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リアクション
■其の参
その頃、芹沢 鴨(せりざわ・かも)は、四条大橋を一人ぶらぶらと歩いていた。
――するとそこへ。
「覚悟」
刀が光り、抜刀術で切り込むかのように、東條 カガチ(とうじょう・かがち)が一歩進んだ。だがそれはフェイントで、疾風突きの要領で一太刀浴びせ……られたら良いなと、カガチは考えていた。
――キン。
しかし欠けた鉄扇が、それを軽々と受け流す。
「久しぶりだなぁ」
愉悦混じりの表情で、芹沢が笑う。
「そうだねぇ、鴨ちゃん――っ」
マホロバ観光にきたら心の兄貴――とかいてライバルと読む、が、ただし全く敵わない相手である芹沢がいた為、まず一太刀浴びせようとしたカガチは、気がつくと芹沢の鉄扇で急襲され、地へと転がっていた。
窮地の二人の間で交わされる、挨拶代わりのじゃれあいだ。
「紳撰組がどうのって、聴いたよ」
カガチが起き上がりながら言うと、嗚呼と、芹沢が頷いた。
「これから土台をもっときちっとすりゃぁ、存在感も増すだろうな。入るか?」
今の扶桑の都の現状と、不逞浪士にまつわる話しを芹沢は滔々と語った。
その問いに、彼は首を横に振った。
「俺は属する気は無ぇかなぁ。そういうのは性にあわねぇ。ただ――」
――正義の味方とか治安がどうとかいう気はねえけどカタギの皆さんびびらすのは、よくないよねぇ。
彼がそんな事を考えていると、携帯電話が、メールの受信を訴えた。
「ちょっと待ってねぇ」
カガチがおずおずと形態を取りだし、送信者を確認する。相手は東條 葵(とうじょう・あおい)だった。
『迷子になった。牛を食べてくるよ』
そんな短文へと視線を落とし、カガチは何度か瞬いた。
「どうした?」
その表情に、芹沢が尋ねる。するとカガチが顔を上げた。
「自主的に迷子になった葵ちゃんからメールが来た」
パートナーの名を上げ、カガチは何となくその意味合いを、直感で理解した。彼は、勘が鋭いのである。
「紳撰組って入らないと活動できないのか?」
「いや、外部協力者もいる」
――恐らく不逞浪士やら何やらも此方を窺っているだろうし。
芹沢の声に思案したカガチは、一人決意した。
――『なんだか知らんが紳撰組周りにやたら張り切ったのがいる』と注目させて、葵ちゃんが動きやすくしようかねぇ。
「じゃ俺も治安維持には協力するよ」
「有難ぇ話しだな」
その時から、カガチはやたらはりきって、治安維持に協力するようになったのだった。
「……なぁ鴨ちゃん。朱い牛面の黒装束の話しを、聴いたかい?」
「朱い牛面? いいや」
「この前も扶桑の傍で見かけたんだよねぇ」
それとなく葵からの情報を紳撰組に流す事を決意しながら、カガチは今後の行動を決定したのだった。
日が高くなってきた日中、宿屋で伏見 明子(ふしみ・めいこ)が目を覚ました。
彼女は、パラ実恒例の長期休み――即ち、授業無いから毎日が日曜日である事を利用して扶桑の都の観光に来ていたのである。三本編みの黒いおさげの合間に、眼鏡をかけ、彼女は気怠い身体を布団から起こした。
外に広がるのは、曇天である。
――今一不穏ねえ、空気が。
そんな風に考えた彼女は、こういう時は宿から出ずにごろごろしているに限る、と思った。身体を横たえ、ごろごろと、布団を被る。ぐぅ、そんな寝息が聞こえてきそうな様子である。これはここ数日間、ずっと続いている光景だった。
――……おかしい。一日寝てるだけなのに、何故こんなに疲れるのだろうか。
疑念が彼女の心へと宿った。
明子は知らないのだ。
夜な夜な、水蛭子 無縁(ひるこ・むえん)が憑依して、『辻斬り』を『辻斬り』しに、自分の身体が出かけている事を。
「くく、やはり浮き世は飽きぬ物よの。英雄豪傑よりどりみどりよ」
無縁がそう口にした時には、再び明子は寝入っていたのだった。
だから、その宿の正面を、丁度よろずやの面々が通り過ぎていった事も、明子は知らない。
「何とも私らしくない仕事ですが、背に腹はかえられません」
なんでも、『幸福を呼ぶ猫』との逸話があるらしい猫を探しながら、坂上 来栖(さかがみ・くるす)が呟いた。きまぐれそうな色ののぞく赤い瞳の来栖は、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)とフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)へと視線を向ける。
