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新年の挨拶はメリークリスマス

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新年の挨拶はメリークリスマス
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第8章


 ゲドー・ジャドウは街の信号機に雷術をかけて信号表示を狂わせて遊んでいた。
「ひゃひゃひゃ! 全点灯させてやったぜぇ! この状態だとどうする〜!?」
 ジェンド・レイノートとタンポポがその辺の無人車を動かし始めたので、ゲドーもイタズラしてみることにしたのだ。
 赤も黄色も青も、全ての信号が点灯している。
 だが、ジェンドもタンポポもしれっと答えた。
「青は渡れですよ、黄色は注意して渡れですよね?」
「赤は皆で全速力で渡れだから行っていいに決まってやがるのです〜♪」

「交通法規おかまいナシかよっ!? ……ん?」
 その時、刹姫・ナイトリバーと黒井 暦の魔法バトルの余波で雷術が飛んできた。
「あばばばばば!」
 見事にゲドーにヒットし、信号機ごと感電する。
「ゲドーさんは黒いですね♪」
「コゲコゲでやがりますぅ〜♪」


                              ☆


「ふっふっふ……いい感じに混乱しておるのう……」
 とある高いビルの屋上で、カメリアは街の混乱を眺めて楽しんでいた。クロセルが用意した巨大モニターも良く見える。
 辛うじて助かったカガミとフトリもいて、傷を癒している。
「すまんかったのう二人とも。儂のワガママに付き合わせたせいで……」
 だが、二人は首を横に振る。
「いいえ、いいんですよカメリア様。私たちも楽しんでますから」
「そうデブよ、たくさん美味しいものが食べられて満足デブ。例え夢の中でも美味しいものは美味しいデブ」
「ふふふ……フトリらしぃのう。夢から覚めてしまえば何も残らんというのに」
 ふ、と笑みをこぼすカメリア。その後ろから、誰かが声をかけた。

「いやあ、そうとも限りませんよ。夢からだって得られるものはたくさんあると思います」
 音井 博季(おとい・ひろき)だった。いつの間に出したのか、屋上にテーブルと調度品を用意してお茶のテーブルを作ってしまった博季である。
「……いつからおったのじゃお主」
「つい先ほどですが。何となくしばらく座っていたような気もしますね」
 涼しい顔で紅茶に口をつける博季。テーブルには朝霧 垂(あさぎり・しづり)や、火村 加夜(ひむら・かや)の姿もある。
「勝手に失礼しているぞ」
「え〜と、メリークリスマス? あけましておめでとう、なのかな?」
 加夜のやや間の抜けた挨拶に、カメリアはぷっと笑い出す。
「……どっちでもいいわい」

「どうです、カメリアさんもこちらでお茶など?」
 博季が誘いかけると、カメリアはフンと鼻を鳴らした。
「呑気に茶なぞ飲んでおっていいのか? のんびりしておるとお主らの思い出も放映されてしまうぞ?」
「別に、構いませんよ」
 と、涼しい顔を崩さずに博季は答えた。立ち上がり、新しいカップに紅茶を入れ、カメリアの方へと差し出す。
「特に放映されて困ることもありませんから……まあ、それは確かに恥ずかしいですけどね。皆さんに比べれば……僕は随分とマシなクリスマスを過ごしたようですし」
 カメリアが紅茶を受け取ったので、にっこりと微笑む。確かに、手元のバキュー夢を見るとカメリアはつまらなそうな顔をした。
「……なるほどのう」


 夜のテラスで、博季は誰かを待っていた。
 クリスマスの夜、一緒に飲んだ相手との絆を深めるという紅茶をポットに入れて。
 だが、相手は現れない。無理もない、紅茶を手に入れたのもその日だったし、彼女は人気者だ、色々と忙しい日でもあっただろう。
 おそらく手紙は呼んでくれた筈だと思うが、それも確証がない。

 ひょっとしたら、すっぽかされただろうか。こちらが強引に誘った結果だ、それも否定できない。
 一瞬、そんなことを考えてしまうが、すぐにその考えを否定する博季。
 彼女はそんな人じゃない。無理なら無理でちゃんと断ってくれるはず。きっとまだ抜けて来られないんだ。
 夜のテラスは寒い。

 30分経った。
 彼女は来ない。

 1時間経った。
 まだ来ない。きっと忙しいんだ、夜は長いし焦ることはない。

 1時間半経った。
 来ない。ひょっとしたら約束なんて忘れてるんだろうか。

 2時間経った。
 寒い。仕方ない。一杯だけ紅茶を飲んで、もう諦めよう。

 だが彼女は来た。2時間と数十秒、博季が紅茶を一杯飲み終わると同時に。
 その時の彼女――リンネ・アシュリングは2時間待ったせいもあって、まるで天使のように輝いて見えたのだった。

