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新年の挨拶はメリークリスマス

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新年の挨拶はメリークリスマス
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第2章


「でぇぇぇい! 待たんかあぁぁぁ!」
 辛うじて心の傷から立ち直った変熊 仮面と橘 カオル。空を飛ぶカメリアを追いかけて商店街の屋根を走っている。
「わはははは! ホレホレ、こっちじゃ!」
 カメリアはというと、わざと二人の手が届くか届かないかというところをひらひらと飛んでからかっているかのようだ。
「いつまでも逃げられると思うなよ!!」
 カオルは氷術を使い、カメリアの進行方向に巨大な氷の壁を作り出した。
「おっと!」
 思わず空中で急ブレーキをかけるカメリア、一瞬だがその動きが止まる。
「そこだ!!」
 そこにすかさず変熊の轟雷閃が放たれる!
「――!!」
 両手を前にかざし、雷術でそれを相殺しようとするカメリアだが、その必要はなかった。
「何ぃっ!?」
 何故ならば、鬼崎 朔(きざき・さく)のサイドワインダーで射出された二本の矢が、変熊の轟雷閃を邪魔したからだ。
 蝶の仮面を着けた彼女は、名乗りを上げる。

「月光蝶仮面、参上!!」
 見ると、変熊たちと同じように近くの屋根の上に登った一団がいる。
 その中の一人であり一団の首謀者、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)がずい、と一歩前に出た。
「みなさんこんばんは。お茶の間のヒーロー、クロセル・ラインツァートです」
 一団の出現によりカメリア追跡の中断を余儀なくされたカオルと変熊は抗議の声を発する。カメリアは、少し離れた空中で事の成り行きを見守っている。
「貴様、一体どういうつもりだ!」
「そうだ、ヒーローっていうんなら悪役を捕まえる手助けをしろよ!」
 だが、クロセルはそれを一笑に付した。
「はーはっはっは! 冗談を言われては困りますね! 我々が守るべきはカメリアさん! 我々は彼女が心ゆくまで暴れさせる手伝いをさせていただきます! 恋人のいるみなさんには悪いですが、まあ幸せ税ということで勘弁してください!!」

 初めて聞いたよ、そんな税。

「ぬぅっ! いちいちやっかいな! だがしかし――ん?」
「変熊! 後ろだ!!」
 クロセルに向かって攻撃を仕掛けようとした変熊だが、カオルの呼び声と共にぞくりとした悪寒を感じて振り向いた。
 いつの間に接近していたのか、ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)がいた。振り向いた変熊はファタとまともに目を合わせてしまう。大きく見開かれたファタの紅い瞳――紅の魔眼だ。
「しまっ――!!」
 気付いた時にはもう遅かった。ヒプノシスで意識を根っこから揺さぶられ、その身を蝕む妄執の効果で一瞬の内に悪夢のような幻に襲われる変熊。

「あ、ああ……違うんです、違うんですよ刑事さん……普段はもっと、こう、マツタケのような……」
 何の幻を見ているのかは知りたくもないが、変熊は中空に向かって必死に言い訳を始める。

「んふ、一丁あがりじゃ。……やれ!」
 パートナーのジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)に声をかけるファタ。それと同時に月光蝶仮面、鬼崎 朔もパートーナーを呼び出す。
「出番だ、揚羽蝶仮面!!」
 朔と同じようにデザインの違う蝶の仮面を着けたスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)はカオルに向かって機晶姫用レールガンを乱射して足止めする。
「了解であります! スカサハ……じゃなくて揚羽蝶仮面も頑張るであります!!」
「ジェーンさん! 夢の中に!! キター!!!」
 光学モザイクをかけて姿を消しているので見えないが、妙にハイテンションなジェーンは六連ミサイルポッドを二人の死角から発射した。
「わあぁぁぁ!」
 爆発音がして、商店街の屋根から転がり落ちる二人。そこにスカハサの機晶犬が走ってきて変熊のお尻に噛みついた。
「うぎゃぁぁぁー! 一時撤退ー!」

 転がりながら商店街を駆ける変熊とそれを追うカオルとにゃんくま仮面。とりあえず追跡者を撃退した一向の中で、クロセルはこっそりジェーンとスカサハに囁いた。
「……それではお二人さん、みなさんの恥ずかしい思い出をバッチリ記録しておいて下さいね。夢から覚めたら私が有効に活用しますので……あ、みなさんのパートナーのお二人には了解を取ってありますから」
 もちろん嘘である。クロセルは被害者たちの恥ずかしい思い出映像を現実世界に持ち帰り、いずれ何らかの形で大々的に放映してさらなる恥の上塗りをしようという計画を立てていたのである。

