア。
「あつ、あつつ!!」
「……急いで食べすぎじゃ」
ファタの言葉に皆が笑った。
クドが聞いた。
「……どうだ、うまいか?」
カメリアが応える。満面の笑みで。
「うむ、こんなに美味いのはここ数年で一番――」
――答えてから、カメリアが箸を置いた。そして一言。
「こりゃ、何で儂がお主らと一緒に暮らしてなければならんのじゃ」
「あ、気付いた?」
真っ先に答えたのはクドだ。カメリアは、どこか照れたような笑顔で答える。
「気付かいでか。……たしかに、相手の顕在意識ごと自分が作った設定に巻き込んでしまう、というのは盲点じゃったがの」
つまり、これもクドの妄想の一種だった。
ただ、カメリアを守りたい。その寂しい心を癒したい、その一心で作った幻、それがこの部屋だ。
自分の思想で説得するでもなく。
正しさを説くのでもなく。
怒りと憎しみで攻撃するでもなく。
好奇心で近づくのでもなく。
自分の目的を叶えるためでもなく。
ただカメリアを守り、そばにいてやりたいだけ。そのクドの心に無意識的に反応し、呼ばれたのが切、ファタ、クロスだった。
みんな、食卓を囲んでカメリアを見守っている。
こちらも箸を置いて、クドは言った。
「だけど……いいもんだろ? 帰るべき場所があって、待っている家族がいる……もう持っている奴にゃあなんてことないものでも、持ってない奴にゃあ何よりも眩しいもんさ」
クドは、ふと自分の過去も振り返る。
「……そうじゃな……いいものじゃ」
カメリアは立ち上がり、さっと手を払った。それだけでクドが作った部屋は消えてなくなり、ただ暗闇だけが残される。
それでも、皆はカメリアを見守っている。口出しはするまい、それが彼女の選択ならば。
「じゃが、夢は夢。いつかは消えてなくなるのが決まりじゃ。……クド、ありがとうの」
カメリアは、クドにぎゅっと抱き着いて礼を言った。クドは、無言でカメリアの頭を撫でる。
頭を撫でられたカメリアは、その心地よさにうつらうつらと目がくらみ、やがて眠りに落ちていく――
☆
カメリアが眠りに落ちたことで、夢の街はゆるやかに崩壊を始めた。
クロセルの作った巨大モニターも、街で一番大きなケーキのお城も、数々の思い出を流したTV局も、全てが闇に溶け、落ちていく。
食堂に溢れんばかりのご馳走をまだ食べていた月谷 要の足元がぐにゃりと歪み、数々のご馳走ごと闇に飲まれていった。
「うおおおぉぉぉ……!! うまいぞぉぉぉ………!!!」
そうして、夢の街はきれいさっぱりなくなって、暗闇だけが残された。
☆
気付くと、暗闇の中にカメリアが一人だけいた。
夢の中で見た悪魔のようなコスプレはもうしていない。艶やかな長い黒髪は足元までストンと伸び、いつの間にか白い着物を着込んでいる。着物には色とりどりの、大小の椿の柄。
きちんと正座して座り、真正面から深々と頭を下げた。
「――皆様には、ご迷惑をおかけしました。全ては私の我儘が引き起こした騒動。すべての責任は私にあります」
ふと顔を上げると、強気な瞳は変わらないが、わずかに瞳の端は赤かった。
「フトリとカガミは私の命令に従っただけ、どうか数々の非礼をお許し下さい。皆様のプレゼントは元より現実世界ではいかなる影響も起きておりません、どうかご安心を。皆様の放映されてしまった思い出は皆の記憶には残ってしまいますが、どうかご容赦ください」
突然、暗闇の中にクロセル・ラインツァートの姿が浮かび上がる。カメリアは続けた。