 リンネは博季へのクリスマスプレゼントを探していたが、思うようなものが見つからず2時間も遅れたのだという。
 結局、彼女も博季と同じ紅茶を調達してきて、二人で紅茶を飲んだ。
 それが、博季のクリスマスだった。


「うん、まったく面白くないのう」
「――そんな。ヒドいですよカメリアさん」
「それにこの女も、遅れそうなら連絡くらい入れれば良かろうに」
「リンネさんのことを悪く言わないで下さいよ、それだけ必死に探してくれていたんですから」
「――じゃろうな。顔を見れば分かるわい」
「そうなんですけど、僕クリスマスプレゼントのこととか最初から失念していて……すごく後悔してるんですよぅ、彼女に申し訳なくて……」
 いつの間にかテーブルに着席して紅茶とお茶菓子を楽しんでいるカメリア。博季がうなだれるのを見て笑みをこぼす。
「知るか。そんなんそのうち別な形で埋め合わせすれば良かろう、贅沢モンが」
 すると、同じく紅茶を飲んでいた垂が口を挟んだ。
「そうそう、二人でクリスマスを楽しんだんだ、いいじゃないか」
「えーと、朝霧 垂じゃな。そういうお主のクリスマスはどうじゃったんじゃ?」
「ん、俺のクリスマスか? 大したことはなかったし、別に面白くもないと思うぞ」
 垂は事もなげに答えた。


 確かにそれは、クリスマスというには殺風景な風景だった。
 垂は一人、椅子に座って手編みのショールを編んでいた。特にクリスマスらしい飾りもなく、せいぜいテーブルに置かれたキャンドルくらいだろうか。
 そして、そしてキャンドルの側には写真立て、中には騎凛セイカの写真が。


 それをカメリアが、瞳をウルウルさせて言った。
「す、すまぬ……まさか想い人がもう……!!」
 軽くカメリアの頭を小突く垂。
「勝手に殺すな。元気だ」
 セイカは毎年、教導団の用事で年末年始は多忙なのだ、街でクリスマスを楽しむ余裕はない。
 とはいえ、垂も年末にかけてそこに合流するし、さほど不便を感じたことはなかった。たしかに、人並みにクリスマスを楽しみたいと思わないでもないが――

「ふん、お主は嘘つきじゃの」
「……何が?」
「大したことあったクリスマスじゃろうが、あれだけ良い顔をしておいて。プレゼントを贈る相手がおるだけ贅沢というものじゃ」
 画面の垂は、ショールを編みながらも一人、幸せそうだった。
 ちょっと鼻の頭をちょいと掻いて、垂は答えた。
「――ああ、一人であっても寂しくも恥ずかしくもない。俺の胸にはセイカへの愛がある。遠く離れていても、心と心が繋がっていれば寂しくはないものだ」

「う〜ん、素敵ですねぇ」
 と、うっとりするのは加夜である。
「ふむ、ここまで来たんじゃ、ついでにお主のも見せてみよ」
 と、カメリアはバキュー夢をいじる。」
「あ、やめて下さいよ〜、恥ずかしいですよ〜」
 とは言うものの、そこまでやましい思い出ではないのだろう、本気で止めにかかるわけではない。


 思い出の中の加夜は、山葉 涼司と二人のクリスマスを過ごしていた。
 とはいえ、恋人同士のものではなく、あくまでも加夜の片思い。
 校長室だろうか、涼司の仕事の合間に息抜きとして訪れた加夜に、涼司は時間を作ってくれたのだ。校長というのはこれで実際忙しい。その涼司が少しだけでも自分のためだけの時間を作ってくれたことが、たまらなく嬉しかった。
 プレゼントはセーターだ、手作りのミニクリスマスケーキを食べて、一緒に紅茶を飲んだ。


「何じゃ、これだけか? みんな淡白じゃのう、若いんじゃからもっと積極的に行ったらよかろうに?」
「――いいんですよ、私は涼司君が時間を取ってくれただけで満足です、それに、あの優しい笑顔が忘れられませんし、素敵な思い出です。あまりお仕事の邪魔しても悪いですし……」
 ちょっとだけ寂しそうに笑う加夜だが、その笑顔に偽りはない。
「そんなことより、カメリアちゃんには好きな人はいないんですか?」
「――はい?」
 何でそんな話に、とカメリアは首を傾げる。
「やっぱり、誰か好きな人がいないと私たちの気持ちは分かりにくいと思うんです……カメリアちゃんに今回協力してくれてる人たちもいるでしょう? 誰か気になる人はいないんですか?」
 瞳をキラキラさせて詰め寄る加夜、興味深そうに垂も参加した。
「お、それはいいな。カメリアも誰か恋人の一人も作ればもう寂しくないぞ」

