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眠り王子

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眠り王子

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●パトニー盗賊団をぶっつぶせ! 1

 王子が塔に閉じ込められて困っているのは、王様たちだけではなかった。
 実はこの国の者たちにとって『世界一美しい王子』というのは重要な外貨獲得の観光資源だったのだ。

 毎日数回王室見学ツアーが組まれていたが、それは実際は世界一美しい王子様見学ツアーだったので、王子がいなくなったとたん、観光客激減。
 そうすると、観光客用の王子様グッズの売上げも下降線。
 観光客が来なければ、町の宿屋や料理店、露天商なんかも大打撃を受けるわけで。

 事実、町のカフェは連日開店休業状態だった。

 これはまずい。
 店がつぶれたら、このバイトで糊口をしのいでいる自分や仲間たちはどうすればいいのか?

 そういうわけで、連日の赤字に危機感を感じた笹野 朔夜(ささの・さくや)は、閑古鳥の鳴くカフェのオーナーから臨時休暇をもらって朝からずーっとフライングポニーに乗って大荒野の上を飛んでいるのだった。

「うわさに聞くパトニー盗賊団は200人規模の大盗賊団だそうですが、探すとなると案外見つからないものですねぇ」
 大荒野はとんでもなく広い。「大」がついているぐらいだから当然だが。

 やつあたり半分で上空から見つけた略奪者たちに保温ポットの中の紅茶をじょぼじょぼかけて制裁をくだしつつ、あきらめずに探していたら。
 ついにそれらしき集団が見つかった。

 朔夜はにっこり笑ってポケットから携帯を取り出した。

★          ★          ★

 矢野 佑一(やの・ゆういち)は、相当気分が悪かった。
 気分というか、機嫌というか。

 大荒野に略奪者が出没している、という話は普通に聞けた。
 よくある話だ。
 強盗、追いはぎ、そういった無法者たちが荒野にいるのは当然だし、そこを歩く者たちが襲撃されるというのもべつに今回に限った目新しい話ではない。

 だが、ひとさらいは別だ。

 塔で眠る王子を氷づけにして売り飛ばそうとしているやからがいる――緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)からその話を聞いてから、佑一の心理状態は下降線をたどっている。

 ただ、腹が立つ、とか、憤る、とかいうのとはまた違って、滅入るのだ。
 単純に、気がふさぐというだけ。
 何に起因しているかは自分でも分からないが。

(でも、そんなのは個人的なものだから)
 ほかの者には関係ないこと、と努めていつも通りを装っていたのだが、えてしてそういう雰囲気というのは周囲に伝わりやすいもので。

「佑一さん、どしたの? なんか機嫌悪そうだけど」
 背中で様子を伺いながら、こしょこしょと霞憐がミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)に訊いた。
 しかし。
「う、うん……そうだね…」
 こっちも様子がおかしい。

 おや? と霞憐は背を伸ばした。
 しげしげとミシェルを見る。
「どうしたんだよ。なんか元気ないなぁ」
 表面上はいつも通りの佑一と違い、ミシェルは見るからにしおしおとしょげていた。多分本人としては周囲に気づかれまい、迷惑をかけまいと懸命に普通であろうとしているのだろうが、こっちは全然隠せていない。

 むー、と見ていた霞憐も、やがてあることに思いあたる。
(そういえばこいつ、昔何かあったらしいってこと、チラっと聞いてたっけ。何かそれに関係あるのかな?)
 とは思うものの、今訊ける状態でないのは見るからに分かるから。
「元気だせ! うらうらうらっ」
 わざと少し乱暴に、髪をぐしゃぐしゃ掻き回した。

「わっ……やだ、やめてよ、霞憐ちゃんっ」
「これから僕たちはひと助けするんだぞ。人身売買されそうなひとを助けるんだ。いいことをするんだから、そんな、沈む必要はないんだ。だから笑えっ」

 その言葉に、ミシェルははっとなった。

「……うん。ボク、また変なこと考えてた。後ろを見たって、前には一歩も進まないのにね。あたりまえのことなのに…。
 ありがとう、霞憐ちゃん。そうだよね。今のボクは、助けることができるんだ」
 最後、かみ締めるようにそう言った。

 過去の自分を変えることはできないし、救うことはできない。
 だけど、今の自分が救われていないのかといえば、それは違う。
 佑一に出会えたし、霞憐やシュヴァルツやファタたちのように、自分を気にかけてくれる人たちに囲まれている。
 そしてなにより、あのころと違って、今の自分は、だれかを助けられる力を持っている。

 それって、すごいことじゃない?

 そんなことを考えていると。
「どうかしたの? ミシェル。具合でも悪いの?」
 霞憐の声を聞きつけた佑一が近づいてきた。
「えっ? ううん……べつに…」
「風邪でもひいた?」
 熱はないかと調べる意味で、さらりと指の甲で頬に触れたのだが。

 ふい、とミシェルはそっぽを向いてしまった。

「――なんでもない」
 素っ気ないつぶやきだけが返ってくる。
 軽く、佑一はショックだった。

(これって……………………拒まれたのか?)

 ミシェルは少し俯きかげんで目をそらしたまま、こちらを向こうともしない。
 行き場を失ったままの自分の手を見ていたら。

「連絡が入ったぞ。盗賊団が見つかったそうだ」
 シュヴァルツ・ヴァルト(しゅう゛ぁるつ・う゛ぁると)が携帯をたたみながらこちらへ歩いてきた。
「そうか。よかった。それで場所は?」
 彼の登場に、少しほっとした思いで佑一はなんだか気まずいこの場から立ち去ってそちらへと近寄る。

「佑一さん、行っちゃうよ。いいの?」
 霞憐が、佑一の背中とミシェルを見比べて言った。
「だって……だってだって、ボク、心臓がバクバクしてっ…」
 ぎゅうっと目をつぶる。

 いきなり現れて、いきなり触れてくるなんて、なんてことするの、佑一さんっ。
 不意打ちだよ、これっ。ボクを殺す気っ!?

 触れられたのはこれが初めてというわけではないのだけれど。
 佑一との出会いからの日々を――感謝の気持ちがやがて彼個人への温かな思いに変化していったこれまでの出来事を思い出して、再確認していただけに、あの接触はミシェルに爆弾級の衝撃を与えていたのだった。

 頬に、まだ佑一の指が触れた感触が残っている。
 熱を持って、だんだんだんだん広がっていく気がする。

 ………………うあーっ。

「どうしよ? 霞憐ちゃん。ボク、佑一さんに謝らなくちゃ駄目だよね? で、でも…っ、それってどんな顔して謝ったらいいの?」
 今、ボクどんな顔してる?

「………………」
 霞憐は、さっきまであんなに蒼ざめて震えていたのに、今は真っ赤になって複雑そうな顔して、少しにやけたりもしているのを見てたらなんだかむずむずきて。
 気がついたらミシェルの頭をまたぐしゃぐしゃにしていた。

「か、霞憐ちゃんっ!?」
 どゆこと? これっっ。
「いや、なんとなく。
 ああそれと「ちゃん」づけはやめてくれ……な?」
 鳥の巣頭になってしまった髪を一生懸命整えるミシェルを手伝いながら、霞憐はぼそっとつぶやいた。