二人は揃って、町人に、太った猫の絵を見せながら、消息を辿っていた。
「嗚呼、この猫なら、さっき長屋の方へ行くのを見たよ」
「え? 私は、宿屋の方へ行くのを見たけど」
「そうかな、僕は毎日寺崎屋の辺りで見るけど。それも決まって夕方」
そんなやりとりをしながら、よろずやを始めた三人は、猫探しに奔走しているのだった。
「毎日決まって寺崎屋かぁ、行ってみようか?」
輝夜が告げると、フィアナが、来栖へと振り返った。
来栖もまた頷いた為、三人は、集中的に寺崎屋の方を探す事に決めたのだった。
そこへ、遠くから水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)の声が響いて聞こえた。
よろずやの三人から少し離れた位置にある、長屋の外れ。
そこには鍛冶師をしている町人の家が建っていた。
「良かったら、入って欲しいの」
腕に定評がある家主は、突然の来訪者に、手を止めた。傍らでは彼の弟子が、真鍮を加工している。ここは包丁や農具を手がける野鍛冶の家であったが、その家主は、実の所刀政策にも定評がある事を、氷雨は知っていた。
鍛冶師として名高い彼女の直接の来訪に、家主は驚いた様子で、向き直った。
緋雨とその隣にいる天津 麻羅(あまつ・まら)をまじまじと見て、この鍛冶師は顎を縦に振る。
こうしてまた一人、鍛冶師組合の加入者が増えたのだった。
その頃、長屋の一角では、これまで酔っぱらいのふりをしていた篠宮 悠(しのみや・ゆう)が、今までに得た情報を整理していた。仮にも幕府の要職に就いている身である彼は、身分を隠して調査に出ていたのである。根回しを駆使して借りた、都の古びた長屋の一室で、彼はなりきりのスキルを用いて、昼間から酒浸りの浮浪侍を装っていたのだ。
そうして通りかかる適当な脱藩浪士に目星をつけ、酔って絡みながら長屋に一時匿っていた彼は、これまでに暁津藩の脱藩浪士を始め、不逞浪士と呼ばれる人々から様々な事を聴いていた。
渋々引っ張り込んだ浪士が、酒に付き合う態度を見せるまで反論も認めぬように、あたかも絡み酒を炸裂させるかのようなそぶりで、彼はこれまで終始酔っ払いの仕草、表情を演じる事に徹底してきたのである。
情報を整理した事には理由がある。
その日、彼の部屋には、梅谷才太郎と、健本岡三郎が連れだって訪れていたのだった。二人の腕にも、革製の腕輪が見て取れた。改革を誓う腕輪である。梅谷のそれは白く、健本のそれは、黒い。
そんな二人の語る、理想的な扶桑の都、ひいてはマホロバの未来像に、悠は表情を正し、演技を止めたのだった。
「千変万化の時代の流れの中じゃぁ、硬直的な考え方は通用せんじゃろう」
梅谷がそう述べると、健本が頷いた。
「その通り。柔軟にならないといけない」
二人のそんな言葉に、悠は、マホロバ幕府の空海軍奉行並表情をした。
――憂国の士としての志あり、彼はそう判断をして演技を止めたのである。
そして書状を取り出した。
「こりゃあ何じゃろうか」
受け取った梅谷が、呟いてから書状に目を落とす。
――そこには。
『マホロバを憂う者達を集め、空海軍奉行並篠宮悠の下を尋ねるべし』
と記されていたのだった。
「マホロバは……終わらせねぇよ」
力強く呟いた悠のその声を、二人は感動するように聴いていたのだった。
■其の四
手配師としての店を、扶桑の都の一角に構えている橘 恭司(たちばな・きょうじ)もまた、これまでに集まった情報を整理していた。手配師とは、仕事斡旋者の事であり、彼は俗に言う職安のような仕事を、その店で行っていた。壁には、扶桑の都で大々的に現在指名手配されているオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)の、全く似ていない似顔絵が貼られている。
恭司は、最近マホロバで流行している着衣を、着こなしていた。顔に傷がある、青い髪をした彼は、先日楠都子とすれ違った事を思い出しながら、実際に街に暮らす人々の手助けなどをきっかけに接触をはかり、これまでに情報を引き出してきた。
