波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

結成、紳撰組!

リアクション公開中!

結成、紳撰組!

リアクション

■其の参


 事は少しばかり前へとさかのぼる。
 まだ日の高い扶桑の都にて、朝露に紫と白の菖蒲が濡れていた頃合いだ。
 新撰組の屯所の一角でくつろいでいた芹沢 鴨(せりざわ・かも)の元へと、椎名 真(しいな・まこと)原田 左之助(はらだ・さのすけ)、そして日堂 真宵(にちどう・まよい)土方 歳三(ひじかた・としぞう)が訪れた。
「芹沢さん、沖田さん達が、試衛館の扶桑支部道場を立ち上げる事にしたんです。ね、兄さん」
 佐之助へ兄さんと呼びかけてから、真は芹沢に向き直った。佐之助は首を縦に振りながら、周囲を気にしている。やはり生前、手をかけた楠小十郎――現、楠都子の事が気にかかっているのだろう。
「試衛館か、懐かしい名前だな」
 芹沢自身は、練兵館が嘗て江戸の三代道場に数えられた神道無念流の免許皆伝を受けている身だが、同規模の勢力を誇っていた天然理心流の事も勿論聞き及んでいる。その天然理心流の道場が、その昔幕末の江戸――市ヶ谷甲良屋敷の界隈にあった試衛館なのである。
「道場を開く事から、影から紳撰組のサポートができればと思うんだ」
 真の声に、芹沢が唇の片端を持ち上げた。
「紳撰組、ねぇ……――それで良いのかい?」
 芹沢が佐之助へと視線を向ける。
「……思う所はあるが……この世界で志持つ奴の力になれりゃいいな」
 歳三もまた頷く。
「どうあれ嬉しいじゃねえか、俺達の新撰組を下地に志しを持ってくれるってのはよ」
 彼らのその言葉に、芹沢が何度か頷いて見せた。
 そこで芹沢がふと何かに気づいたように、鉄扇を音を立てて閉じた。
「所で近藤は?」
 すると真宵が告げる。
「近藤? ああ、あのオジサンなら多分又道に迷ってるんじゃなくて?」
 その声に歳三が応えた。
「気にするな、近藤さんはどうせ遅刻だろう」
「しかしそうか補佐ねぇ。じゃあちょっくら勇理の奴を呼んでくる」

 そんなやりとりを経て、芹沢は勇理を呼びに来たのだった。
 訪れた勇理は、中世的な容姿をしており、美少年然とした様子だ。
「良い事閃いたわ。こっちの近藤と向こうの近藤をトレードしましょうそうしましょう」
 手を打ち微笑んだ真宵が、青い瞳を勇理へと向ける。色白の頬の上で、緑色の瞳が愛らしく輝いていた。
「……」
 そうした様子に、歳三が端整な顔立ちへと怒りの色を宿す。
「じょ、冗談よ」
 気がついた真宵が慌てて唇を尖らせた。
「お初にお目にかかります」
 深く礼をした勇理に対し、怒り事吐き出すように歳三が細く呼気をした。
「実戦の経験は?」
 唐突に尋ねられ、勇理は瞠目する。
「――正直なところ、満足にあるとは言えません」
 素直なその回答に、歳三が小刻みに頷いた。
「経験不足等は、生死に関わる。そうだ、沖田の道場で実戦踏まえた特訓で腕を磨くのはどうだ?」
 こうして勇理は、歳三達に誘われて、新撰組の道場へと向かう事にしたのだった。


