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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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【カナン再生記】迷宮のキリングフィールド

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■第18章 第6のドア(3)

「うわあっ…!」
 突如吹き上がった闇に気押され、部屋を覗き込んでいたヘイズとチェリーは屋根を転がった。
 端から転がり落ちる直前、すばやく体勢を立て直したチェリーが右手をヘイズに、左手を屋根の継ぎ目にかけて、下に落ちるのを防ぐ。
「ありがとう、チェリー」
「――礼を言うのは待った方がいいかも。下に落ちてた方がマシだったかもしれないから」
 緊迫した声でチェリーがつぶやく。その視線の先には、半分闇と化したモレクがいた。
 中央には、胎児のように身を縮めて闇の侵食から身を守ろうとするイナンナの姿がある。
「くそっ…」
 胸から下を屋根から落とした状態で、それでもヘイズはセフィロトボウを構えた。
「ヘイズ! 無茶だよ!」
 背中を掴んで引っ張り上げようとしていたチェリーが彼の暴挙に目をむく。だが介さず、ヘイズはサイドワインダーを放った。射ち出されたティファレトの矢は闇を討ち払い、丸い穴を穿ったが、一瞬後にはもうふさがれてしまった。
 モレクの金の目が、ぎろりとヘイズたちを見下ろす。縦に細まった瞳孔は人の目というよりも獣の目のようだ。
「……くそ。チェリー、きみだけでも逃げろ」
「できないよ、そんなの」
 彼女はとにかく引っ張り上げようとする。
 上がったところで逃げ場はない。そうと悟ったヘイズは、むしろチェリーを引っ張り、壁を蹴った。
「ヘイズ!?」
「――落ちてた方がマシかもって、きみも言っただろう?」
 できるだけチェリーの体を覆えるように、腕に抱き込む。ここは2階建てだ。装甲もある、死ぬほどのけがにはならないはずだ――そう考えて落ちる彼の目に、そのとき、広がる闇に向けて銃弾が撃ち込まれるのが見えた。
「ダメですよ、そのまま逃げようだなんて。たとえ、薬を置いていってもね」
 孤影のカーマインとプルガトリー・オープナーを手に、六鶯 鼎(ろくおう・かなめ)が鐘楼塔に立っていた。
「あなたは彼の命を奪おうとした……ですから、もう、だめです」
 まさか敵の正体がこんなやつだったとは……分が悪い。そう思う気持ちがないでもなかったが、かといって退くわけにはいかなかった。このままでは腹の中が収まらない。
「彼女を放しなさい!」
 眼前、教会の屋根いっぱいに広がる闇に向け、二丁拳銃を連射する。イナンナからは遠い、端の方から少しでも散らし、薄めることができるように。
「……せっかく見逃してあげようと思ったのに…」
 モレクはゆっくりと、一音一音を発した。まるで喉が変質してしまっているかのようだ。無感情の言葉は、水中で聞く声のように、どこかうつろに響く。
 部分的に見えているモレクの体の一部、右腕らしきものが上がった。呼応して、闇の触手が鼎に向かっていこうとする。
「くっ…」
 銃弾で散らすが全部は対処しきれない。鼎は屋根を走った。場所を絶えず移動し、襲いくる触手をできる限り散らす。そのとき。
「あいにくだが、私の方は見逃してやるつもりはないぞ」
 空の高処から、そんな声が降ってきた。
 一体いつからそこにそうしていたのか――茜色に染まった空の中、夕日に照らされるワイバーンの上に凛と立つ人影がある。夕方の風に吹き流される長い髪。その顔は逆光で影となり、よく見えなかったが、強く澄んだ光を放つ双眸が、モレクを冷然と見下ろしていた。
「その姿……やはりきさまもモートと同じというわけか…。ということは、その正体は1000年に1度カナンを崩壊させる災厄、といったところか」
「――さあ? どう思う?」
 ごぽごぽと湧き上がる泡のような声。
 対し、影――ウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)は、さっとワイバーンから飛び降りると大きく振りかぶった。
「モレク、セテカを狙った罪は重い。きさまにはここで力尽きてもらう!」
「ウィング! 彼の内にはイナンナがいます!!」
 見えていないはずはないのだが、それでも――彼の頭上高く掲げられた巨大な武器、ハイアンドマイティを見て、その威力にぞっとしつつ鼎が叫ぶ。
「知っている!!」
 ウィングは答え、ハイアンドマイティを振り下ろした。闇は分断されたかに見えた。イナンナのいる闇と、モレクの闇と。
 しかし切り裂かれた闇が霧散したあとには、依然とモレクの両腕に抱きかかえられたイナンナの姿があった。
 ハイアンドマイティを叩きつけられ、半壊した屋根の上にすっくと立つウィング。先までと違い、今度は宙にモレクが立ち、彼らを見下ろしている。イナンナは闇の瘴気にあてられたのか、目を閉じ、ぐったりとした体はぴくりとも動かない。気を失っているのかもしれない。だとすれば、彼女に自力での脱出は期待できないだろう。
「――レーヴァテインさえ使えたなら、あんな者、打ち滅ぼしてみせるのに…」
 まるで恋人のようにイナンナを抱くモレクの姿に、ぎりりと奥歯を噛みしめるウィングと鼎の前、モレクはふと、何かを思いついたように表情を輝かせた。
「さっきからキミたち、セテカセテカって……そんなにあの男が大事? なら、選ばせてあげる。どっちが大事か」
 そう言うなり、モレクはためらいもなく、教会の尖塔の尖った切っ先へ向かってイナンナを投げ落とした。
 恋人を抱いているなど、とんでもない。
「イナンナ!!」
 ウィングは全力で走った。彼女が串刺しになる前に受け止めるべく、両手を前に突き出す。鼎が切っ先の根元へ全弾撃ち込み、これを破砕することに成功した。
 危ういところで彼女を抱きとめることはできたが、屋根から飛び出すことになったウィングを、ワイバーンが先回りして受け止める。
「キミたちが選んだんだよ! 僕を倒してあの男を助けるよりも、その女をね!」
 アーーーーハッハッハッハッハ!!
 哄笑を残して、モレクは夕闇に溶けるように消えた。