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眠り王子

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眠り王子

リアクション


●パトニー盗賊団をぶっつぶせ! 3

 大乱闘のさなか。
 やがて遠く、後方の崖に、軍隊が現れた。
「あれは……国軍!? なんだってそんなモンがここにいやがんだよ!!」
 すっかり度肝を抜かれたシレンが驚く。
 それもそのはず。
 国軍の数はざっと見ても、パトニー盗賊団の3倍はいた。

 あんなのを敵に回して、勝てるはずがない…。
 盗賊たちは軍の登場に目を奪われ、硬直してしまった。


 先頭の軍馬にまたがるは緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)
 彼の通報によって王子が盗賊団に狙われていることを知った王様が、軍の出動を許可したのだ。

(本当は王様にも来てほしかったんですけどねぇ)
 城に出向いたときのことを、いやいや思い出す。
 そこで彼は見てしまったのだった。
 子犬のような皆川 陽(みなかわ・よう)をお小姓サンにして、薔薇遊びにふけっている王様を。

★          ★          ★

 遙遠が城を訪れ謁見を申し込んだとき、王様もお后様も心労からすっかり寝こんでいた。
 それでも王様が、かろうじて会ってくれたのだが。

 だらしなく着崩れた姿でベッドの端にかけた王様は、見るからに憔悴しきっていた。
「ああ……王子……わたしのせいなのだ…。わたしがちゃんとあれを見て、気づいていれば、こんなことには…」

「そんなことはありません、王様!」
 ふらついた彼を支えるように、ベッド脇にひざまずいた皆川 陽(みなかわ・よう)が両手で王様の左手を握り締めた。

 王様を真摯に見つめるその子犬のような両目からは、きらきらきらきらと星くずの輝きがこぼれている。

「小姓よ…」
「決して、決して王様は悪くありません! 自分の嗜好をはっきりと口に出さなかった王子が悪いのです! 王子本人が黙していることを、どうして王様が知ることができるでしょう?」

  ――ねえ。セリフだけ見てれば結構いい場面なんだろうけど、訊いていい? なんで2人とも服崩れてんの? ねえ?

「しかし……わたしが息子をちゃんとよく見ていれば…」
「王様、王様のムスコはちゃぁんとよく見ていましたよ、ボクたち……いつも…」
 と、さらりと目の高さにあるそこをボディタッチ。

「こ、これ、よさないか、客人の前だぞ」
 とか言いつつも押し戻す手が、なんだか名残惜しげに陽の手を包んだりして。

「小姓よ、でなくともやはり非はわたしにあるのだ。嗜好を隠すのは王子の勝手。わたしが、もう少しきつく出て……似合いの相手と早々に結婚させていれば……あのような女になぞ…」

「いいえ、王様。あの性悪女王があんな手に出るなど、だれが先読みできたでしょうか。それ以前にも王様は、何十人もの相手に断りの書状を出してきました。でもそのだれ1人として、あのような手段に出た者はいなかったではありませんか。
 あんな根暗でどうしようもない年増女などの逆恨みまで自分のせいのように思う必要はどこにもないのです。――でも、そういうところもかわいいんですよね、王様…」
 そっと、手の甲にくちづけて、しっとりとなであげる。
 もちろん視線は王様と合わせて離さない。

「小姓…」

「王様、悲しまないでください。あなたにそんなに悲しまれると、ボクも悲しくて悲しくて、胸が痛くてたまらなくなるんです…!」
 王様の手をとって、はだけた胸元に押しつける。
「分かりますか? 王様。ボクのこの小鳥のような心臓が、今にも張り裂けて止まってしまいそうなのが。あなたがそんなふうに悲しんでいると思っただけで、ボクの心は重く、冷たく凍えてしまいそうになるんです」

 ここぞとばかりにきらきら度200%増!
 眼鏡の奥のかわいらしい子犬の目から、ぽろぽろと涙の粒がこぼれ落ちて王様のズボンを濡らす。

「王様、どうかこの冷たく凍えた心を、この身ごと温めてください。内側からあなたのぬくもりをお与えください……ボクが凍りついてしまう前に…!」
「おお、小姓よ。それは大変だ……こんなにも忠義なおまえを死なせるわけにはいかぬ…」

「――あっ……ああ……王様、そんなところから…………ああ…」


「遙遠、帰っていいですか? っていうか、もう帰りたいんですけどー」

  ――元の世界へですねッ

★          ★          ★

(あの親にしてこの子あり、ってやつなんでしょうかね、あれは…)
 頭がイタタタタ。
 とにかく、別行動している霞憐とのこともあるし、ごっそりこそげ落ちそうなやる気をなんとか掻き集め、軍を動かす書類だけはもらって出てきたのだが。