 その後、藤堂平助も加わり、芹沢や勇理らが、試衛館の扶桑支部道場へと訪れたのは、日が高くなった頃だった。
 中へとはいると、そこには数多くの民衆の姿が見て取れる。
「すごいな」
 勇理が思わず感嘆の息を漏らすと、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が微笑した。
「ここは、護身術から本格的な戦闘技術まで学べ且つ庶民に親しまれる道場をスタンスにしているんです」
「なるほど」
「良かったら、新撰組の隊士の皆さんも、此処で鍛練を積んではいかがですか?」
「そうだな――私だけではなく、皆にも声をかけてみよう」
「良い事だと思いますよ。扶桑見廻組の方もいらしていますし、双方から門下生が誕生し、道場での交流を通して友好関係が築かれれば、両組織が友好的に付き合えるようになるきっかけとなるかもしれません」
 ――いや、むしろ友好関係を構築できるように努め、少しでも扶桑の都の情勢が安定するように、人々が安心して暮らせる情勢になるように尽力する。
 優斗がそう思案していた時、勇理は、鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)の姿をまじまじと見ていた。
 灯姫は長い黒髪の奧から、赤い瞳を優しくのぞかせている。その視線の向かう先は、未だ年若い少年だった。
「どうして道場へ?」
 その時少年に、灯姫が尋ねた。
「龍騎士が空を飛んでくるから、妹が怖がってるんだ。だから僕が強くならないと」
「そうか」
 都の人々の不安や悩みに接し耳を傾けている彼女の姿に、勇理が何度か瞬いた。
「どこかで見た事があるように思うのだけれど……」
「将軍家からお忍びでお越しになっている、前将軍の縁者なのです」
 諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が勇理の疑問に答えた。
 孔明は続ける。灯姫は、一般の人々と交流し、苦楽を共にしているのだと。
「そして私達は、民の鬼城家への親近感や信頼感を高め、マホロバの未来ために、仲間として共に頑張れるようにしていきたいと思っているのです。勇理殿にも協力していただければ幸いなのですが」
「尽力しよう」
 応えた勇理に対し、孔明は高尚な色合いがのぞく黒い瞳で穏やかに頷いた。
 その場に、沖田 総司(おきた・そうじ)のかけ声が響いてくる。
「次――! って、あれ、平助? それに芹沢さん!」
 総司はそうして、勇理達の姿に気づいたようだった。
 奉行所などでは対応してくれないような都の人々の悩みを解決したりの紆余曲折で、次第に民に親しまれつつあるこの試衛館の名を、本格派の道場たらしめているのは、総司その人だった。次第に名を馳せていく一方のこの道場で、激しい指導を行っているのが、彼である。
「良かった、あえて。そうだ、稽古も一区切り着いたし、どうかな、一杯」
 嬉しそうに藤堂へと歩み寄った総司が、超有名銘柄の日本酒を角の一角から携えてやってくる。
 鉄扇で風を送りながら、芹沢が、その光景を楽しそうに眺めていた。
 勧められた藤堂はといえば、まんざらでもない様子で、はにかむように総司を見ているのだった。


「なんだ勇理ちゃんおらんのか」
 その頃、紳撰組の屯所で近藤の不在を知った梅谷才太郎は、呟きながらぶらぶらと大白寺の正面を通り過ぎていた。
「梅谷さん」
 そこへ桐生 円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が、再びやってきた。
「また会おったね」
 梅谷が振り返ると、円が尋ねる。
「梅谷さんは、マホロバの事をどう思っているんですか?」
「世界の話しも相成し申すべきか……兎角、マホロバは扶桑の都は今は荒れちょる」
「ボクもマホロバって。このままの状態でいるとエリュシオンに吸収されるだけだと思ってるんだ。友達が不幸なまま終わりそうだし。なにか方法を探さなきゃいけないだ」
「友達?」
「うん、大切な友達なんだ――坂本先生の思想にふれてれば、自分の考えを固められると思うんだ、迷惑かと思うけど、しばらくお手伝い、というか弟子にして貰えないかな?」
「坂本先生みたいね、この子が坂本先生の弟子になりたいって言っているの。ちょっと話を聞いてくれないかしら?」
 オリヴィアが告げる。嘘感知の能力により、彼女は真偽を知っていたが、あえて坂本と口にしてみる。
「坂本先生がやないけど」
 その声に、間髪入れずに否定した梅谷は、円へと再度視線を向けた。
「見た目は小さいけど、護衛とか出来るよ?」
「期待しちょるわ」
「そういえば今の紳撰組の英霊の面子って、早く亡くなった方ばかりですよね。近藤さんに御執着な様子ですけど、なにか気になってるの?」
 円がそう尋ねると、梅谷が不意に頬を緩ませた。
「可愛いじゃろう」
「男の方ですよね、近藤局長って」
「そうじゃね」
 二人がそんなやりとりをしていると、そこへ扶桑見廻組の一人が通りかかった。
「梅谷――! 何をしている!」
「悪ぃまた後で」
 手を振り逃れようとした梅谷の手を、オリヴィアがひく。
「この灯籠の影、くぼみになってます」
 一時息を飲んだ梅谷は、逡巡するように虚空を仰いだ後、そこへ身を滑り込ませた。
 寺の角の路地へと隠れた彼を捜し、扶桑見廻組は視線を彷徨わせていた。
「ここに梅谷才太郎が居はしなかったか?」
「あちらへ行きましたよ」
 そう告げ、オリヴィアは梅谷の身を守ったのだった。
「それで、弟子の話ですが」
 扶桑見廻組の者の姿を見送ってから、反射的に共に身を隠した円が囁く。
 すると梅谷は、彼女を一瞥した。
「本気ながやきじゃったらいいじゃよ。俺の知っちゅう良い事を教えよう」
 こうして円は、梅谷の弟子になったのだった。


