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リアクション
■其の四
「梅谷才太郎さんですよね?」
屯所へと戻るという近藤勇理に追い返され、ぶらぶらと四条大橋を歩いていた梅谷は、唐突にそう声をかけられ、目を瞠った。
振り返ればそこには、桐生 円(きりゅう・まどか)とオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)の姿がある。
言葉をかけた円は、僅かに波がかかった緑色の髪を夕暮れの風で揺らしながら、梅谷の姿をまじまじと見た。
「えっと――男の人」
「確かめてみるかぇい?」
「結構です」
「暗殺に来たのか」
静かに変化した言葉尻に、慌てて円が首を振った。
――自分で世を変えるやり方が解らないなら、解りそうな人に聞いて学んでみるべきなのだろう。
そう考えていた彼女は、内心で瑞穂睦姫の事を思っていた。
「坂本龍馬という人を聴き知っているのですが」
「俺も、知っちゅうよ」
「貴方ですか?」
「『日本を今一度洗濯いたし申し候』? この場合は、扶桑やろうか」
飄々とした様子の梅谷は、円達に向き直った。
「世に生利を得るは、事を成すに在り――何をしに来たんじゃろうか?」
「『軍中龍馬奔走録』と『龍馬の手紙』の中に見られる言葉ですね」
特技の基礎教養を発揮して、円は返す。
「貴方は坂本龍馬なんですか?」
確か、日本は土佐出身の幕末に活躍した攘夷志士が、梅谷才太郎と名乗ってはいなかったかと思いだし、円は尋ねた。坂本龍馬の名声は、多くの人が耳にした事があるだろう。
――頭がすごく柔らかい人だったから、聞いてみるべきだと思う。
円は、今のマホロバを嘆いていた。
――この国何とかしないと不味いよね。だけど、全く違う世界の問題だしどうしよう……今のマホロバには契約者の数も少ないから戦力的にも微妙だよね。
そんな思いで、彼女は梅谷に向き直った。
「どうして暁津藩を脱藩したんですか?」
この問いは、彼女の友人を思っての言葉だった。
――瑞穂藩から脱藩した人達をなんとかしないと、友達の睦姫ちゃんも戻ってこられないし。
「どちらか一つばあ答えるよ」
その回答に、円が唇を噛む。
仮に坂本龍馬の英霊であるのだとすれば――……と、思案した結果。
彼女は告げた。
「何故、脱藩したんですか? ……そして、脱藩した方達には、どうすれば……」
「天下の事は危うしとも、御気の毒」
何かを察するようにそう告げた梅谷は、細く息をつくと腕を組んだ。
「坂本龍馬先生ですか? 梅谷才太郎って先生が使っていた偽名よね?」
嘘感知のスキルを使い、オリヴィアが再度尋ねた。
「ほりゃあ才谷梅太郎だ」
オリヴィアの長い銀髪と赤い瞳を正面から見つめ返し、梅谷が肩をすくめる。
「ちょびっと約束があるからまた会おう」
梅谷はそう告げると、ひらひらと手を振って歩き始めた。
円とオリヴィアは顔を見合わせてから、その後ろ姿を見守るしかない。
そんな梅谷の姿を見送りながら、影から見ていたユーナ・キャンベル(ゆーな・きゃんべる)が、シンシア・ハーレック(しんしあ・はーれっく)と山田 朝右衛門(やまだ・あさえもん)へと振り返った。
「やっぱりただ可愛いからって言う理由だけなのかな」
ユーナのその声に、シンシアが溜息をつく。
「そうかもしれないわね。いまいち坂本龍馬なのかどうか分からない」
「攘夷志士と新撰組局長の関係か」
朝右衛門がひっそりと呟いた。
一方、歩き始めた梅谷才太郎は、両手を組んで後頭部に宛がった。
職人達が店を連ね、武家屋敷も並ぶ、活気のある魅谷甲良屋敷を過ぎ、長屋の並ぶ通りを歩く。太り気味の猫が、彼の先を歩いていった。
長屋の端の家からは、酔いどれた町人らしき者が出てきて、一見して攘夷志士と分かる若い侍の腕を退いている。その片脇では、『よろずや』『どんなお仕事でも大歓迎』と書いた看板を手に、周囲に視線を彷徨わせている三人組の姿がある。
そんな通りを過ぎて、彼は寺崎屋へと向かって歩いた。
既に顔なじみになっている女将と雑談をかわした後、緩慢な動作で階段を上っていく。
寺崎屋は、俗に不逞浪士などと呼ばれる事もある、脱藩浪士や攘夷志士の集まる店である。
正直なところ、不逞と呼称されて仕方のない行いをする者もいるのが実情だ。
だが自分自身に対してその自覚はない梅谷は、待ち合わせをしているある部屋の扉を開けた。
そこには、八神 誠一(やがみ・せいいち)、そしてオルレアーヌ・ジゼル・オンズロー(おるれあーぬじぜる・おんずろー)と久坂 玄瑞(くさか・げんずい)の姿があった。
――紳撰組から要注意扱いされてる程の人物、維新志士としては一度話をしてみたいねぇ。
そんな心境でこの場へと訪れた誠一は、梅谷の姿に、一見脳天気そうな視線を静かに向けた。その奥深くには、冷徹な性格が滲んでいる。
「市井の乱れは政治の乱れ、って言葉があるけど、今のマホロバってその通りになってるなぁ」