他の八咫烏の面々は、事務員や埼玉県民、井戸端会議や買い物に出向いてる奥様方、ヤンキーや街中でうろうろしている若者に扮して、情報を収集してきた。彼らは、街の各所に配置され、街に流れてる噂話や出来事の収集しているのである。
八咫烏の忍者を借り受けて情報収集をしている彼は、今では、従者と八咫烏の忍者を一般人に偽装し街に向わせ、この扶桑の都に一大情報ネットワークを築き上げていたのだった。
「朱い牛面の集団か。武神さんに報告しないとな――それに、紳撰組と扶桑見廻組の諍いの事も報告しておくか」
煙草を灰の奧まで吸い込んで、唇から煙を吐き出しながら、冷静に彼は呟いたのだった。
「それに『彼岸花』か。着々と存在感を増しているみたいだぜ」
恭司は呟くと、報告をした八咫烏の一人を一瞥した。
「報告前に、もう少し、規模や人員を明らかにしてくれ」
その声に、頷き、忍びの一人が出て行った。
当の彼岸花の者達はといえば。
まず、扶桑を見守っている秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は、手持ちのスキルであるトラッパーを駆使して、周囲に鳴子のようなものを仕掛けていた。ピンク色のツインテールが、静かに揺れている。その上で彼女は、イナンナの加護を用いて、周囲を警戒していた。
――……誰も来ない方がいいのでしょうけれどもね。
彼女よりも少しばかり遠方の場所では、扶桑見廻組が活動している様子である。
――だが。
その時、厳重な警戒網をくぐって、扶桑の木を傷つけるべく、過激派の志士が現れたのだった。扶桑見廻組の幾人かは、未だ気づいていない様子である。
「いつの世も不逞の輩という人はいるのですね……扶桑を狙うなら……その命、失うことも覚悟してくださいませ」
最初に気づいたのは、直に扶桑を警備していた、つかさだった。
「女ごときに何が出来る。どうせ命すらかけられまい」
男尊女卑思想らしきその過激派志士は、刀を振りかぶった。
「私ですか?もちろん命がけですよ、その覚悟が無いとここに居るはずが無いじゃないですか」
つかさの、大胆さを宿した赤い瞳が、妖艶に揺れる。
「殺される覚悟も無いものに殺す資格はございません……そう、何びとも」
呟いた彼女は、初手としてサイドワインダーを用いた。鏑矢を放ち、見回りに出ている樹月 刀真(きづき・とうま)に異常があったことを伝える。
そうして、我は射す光の閃刃を周囲に放った。
「近づけさせませんよ?」
「邪魔をするな、この扶桑は――」
「何かご存じなんですか?」
「教えてやるいわれは――」
言葉を放とうとした浪士に対し、彼女は、有力な情報を持っている可能性を考慮して、我は科す永劫の咎で石化させた。
「のちほど尋問させていただきましょうか」
彼女がそう口にした時、そこへ刀真と、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と玉藻 前(たまもの・まえ)が姿を現す。
「大丈夫か?」
声をかけた刀真に対し、つかさが頷く。
これまで彼らは、街巡回をしていた。
月夜の決めた巡回路を定期的に見回り、犯罪が起きれば犯人を斬り殺していたのである。 ――これで再犯も起きないし『罪を犯せば死神に殺される』という風評が立てばそれで犯罪も減るだろう。
刀真は、そう考えていたのだ。彼は、それ以外の事に興味は無かった。そんな中で、合図があった為、駆けつけたのである。
彼は、逃れようとしていた他の浪士に対し、殺気看破を用いて、その気配やその方向を探った。続いてトライアンフを使い、幅広い刀身を盾のように使ったスウェーで、がむしゃらに向かってくる相手を防御して、隙をうかがう。
「っ」
つかさへの助っ人らに隊士、浪士の一人外気を野だ。
その隙を見付け、百戦錬磨のわざを使い大剣で、刀真は相手の首を一刀両断する。
「……咎人に死を」
呟いた彼の声を、不安そうに月夜が聴いていた。
防衛計画を使って出来るだけ隙間の無い巡回ルートを作っている彼女は、常々ワンパターンにならないよう複数作ってランダムに見回る事が出来るよう尽力していた。その日中までの出来事と、現在が、乖離した者であるように感じて、目を瞠らずには居られなかったのである。
巡回中に困っている人を見かけたら刀真の手も借りてできるだけ助けてきたのである。