 その頃、松風邸には二人の来客者があった。
 水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)である。
 艶やかな髪飾りで、長い黒髪をまとめている氷雨を、趣ある畳の部屋へと迎え、松風家当主堅守は、掛け軸の方へと視線を向けた。
「御花実様は、こちらへ」
「いえ、結構です。私は、鍛冶をする者としてお願いに参ったのです。お座り下さい」
 用向きの内容こそ聴いてはいたものの、いざそう告げられると堅守は驚かずには居られなかった。
「では失礼」
 堅守の声に、それまで茶を振る舞っていた僧侶が静かに席を立ち、退室する。
 声をかけ見送ってから、堅守は腰を下ろした。
「本当に鍛冶師をしておられるのか」
 緋雨の眼帯をまじまじと眺めそうになり、彼は自省して吐息をした。
「いえ、これは違うの」
「ぶしつけな目を向けてしまい、失礼した」
「良いんです。これは一つの愛の証だから」
 前将軍鬼城貞継を、身分に関係なく一人の男として愛している彼女は、托卵の代償として左目を差し出したのである。托卵とは、身体の一部を代償として差し出す事で、将軍の子供をもうける行いである。
 合点がいった様子で、堅守が頷いた。それにしても、体を重ねずに子をもうけるとは、まるで異境の地の宗教のようだなと彼は考えていた。
「なんと言いましたか――スパゲッティモンスター……違うな、そう、聖母のようですね」
「はい?」
「失礼、何でもありません。それで、ご用件は?」
「私も鍛冶師の端くれだから、やっぱ自分が造った刀は志を持った士に使って欲しいの。刀なんて人殺しの道具だという人もいるけど、それなら兵器を使った方が楽よ。作り手と使い手に志があるからこそ、世に英雄が現れ、名具が造られるのよ。その為にも志ある人と技を競い合い自分を高め、志ある人を見定める場をここ扶桑の都に作りたいわ」
 その強い心根が感じられる声に、堅守は我に返って大きく頷いた。
「なるほど」
「その為にも、松風公の御名で、腕を競い合う場、例えば刀の品評会などを催して欲しいの」
「それは良い提案だと思いますが――私の名前だけで、街の鍛冶師が名乗りをあげるとは到底……。場を設ける事は構いませんが、貴女のいうような志ある鍛冶師というものを見分け識る術は、私には無い」
「では、関連の鍛冶師組合設立の許可をもらいたいのですが。私が責任を持って、声をかけて回るわ」
「良いでしょう。無事に切磋琢磨できる人々が名を連ねたその日が来たら、品評会を行う事を確約します」
「ふむ、わしがその言葉の証人となろう」
 麻羅が堅守の瞳を見て、薄く笑った。彼女のきまぐれそうな瞳は、しかしこの時ばかりは鍛冶の師匠としての、深い情愛に彩られている。
「宜しいでしょう」
 こうして日中の松風邸での、一つの会見は終えたのだった。