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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■■第二章

■其の壱


 翌朝。
 新撰組の屯所の敷地内に施設された道場では。
「良いか、お前ら――! 道場剣法と実戦は違う。その事をしっかりと意識しろ」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)が、厳しい檄を飛ばしていた。
「いざという時にビビって動けなかったりするんじゃないぞ、良いか?」
「はい!」
 隊士達が威勢良く返事をする。
「背中見せて逃げたりするんじゃないぞ、分かってるな?」
「はい!」
「そこ! 素振りが甘い!」
「はい!」
「返事だけすればいいってもんじゃない! 本当に分かっているのか!」
「はい!」
 周囲には副長の持つ刃引きした刀が風を切る音が響き渡る。その光景を、罪と呪い纏う鎧 フォリス(つみとのろいまとうよろい・ふぉりす)が感慨深そうに眺めていた。
「甘いって言ってるだろうが! 腕立て千回!」
「はい――って、そ、そんな副長!」
「やれといったらやれ」
「は、はい! え……お、鬼だ……」
「何か言ったか? 腕立て二千!」
 不平を述べた隊士に向かい、絃弥の携えた竹刀が勢いよく向けられる。
「は、はいッ!」
 他の一同は、乱れを見せない様子で、素振りに励んでいる。黒地に金色のふちどりが美しい紳撰組の制服が、その度に揺れている。左の肩には、桜が彩る誠の字が描かれていた。
「なかなか筋が良いな」
 絃弥が、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)の前で立ち止まる。するとフォリスもまた同意を示した。
「強者であろうな」
「有難う」
 幼い頃から帝王学を叩き込まれて生きてきた海豹仮面は、副長の声にも臆することなく礼を述べる。そのまま彼は、素振りを続けていた。
 三人がそんなやりとりをする道場の天井間際の壁には、よく青い空が見える格子状の窓がある。
「おぉ、こっちの空も青いですなあ」
 何とはなしに海豹仮面が口にすると、絃弥が声を上げた。
「私語をするな」
「そうですねぇ。すみません。ただ局長の眼差しに似ていると思ってねぇ。君も――副長もそう思わないですか?」
「……言われてみれば、そうかもな」
 確かにマホロバの空の色と、近藤勇理の深い瞳の色は、どこか類似した雰囲気を醸し出しているかも知れなかった。そこへ噂の主が、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)を伴ってやってくる。
「副長、そろそろ参番隊組長の『天震嵐磨流剣術』の講義と、朝倉さんの特別講義『逮捕術』の時間だ」
「近藤さん」
 勇理の声に、絃弥が振り返る。同時に、腕立て伏せから解放された事に、隊士の一人が安堵した様子で汗を拭った。
「一同、構え!」
 レティシアが絃弥に代わって声をかける。すると即座に二人一組に分かれた隊士達が、竹刀を向け合った。
「始め」
 打ち合う音が、道場に響き始める。それを見守りながら、勇理が千歳に振り返った。
「逮捕術とはどのようなものなんだ?」
 勇理が言うと、道場の隅で一同を見守っていた藤堂平助も頷く。
「ちょっと興味あるな」
「藤堂さん」
 勇理が振り返ると、藤堂が壁から瀬を離して向き直った。
「ほ、本物の藤堂平助……!」
 新撰組ファンの千歳の頬に、僅かに朱が指した。
「ああ、と、その逮捕術というものは……」
 わずかばかりしどろもどろになりながら、千歳が語り始める。
 後ろ手には、『新撰組』のサインを求めてか、ペンが握られていた。
 逮捕術とは、不審者や犯罪者を捕らえるためのスキルである。千歳は、紳撰組の話を屯所で聴き――法と秩序を尊び、治安を維持するという趣旨は判官と通じるところもあるし、その心意気は素晴らしいと考えたのである。
 その為、人員不足で困っている紳撰組に対し、微力ながら力になりたいと申し出たのである。とはいえ、彼女はヴァイシャリー在住なので、正規の隊士とはいかないが、助っ人として手伝いぐらいは出来るとの意向だった。
「史実の新撰組は当時の逮捕術が未熟だったこともあって相手を斬ってしまうことが多かったが、紳撰組も同じだと民衆の支持を得ることは難しい」
 千歳は、説明しながら一人大きく頷いた。
 次第に耳を傾ける隊士達が増えていく。
「そこで、判官仕込みの逮捕術を手ほどきしようかと思う。逮捕術は、判官の基本だからな。可能な限り相手を傷つけない、ましてや、無関係な庶民を巻き込まない。そんな技術だ。これは、警察組織としては、必須だと思うからな」
 納得しながら勇理が聴いていた時、レティシアが長原 淳二(ながはら・じゅんじ)を見据えて拍手した。
「あちきが思うに、相当筋が良いねぇ」
「ありがとうございます」
 黒い瞳を揺らして応えた淳二の前には、既に四・五人の隊士が、敗して横たわっていた。
「貴女達も本当に筋が良い」
 続いてレティシアが、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を見据える。
 彼女達それぞれの前にも、同数の隊士達が転がっていた。
「勇理、壱番隊組長が、組織編成の事で話しがあるって」
 そこへ楠都子が、局長を呼びに来た。
「今行くよ」
 こうして他の面々を残し、勇理は道場を後にしたのだった。