 何と迷惑な。

 だがとりあえずそういった裏の目的な別にして、表向きの目的はあくまでカメリアの援護である。
 鬼崎 朔とファタ・オルガナは元より可愛い少女に目がないので、クロセルの表向きの理由に騙されて協力しているのであった。
 とはいえ、朔に関しては裏向きの理由に関しても協力したかもしれない。ぼそりと呟く朔。
「……まあ、たまには暴れてウサ晴らししたいという気持ちも分かりますし」
「ん、何か言うたか?」
「いえ、別に」
 実のところ、朔自身も恋人とイチャつく機会が乏しかったので、フラストレーションが溜まっていたのだ。

「……お主ら、儂に協力すると言うのか?」
 カメリアは、宙に浮いたままクロセルたちに問う。クロセルは、うやうやしくお辞儀をして答えた。
「その通りです、カメリアさん。追跡者は俺たちが可能な限り撃退しますから、貴女は気が済むまで暴れて下さい」
「……何の得もないぞ」
「ご心配なく、俺たちは俺たちがしたいことをしているだけですから」

 そこに、一人の男が口を挟んだ。
「そうそう、せっかく面白いものを見せてくれるって言うんだから、乗らない手はないってねぇ」
 八神 誠一(やがみ・せいいち)はそう言うと、いつものように緩い笑みを浮かべた。どうやら、クロセルの裏の賛同者らしい。

 それとは別に表の賛同者もいる。クロス・クロノス(くろす・くろのす)だ。
「……私たちのことは気にせずに、あなたのやりたいようにして下さい。こちらも適当に動いて陽動や応戦をしますから」
 腰までの長い三つ編みと柔らかな物腰の彼女は、実年齢よりも大人びて見える。実戦闘はあまり趣味ではないが、その落ち着いた様子からは確かな実力が感じられた。

 そうそうたるメンバーにクロセルの熱も一気に上がる。
「そう、我々はカメリアさんをお守りするために参上した『デバガメ小隊』!!」

「え、そのチーム名はどうかと思いますがねぇ」
「ちょっとセンス悪いのぅ」
「ジェーンさんもイマイチだと思うであります!」
「クロセルさん、それはどうかと」
「揚羽蝶仮面もガッカリであります」
「チーム名は名乗らなくてもいいですよね?」

 見よ、鉄壁のチームワーク!!


                              ☆


「よぉし、みんな行くよ!」
 おー! と気勢を上げるのはネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)率いる【あつわん!】部隊だ。
 リーダーであるネージュは可愛らしい7歳位の少女にしか見えないが、これでも高校一年生である。また同時に百合園学生寮近くにあるスパイスカレーと創作料理の店、焙煎嘩哩「焙沙里(ヴァイシャリー)」オーナーでもある。いつもは主に白百合の生徒を相手に材料費程度のお値段で料理を提供している彼女だが、今日はカメリア一行にそのカレーをご馳走しようというのである。
 もちろん、おいしいリッチカレーを食べさせてあげようという親切心ではない。
「みんなの夢は、あたし達が守る!」
「そうとも。みんなの夢を壊そうとするのは許せない」
 ネージュに賛同したのが、リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)だ。そのパートナー、スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)は全長2mほどの日本狼に変身し、ネージュを背中に乗せている。
 ネージュのパートナーである御神楽ヶ浜 のえる(みかぐらがはま・のえる)は、リアトリスとそのパートナー、ソフィア・ステファノティス(そふぃあ・すてふぁのてぃす)陽桜 小十郎(ひざくら・こじゅうろう)に作戦の武器を配る。

「――ホットドックに見えるのだが」

 ネージュを背に乗せたスプリングロンドが呟いた。のえるが皆に配っているのはどう見てもホットドックで、特に変わったところは見られない。ネージュは答えた。
「うん、ホットドックだよ。この間、お店でカレードックをたくさん作ったでしょ? アレの中身をちょこっと超激辛カレーに入れ替えたんだ」
「はい、みんな持った? 夢の中は何でもアリ、だそうだから足りなくなったら自分で作ってね。あ、自分で食べちゃダメだよ。コレを食べたらいくら機晶姫のボクでもオーバーキル確実だからね」
 のえるが皆にホットドックを配り終えるが、ソフィアはそれを受け取るとささっとリアトリスの陰に隠れてしまった。彼女は過去の実験により動物と人間の遺伝子を組み合わせた強化人間にされ、そのせいで声を失っていたのだ。

