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結成、紳撰組!

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結成、紳撰組!

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■其の参


 太陽が、路にさんさんと降り注ぐ。
 その頃扶桑の都の一角には、『よろずや』と書かれた立て看板を持つフィアナ・コルト(ふぃあな・こると)と、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)坂上 来栖(さかがみ・くるす)の姿があった。
 事は先日にさかのぼる。

「お二人とも財布をすられるだなんて、少し気を抜きすぎですよ、しょうがないから私が立て替えて……あれ」

 観光に出かけた三人は、スリの被害にあったのである。その時そう口にした来栖は、自分自身のお財布がない事に、非常に動揺していた。
 そうこうして、彼女達は何とか旅費を稼ぐべく、『よろずや』をはじめる事にしたのである。
「なんとかなるかな」
 ポニーテールの黒髪をした輝夜が、その麗しい瞳に、不安の色を宿す。
 するとフィアナが大きく頷いた。情に厚そうな青い瞳で彼女は輝夜を見る。
「大丈夫」
 現実的な性格をしている彼女だから、本当は大丈夫だとは思っていなかったのかも知れない。
 けれどその時、フィアナは輝夜を元気づけるためにそう口にしたのである。
「とはいえ……お客さん来ませんね」
 来栖が往来を見渡しながら呟いた。
 ――そんな時の事である。
「『よろずや』……? これは丁度良いな」
 自問自答するように、声をかけた久我内 椋(くがうち・りょう)が、パートナーのモードレット・ロットドラゴン(もーどれっと・ろっとどらごん)坂東 久万羅(ばんどう・くまら)に振り返った。椋は、東雲遊郭に呉服をおさめるなど、手広く商売をしている『久我内屋』の経営者だ。短い黒髪が、風格ある仕立ての良い衣によく似合っている。元々商家の家の出のせいか、はたまた本人が備え持った才覚故なのか、久我内屋の評判は、この動乱の扶桑の都にあって、鰻登りだ。
 その久我内屋のある店舗には、招き猫みたいで縁起が良いと、家屋を借り受けた時から一匹の恰幅の良い猫が住みついていたのである。出不精でほぼ家から出ないのんびり屋という性格なのだが、何故なのかここ数日は、外出する事がある。
「そうだな。今朝までいたというのに、またどこかへ――」
 モードレットが思い出すように、翡翠色の瞳を静かに揺らした。その美少年とも美少女とも着かない、金色の髪が、久万羅へと向けられる。
「あっしも探した方が良いと思いますぜ」
 生粋のマホロバ生まれである久万羅が、大柄な体躯を揺らした。とても几帳面な性格をしている彼は、椋の信頼も厚い。逆にそれだけ久万羅が熱心に働いているというのもある。 彼は、飢餓に苦しんでいるところを椋に助けられた鬼なのだ。
「そこのよろず屋さん。猫探しをお願いしたいんですが」
 椋がそう声をかけると、輝夜が微笑んだ。
「あ、依頼」
「なんなりと」
 フィアナもまた笑顔で応えると、来栖が首を傾げた。
「どのような猫ですか?」
「太り気味だ」
 モードレットが顎に手を添え、考える。
「名前は?」
 輝夜が重ねて尋ねると、椋が腕を組んだ。
「無い」
 元から居着いていた猫であるから、特に考えていなかった椋は、黒い瞳を困ったように揺らす。
「無い?」
「それが――」
 猫の子細を久万羅が語ると、よろずやの三人は、納得がいったようにそれぞれ頷いた。
こうして、よろずやの三人は、久我内屋からの依頼を受けて、この扶桑の都で猫探しをする事になったのである。