 だが、カメリアは口の端で笑って席を立った。ビルの端から街を見下ろす。
「ふん――気になってもしかたあるまい。これは、どうせ夢なのじゃ。儂を気にかけてくれる者などおらぬよ」

「そんなことはありませんよ」
 そこに声がかけられた、ルイ・フリードだ。
 ビルの屋上にカメリア達がいるのを見て登ってきたのだろう、ブラックコートが風でなびく。
「カメリアさん――あなたがどういう存在で、どうしてクリスマスを憎むのかはわかりません……ですが、パラミタに元々あった風習などがあったとしたら、再びそれを行なってみたらどうですか? それに、クリスマスを共に楽しんだりすることはできないものですか?」
「――」
 カメリアは答えない。垂も口を挟んだ。
「そうだよな……新しい文化が入ってきたら、とりあえずやってみるだろう? 必ずしも敵対する必要もないじゃないか。同じく神様のような存在だったとしたら、新しい仲間として受け入れることはできないのか?」
「……仲間、か」
 黙ってしまうカメリア。垂は、紅茶を飲み終えて席をたった。
「ま、どうするかはお前次第さ……話を聞くところによると神社とか縁が深いそうじゃないか。俺にもひとつおみくじを引かせてくれよ」

 ぴくり、とカメリアの肩が揺れた。
「……おみくじ、か」
 そのまま、カメリアはビルの端から落ちるように空へと飛び立ってしまった。
「あっ!」
 博季が声を上げるがもう遅い。カメリアはその後を追うカガミとフトリと共に再び夜の空へと舞って行く。

「……頑張ってね、カメリアちゃん」
 加夜は、そっと手を振ってカメリアを見送るのだった。

 ふわりと着地したカメリア、そこにイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)が駆けつける。二人のパートナー、アルゲオ・メルム(あるげお・めるむ)フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)も一緒だ。
「――見つけたぞ」
「イーオン・アルカヌムか、お主に特に用事はないわ。もうすぐに帰してやるから孤児院の子供の心配でもしておれ」
「そうはいかない。子供というなら、キミも同じだからな」
「……」
「何があってこうした行動に出たのかは聞かない。俺はキミの人となりすら知らないし――簡単に言葉にできるものかも分からない」
「ふん。だからなんじゃ、いっぱしの理解者のつもりか」
 特に速いスピードではないが、スタスタとカメリアは歩き出す。イーオンがその後を話しながら着いて行くので、アルゲオとフィーネもそれに従った。
「余計な口出しなのは分かっている。だが言わせて貰う、やはり他人を貶める行為は良くないことだ。世間一般の意味ではなく、な」
「放っとけ、儂は楽しんどるんじゃ」
「――そうは見えないがな」
「うるさいわ」
「そんな代償行為は何の意味も持たない。泣きたければ大声で泣け、怒りならば叫んで晴らせばいい!」
 ふわりと、カメリアは飛び上がって近くの屋根の上にしゃがみ込んだ。
 まだ、イーオンは呼びかけている。
「話したいことがあるなら――俺で良ければいくらでも聞いてやる。そして最後は、共に笑えばいい」

「――話は、それだけか?」
 カメリアが飛び立とうとする。そこにアルゲオが声を掛けた。
「待って、イオの話を聞いて。……あなたは、どうしてこんなことができるのですか?」
 アルゲオが言っているのは手段のことではない、その心情のことだ。
 彼女はヴァルキリーだが、その銀髪を不吉な色彩とされ、また年を経ても外見が変わらぬ奇異のために『災厄』の名の元に封印されていたのだ。だが、それを恨んだことはない。悲しく思っても、誰かのせいにしたり怒りをぶつけても何にもならないと分かっていた。