世間話でもする風に誠一がそう切り出すと、梅谷が吐息に笑みを載せた。
「そうじゃね」
「幕府上層は権力の取り合いをやらかしてるし、下層は騒ぎを起こしてでも自分達の考えを主張しようとしてる」
「扶桑見廻組と紳撰組――難しいとこじゃね」
応えながら、梅谷は腰を下ろした。
「その上、今度はマホロバに住む人間を、シャンバラに属する人間が取り締まろうとするなんて――治安維持は大いに結構。だけど、政治中枢にシャンバラの人間が深く食い込んでいる現状は、下手すればシャンバラによる思想弾圧と受け取られて、幕府はシャンバラの傀儡だ、なんて言われてもおかしくないんだけどねぇ」
「ほりゃあ紳撰組の事か?」
梅谷が誠一にそう返答した時、とっくりとお猪口が運ばれてくる。
二人のやりとりを見守っていたオルレアーヌが、薄茶色のシャギーの髪を揺らしながら、酒を注いだ。
「私達は、老中殺しの黒幕として追われる身なので、多分紳撰組からすれば取り締まられる側です」
冷静かつ慎重な彼女の声に、梅谷は軽く頷いてみせる。
オルレアーヌは、楠山という名の幕臣を殺めた事件の首謀者だ。
「貴方の言葉――訛りがありますね。このマホロバのものとは、明らかに違う『〜かぇい?』というのは、日本における西方特有の訛りだったかと」
彼女にそう追求されると、梅谷は瞬いた。
オルレアーヌはと言えば、梅谷が近藤勇理と接触する理由は何なのか、また梅谷の真意はどこにあるのかが気にかかっていた。色白のかんばせに輝く緑色の瞳が、梅谷へと向けられている。
「少し外を警戒してくる」
玄瑞がそう告げると、誠一もまた立ち上がった。
「僕も行くよ」
そうして二人が外へと出て行き、梅谷とオルレアーヌは二人になる。
それを見送りながら、ぐい、と梅谷が酒をあおった。
「おまんは日本人にゃ見えん」
「フランスに居た期間よりも日本での生活が長いものでして――日本語も訛りくらいは聞き分けられるのですよ」
フランス出身の彼女の言葉に、納得がいったように梅谷が頷いた。
「そう言えば――かつて地球には才谷梅太郎、という偽名で活動していた有名な方がいらしたそうですけど――才と梅を入れ替えると梅谷才太郎。偶然でしょうか?」
「何故?」
「興味があるから」
「心ばえ大丈夫にて男子などおよばず、それにいたりて静かなる人なり」
梅谷はそう返すと、猪口を口元へと寄せる。
こうして寺崎屋である夕暮れが、過ぎていったのだった。
■其の伍
その頃先程、梅谷才太郎が見かけた酔っぱらい――篠宮 悠(しのみや・ゆう)は、お忍び現地調査を行っていた。ぼさぼさの黒髪をした彼は、実の所、マホロバ幕府の空海軍奉行並である。
――不逞浪士を放ってはおけんが、暁津藩や脱藩者の腹の内も知っておきたいな。
そんな心境で、彼は通りがかった暁津藩士を、長屋へとひっぱりこんでいた。
幕府の要職に就いている身である彼は、その立場であるからこの都を憂いて身分を隠して調査に出たのである。スキルのなりきりをいかしての行動だ。
「異国の龍だか蜥蜴だか知らねぇが好き勝手暴れてるっつーし、幕府のお偉いさんは優柔不断だし、やってらんねぇよ! オウお前さんも呑みな! どうせ外はまだ暫くお役人どもがうろついてんだしよぉ!」
暁津藩士は、その言葉にしぶしぶ長屋へとあがった。
「暁津藩は少しはマシな事言ってるようだけどよぉ……お前さんはどう思うよぉ?」
「俺も暁津藩の人間なんだが……」
まぁ酔っぱらいか。
そう考えた藩士は、進められた酒をあおる。
あおった彼は、無論知らない。
悠が、終始酔っ払いの仕草、表情を演じる事に徹底している事を。酔っ払いの愚痴り合いの空気に持ち込み、暁津藩の方針や考え方、脱藩者は何故藩を離れるのかを聞き出そうとしている事を。
また梅谷才太郎が向かった寺崎屋の隣の部屋では。
「『不逞浪士』なんて呼び方されて、君たちは悔しくないのか?」
トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が、知的な青い瞳を集まった人々に対して向けていた。
彼の金色の髪を、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が見据えている。彼は、茶色く長いウェーブがかった髪を静かに揺らしていた。育ちが良さそうな優しい顔立ちをしている。そんな子敬を、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が見守っていた。彼はベリーショートの薄茶の前髪を弄っている。
トマスの熱弁に対し、ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)は乳白金のセミロングの髪を揺らしながら、静かに頷いていた。
四人の闖入者に対し、攘夷に燃える脱藩志士や集まっていた皆は、呆然と視線を向けている。
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