 その頃探されている猫はといえば、長屋の前を通り過ぎようとしていた。
 肉球が地を踏み、すぎたその部屋。
 そこでは、点喰悠太と名乗っている佐々良 縁(ささら・よすが)が、帰宅したところだった。
 胸をつぶし男装している彼女は、戸を閉めると早々に、点喰 森羅(てんじき・しんら)に声をかける。一緒に帰宅した孫 陽(そん・よう)はといえば、屈み仕事が多かった為、体を伸ばしていた。
「はなちゃんは帰ってきた?」
「まだだよ」
 蚕養 縹(こがい・はなだ)の帰りを待ちながら、森羅は紙の準備を始めた。
 ショートの白い髪が静かに揺れる。
 日中縁は、陽と共に、情報収集をしているのである。縹も同様だ。それを取り纏めるのが森羅の勤めなのである。
「今日はどうだった?」
 彼がそう尋ねると、縁が茶色い髪を揺らし、優しそうに微笑んだ。
「今日も沢山の事を知ったんだよねぇ」
 ボブカットの毛先を揺らしながら、陽との道中を縁は思い出した。

 孫 陽(そん・よう)の本業は、獣医である。彼は、髭を蓄えた知的な顔立ちをしていて、黒い髪をいつもの通り後ろで束ねていた。男装した縁を助手という事にして、彼は馬屋が並ぶマホロバの一角や武家屋敷を、端から回っていった。
「とても立派な馬ですね」
 優れた相馬眼を持つ陽の言葉に、飼い主も満足そうな顔をする。
「そうじゃろう、そうじゃろう」
「流石は暁津藩の重鎮のお宅ですねぇ」
 のんびりとした口調で、童顔の縁が口にした。
「褒めるでないわ。――しかし、そうじゃな。この馬も、本来であれば若い家臣に譲ってやりたい所なのじゃが……脱藩者が止まらないゆえ、何ともうまくいかない」
「どうして脱藩者が出るんですか?」
「藩内の改革もままならず、暁津勤王党が勢力を増しておるゆえな――改革改革と簡単に言うが、これまでこのようにわしは生きてきた。その軌跡を簡単に捨てる事はおろか、否定する事も出来ないのじゃよ」
「そうなんですか」
 相づちを打った縁に、溜息混じりに暁津藩の人間は頷いた。
「近頃は、第四龍騎士団の龍騎士が上空を待っている姿が目撃される事も多い。町人も怯えている。だというのに、全く我が藩の若者達は、嘆かわしい行いばかりだ。梅谷などその筆頭だ。あやつは、脱藩まで……はぁ……」
「ご苦労なさっているのですね」
 陽が優しく気持ちを汲むように声をかける。
「お代は?」
 すると暁津藩士が尋ねた。
「お代は最低限いただければ十分ですよ…そうですね、なにか面白い話はありませんか?」


「――というような話しをしたんだよねぇ」
 縁の言葉に、陽が大きく頷いた。他にも彼女は、『人の心、草の心』を使い紳撰組と扶桑見廻組が喧嘩したなど、噂の現場にある植物から情報収集を行ってきた。
 それらの話しを森羅が、必要な場所を抜粋して、書き留めていく。
 そのとりまとめを一瞥しながら、陽が呟いた。
「……となりますと、このあたりで動きがありそうですね」
 その時、大きな音を立ててふすまが開いた。
「戻ったぜ――って、あねさん達も戻ってたのか」
 そこへ蚕養 縹(こがい・はなだ)が戻ってきた。彼は、人状態となり髪が目立つので黒く染めて、耳を隠して行動していた。情報収集のため扇子や傘用の紙に絵をつけて売りあるいていたのである。さしずめそれは、ちょっとこじゃれた地紙売りのような趣だった。

「春の桜に節句の菖蒲、傘のほころび、障子ふすまの繕い紙ー」

 日中彼は、そんな言葉を口にしながら、様々な場所を巡っていたのである。
 町の御主人、奥さま方や子供集から主に忍びの噂の裏をとっていたのだ。
「ま、向こうさんの方が玄人だろうが、何にもしねえよりはいいな」
 話から噂の現場に赴き、何か痕跡がないか探ってみるなど、地に足の着いた調査を行っていたのが、彼である。
 そうして、情報整理の為に、彼は長屋へと戻ってきたのだった。

 こうして長屋は、さらに賑々しくなっていく。
 もう日は落ちようとしていた。