 遙遠は――なにしろあんなイタい王様だったので――駄目押しとばかりにさらに動いた。
 王子を愛する各国の姫君に連絡をとったのだ。

 その結果、国軍の後ろには、なんと、勝手についてきた自称ルドルフ王子様親衛隊・王女臨時同盟軍までいた。
(おかしいなぁ。王子のために兵を派遣してほしい、って書いたんだけどなぁ)
 なんで姫君本人が集結しちゃったんだろ。

「ま、来ちゃったものは仕方がない。戦ってもらいましょう」
 そのへん、遙遠は結構アバウトだった。

 そして肝心の姫君たちはといえば。

「王子様はだれのものにもさせないんだからーーーっ!!」
 と叫びながら戦う者もいれば
「ちょっと、あなたが盗賊の頭領? いくらなら王子を盗ってきてもらえるのっ!? わたし、ここまで出せるわよっ」
「なにそれーっ! 私、それの倍出すからっ」
「私は3倍よっ!!」
 とよこしまな交渉に出る者もいた。

 どちらかというと、よこしまな交渉に走る姫君の方が多いぐらいだ。というか、そういう姫君がいることを知った姫君たちも戦うことをやめ、王子のキープに走った。

  ――あのー、王女様方?

 シレンの周りではきゃあきゃあ黄色い声が飛び回り、どんどん値段がつりあがっていく。
 最初は姫君たちの剣幕にビビっていたシレンだったが、売りさばく手間が省けてちょうどいいと、その場でセリを始めてしまった。

「盗賊退治しなくていいんですか?」
 あきれ返りながらも訊いた遥遠に
「……なんですって!? 退治なんかさせないんだから! この私のために、王子様を塔から連れ出してもらわないと!」
「そうよそうよ! って、あなたなんかのためじゃないわよッ! 王子様は私のものなんだからっ」
「違うわ! 私のものよ!」
 とうとう一部ではつかみ合いのけんかに発展する。

「……他国の姫君には手が出せませんから…」
 国軍兵士は、事の成り行きを見守るしかなく。


 なけなしのやる気までが消え失せて、遙遠は完璧サジ投げた。




「ケッ! 国軍なんぞ、なんぼのモンじゃあーーーーっ!!」
 王女たちが自分の味方と知って、俄然シレンにやる気が戻った。

「おーーーっ!!」
「そーだそーだ!!」
 盗賊たちも、かわいい姫君たちの声援(?)を受けて、すっかり息を吹き返す。

 反対に、盗賊討伐をしていた彼らの側は、遙遠ほどではないにせよ、やる気がだだ下がっていた。

「なんか、ちょっとむなしい感じがしないでもないですよね…」
 永夜が大量購入してきたゴマドレッシング弾で目つぶしした盗賊に、ライトニングブラストを叩きつけるかたわら白影がつぶやく。
「えー? 俺、どっちでもいいけどー。もう報酬もらってるしー」
 雇われ傭兵の要は、まだ口の中をダンゴでモゴモゴさせながらスプレッドカーネイジで銃撃している。

「こんなやつら、コテンコテンにやっちめーーー!」
「おう!!」
 剣を振り上げ、盗賊たちが一気に攻勢をかけようとした、そのときだった。

「待て待て待てーーーーい!!」
 突如、そんな怒声が響き渡った。
 声に含まれた怒りの大きさに気圧され、盗賊たちがピタッと動きを止めてそちらを向く。

 岩山の上、白銀の甲冑に身を包み、太陽をバックに敢然と輝き立つ白馬の勇騎士!
 別次元のとある蒼空学園生徒にいろいろいろいろとそっくりサンな彼こそが、王国国軍第一の騎士エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)その人だった。

「教養も洗練もない、無骨者どもめ! この国でこれ以上の狼藉は、この俺が許さん!!」
 吹き上がる炎のような声だった。
 その視線、指先、髪の一筋一筋から怒りのオーラが放たれ、まるで目に見えるかのよう。

 だがそうして威風堂々と立つ彼は、生粋の軍人ではなかった。

 いかにここがおとぎの国とはいえ、身分制度というのは歴然としてある。パン屋の子はパン屋になるしかないし、八百屋の子は八百屋になるしかない。親の身分を子が継ぐことは当然、というより絶対。同じように、軍人の子は生まれた瞬間から軍人となることを義務づけられているのだ。

 そんな平民の彼が軍属につけたのは全て現国王様のおかげ!