■其の弐


 勇理が都子と伴って訪れたのは、屯所の外れにある茶室だった。勇理がふすまを開けて中へと入った時、そこではミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)イルマ・レスト(いるま・れすと)が、財政について語り合っていた。
「組織で一番重要なものは何だと思われますか?」
 イルマの率直な問いに、ミスティが色白の頬へと手を添えた。
「人材、設備、それも重要ですが、何よりも先立つもの。――つまり予算、お金ですわ。組織で重要なのは予算ですよ、予算」
「同感ですわ」
 頷いて見せたミスティに、イルマが深々と頷く。
「予算が無ければ組織は動きません。誰も霞を食べては生きていけませんもの。出来たばかりの組織、資金も潤沢とは言えないでしょうから、無駄を省き、節約していきませんと」
「財産管理が重要ね」
 勘定方として尽力しているミスティの声に、イルマが微笑した。
「ええ、仕入れも一箇所からではなく複数の業者で見積もりを取り、競争させればもっと抑えられます」
「だとすると最近評判の良い『久我内屋』を当たってみましょうか。――他にも悩みはつきないわ。隊士の遊郭遊びと酒三昧を何とかしないと」
「遊興費など、ばっさりカットです。それぐらいは個人の小遣いから出して頂かないと」
 二人のそんなやりとりに、心の中で頷いてから、勇理は壱番隊組長の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)へと歩み寄った。傍らでは、女性二人のやりとりをヘイズ・ウィスタリア(へいず・うぃすたりあ)が見守っている。
「話しとは?」
 声をかけた勇理の前で、正悟が腕を組んだ。
「そろそろ大所帯になってきたから、紳撰組の変性も明確化するべきじゃないか?」
 現在まで、暫定的に『局長』や『副長』、各組長職があったこの組織ではあるが、彼の言う事はもっともであった。
「そうだな」
 同意した勇理は、正悟の隣に腰を下ろす。
 すると彼は、紳撰組の正装の袖の乱れを直しながら、言葉を続けた。
「まずは壱番隊から伍番隊ぐらいまで組織化を図り効率化しよう」
「そうだな。壱番隊の組長は、正悟、君として――」
「待ってくれ。これまで暫定的にやってきたけどな、良いのか、俺はただ――」
「正悟しかいない」
「まぁまぁ正悟、局長もこういってる事だし」
 ヘイズの声に、勇理が大きく頷いた。
「宜しく頼む、壱番隊組長と、その部隊長として」
「え、僕も?」
 狼狽えたヘイズの前で、都子が拍手をしてみせる。
「そもそも局長は私で良いのか? 副長は、絃弥として」
「勇理が局長で、鬼の副長が副長なのも良いだろう」
「――有難いな。後は、三番隊組長件副長助勤はこれまで通りレティシアに。勘定方は、ミスティに任せたいと思う。救護班は、ミシェルと銀として」
「そうだな。後は弐番隊と、四番、伍番隊の組長をどうするかだな」
「ぐらいといっていたな、正悟。七番隊まで設けて、四番隊組長を長原 淳二(ながはら・じゅんじ)、五番隊隊長兼広報班を日下部 社(くさかべ・やしろ)、六番隊組長を海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)、七番隊組長をセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とするのは、どうだ? 六番隊の部隊長は、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)として」
 先程の道場での光景を思い出しながら、勇理が提案した。
「良いと思う。弐番隊はどうする?」
 局長の言葉に頷きながら、正悟が首を傾げる。
「経験と見識の深さがあるから――私は、伊織が良いと思う」
 そう告げると、部屋の一角で茶菓子を頬張っている土方 伊織(ひじかた・いおり)サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)、そしてサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)へと勇理が視線を向けた。
「そして外部協力者として『参謀』、草薙 武尊(くさなぎ・たける)。『文武師範』として朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)も推薦する。勘定方はミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)、救護班はミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)影月 銀(かげつき・しろがね)、探偵方は都子と斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)、それに大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)東郷 新兵衛(とうごう・しんべえ)、諸士取調役兼監察方は、七枷 陣(ななかせ・じん)仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)にお願いしよう。総長は、スウェル・アルト(すうぇる・あると)達にお願いしたらどうだろう」
 勇理のその声に、正悟は頷いたのだった。
 特に、鍬次郎は生前こそ新撰組諸士調役兼監察だったが、現在は、『悪人商会』の情報通信のコネを使い、不逞浪士の情報を勇理達に教えてくれているのである。
「そ、そんな僕に務まるでしょうか、はわわ」
耳に入った伊織が驚いて振り返る。
「大丈夫ですよ、これまでにも沢山の経験があるんでしょう?」
 都子が大きく頷くと、サティナもまた面白そうに笑って同意した。
「大丈夫であろう」
 こうして正悟の主導により、紳撰組は徐々に明確な形を成していったのだった。
「なんだ、どこかで聴いた事のある隊列だな」
 そこへ芹沢 鴨(せりざわ・かも)がやってきた。
「芹沢さん――やはり、新撰組をモデルに、と考えまして」
 素直に勇理がそう述べると、芹沢が鉄扇をゆらしながら薄く笑んだ。
「その件で、来客があってな。ちょっと顔を出さねぇか」
「無論、承ります――正悟、都子、後の事は任せる」
 そう応え、勇理は立ち上がったのだった。