「――」

 スプリングロンドは、その様子を見て目を伏せた。問題はソフィアが喋れないことではない、リアトリスとスプリングロンド以外の者に心を開かないことだ。彼女の意思は基本的に手旗信号でしか伝えられない、それを解読できるのもリアトリスとスプリングロンドのみだ。
 のえるは更に、スプレーボトルに入れた赤い液体を配っていく。
「こちらもネーマスター特製の液状激辛カレーチリ! こっちは催涙スプレーとして使って」
 リアトリスもまたそれを受け取ると、ネージュは皆を代表してキリっとカメリアとクロセル一行を睨みつける。
「それに、どうやらみんなのお料理を失礼な食べ方してるのがいるみたいだからね、料理店のオーナーとしては黙ってられないわ」

 そこにひょっこりと、クリスマスケーキの残骸を素手で持ったフトリがどこからともなく現れた。
「呼んだデブ?」
「!!」
 びっくりしたソフィアは、手に持った激辛ホットドックをフトリの口に放り込んでしまう。
「ん? これはなかなかのホットドック……いやいやいや、やはりこれも30てぇぇぇ!?」
 フトリはあまりの辛さに目を白黒させた、もはや点数をつけるどころの話ではない。口から火を吹きながら大きく飛び上がる。
「お口とお尻が火事デブよー!!!」

 見事なデブ花火であった。

「よし、ソフィアちゃん偉い!! みんなも続けー!!」
 ネージュの号令でメンバーは走り出す。その時、リアトリスの後ろに隠れたソフィアがちょっとだけ嬉しそうな照れ笑いを浮かべているのを、スプリングロンドは見逃さなかった。


                              ☆


「おっと、どうやら更に追手のようですねえ」
 カメリアの傍らでデブ花火を眺めたクロセルが、呑気な声を上げる。商店街の屋根に上がったスプリングロンドとリアトリスたちはカメリアとフトリに攻撃を仕掛ける。
 だが、それをクロセルたちが妨害する。
「さあ、出番ですよデバガメ小隊!!」
「だから、その名前はよしましょうって」
 月光蝶仮面、鬼崎 朔は前に出た。そこに襲いかかるリアトリスのレプリカ・ビックディッパーによる則天去私!!

 派手な音を立てて商店街の屋根が吹き飛び、それを合図にクロセルたちは空中に飛び上がり、四方に散る。

 そして、リアトリスの剣の直撃を受けたはずの朔は、依然としてそこに立っている。
 無光剣だ。目に見えない刃がリアトリスの攻撃をわずかに逸らしたのだ。
「この月光蝶仮面に挑むなら……死を覚悟してもらおう」
「ふん……ならば」
 朔の実力を相当なものと見抜いたリアトリスは、鬼神力とドラゴンアーツで自らの潜在能力を解放した。頭部から短刀のような角が生え、右目に龍の光が宿る。

「行くぞ!!!」
 ソフィアは物陰からサイコキネシスで石つぶてなどを飛ばしてリアトリスを援護し、揚羽蝶仮面こと、スカサハ・オイフェウスは六連ミサイルポッドや機晶姫用レールガンなどで月光蝶仮面を援護するのだった。


                              ☆


 一方のカメリアは高く飛び上がり、皆の様子を眺めた。
「ふん、勝手に盛り上がりおって。儂も混ぜて貰うとするかの!!」
 右手を前にかざすと、無数の赤い花びらが吹き出した。その一枚一枚はやがて人型となり、カメリアと同じ形に変身していく。見れば、全員がその手にバキュー夢を持っている。
「わはははは!! この分身は儂と繋がっておる、分身でありながら儂自身!! せいぜい楽しませて貰うぞ!!」

 こうしてクロセルたちデバガメ部隊、ネージュ率いるホットドック部隊、そしてカメリアの無数の分身たちはクリスマスイルミネーション輝く夜の街に散らばっていったのであった。

「辛いデブ! 辛いデブーーー!!!」
 あ、フトリもいたっけ、そういえば。