「私には……私には理解できない。自分の感情で他人を傷つけようとする、その心が。誰しも……誰かと笑い合っていたいものではないのですか?」

「……分からぬか。ならば、お主は幸せ者じゃな」
「……え」
 そう言うと、カメリアは真っ直ぐを見つめて、勢い良く飛び去ってしまった。
 それを黙って見送るイーオン。元より力による解決を望んでいたわけではない。話を聞く気がなければ、今はできることはないのだ。
「待って……」
 後を追おうとするアルゲアだが、イーオンはそれを制した。
「いいんだ、アル。言いたいことはキミが言ってくれた」
「……イオ」
 まだ時間が必要だろう、と言いつつも肩を落とすイーオンに、フィーネが笑いかけた。
「ふん、感情という厄介者は決して消えてはくれぬものだが、幼子はそれを隠そうともしない。万物の霊長などと抜かしたところで、その本質は獣と変わらぬよ」
「フィーネ……」
 フィーネは魔道書だ。永い時を越えた彼女にとっては、カメリアもイーオンもアルゲオもさほど変わらない幼い存在だ。だが幼い存在を観察することは面白い。ちょっと目を離したスキにとんでもない成長をすることがある。
 今回も、特にカメリアを止めたかったわけではない。イーオンを観察したかっただけだ。
「ふ、だが正論だけで問題を抱えた相手を説得するのは難しいな?」
「……」
 唇を噛むイーオン。今回は失敗したが、イーオンの精神は確実に成長している。

「ふふふ、これだから人間は面白い」

 と、一人ほくそ笑むフィーネだった。


                              ☆


 飛ぶカメリアを追いかけて迫るのは、ルーツ・アトマイス。師王 アスカのパートナーだ。
「話がある……。我が貰った贈り物を返して欲しいのだ」
 ふむ、と着地したカメリアは、後を追ってきたカガミから懐中時計を受け取った。
「これかの?」
「そう、それだ……我が生まれて初めて貰った誕生日の贈り物……それは我とアスカが家族になった証なのだ」
「ふむ……それほど高価なものにも見えぬが」
「価格や価値なんかどうでもいい……! 夢といえど、大切な証の品を奪われたくはない」

「そうか……なら、何かと交換じゃな。何でもいい、お主が儂にくれてもいいと思うクリスマスプレゼントとやらを出してみい」
「……え?」

 ルーツは面喰った。てっきり逃げ出して追いかけっこ流れかと思ったからだ。
 ちょっとだけ考えて、ここが夢の中ならと想像してみた。貴族服のポケットから、入れた覚えもない包み紙が出てくる。
「なら……これでどうだ? 少し前に見つけた洋菓子店の焼き菓子だ。アスカも美味いと言っていた、口に合えばいいが」
「よかろう、ほれ」
 カメリアは懐中時計をルーツに手渡して、焼き菓子を受け取る。その顔を眺めるルーツに、カメリアは言葉を返した。
「何じゃ? 儂の顔に何かついておるか?」
「いや……やけに素直に渡したものだと思ってな」
「ふん……同等の価値のあるものを貰ったからな……!!」
 言って、カメリアはまた飛び上がる。
「……同等……、その焼き菓子が?」
 特に誰かの手作りというわけでもない、言ってはなんだが売り物の焼き菓子が? と不思議な顔をするルーツに、カメリアは呟いた。

「価格などどうでもいいと言ったのはお主じゃぞ……なにしろこれは、儂が生まれて初めて貰ったクリスマスプレゼントじゃからな」

「……あ」
 呆然とするルーツを残し、カメリアはまた夜の街に飛び上がる。
 フトリとカガミもその後を追った。ルーツにぺこりと頭を下げて。


                              ☆


 飛び立ったカメリアに、天津 麻羅と水心子 緋雨が乗ったチャリオットが接触した。
「カメリアさん、ちょっといいですかー?」
「……なんじゃ、お主」
「えーとですねえ、水心子 緋雨と申します。ちょっとカメリアさんにご教授願いたいことがありまして」
 天津 麻羅に普段から接しているせいか、緋雨は年長者というか、英霊や地祇の扱いが上手い。やはりそれぞれにクセがあり、一度機嫌を損ねるとなかなか直らない。
 だがその反面、最初からした手に出て丁寧に話せば意外とスムーズに行くものなのだ。
 そしてそれは、カメリアも例外ではなかった。
「……なに、バキュー夢の構造について?」
「ええ、一技術者として興味がありまして」
「なるほど。だが残念じゃったの、技術者ということであれば、それはお門違いというものじゃ」
「え――何故ですか?」
「ふむ……何と言うたらよいか……バキュー夢という機械は存在せん。こんなものはただのデマカセじゃ」
「デマカセ……ですか?」
「うむ……これはただの概念……己の記憶を呼び起こすためのきっかけに過ぎぬのじゃ」

