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眠り王子

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眠り王子

リアクション


●塔を目指す者にも理由はいろいろあるわけで 2

 その白き巨塔は、大荒野の端にあっても見ることができた。
 空の青と地面の薄茶のはざかいで、ぽつんと白い塔がある。
 まるで何者にも侵しがたい、神聖なる聖域のようだ。
 そしてその塔に囚われるは、運命のキスを待つ眠り姫ならぬ眠り王子…。

 ――なんておいしいシチュエーションなんだろう。

 ロイヤルブルーの髪を荒野からの風に吹き流し、アイスブルーの瞳で塔を見つめるは、アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)
 黙して立つその姿は美しく、王子に勝るとも劣らない、美しいかんばせの持ち主である。
 しかしその実、中身は残念なぽぽぽぽーーーんだった。

 彼の頭の中には既に、薔薇だらけの部屋で薔薇だらけの台座に横たわる薔薇のように美しいルドルフ王子と、その運命の男との目もくらむような完璧なキスシーンが展開している。
 光の当たる角度、構図までバッチリだ。
 王子が目を覚ましたとき、一番美しく見える顔の傾け方、笑いかけ方、そしてささやく言葉までも。

 もちろん、それは運命の相手の勝手だ。そこに口を出すのは無粋かもしれない。


 マントをひるがえらせ、台座に眠る王子に颯爽と歩み寄り、ほおに手を当て唇を重ね合わせる。深く、思いのたけを込めて、すばらしいテクニックで王子を満たし、目覚めた彼ににっこり笑って語りかけるのだ。

『おはよう。俺の眠り姫…』


 ――いいなぁ、これ。

 だがしかし、運命の相手は手練れとは限らず、純真無垢な少年だったとすればどうか?


 少年がほほを染めながらも台座に眠る王子に近寄り、背伸びをして、そっと唇を触れ合わせる。恥じ入る初々しさの中に、胸がはじけんばかりの期待を込めて、きらきらした大きな目が王子の目覚めを待って見つめる…。

『早く目覚めて……僕に触れてください、王子様…』


「ふふ……それもアリか…」
 
 だがその場合、俺様が手の置く位置から顔の傾け方まで指導してやらねばならないだろう。
 なんたって相手は純真無垢な美少年受なのだからっ!
 そのためにも俺様は、あの塔を目指す!

 グッと固められたこぶしに握られているのはペンと投稿用漫画原稿用紙! 今ならまだ夏のComiケットにもバッチリだ!


 嗚呼。一体だれが彼の中身はぽぽぽぽーーーんだと気づくだろうか? いや、気づけまい。(反語) 



 そしてここにもう1人、彼と似たようなことを企てている者がいた。



「――アスカ! 男と男の接吻を見て、しかもそれをスケッチして何がいいんだ! 我には理解ができんぞ! いくら絵描きとはいえ、とうとうそんな腐の趣味までが…」
「さっきからうるさいですわぁ」
 師王 アスカ(しおう・あすか)が少し憤慨した様子で、引きとめようと肩に乗ったルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)の手をぺいっとはたき落とす。

「しかしだな。キスを覗き見などと、そんなデバガメのような真似をして、恥ずかしいとは思わぬのか?」
「思いませんわぁ。これは全て芸術のためですのよ〜」

 運命に定められた者同士が巡り合い、熱きくちづけをかわす。
 それにより、悪い魔女のかけた呪いは打ち破られ、退散するのだ。
 2人の前途を祝福するように昇る太陽! 勧善懲悪のハッピーエンド!
 この最高にロマンチックなシーンを、描かずにいられる芸術家がいるはずがない!

「うそをつけ! もし本気でそう思うなら鴉も誘って来ていただろう! 後ろ暗いところがあるから誘えんかったのだ!」
 びし! ルーツの追及は容赦なく厳しい。

「ち、違いますわぁ。最近、彼、大ケガ負ってばかりでしょう〜? 少し休ませてあげようと…」
 あせあせ。
 思いっきりうろんな態度で、目だけでそっぽを向く。

 超バレバレ。
 そんなアスカを見て、はーっとオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)がため息をついた。

「もう本当のこと言っちゃったら? アスカ」
 組んだ腕でとんとんする。
「ここまで来たら一緒だって」
 アスカはオルベールを見て、視線を合わせて、少し考えたあと――――ルーツに告げた。 

「ちょっと待てーーーーッ!!」

 目をむいて悲鳴のように叫ぶルーツ。
 そりゃそーだ。

「なっ……なんで我が王子とキスせねばならんのだ!? 我はノーマルだぞ? 王子が待っているのは運命の相手からのキスだろう! 我がしたところで王子は絶対目覚めん!」
 力説するルーツに、
「そんなの関係ないですわぁ」
 アスカはアッサリ答えた。

「そーそー」
 腕組みをしたオルベールもアスカの横でこくこく頷く。
「アスカは単に王子のキスシーンが描きたいだけだもんね。目覚めのシーンとかは創作できるし」

「なっ!?」

  ――最初からそう言ってますケド、ルーツさん。

「そして王子のキスシーンには相手役が絶対必要!」
 そこに鴉の出番なし!
 アスカとしては、恋人の鴉に王子とのキスシーンをさせるわけにはいかないのだ!(頼めばきっとしてくれるだろうとは思うが…)

「ち、ちょっと待て! 待て待て待てっ!! さっきも言ったが、我にそんな趣味は…っ」
「まぁまぁ。何だって初めてっていうのはあるもんだし。案外これで目覚めちゃったりできるかもしれないじゃないっ」
「そうそう。もしかして、っていうこともありますわぁ。ルーツが運命の相手って可能性が、ゼロではないんですから〜」