――皆が笑顔になれば扶桑が、白花が元気になるはず。
そう考えて回った昼の路では、平和なやりとりが行われていたのだ。
「刀真重いからこれ運んで……刀真なら、金剛力があるから簡単でしょ」
彼女がそう言えば、彼は品を運んでくれた。
「……子供が泣き止んでくれない」
また路で子供に遭遇し困っていた時は、もう一人のパートナーが助け船を出してくれたのだ。
「ほらどうした?泣いてばかりではわからんよ、我がちゃんと聞いてやるからゆっくりとお話し」
子供を優しく抱きしめて頭を撫でながら、彼女はそう口にした。
その為、月夜は口にしたものである。
「玉ちゃん凄い……エッチなだけじゃ無かった」
すると苦笑混じりの声が帰ってきたのである。
「永く……永く生きたからな」
だが、現在は、そんな日中とはかけ離れていた。
玉藻 前は、アボミネーションで浪士を足止めをしたり、ペトリファイで情報源になりそうな奴を石にして確保していた。
彼女は、後ほど石化解除薬で治して話を聞こうと考えているようである。
「大人しくしていろ……ほら、お前等を殺す死神が来たぞ」
その冷ややかな声が、周囲に畏怖をもたらした。
恐怖を与える為、ヒロイックアサルトで強化したファイアストームを使い派手に行動を起こしている。しかし無関係なものを傷付けないよう燃え散らそうとしているようだった。
「我が一尾より煉獄がいずる!」
彼女のそんな声が響く中、月夜は、刀真やつかさに対して、ヒールを用いていた。
たまたま傍を通りかかり、被害にあった町人にも同様の処置を行う。
「迷惑をかけてゴメン」
彼女のそんな声は、夜の闇の中へと熔けていったのだった。
■其の伍
本日も松風邸では、当主の堅守と、武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)達の会談が行われていた。
「指名手配はつつがなく済みましたが」
堅守が呟く。
「今日も、扶桑見廻組と紳撰組の衝突があったとの事」
牙竜が応える。
扶桑見廻組からは、紳撰組を何とかしてくれとの声が上がってくる。まだ、武神 雅(たけがみ・みやび)の根回しは行き届いていないらしい。
「どうしたものでしょうか。ここでこそ、陸軍奉行並の力の見せ所」
どこか楽しそうな風でさえある堅守の様子に、上からと下からの言論による重圧で、牙竜は苦悩していた。その眉間の皺が深くなっていく。幕府への根回しも未だ足りない事が起因しているのだろう。簡単には、未だ役割分担を果たす事が出来ないでいるのだ。
「中間管理職の如きお立場、ご苦労はお察しいたしますぞ」
堅守が労うが、牙竜の心は晴れないままだった。
その頃、別の場所では、寺崎屋へ向かう暁津藩の脱藩浪士達に、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)と月美 芽美(つきみ・めいみ)、そして緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が迫っていた。
「正直扶桑の治安には興味はないよ。私は扶桑では葦原・幕府側として瑞穂藩と戦ったこともあるけど、その時も何かのために戦ったのではなく、戦うこと自体が目的だったからねえ」
そう呟いた、透乃は、パートナーの二人へと振り返った。
「今回は噂の不逞浪士達へ突撃インタビューをしてみよう! 芽美ちゃんに撮影お願い」
そう依頼すると、透乃は、暁津藩士達の前に出た。
「貴方達みたいな弱者が、攘夷志士を気取るなんてお笑いぐさよ」
「なんだと?」
突然の罵声に、暁津藩士達が目を剥く。
「貴方達みたいな不逞浪士や、それに――面をつけた忍者に何を企んでいるの? そもそもか中心人物は誰なの?」
「不逞などと呼ばれるいわれはない――殺るか、娘」
透乃は、勿論こんな方法でしっかり情報収集ができるとは思っていなかった。本当の狙いは、煽って先に手を出させてから殺り合う事である。
寺崎屋における定例会合が始まる少しばかり前の事だった。狭い路地で、浪士達を相手にした三人は、戦闘に有利になるよう、細い路で彼らを囲む。
そしてその夜も、彼女達の手で、疾風突き等が繰り出されたのだった。
そうして夜は更けていく。
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