 カメリアの説明はこうだ。
 つまり、まず夢の中に招待された時点で人々の意識は根底で繋がり、無意識――潜在意識の世界において共通の記憶を持つことになる。
 通常それを現世に持ち帰ることはできないが、潜在意識の中で印をつけたひとつの記憶を浮かび上がらせ、それを全員が顕在意識の中で認識することで改めて記憶として認識することができる。
 カメリアは『バキュー夢』で人の記憶を吸い出せると暗示をかけ、人々の記憶をその潜在意識に語らせていたのだ。

「結局のぅ、恥ずかしがっていても、人間は自分の幸せな体験は人に教えて自慢したいものじゃし――不幸な体験は誰かに分かってもらいたいものなのじゃ。だから潜在意識から記憶を吸い出すことは比較的容易なのじゃ」
「そうなんですか? でもさっきの炎の記憶のように、思いだしたくない記憶もあるようですけど」

 その記憶の主、神楽坂 紫翠はパートナーのレラージュ・サルタガナスと共に飛空艇から白胡椒を振りまいてカメリアの分身を追いかけている。
 ついでに言えば、他にカメリアを追いかけている人間にも白胡椒が降りかかって大惨事といなっているのだが。
「ふふふ、クリスマスと言えば雪ですよね……」
「紫翠様って普段が温厚なだけに、怒らせると何をするか分からなくて恐いですわよねぇ」
 と、レラージュは呟いて大きな投網を使ってカメリアの分身を捕らえたところだ。

 だが、結局分身は花びらになって逃げ、紫翠とレラージュは胡椒まみれにされた他のメンバーに怒られて謝罪している。

 その様子を眺めたカメリアは、緋雨に呟いた。
「……あれは恐らく、本人の無意識がもうそのトラウマを乗り越えられると判断したのじゃろう。忘れている間に、それを克服できるほどに成長したのじゃな」
「……そういうものですか」
「そういうものじゃ。だから、本人が本当に強く規制している記憶などは出て来られないのじゃ」
 す、とカメリアが指を差すと、その先にはまた別の分身を追いかけているフレデリカ・レヴィとルイーザ・レイシュタインがいる。
「――彼女たちが?」
「ルイーザの方じゃな。どうやらパートナーにも……いや、パートナーだけには言えぬ秘密があるようじゃ、まあ、儂もそこまで暴こうとは思わぬよ」
 色々と面白い話ですねえ、と緋雨はカメリアの話を聞きたがった。彼女の望みである技術的な話は聞かなかったが、これはこれで面白かった。
 麻羅もまあ緋雨がそれでいいなら、と聞き役に徹するのだった。


                              ☆


 また別な場所では、TVモニターによる思い出放映が続けられている。


『あ……ん』
 一人の少女と男が、クリスマスムード満点な部屋で熱い抱擁を交わしている。
 抱き合いながらキスをし、頭を撫でる男。

『ん……それ、好き……』

 撫でながらまたキスをした。うっとりと目を閉じる少女、男の手が頭から肩へ、そして少女の衣装をするりと下ろした。
 ぴく、と少女の躰が震えるが抵抗はしない。

『大丈夫……力を抜いて』

 男のささやきに頷く少女、恥ずかしさのあまり男にきゅっと抱きついた。
 頬と頬が密着し、男の唇が少女の耳を挟んだ。

『かわいいよ……カメリア』

 ――それは、カメリアとアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)との愛の記録であった。


「どこじゃーーーっっっ!!!」

 一方こちらは夢の中、さすがのカメリアさんもこの捏造には黙っていられない。
 顔を真っ赤にしてこの思い出を捏造した犯人を探す。
「アキラーーーっっっ!!!」
 ビルの谷間を縫って物凄いスピードで飛ぶ。ここは夢の中だ、会おうと思えば会える筈――

『ここだ!!』
 肉声ではない、機械を通したアキラの声が響いた。ビルの影から現れたのは人間ではなく、イコン――アキラの乗るクェイルだ。
 どうせ夢の中ならばと、アキラはカメリアとの恥ずかしい思い出を捏造したばかりでなく、イコン格納庫を探してそこから持ち出したのだ。
『はーはっはっは!! 人の記憶を見といて自分のはダメとは言わねえよなあ!?』
「ぬ……お主、バキュー夢が目的か……!!」
『その通り! 喰らえ、クェイルパーンチ!!』
 パンチと言いつつ、出したのは平手でカメリアを捕まえようとする。当然、カメリアが瞬時に逃げ出すだろうと踏んでの行動だ。
 だが。
「おのれ、カメリアパーンチ!!!」
 意外なことにカメリアはそれにパンチで応戦するではないか。もちろんイコンは巨大で、普通であれば勝負になるはずもない。カメリアには何か秘策でもあるのだろうか?