  ――ここで「まったくない」と言い切れないところが、まぁ普段のルーツでありまして。


 これもひと助け、と心の内では煩悶しつつも王子にくちづけをする。その唇のあまやかさにときめき、己の心の変化にとまどいつつも目覚めた王子と見つめあい、彼への恋心を自覚する…。

『やぁ……きみが僕を目覚めさせてくれたんだね…』


「まぁ、これも捨てがたいシチュではあるか」
 ふむふむ、と己の妄想に頷くアーヴィン。

「あ、あなただれっ!?」
 いなり真横に現れたアーヴィンに驚くオルベールの前、アーヴィンはすっかり地面にへたり込んでしまっているルーツを見た。

 乳白金のさらさらヘアーに明るめの金の瞳、どこか幼さの残る童顔…。
 表情の方は鳩が豆鉄砲くらったようで、ちとアレだが。

「――及第点というところか。では行こう。早くしなければ塔につくころには陽がかげってしまう」
 くるっと身をひるがえし、颯爽と荒野に歩き出す。

「ちょ、ちょっといきなり現れたと思ったら、何を――」
「待って、ベル。あの人の手にあるものは…」
 さすが絵描き。
 紙とペンは見逃さない。

「あなたもスケッチが目的なんですのね〜」
「当然だ。絶世の美男の運命のキスシーンを描かないでどうする」
「そうっ! そうですわぁ!」

 絵描き2人はすっかり意気投合した。

 手の位置、唇の距離、目の伏せ方、光線の加減……さまざまな構図、ポーズとデッサン話にキャッキャ花を咲かせながら、塔を目指して歩いていく。
 オルベールに後ろ襟をとられてずるずるひっぱられていくルーツに、拒否権はなかった。

「せめて……せめて、Comiケットはやめてくれ〜〜〜〜っ!!」

 
  ――あ。キスはもう許容しちゃったんだ。




「ねえねえ、めぇ。あの会話って……あの人たち、つまりアレだよね?」
 ちょっと離れた岩陰から、4人の会話を聞きつけて、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は高鳴る期待に胸に手をあてた。
「塔へ行って、あの美形さんがキスするの」

「するっていうか、させるって話だったみたいですが…」
 めぇ、ことメープル・シュガー(めーぷる・しゅがー)は、とまどいつつも答える。
 というか、彼女はここに来る間も、ずーーーっととまどいっぱなしだったのだが。

『大変大変、めぇ、これ見て!』
 今朝方、和葉があわてふためいて持ち込んだ1枚の紙。それは王様の出したおふれがきだった。
『われこそは王子様の運命の相手、って思う人は、だれでも塔に向かっていいんだって! これを逃す手はないよ! 行かなきゃ!』
『え?』
『そうと決まったら準備準備! FlugelnHoffenとー、それにEineFederでしょー、それから――』

 和葉のどたばたに巻き込まれ、引っ張られるままついついここまで来てしまったけれど、いまだにメープルには分からない。

「あのぅ……和葉ちゃんは、王子様とキスをしたいんですか?」
 和葉はたしかに「外見性別:男」だし、「恋愛対象:男」なので、何の問題もなくはない。
 けれど、和葉は見知らぬ男性とキスをしたりするような性格ではないし、財産目当てで一攫千金玉の輿を狙うような人には、もっと見えなかった。

 案の定、それを聞いて、和葉は「はぁ?」と声を上げる。

「やだなぁ、めぇ」
 ぽん、と肩を叩く和葉の両目は、なんだか妙な光を放っている。
「僕がしたいのは、応援だよ、お・う・え・ん」

  ――応援で、そんな目の色変わりますかっ? 和葉サン!

「人の恋の応援ほど楽しい事はないよねっ! そんでもって、応援するならやっぱり塔のてっぺんで、王子様のすぐそばにいなきゃね! ばっちり一番素敵なシーンを覗き見……げふんげふん。
 見守ってあげなくちゃあ!」

  ――今何か、大事なことを言いかけましたよねっ? 和葉サン!

「でも……和葉ちゃん、それってデバガメ――」
「そう! こういうときこそデバガメーズの出番なんだよ! 今こそ先輩に習った技を使うチャンス!!」

  ――だれですか? あなたにそんなよけいな技を教えた人はっ? 和葉サン!

「さあ、早く行こ、めぇ! あの人たちより先に塔に着かなくちゃ! 見逃しちゃうよ!」
「見逃すって……本音、出てますよ、和葉ちゃん」
 きゃっほきゃっほとスキップで前を行く和葉に、メープルはほうっとため息をついた。

 メープルとしては、ラブラブに興味を持ってくれた和葉の成長がうれしい。男同士とはいえ、運命で結ばれた2人の出会いというロマンチックシーンに刺激されて、これを機会に恋に目覚めてくれれば、と思う。
 でもその反面、今の和葉のままでいてほしいとも、思ってしまうのだ。

 なんとなく、今の無邪気な和葉でなくなってしまうのは、惜しい気がする。
 恋は、とてもすてきな感情だけれど、楽しいことばかりではないから…。

 そう思っていると、和葉がくるっと振り返った。
「めぇ! おっそーーい!!」
 手をぶんぶん振ってくる。
 太陽の下、その輝いた笑顔を見て、メープルはいつの間にかくすくす笑っていた。

「まぁ、和葉ちゃんたら。
 あのね、人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られてしまうのよ」

 目覚めても、目覚めなくても、関係ない。私は和葉ちゃんを見守るだけ。……デバガメじゃなくてね。


 きょとんとして自分を見つめる和葉に、メープルはふわっふわの笑顔を返した。