「今こそ大恩ある王国に報いる時ッ! 王子はわが命に代えても守りとおす!! ――ちなみに薔薇では断じてないのでそのへんは間違えないよーにッ!」
 ビシッ! とト書きに注意を入れるのも忘れない。

  ――あら残念。眠る王子に全忠誠を捧げる純愛騎士物語が展開するかと思ったのに。

「おりゃああああああーーーーーっ!!」
 猛々しく雄叫を上げ、馬を操って岩山を駆け下りる。目指すは敵の首魁・シレン! 頭さえ取ってしまえば盗賊など烏合の衆も同じこと。
 間に立ちふさがる邪魔な盗賊どもはサイドワインダーの効いた小弓と馬で蹴散らし、シレンへと肉薄する彼の視界の端を、そのとき何かの影がかすめた。

「むっ!」
 飛びかってきた黒い影――七刀 切(しちとう・きり)の繰り出した斬撃を、ハイパーガントレットで受ける。
 切の得物は光条兵器の大太刀『黒鞘・我刃』だったが、あいさつがわりの攻撃だったため、斬り落とされることは免れた。

「きさま…」
 弾き飛ばした先で一回転し、降り立った切を見て、エヴァルトは少しばかり唖然となった。
 まさか盗賊団の味方をする者がいるとは思わなかったのだ。
 相手はひとさらいの悪辣な盗賊団だ。眠っている王子を氷づけにして売り飛ばそうとするやからに、正義などチリほどもない。

「なぜあんなやつをかばう!!」
 吼えるエヴァルトに、切はにっこり笑って我刃を担いだ。

「べつに、やつらをかばってるわけじゃないんよねぇ。ただ、見ての通りお姫様たち、氷づけの王子様をご所望でしょ。
 女の子は笑顔が一番。ワイら男は、女の子を笑顔にして、その笑顔を守るために全力を尽くすべきなんよ。だったらやることは決まってるでしょ」
「そのために王子は氷づけになろうが、売り飛ばされようがかまわないと言うのかッ!!」
「そりゃかわいそうと思わないわけじゃないけど……うーん……言ってみれば、優先順位? みたいな?」
 切にとっては、あくまで女の子の希望が第一。
 王子は男だし、男だったら女の子の犠牲になっても仕方ないよね、という考えらしい。

「――おのれ……このふとどき者がッッ!」
 怒髪天を衝くとはまさにこのことか。ぷっつんキレた形相でエヴァルトは馬を下り、ずんずん一直線に切へと迫る。
 そんな彼を、切いわく「クソ野郎」――フラワシのフランメ・シュルトが襲った。不可視の鉄の刃が甲冑から露出している部位を切り、髪を散らす。しかしエヴァルトの歩みは瞳の怒りと同じくわずかも揺らがず、彼は間合いを詰めるや右腕を大きく引いて殴りつけた。

  ガツッッ!

 岩をも砕きそうな破壊力のこもった一撃が、切を後方へ吹き飛ばした。

「立て。その歪みまくった性根を俺のこぶしで叩き直してやる」
 ゴロゴロ地面を転がった切を見下ろし、エヴァルトはこれみよがしに指の骨を鳴らす。

 痛む口元を手でぬぐい――そこに血がついているのを見て、切の顔からあののらくらとした笑いが引いていった。
「……へっ。上等だ! てめェこそワイに血ィ流させたこと後悔させてやんよ!!」
 ホワイトコートをひるがえし、エヴァルトへ向かっていく。
 これを迎え撃つべく構えをとるエヴァルト。ドラゴンアーツをはじめとするさまざまなスキルが発動し、全身を包むように虹色の輝きが流動していた。

「はぁっ!!」

 完璧なフォームから生まれる流れるような蹴りが、我刃の側面に入る。レガースは砕け散ったが、切の手から我刃を飛ばすことはできた。
 しかし次の一刹那、ビュッと風をきる音がして、切のハイパーガントレットをつけた右がエヴァルトの顔面にヒットする。エヴァルトは後ろへ押されたが、踏んばってこれに耐えた。
 お互い血を流しながら、互いをにらみ合う。
「……うおおおっ!!」
 まるで計ったようにこぶしを固め、互いの間合いへ走り出す。

 大荒野のただなかで、両者は激突した。