 ガシィと音を立てて、クェイルの平手とカメリアのパンチが衝突する!
 そして次の瞬間吹っ飛ばされるカメリア。
「あーーーれーーー!!!」
『……そりゃ、そうだよなあ』
 カメリアはイコンを知らなかったので、それがどれほど強大なものであるか想像できなかったのだろう。はるかかなたに吹き飛ばされて星になったカメリアだった。

「……ん、あったあった」
 イコンを降りたアキラがカメリアとイコンが衝突した辺りを探ると、やはりあった。バキュー夢だ。
「さっきこの辺に落ちたように見えたんだよな……ところでどうやって使うんだこれ?」
 バキュー夢を奪ってカメリアの本当の思い出を逆に放映しようというアキラ。果たして企みはうまくいくのだろうか。


                              ☆


 茅野 菫(ちの・すみれ)のクリスマスから年末までの思い出が放映されている。
 仲のいい友達とみんなでクリスマスの街に買い物に行った。
 やはり気の合う友達との付き合いはいいものだ、いくつも買い物をして食事をしてデザートなんかも食べちゃったりして。
 お茶を飲みながらガールズトークに花が咲き、特定の男子はいないが街を歩くイケメンを冷やかして遊んだ。
 まあイケメンは大抵コブ付きなのでどうにもならいのだが、それはそれで楽しかった。
 いつかあたしだってイケメンゲットしてやるんだぜ、とか言ってみたりもした。

 そんな楽しかったクリスマス――が、年末の思い出に塗り潰されていく。
「……何じゃこりゃ」
 いつの間にかカメリアが近くに来ていた。特に菫はカメリアを捕まえる気もないので、頓着しない。
「……思い出したくない思い出のひとつね……」
 菫は頭を抱えた。


 そこは戦場だった。
 広い会場に押しかける人、人、人。会場のキャパは充分な筈なのに押し寄せる客は会場に入りきることはない。
 子供から大人までがその会場に押しかけ、めいめい目当ての買い物をしていく。どうやら目当ては本のようだ。

 そこは通称マジケ――いわゆる同人誌即売会である。地球が出現してからパラミタに流入してきた文化のひとつだ。
 パラミタでも同人誌は一部に大人気で、もはやその数は一部とは言い切れないまでに成長していた。人気のあるサークルには大勢の脚が並び、『何これ、配給?』というくらいの列をなしている。
 冬だというのに半袖の者もいる、あまりに押し寄せる人数が多いので空調が用を成していない、暑いのだ。
 いや、参加者からしてみればまさに熱いと言ったところか。それほど、この年末のイベントは大盛況だった。

 そこで菫はパートナーの相馬 小次郎(そうま・こじろう)のコスプレ要員として駆り出されていた。見た目は美少女な菫は客寄せに持ってこいなわけだ。
 本人は特に興味はないが、何かのアニメかゲームキャラクターのコスプレをさせられている菫。どうしても慣れていないのでお客の目が恥ずかしい。


「あの者たちはあんなところにスシ詰めになって何をしておるのじゃ?」
「……同人誌を買い漁っているのよ」
「ええと、つまりプロでない作家が自分たちで本を出して……それを買うのか? 面白いものなのか?」
「お祭りだからね……好きな人は三度の飯より好きよ」

「何というか……他に情熱をかけるものはないのか、あの者たちは?」
 おっとカメリアさん、その層は敵に回さないでください。

 菫はその言葉に反応し、抗議する。
「あたしだって行きたくていったんじゃないよ! 小次郎に無理やり連れて行かれたんだ! あそこの連中と一緒にすんなーっ!」

「ええい、黙って聞いておればマジケを馬鹿にしおって……祟るぞ」
 小次郎はいつの間にか菫とカメリアの後ろに立っていた。ぼそりと呟く。
 それに同調するかのように、画面に映って同人誌を販売していた小次郎も画面の向こうからこちらを睨みつけた。
「全くだ。人が何に情熱を傾けようと大きなお世話だ」
 画面の小次郎もまるで祟りでもありそうな目でカメリアを睨んでいる。
「おお? あれはただの映像のはずなのに……どうなっておるのじゃ?」

 小次郎は告げた。
「ふむ、どうやら恨みのあまり画面の向こう側を乗っ取ったようだな……さすがは我が映像、恨み始めると根が深い」
 ならばついでにおぬしらの思い出でも見せて貰うかと小次郎。