「ラインツァート殿、貴殿が機晶姫二人に頼んでおいた映像は、彼女らの記憶には残るが出力はできないようにしておいた。モニターなどで映し出すことはできぬし、他の記憶媒体に移すことおできぬ。どうか、他の皆様にご迷惑にならぬようにしてはくれまいか」
「……あらら、バレてましたか。まあ、しょうがないですねぇ、充分楽しませてもらいましたし、良しとしましょうか」
クロセルが暗闇に消え、代わりに鬼崎 朔の姿が。
「カメリア……どうしても、最後にひとつだけ」
「……何とでも仰って下さい」
「あなたにも色々とあったことでしょう、ただ、その行動の結果がどういうことになるか、分かった筈。これからは自分の行動とその結果を良く考え、責任を持つという――その覚悟を約束してもらえますか?」
「はい……本当に、ありがとうございました」
改めて深々と頭を下げたカメリア。朔は満足そうに微笑んで、闇の中へと消えた。
朔が消えると、カメリアはもう一度向き直り、頭を下げた。
「さあ、夢の終りです……本当に、申し訳ありませんでした……」
数々の夢が、ひとつづつ水滴の中に浮かんでは、はじけて消えていく。
その中でカメリアは、夢を楽しんだ。
エヴァルト・マルトリッツとミュリエル・クロンティリスのおままごとに子供役で遊んだ。ウエディングドレスを着たいというミュリエルに夢の中で出してやった。
とても綺麗だった。
という夢を見た。
蓮見 朱里とアイン・ブラウ、黄 健勇の家族に呼ばれてお菓子をご馳走になった。作るところから手伝った体験は新鮮だった。健勇と変な形のクッキーを作って遊んだ。
とても面白かった。
という夢を見た。
水心子 緋雨が鍛治修行しているところに見学に行った。英霊である天津 麻羅に師事すれば早かろうに、と思ったがそれでは意味がないと緋雨が言うので、自分も黙って見ていた。
身が引き締まる思いがして、とても勉強になった。
という夢を見た。
小鳥遊 美羽とコハク・ソーロッドをからかって遊んだ。結婚はいつじゃ、子供はいつじゃとからかうと真っ赤になって追いかけるので全力で逃げた。
とても楽しかった。
という夢を見た。
リアトリス・ウィリアムズにフラメンコを習った。そしてスプリングロンド・ヨシュアや陽桜 小十郎と共にネージュ・フロゥの店『焙沙里』でカレードックを食べた。御神楽ヶ浜 のえるは元気に手伝っていた。ソフィア・ステファノティスはやはりリアトリスの陰に隠れたが、カレードックは一緒に食べた。
とてもおいしかった。
という夢を見た。
日比谷 皐月とまた街角でセッションした。今度は街中巻き込んでとは行かなかったがたっぷり歌って踊った。
とてもいい曲だった。
という夢を見た。
レイナ・ミルトリアから雪のお守りを貰った。資格がないなんて言うものではありません、とまた軽く小突かれた。
とても嬉しかった。
という夢を見た。
音井 博季の開いた新年のパーティに招待された。気慣れないドレスなど着てみたがみんな可愛いと褒めてくれた。
とても恥ずかしかった。
という夢を見た。
コトノハ・リナファとルオシン・アルカナロード、そして夜魅のお宅にもお邪魔した。いつの間に産んだのだろう、小さな赤子が産まれていた。
とても可愛かった。
という夢を見た。
そしてクドたちとまた食卓を囲んだ。暖かいご飯は幸せの味がして、幸せ過ぎて――もうなにも言えなかった。
とても幸せだった。
という夢を見た。
ゲドー・ジャドウと夢の街で遊ん……お主……誰じゃったっけ?