 相馬 小次郎。――本人はもう一つの名で呼ばれるのは嫌がるが、またの名を平 将門と言う。


                              ☆


 蒼天の巫女 夜魅(そうてんのみこ・よみ)はコトノハ・リナファのパートナーだ。パートナーと言いつつも、関係としてはコトノハとルオシンの娘として生活している。
「あれー? どこ行っちゃったのかな……」
 夜魅は、道に迷っていた。
 カメリアを追っかけていたはいいが、路地裏に入り込んでしまい、見失ってしまったのだ。
 一人で追いかけていたので、コトノハやルオシンの姿もない。
「パパー? ママー?」
 当然、返事もない。知らない街で迷子になる恐怖。
 迷子になって泣き叫ぶ年齢でもなかったが、夜魅はこの夢に入った時から嫌な感じがしていた。言いようのない不安感、違和感。
 何だか落ち着かず、訳もなくイライラするような、不安になるような空気。夢独特の雰囲気と言ってしまえばそれまでだが、その一言で片付けられるほど、彼女は大人でもなかった。

「……なんかヤダな。そうか、すこし大きく騒ぎをおこせば誰か来てくれるかもしれない……」

 子供特有の脈絡のない思いつき。彼女はそれを実行に移すことになる。
 夢の中だから何でもアリな筈、と彼女は自らの中にある強大な何かをイメージしていく。

 そうして、彼女は呼び覚ましてしまった。

 彼女の中にある、最悪の存在を。


                              ☆


 日比谷 皐月(ひびや・さつき)は一人、ギターのチューニングをしていた。
 そういやクリスマスには相棒と空京で路上ライブしたっけな、と思い出す。今日は一人だが構うことはない、どうせここは夢の中だ、音が欲しければ街中に溢れているではないか。
「さあて、そんじゃあひとつ俺の音楽を聞いてもらうとすっか!!」

 そして皐月は始めた。街中を巻き込むドリームセッションを。

 街のクリスマスソングが消え、街中のスピーカーから皐月のギターが流れ始めた。
「お、何だこの音楽? 何だか楽しくなってくるな!」
 黄 健勇は無邪気に体を動かした。健勇だけではない、美羽もコハクも、テディも、にゃんくまも、衿栖も朱里も、アストリアも京花、それにミナギも、他にも大勢のその音楽を聞いた人間は、歌を口ずさみ、音を鳴らして楽しんだ。勝手に自分の楽器を想像で作りだして演奏する者もいた。

 それは、幸せの歌だった。

「そうそう! 夢の中なんだから、難しいことは抜きにして楽しめばいいんだよ! 争いごとや痛い目みるのなんてバカらしいじゃねぇか!」
 街中のスピーカーは次々に増え、皐月の――いや、街中全ての者が奏でる音楽を流し始めた。

 その音楽は未だに交戦中だった鬼崎 朔とリアトリス・ウィリアムズの耳にも届いた。
 朔の無光剣やサイドワインダーは脅威だが、リアトリスはフラメンコ独特の動きでそれをかわし続け、なかなか勝負が着かないでいたのだ。
「……歌、ですか……」
「……そう、だな……。もう、流すネタもほとんどないようだ……」
 どちらともなく、戦闘態勢を解いた。もはやリアトリスもカメリアを見失っていたし、朔にしてみればカメリアが攻撃されないのであれば、交戦する理由はない。
 それに、誰もが気付き始めていた。

 ――夢の終りが近いということを。


 皐月の歌と音楽をBGMにして、街中のTVが一斉に映像を映し出した。
 やはりクリスマスなのだろうか、冬の夜、街行く人々の映像が流れて行く。だが、誰の映像かは分からない。
 その思い出は、ひたすらに幸せそうな人々の笑顔を映し出していく、それは幸せな記憶であった。


「――俺の記憶だ」
 一人、ビルの上で街を流れる歌声に耳を傾けていたカメリアに、背後から話しかける者があった。ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)だ。
「……通りすがりの帝王、か」
 カメリアはバキュー夢で吸い取った知識からヴァルの通り名を汲み取る。
 ヴァルはクリスマスも年末も、人々の為に奔走していた。
 雪に埋もれた少女を救出したり、街の平和の為に自主的に警らをしたり。
 そうして手に入れたものは、眩しいばかりの人々の笑顔。ヴァルは、そのひとつひとつの笑顔を覚えていた。ひとつとして欠くことのできない、大切な笑顔だった。