「またこんなオチか!!!」
「しょせんゲドーさんですから」
「そんなもんでやがりますぅ♪」
という夢を見た。
という夢を見た。
という夢を見た。
という夢を見た。
☆
――カメリアは目を覚ました。
そこは雪深い山の中。
かなり永い間放置された神社がカメリアの寝ぐら。もそもそと這い出ると、誰もいないいつもの景色が見える。それしか見えない。
自分の本体である樹齢1300年には達しようかという巨木を見上げた。近くの小さな木の枝には自分で結んだおみくじがある。
分かっていた。分かってはいたのだ。だがどうすれば良かったのか、後悔してもしかたない。
けれど、一度知ってしまった暖かさを忘れることはできない。
だが、ひとり肩を震わせるカメリアは、ここ千年以上聞いていなかった音を耳にした。
ざく。
ざく。
ざく。
ぞれは、道なき山道を登ってくる人間の足音。振り返ると、数人の集団が山道を登って来ていた。
間違いなく、夢の中に巻き込んだ面々だ。
その先頭を歩いてきたのはレン・オズワルド(れん・おずわるど)だ。
呆然としているカメリアに挨拶をする。
「……やあ、ほとんど初めましてだな。俺はレン・オズワルドだ、レンでいい」
反応しきれていないカメリアの手をとって一方的に握手する。
「……どうして、いや、どうやって、ここが」
ふむ、とレンは神社を眺めた。
「夢の中で少し調べたのさ。あそこがカメリアの夢であれば、何かしらの情報があるはずだと思ってね、夢の中の図書館で調べたのさ――ちょうど仲間たちと行こうと初詣の神社を探していたんだ。騒がしいのは苦手だから、こういうひっそりとした神社がいいんだが――」
カメリアは目に涙を溜めながらも、ふんと強がった。顔をぷいと横に背ける。
「ま、まあ勝手にするが良い。神社もこんな古いのしかないから、片付けは億劫じゃぞ」
そこにルカルカ・ルー(るかるか・るー)が割り込んだ。
「任せて!! こう見えても日本人ですから!!」
別な神社ではあるが、神の巫女としての経験も持つルカルカ、その動きは見事なものだった。
レンの冒険屋ギルドのメンバーと一緒に雪をかき出し、神社を片付けた。放置されていたが大黒柱は見事なもので、建物自体はまだまだ生きていた。掃除は蓮見 朱里たち家族も手伝ってくれた。
その夜は、ルカルカによる神事が行なわれた。
年はもう越してしまっていたが、もとより巫女も神主もいない神社のこと、そこは今年初めの神事ということでご愛嬌だ。
カメリアは神社の中にうやうやしく鎮座に、神様の役目を果たした。
ルカルカの神事が終わると、みんなで参拝した。
「本年も皆が無病息災でありますよう。精進しますので見守り下さい」
と、ルカルカ。
「今年一年、皆が幸せで素敵な出逢いの多い一年であるように……」
とはレンの願いごとだ。
参拝を終えたメンバーは、おみくじを引いて楽しんだ。こんなにこの境内が賑わったことはない。
茅野瀬 衿栖と朝霧 垂とコトノハ・リナファはお、互いに引いた結果を見て喜び合った。
一部で勝った負けたのと言っているメンバーもいるが、勝ち負けではあるまいに、とカメリアは笑った。
そして夜も更けた頃、皆は帰って行った。また明日来ると言った者もいれば、また今度という者もいた。
いずれにしろ、もう寂しい思いをすることもない――真夜中に一人、自らの椿の大樹に手を置いて、山の風景を眺めた。もうすぐ夜明けだ。
「――いつまで隠れておるのじゃ?」
カメリアは、前を向いたまま言った。
すると、神社の陰からクド・ストレイフが現れた。
「ありゃ、気付いてた?」
「気付かいでか」
カメリアとクドは、ふと笑った。
「まったく、こんなところまで押し駆けよって――感動を通り越して呆れたぞ」
カメリアとクドは、二人で椿の大樹に登って、登る朝日を眺めていた。
「まあまあ。これでこっちでも寂しくないだろ?」
「そうじゃな――だが、お主にだけは来て欲しくなかったわい」
「え、そりゃあ酷いなぁ」
「お主が儂を気にかけてくれたのはこの姿だからじゃろ……じゃが、儂の本当の姿はこの樹……ただの樹じゃ。お主にだけは……見られとうなかったな」
カメリアは、照れ臭そうに笑った。クドは、その頭をぽんぽんと撫でる。
「バカだな……そんなこと気にしてたのか? お兄さんが気になったのは外見じゃないんだから……」
「ん……すまぬ……」
カメリアは、クドと朝日を見た。
今まで何度一人で見たか分からない、孤独な朝日。
だが今は一人ではない。完全に朝日が登りきるまで、二人は黙って見つめていた――。
『新年の挨拶はメリークリスマス』<完>
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