「カメリア……君にもあるはずだろう、幸せな記憶というものが」
 後ろも振り返らずに、カメリアは答える。目は、眼下の街を見下ろしたまま。
「……昔のことすぎて……忘れたわ」
「ならば、思い出すといい。本当に思い出せないなら、また作ればいい」
「思い出すと……か」
 カメリアは、遠い目をした。
 その時、全てのTVと巨大モニターの映像が乱れ、一斉にひとつの映像を流し出した。
 アキラ・セイルーンと相馬 小次郎の二人がそれぞれバキュー夢を使い始めたのだ。

 流すものは決まっている――カメリアの記憶。


 それは古い映像だった。
 時代にしてどれくらい前だろう、少なくとも数百年は昔を思わせる文化レベルの服装で、子供たちが遊んでいた。
 ツァンダ辺りに比べると雪深い山の中で、そのふもとにある小さな村の子供だ。
 そこに、カメリアがいた。
 正確にはそれは今の少女の姿ではない。カメリアは、一本の大きな椿の樹だった。


 カメリアは語る。
「そう、儂は地祇じゃ。ここから少し遠くの山の中――小さな小さな村じゃった。もう千年以上前の話じゃ」
 椿の樹――カメリアの周りで子供たちが鬼ごっこをして遊んでいる。映像内での椿はすでに樹齢数百年は経過していそうに見えるので、彼女の言葉が本当なら、カメリアはすでに千歳以上ということになる。
「だが……村の生活は本当に厳しいもので、数少ない住人はやがて町へと流れて行った」
 村から人はいなくなり、町に人が集まった。そしてやがて町が集まって街になり――現在でいうツァンダの街に発展して行くのである。
 まだ村があった頃、カメリアはまだこの姿――地祇ではなかった。町に移り住んだ人たちがカメリアの事をずっと覚えていたのだろう。永く語り継がれる中で次第に人々の想いが積み重なり、やがて椿の樹は地祇となった。
 つまりカメリアは大きな意味で言えばツァンダの地祇の一人、ということになる。だがツァンダの街は彼女にとって村の住民を奪った憎い存在、彼女はあくまで村の地祇なのだ。

「それでも、儂は楽しかった……共に遊ぶこともできなかったが、冬の厳しい中でも村中の人間が集まって、儂の周りで年越しの儀式など行なったものじゃ」
 映像ではその言葉通り、椿の樹とその神社で神事のようなものが行なわれている。
 その中で椿の樹は、村人を見守るように佇んでいた。

 だが、映像はそこで止まった。いや、止まったように見えた。
 ある年から、村人たちが厳しすぎる生活に耐えかねて近隣の町へと移住していった。時代の流れと言ってしまえばそれまでかもしれない。
 だが、事実としてカメリアは一人、置いていかれたのだ。

 そこからの映像はずっと動かなかった。
 誰も来ない。ただ日が登って、暮れていくだけ。
 誰も来ない。春も、夏も、秋も、冬も。
 誰も来ない。神社は寂れ、草は荒れ、もはや誰も知る事のない山奥に封じ込められた。
 誰も来ない。今年も来ない。来年も来ない。いつまで来ない。ずっと来ない。ずっとずっとずっと。

 カメリアが人の姿を取ったとき、すでに村人はいなかった。そのまま千年以上、誰の姿を見ることもないまま、時だけが過ぎていった――


「――もういい」
 ヴァルは、そっとカメリアの後ろに立った。両手を回して、カメリアの顔の前に見せる。
「すまなかった、赦してくれ」
「……お主が、何を謝るのじゃ」
「俺の目が見えていなかった。君の寂しいという気持ちに気付けなかった――俺の手を見てくれ」
 カメリアは、言われるままに視線をヴァルの両手に落とした。ゴツゴツした、大きな手。その手には多くの傷跡がある。
「いくつも傷があるだろう」
「ああ……おぬしは、この両手で数々の敵を打ち倒してきたのじゃな」
「……ああ。だが、本来この手は、そんなことの為にあるのではない……」
「……?」

 両膝をつき、そのままぎゅっとカメリアを背中から抱き締めた。

「……こうして、誰かを守るためにあるんだ……帝王の両手は」
 カメリアはその手を振りほどこうともせず、ただ黙ってヴァルの手の傷跡を撫でていた。

 と、その時突然地鳴りが起こった。
「何じゃ?」
「――地震か?」
 ヴァルは思わず呟くが、すぐに揺れているのは地面ではなく空気であることに気付く。

「何じゃ、あれは!!!」

 カメリアが叫び、指差した。
 そこに突如として現れたのは、影でできた巨大な龍だった。